東京工業大学を舞台に、神津連合会長と相原事務局長が特別授業を開催。
大学生からの鋭い質問に答える相原事務局長・・・授業の後半をお届けします。
神津会長の授業の様子はこちら。
「仕事の未来。みんなでつくろう。」
◀相原事務局長からの問題提起
相原事務局長は冒頭、「皆さんが将来、どんな仕事に就くとしても、今『働くこと』を考え、その基礎となる『ワークルール』に接することは、働く上での基盤となり、人生のセーフティーとなる。働く人たちは、つながり、影響し合っている。働き方改革の最大のポイントは、その点を意識し、働く人の尊厳を互いに認め、高め合うことだ」と述べた。また、「サプライチェーンとは、モノや情報の供給網と解されるが、働く一人ひとりが生み出す付加価値が積み上がるチェーンの姿は、まさにバリューチェーンと呼ぶに相応しい。小さな部品一つにも、何気ないサービスにも、働く仲間が生み出した付加価値がONされている。部品やサービスのプライスを適正に評価することは、働く仲間が生み出した付加価値を評価することと同義。連合は、働く者の立場からバリューチェーンの重要性を訴え運動している」と述べた。そして、「これから起こる社会・産業の変化と働き方改革」について、次のように提起した。
「仕事の未来を決定づけるポイントには、①技術革新、②人口動態、③気候変動、④グローバル化が挙げられる。これらは国際的な認識だが、特に日本は、急激なスピードで少子高齢化・人口減少が進行し、2050年には現役世代1・2人で1人の高齢者を支える社会が推計される。経済産業省の新産業構造ビジョンは、第4次産業革命によって最大約735万人の労働者がAIやロボットに代替される可能性があると指摘している。他の先進国では技術革新がもたらす雇用への影響についての危機感が非常に強い。現在日本は、極端な人手不足状況にあり技術革新と親和性が高いとされている。一方、政府は『稼ぐ力』をフォーカスするが、共に重要なのは、『雇う力』を高めることだ。技術革新の最先端を担う皆さんにはこの機会に『技術』と『雇用』の関係に思いを巡らせてほしい。効率や利便性はもちろん大事。ただそれだけを追求し、働く人が置き去りにされては持続性ある社会と言えない。仕事の未来をみんなでつくろう」。
◀学生からの質問
Q 介護職の処遇改善について
介護職の処遇改善や働き方改革については、どう認識されているのか。
相原 同年代の友人からも介護離職せざるを得ないという話を聞く。職場を離れる本人も辛く企業も大きな損失で社会全体の生産性を考える上でも問題だ。介護離職の背景には介護現場の疲弊がある。介護職の相対的な低賃金が介護人材の不足を招くという負のスパイラルにある。もし、このまま介護職員の人材不足が進めば、自ら退職し親を自力で介護せざるを得ないケースが頻発する可能性がある。介護職の処遇改善は喫緊の課題だが、その財源は私たちが支払う税・社会保険料などだ。負担のあり方に関するより国民的論議と合意が不可欠となっている。
Q AI導入による仕事の質的変化について
職場にAIが入った時の仕事の質の変化とはどういうものか。AI導入によって、生産性が向上し、働く人への分配を増やすこともできると思うが、どう考えるか。
相原 すでにさまざまな領域でAIを駆使した試みがなされ、現に、将来の仕事の変化を見越して企業の採用傾向も変化し始めている。
技術革新が、将来の雇用量と個々の仕事にいかなる変化をもたらすか両面を捉える必要がある。その際、仕事がAIに代替され雇用を失うと考えるのか、より高付加価値の仕事にシフトするチャンスと考えるかは重要な観点だ。例えば、融資に欠かせない投資判断はビッグデータに基づくAIに任せ、その分、人には将来を見据えた新たなビジネスモデルの開発やヒューマンリレーションの深化などの分野が期待されて良い。仕事の質的変化を受け止めつつ、社会全体の「雇う力」を高めることが重要であり、AIと人が織りなした成果は、適正に人に分配され好循環を生まねばならない。
