「青少年雇用促進法案」の早期成立で若者が活躍できる環境整備を!
働き続けられない劣悪な職場環境を改善していく大きな一歩に
今年1月に出された労働政策審議会報告「若者の雇用対策の充実について」を受けて、今国会に「青少年雇用促進法案」が提出された。最も注目すべきポイントは、「若者が働き続けられない劣悪な職場環境」の問題に焦点が当てられたことだという。労政審報告の内容と国会審議に向けた課題について、上西充子法政大学教授に解説していただいた。
■問題は「意識」ではなく「働かせ方」
今回の労政審報告で最も注目されるのは、「ブラック企業」に象徴される若者の「働かせ方」の問題に、正面から取り組むというスタンスが示されたことだ。
日本の若者雇用対策を振り返ってみると、本格的なスタートは2003年の「若者自立・挑戦プラン」だが、そこで打ち出されたのは、学校教育段階での「職業観・勤労観の醸成」だった。国民生活白書で「フリーター417万人」という衝撃的な数字が示され、不安定雇用や早期離職の増加が問題視されたが、それは若者自身の「フリーター志向」に起因するものと見なされた。2004年には文部科学省が「キャリア教育」に乗り出すが、「児童・生徒一人ひとりのキャリア発達を支援し、勤労観、職業観を育てる」という心理学的な支援が重視された。また、学校現場では「正社員になろう。正社員とフリーターでは生涯賃金でこんなに差がある」という「教育」も行われた。
しかし、若者の雇用の不安定化は、本当に「意識」が原因だったのか。
確かに1990年代半ばから「進学も就職もしていない新規高卒者」の比率が急上昇したが、その原因は、バブル崩壊後に高卒求人が急減したからだ。大学や専門学校に進学する経済的余裕はなく、就職を希望していた若者たちが、その影響をもろに受けたのだ。さらに労働政策研究・研修機構の調査では、より学歴が低い人(高卒者、中退者)、男性よりは女性でフリーター比率が高いことが分かった。親が裕福でパラサイトできるからではなく、就業に困難を抱える層にシワ寄せが生じてフリーターという働き方を選択せざるを得ない状況があったのだ。また、早期離職も、「自発的離職が多い」ことを理由に「最近の若者は我慢が足りない」と見なされた。自発的離職に追い込まれていく劣悪な職場環境には目が向けられなかった。
2008年、リーマンショックによる「派遣切り」で、若者雇用の深刻な実態が一気に表面化した。民主党政権は2012年に「雇用戦略対話ワーキンググループ(若者雇用)」を設置し、私も委員を務めたが、そこでも当初「職場環境」の問題は論点に入っていなかった。「自ら職業人生を切り拓ける骨太な若者への育ちを社会全体で支援」することが「最も本質的かつ重要な政策である」と、当初のまとめ案でもされていたのだ。しかし、ちょうどその頃、ブラック企業問題が顕在化しつつあり、対策は待ったなしだった。努力して正社員になったのに、過剰なノルマを押し付けられ、長時間労働を強いられ、パワハラを受け、使い捨てられる。
私は、若者雇用戦略には「劣悪な職場環境の問題が抜け落ちている」と何度も訴え、最終的に「若者が働き続けられる職場環境の実現」をもう一つの柱として盛り込むことができた。2013年には、政府がブラック企業対策として「若者応援企業宣言事業」をスタートし、また、若者の使い捨てが疑われる企業に重点監督に入ったが、その対象企業のなんと8割に労基法違反があったことが明らかになった。
こうした流れを受けて、昨年の「『日本再興戦略』改訂2014」に「未来を創る若者の雇用・育成のための総合的対策の推進」が盛り込まれ、労政審で、法的整備も含めた若者雇用対策の検討が行われてきた。そして、今年1月に取りまとめられた報告には「若者が、次世代を担うべき存在として活躍できる環境整備を図るため、若者雇用対策に総合的かつ体系的に取り組むことが必要である」と記された。
若者雇用対策を考える上で、環境整備の視点が大切だと訴え続けてきたが、ようやくその一歩が踏み出されたと評価している。
■ブラック企業を見分ける指標
今回の労政審報告の柱は、①労働条件の的確な表示の徹底、②職場の就労実態情報の積極的な提供、③ハローワークにおける、法令違反企業(ブラック企業)の求人の不受理、④新卒者の定着状況などが一定水準を満たしている中小企業の認定制度の創設の4つだが、法案化に向けて焦点となるのは①と②だ。
労働条件表示については、求人票と実際の働かせ方が違うケースが大きな問題になっている。特にトラブルが多いのが固定残業代だ。求人票では「給与20万円」となっていたのに、そこには「OJT手当」といった名称で月45時間分の固定残業代が含まれていたというようなケースだ。ハローワークの求人に関しては固定残業代について曖昧な表示は指導されることになっているが、民間の就職情報サイトにおけるルール化も視野に入れてガイドラインを示していくべきだろう。
