労働組合の基本はボトムアップ
ー芳野会長の労働組合活動の原点とは?
芳野 入社1年目、女性の課題に気づいて組合に相談に行ったら「それは女子の中で解決して」と言われたんです。「どんな些細なことでも改善していくと言っていたのにおかしくないですか!」と抗議したら、「自分が執行委員になってやれば」と言われて役員に立候補したんです。
首藤 そこから労働組合人生が始まったんですね。
芳野 1980年代半ば、男女雇用機会均等法施行の少し前でした。女性従業員比率は十数%という中で、女性執行委員は思いのほか注目され、何か形にしなければと焦りました。全電通では1960年代に育児休業制度の協約化を実現していたことを知り、「JUKIでも育児休業制度を導入したい」と執行委員会で提案したんです。当時は結婚・妊娠・出産退職が当たり前で、仕事ができる先輩がどんどん辞めていたからです。でも男性役員から「女性の幸せは、良き妻、良き母になること。そんなに頑張らなくていいよ」と言われ、悔しくて悔しくて…。でも、その時「他の組合がやっているから」という理由だけでは説得できないと気づきました。そして改めて職場の声を聞いて、課題を見つけ、一つひとつ解決していこうと…。
その本当の意味での組合活動の原点となったのは、「制服のリボンとベルト」問題です。昼休みに女性社員同士が「リボンとベルトがすぐヨレヨレになって困るよね」という話をしていた。調べてみると規程の貸与項目に入っていない。これも切実な問題だと考えて要求したら、一回目の労使交渉で「そんなに困っているのなら貸与しましょう」と会社からの回答があったんです。それを職場に伝えたら、女性たちが「こんなことも組合に言っていいんだ」と組合を応援してくれるようになりました。
私はがぜん勢いづいて1年かけて執行部を説得、再び「育児休業制度の導入」を提案し、1990年に実現したんです。制度ができてまもなく、妊娠がわかった女性組合員が「辞める理由がないから、この制度を使って仕事を続けます」と。それがきっかけで職場の雰囲気が大きく変わりました。
首藤 十数年前になりますが、『女性と労働組合』(高木郁朗・連合総合男女平等局編、明石書店)という本に、芳野会長が男女賃金格差の是正に取り組んだことが書かれていて感銘を受けました。職場の実態をデータで明らかにし、「男女で仕事が違うから賃金に差がある」と言われたら「なぜ男女で仕事が違うのか」にまで踏み込んで格差是正に取り組む。「これこそが労働運動なんだ」と思ったことを今も鮮明に覚えています。
芳野 ありがとうございます。ある時、女性組合員から「評価に納得できない」という相談を受けて実態を調べてみると、均等法で初任給は男女同一になったのに、評価にも賃金にも男女で明らかな差がある。これは原因をきちんと探らなければと思い、労使の「賃金専門委員会」に、もう一人女性を誘って参加し、データを分析したんです。その結果、最大値・平均値・最小値の単純比較だったのですが、見事に男女間の格差が「見える化」された。執行部では「これを出したらまずいのでは」という意見もあったのですが、「過去を否定するデータではなく、これからどうしていくのかを考えるためのものだ」と説得し、是正に取り組んだんです。
首藤 低い層の賃金を上げると自分たちの賃金が下がるという不安や懸念があったのかもしれませんね。
芳野 なので、格差是正の原資が確保できる状況の時に、上を下げずに下を上げるというやり方で取り組んできました。もう一つ、賃金を上げるには、一人ひとりのスキルを上げることが重要です。バブル崩壊後のリストラの過程で、正社員の女性が担っていた仕事が、派遣や契約社員などの非正規雇用の女性の仕事に切り替えられていきました。それは、やはり女性の仕事が低く評価されていたからだと思います。だから、男女の格差を根本的に是正するには、女性の仕事の価値を高めていかないといけない。単組には「組合員一人ひとりの仕事の与え方をチェックし、そのステップアップをサポートしていくことが組合の役割だ」と言い続けてきました。
首藤 大事なところですね。今、あからさまな差別はなくなりましたが、仕事の配置や雇用形態の違いが格差を生み出している実態があります。女性が非正規雇用を選ばざるを得ない状況をつくっておきながら、雇用形態が違うから賃金が低くても仕方がないと…。そこを崩していかないと、格差は是正できません。
芳野 だからこそジェンダーの視点が重要なんです。
首藤 労働者全体についても、賃金水準が低い人たちのスキルやモチベーションを上げ、賃金を上げていくことが、今、連合にいちばん期待されていることですね。
芳野 そこが最大の課題です。ジェンダーの視点を入れて、最低賃金の引き上げや、非正規雇用から正規雇用への転換なども含め取り組みを進めたいと思います。
当事者性、現場主義を徹底していきたい
ー連合は「真の多様性」を打ち出していますが、めざすべき社会像とは?
