大介護時代を乗り切る 〜 仕事と介護 両立の視点から 〜
介護保険制度がスタートして15年。サービス利用者は149万人から492万人へと3倍にも増加しているが、その数は今後さらに増えていく見通しだ。2025年には、65歳以上の高齢者人口が3657万人(30・3%)、75歳以上が2179万人(18・1%)、認知症高齢者は700万人と推計され、介護スタッフは現在より100万人増員する必要があるという。迫り来る「大介護時代」にどう向き合えばいいのか。5月23日に開催された連合「安心と信頼の医療と介護」2015中央集会で講演した、高齢社会をよくする女性の会の樋口恵子理事長は「人口構造が激変している。誰もが介護に直面する時代。いますぐ地域に『援』をつくらなければ乗り切れない」と投げかける。
介護離職は「三方大損」
人間の安全保障としての社会保障拡充を
人類史上まれな人口構造の変化
日本は今、大介護時代を迎えようとしている。ほぼすべての人が子または配偶者として、時には孫として、家族の介護に長期従事せざるを得ない時代が来る。背景にあるのは、人類史上まれな人口構造の大変化だ。
敗戦を迎えた1945年(昭和20年)の日本人の平均寿命は男性が23・9歳、女性が37・5歳。戦争による大量死がもたらしたこの数字には、どんなにか生きたかっただろう人々のいのちが込められている。戦後70年の歴史は、ここから始まったのだが、今や男性の平均寿命は80・21歳、女性は86・61歳で、高齢化率は26・8%。
日本は地球規模で超高齢社会の先頭に立ち、平均寿命、高齢化のスピード、高齢化率のいずれもトップを行く「高齢化三冠王」だ。
ピーター・ドラッカーは「人口構造に関わる変化ほど明白なものはない。見誤りようがない」と述べているが、なぜか日本の政府も政党も、あるいは労働組合も、この人口構造の激変がもたらす大問題に鈍感すぎると思われてならない。
50歳代の「持ち親率」は80%以上
2000年4月、介護の社会化をめざす介護保険制度がスタートした。かつて介護を担っていたのは、家族の中の女性、とりわけ最も弱い立場に置かれた「嫁」だった。その負担の重さで家族自体がつぶれかねない状況の中、介護保険制度が生まれた。制度は国民に歓迎され、それなりの成功を収めた。
ただ、介護保険は医療保険と違って部分保険であり、保険でカバーされない分は、今も昔も家族が担う。家族介護の量と外部から提供される介護サービスの量は、一方が増えれば他方が減るトレードオフの関係だが、実は、この15年間で「家族介護」のありようは劇的に変わっている。
変化の原因は、長寿化によって親の生存率が上昇していることだ。1930年当時、50歳の人の父親が存命である確率は10%、母親が20%強。50歳で親が存命という人は多くなかったのだ。
ところが、今の50歳代前半は「持ち親率」が80%以上、両親ともに存命は32・8%。働り盛りの時期に、あるいは悠々自適のリタイア生活を送ろうというときに、圧倒的多数の人が親の介護に直面するという時代になっている。しかも、昔のように「長男夫婦」だけに押し付けることもできない。今年55歳になる人が生まれた1960年、日本の合計特殊出生率は、すでに2・0まで低下していた。
つまり今の50代前半は2人きょうだいが標準。団塊世代はきょうだいの数が多くて、介護の苦労を知らずに済んだ人も多かったが、これからは、夫婦2人で4人の老親を看なければいけないケースも増えてくる。
「血縁化」「男性化」で急増する介護離職
そういう中で進行しているのが、家族介護の「血縁化」と「男性化」だ。介護者に占める「嫁」の割合は15%にまで低下し、血縁である実の息子と娘の合計が20%を占める。女性介護者の多くは、娘として自分の親を看ている。「夫の親の介護を優先する」という意味での「嫁」は絶滅しつつあり、その代わり息子などの男性介護者が、2000年の約17%から2010年には約30%にほぼ倍増しているのだ。
そして、この変化は、介護離職の急増という事態を引き起こしている。離職者数は年間14万人に達しているが、当然のことながら、管理職世代の男性の比率が高まっている。
介護離職は「三方大損」だ。離職者自身は、安定した雇用や賃金、退職金や被用者年金など老後の生活設計の基盤を失う。企業にとっても、多額の教育・研修費をかけて育てた中堅・管理職社員を失うのは大きな損失であり、社会にとっても、離職者の増加は税収減につながる。
そして介護離職で安定収入や老後生活の基盤を失った人は、将来的に生活保護に頼らざるを得ない状況に追い込まれかねない。