労政審で大きな論点になったのは、職場の就労実態情報の提供だ。2013年の若者雇用実態調査によると、「労働時間・休日・休暇」「人間関係」「仕事が合わない」「賃金」が離職理由の上位を占める。実際に働いてみると、職場環境や労働条件が劣悪で辞めざるを得なかったということだ。そこで、働き続けるための一つの対策として、離職率などの就労実態情報を開示させることが提起された。離職率や平均勤続年数はブラック企業を見分ける重要な指標だ。有給休暇取得状況や所定外労働時間の実績は、長時間労働が常態化しているどうかの指標になる。育児休業の取得状況や管理職の男女比を見れば、女性が活躍できる職場かどうかが分かる。
法案では、「職場情報の積極的な提供」を事業主の努力義務とし、学生の請求に対しては提供を義務づける見通しだ。問題は、学生個人が開示請求を行う仕組みになっていることだ。「こんなことを尋ねたら選考からはずされるのではないか」と自己規制してしまう可能性が高い。ただ、情報提供が法制化されるということは、従来の若者雇用対策の流れから考えると、本当に大きな一歩だ。企業は、請求されるまでもなく、募集段階で必要な情報開示をすべきという議論を盛り上げていってほしい。
■声を上げられる主体形成を
若者雇用対策は、①学校教育、②マッチング、③就業継続、④再チャレンジ、⑤社会保障の5つの局面で考えていく必要がある。今回の法案では、就業継続ができる職場への就職を見通しながらの「マッチング」を中心に対策が講じられることになったが、今後、早急に取り組むべき課題もたくさんある。
一つは、労働法教育だ。法案には、「労働関係法令などの基礎的な知識の周知・啓発」も盛り込まれる見通しだが、日々学生と接する中で、知識だけでなく、声を上げられる主体形成に向けた教育が必要だと痛感している。例えば、残業代が支払われないとき、「君、仕事が遅いでしょ」と言われても、「そういう問題じゃない」と言い返すことができなければ、知識を生かせない。
実は、今行われている労働法教育では、集団的に労働条件を改善していくという「労働組合」の機能や活動はほとんど教えられていない。これも非常に問題だと思っている。キャリア教育の軌道修正も必要だ。自立を求めるばかりで、「みんなで助け合う」という発想が乏しい。「夢」「やりがい」「役割」が強調されるが、ともすればブラック企業就職への後押しになっている実態がある。現実に起きている労働問題を理解し、その解決に向けた心構えを実践的に学ぶ機会をもっと広げるべきだと思う。
急がなければいけないのは、「社会保障」に関わる対策だ。教育の機会均等を損なう「子どもの貧困」が深刻化している。現在、大学生の約半数が奨学金を利用しているが、有利子のものが多く、返済の負担は想像以上に大きい。返済があるから、ブラック企業で我慢して働き続けたという若者もいる。住宅問題も重要だ。日本では、若者向けの公営住宅が少なく、収入に占める家賃負担は非常に重い。奨学金の返済と家賃を差し引くと、生活費にも事欠くような状況がある。教育の機会均等を保障し、安心してやり直しができるよう給付型奨学金や公営住宅の拡充などのセーフティネットを整備していくべきだ。
今回の労政審報告では触れられていないが、多くの企業で実施されているインターンシップについて、学業を阻害したり、安価な労働力として利用していたり、選別システムになっているなどの問題が指摘されている。これも実態を調査し、ルール化を検討していく必要があるだろう。
(談/2月25日インタビュー)
上西充子 (うえにし・みつこ) 法政大学キャリアデザイン学部教授
1965年生まれ。東京大学経済学研究科博士課程単位取得修了。日本労働研究機構 (現:労働政策研究・研修機構)研究員を経て、2003年4月より法政大学教員。著書に『大学におけるキャリア支援―実践事例と省察―』『就職活動から一人目の組織人まで―初期キャリアの事例研究―』など。YAHOO!個人ニュース「若者の力を活かせる社会に向けて」を発信中。(http://bylines.news.yahoo.co.jp/uenishimitsuko/)
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouzenpan/roudouseisaku/index.html
「若者の雇用対策の充実について」の主な内容
①労働条件の的確な表示の徹底
②職場の就労実態情報の積極的な提供(※)
③ハローワークにおける、法令違反企業の求人の不受理
④新卒者の定着状況などが一定水準を満たしている中小企業の認定制度の創設※就労実態情報提供の項目
(請求があった場合、企業はア・イ・ウのそれぞれから1つ以上の項目を選択して提供)
ア 募集・採用に関する状況
過去3年間の採用者数および離職者数/平均勤続年数/過去3年間の採用者数の男女別人数 など
イ 企業における雇用管理に関する状況
前年度の育児休業の取得状況/前年度の有給休暇の取得状況/前年度の所定外労働時間の実績/管理職の男女比 など
ウ 職業能力の開発・向上に関する状況
導入研修の有無/自己啓発補助制度の有無 など
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年4月号」記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。