芳野 めざすべき到達点は、性別や国籍、障がいの有無などに関わりなく、一人ひとりが尊重され、社会に参画し、幸せにくらせること。でも、現状は、目に見えない差別や不利益があちこちに存在しています。まず、それに気づき、差別は人権の問題だということを強く訴えていかなければと思っています。
首藤 人権に関わる意識は、社会全体として薄れていると感じます。
これまでは、多様性や社会正義を謳いつつも、連合の大会のひな壇には男性がずらりと並んでいて、「連合自体、どこまで多様性が確保されているのか」という思いを抱かざるを得ませんでした。でも、今回、女性であり、中小企業の組合が8割を占めるJAM出身の芳野さんが連合会長に就任されたことは、真の多様性を実現していくために連合が変わろうとしているという大きなメッセージになったと思います。
芳野会長には「700万連合のトップ」としてだけでなく、すべての働く人のために行動してほしい。6700万の働く人たちは本当に多様です。連合として、多様な人たちが参加できる仕組みをつくることも必要ではないでしょうか。
芳野 労働組合はボトムアップの活動なので、当事者の参画が何より重要なんです。当事者が入ることで課題が明確になり、解決のスピードも上がっていく。おっしゃるように子育てや介護を担う人、外国人や障がいのある人が、もっと組合に関わることができる活動スタイルや仕組みをつくっていきたい。そうしなければ、本当の意味での労働者の代表にはなれないと思っています。
首藤 お話を聞いて「当事者性」を本当に重視されてきたことがわかりました。連合においても、当事者自身が声をあげ、行動する仕組みをつくっていこうとされているんですね。
芳野 単組と構成組織、連合では役割が違うし、やり方も違う。でも、労働運動の基本は、困っている人の声に気づき、その声を集めて、問題の解決に取り組むこと。そのためのツールはたくさん持ちたいと思っています。
連合が本気で動けば、社会を変えられる
ーコロナ禍で労働組合の活動のあり方も岐路に立たされています。新しい運動スタイルの構築については?
首藤 まもなく始まる春季生活闘争は、マスメディアにも頻繁に取り上げられる一大イベント。そこで何を掲げて何に取り組むのかが非常に重要です。最大のポイントは「賃上げ」です。従来の賃上げ目標だけでなく、非正規雇用やフリーランスで働く人たちの処遇改善をどう進めるのか。コロナ禍で生活が困窮する人たちをどう支援していくのか。そこを方針の中心において具体的に発信していけば、芳野会長への注目の高さと相まって連合運動への期待が高まるのではないでしょうか。
芳野 2022春季生活闘争方針は、組織内討議を経て12月2日に決定する予定ですが、これまでの方針は、各論のなかに格差是正や男女平等課題が並んでいました。今回、私は「連合運動すべてにジェンダー平等の視点を」ということを掲げましたので、闘争方針には必ずそのことを反映させたいと思っています。幸い産みの苦しみがあったおかげで、一致協力して新しい運動をつくろうという機運があり、さらに、これまでつながってきた職場や地域の女性たちの応援も大きな力になっています。
首藤 その熱い期待を求心力に変えながら、連合をまとめ上げ、次の行動につなげてほしいと思います。連合が、弱い立場にある人の声を受け止め、本気で動けば社会を変えられる。労働組合に対するイメージも変わる。振り向いたら、連合のバックにはたくさんの多様な労働者がいるということになるのではないでしょうか。
ー最後に読者にメッセージを。
芳野 「ガラスの天井を突き破るチャンスを逃してはならない」と考え、連合会長をお受けしました。女性のみなさんには、勇気を持って一歩を踏み出してほしいと思います。労働組合には仲間がいます。それがどれだけ大きな力になるか、組合役員のみなさんがいちばんよくわかっている。みんなでつながって、支え合って、その輪を広げていく。そして、多くの人がその輪につながりたいと思える連合にしていきましょう。
※この記事は、連合が企画・編集する「月刊連合12月号」をWEB用に再編集したものです。