1994年、連合が実施した「要介護者を抱える家族についての実態調査」の結果は衝撃をもって受け止められた。家族介護者の34・6%が要介護者に「憎しみを感じる」と回答したからだ。その後、介護保険制度が創設され、高齢者虐待防止法もできた。しかし、昨年、連合が実施した「要介護者を介護する人の意識と実態に関する調査」では、依然として35・5%の介護者が、要介護者に「憎しみを感じる」と回答した。これはどういうことか。
介護保険制度は定着し評価されているが、それ以上に、介護の長期化や担い手の縮小で家族の負担感は強まっていると考えるべきだろう。
少子化日本に待ち受ける「ファミレス社会」
さらに深刻な事態も進行している。今はまだ血縁化、男性化しながらも、家族介護がかろうじて成り立っているが、少子化日本に待ち受けるのは、子どもがいない子レス、その先の孫レス、姪レス、甥レス、いとこレスと、四親等以内の家族のいない人が増える「ファミレス社会」だ。
すでに高齢世帯の過半数は、「老夫婦のみ」か「おひとり様」。老老介護や夫婦とも認知症の認認介護で共倒れになるケースは後を絶たない。介護を「血縁」に頼る社会が「ファミレス化」すれば、どこにも支援を求められない「無援」社会が生まれる。
これを食い止めるには、血縁ではなく地域社会を中心とする縁の中に新たな「援」をつくり出さなければならない。政府は、「在宅介護」推進の名のもとに、社会保障費を削り、家族と地域に負担を求めようとしているが「ファミレス社会」において在宅化だけを進めれば、「ケアレス在宅」が広がるだけだ。
2025年に向けて「地域包括ケアシステム」の構築に向けた取り組みがスタートしたが、まず「在宅」に近いケア施設を地域に拡充していく必要がある。同時にそうした施設を支えるケアワーカーの処遇改善と増員が不可欠だ。介護保険制度のもとで働く人々がワーキングプア化している実態がある。介護される人の尊厳を守るには、介護従事者が人たるに値する待遇を与えられていなければならない。「きつい、汚い、給料安い」の3Kを、「向上できる、交流できる、貢献できる」の新3Kへ転換していく必要がある。
一人ひとりが人生に介護を組み込んで
70年前、心ある人は「戦争を終わらせなければ国が亡びる」と叫んだが、国はその言葉に耳を貸さぬまま2発の原子爆弾を投下され大敗北を喫した。同じように、今、人間の安全保障としての社会保障の拡充を求める声に耳を貸さなければ、団塊世代の多くが要介護者になる203X年には、日本は大介護戦争に敗北し、人々は「野垂れ死に」ならぬ「家たれ死に」することになりかねない。
長寿化は、戦後の平和と人々の勤労の成果である豊かさがもたらしたものであり、その素晴らしさは、100歳になろうという人と幼子が同じ空気を共有し、言葉を交わせるところだ。戦争の歴史一つとっても、寿命が延びたからこそ、苛酷な経験が世代を超えて語り継がれ、教訓として生かすことができる。「ファミレス社会」にあっても、長寿を全うし、人間らしく人生を閉じていくにはどうすればいいのか。その権利の擁護を誰が引き受け、いかにして看取るのか。これは、超高齢化の先頭を行く日本に与えられた宿題だ。その答えを見つけ、今後急速に高齢化するアジアの国々に提示することは、日本が果たすべき責務とも言えるだろう。
かつて誰も経験したことのない大介護時代。
今すぐ、一人ひとりが人生のどこかに「介護」を組み込んで、いのちを守る戦いに加わってほしい。
2015中央集会 5月23日(土)都内にて開催。全国の医療・介護現場で働く組合員や組織化に取り組む構成組織・地方連合会を中心に630人が参加。全体会で、樋口恵子氏の講演と自治労、ヘルスケア労協、UAゼンセンからの報告を受けて課題を共有した後、医療分科会、介護分科会にて議論を深めた。集会終了後は、秋葉原駅前で街頭アピール行動を行い、医療・介護現場の実態や処遇改善の必要性を広く訴えた。
高齢社会をよくする女性の会理事長 樋口恵子
1932年東京生まれ。東京大学文学部卒。東京大学新聞研究所本科修了。時事通信社、学習研究社、キヤノン株式会社を経て、評論活動に入る。2003年3月まで東京家政大学教授、「女性と仕事の未来館」初代館長。現在、東京家政大学名誉教授、同大学女性未来研究所長、「高齢社会NGO連携協議会」代表(複数代表制)。
著書に『人生100年時代への船出』、『大介護時代を生きる』『祖母力〜祖母力が日本の未来を救う?!』など多数。
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年7月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。