Q 解雇の金銭解決制度について
産業や社会の変化に対応できない人も出てくる。今、解雇の金銭解決の議論があるが、そういう人はどうすればいいのか。
相原 今議論されている解雇の金銭解決制度は、雇用の流動化を念頭におく「解雇しやすい労働市場」を求める性格が強い。労働力人口が減少する日本は、人的資本を如何に高めるかが最優先課題だ。企業は、今後の技術革新に伴う職場のスキルチェンジに対し、より主体的な対応が求められる。新たな能力開発のプログラムと言って良い。なお、今の仕事に不満があっても我慢が先行し、働く人が疲弊してしまうケースも少なくない。その意味からは、セーフティネットの整備とそのあり方はより論議されて良いはずだ。
Q 外国人労働者受け入れについて
外国人労働者を入れると自国の労働者が仕事を奪われると考え、それを排除しようという動きが世界的に起きている。外国人も受け入れた上で全体の労働条件を引き上げていくほうが経済はうまくまわっていくと思うが、どう考えるか。
相原 非常に重要な問題だ。ドイツは、多様性ある人々を包摂して発展するというEUの理想をリードする形で移民を受け入れてきたが、国内世論を二分する現実もある。
日本においては、技能実習制度を悪用するケースが後を絶たない。人権問題に発展する劣悪な環境に置かれる外国人労働者の姿がある。まずは、そうした現実を改めつつ、賃金をはじめとする労働条件の改善を求めたい。そうでなければ、今後、日本を選択してもらえる保証はない。一方、人手不足から外国人労働者を前提とした業種も散見される。政府は、人手不足の業種を中心に年間50万人の外国人労働者を受け入れるべく、技能実習期間の見直しなどを行った。5年の期間を10年まで可能とする一方、家族の帯同は認めないなど人権上の問題も指摘されている。また、今後、日本の労働力人口は加速度的に減っていく。技術革新がもたらす雇用への影響や高齢化による介護人材不足など、現実を見据えつつ、社会の安定と労働力の確保、そのあり方を真正面から議論する局面にもあると認識する。
講義を終えて From 東工大生
●自分の人生と労働は切り離せないものだからこそ、ワークルールの知識を身につける必要があるとわかりました。
●今まで技術と労働のつながりを考えたことがありませんでしたが、技術が労働に及ぼす影響について聞けたことは、技術者をめざす自分にとって、とても重要でした。
●宅配便の再配達が社会の生産性を低下させるかもしれないというお話を聞き、再配達を当然だと思っていた自分の姿勢を改めなければならないと思いました。
●私たち消費者が安い商品を過剰に求めることが社会全体の不利益につながるのだと感じました。価値を正当に評価することが大切だと思いました。
ワークルールが身近な問題に
筆者が担当する「社会学A」において、2週にわたって、連合の神津会長、相原事務局長にお話をいただきました。なおこのゲストレクチャーには、前週までに2種類の働き方改革関連法案に関する資料を読んだうえで、同法案に対する賛否を各自考えるという課題を学生たちに課して挑みました。当日、神津会長からは現在の日本が置かれた諸課題に対する懸念を、相原事務局長からは将来日本が直面する課題に対して何をすべきか、という点を中心に、さまざまなワークルール上の諸課題、労働組合やワークルールの重要性について、それぞれおよそ1時間にわたってご講演いただきました。
神津会長のお話では、労働組合の役割、そして連合の取り組みについて、それからご自身が楽観論者であると言われる意味合いや職場における男女共同参画についてのお考えも語っていただくことができました。相原事務局長には豊富な身近な事例を切り口にしながら、本学学生に対して将来の少子高齢化やAIによる労働市場の変化などが予想されるなか「雇う力」を持てるようになってほしいということ、それからこうした諸課題を技術的に、そして社会的に解決できる人材になってほしいというメッセージを情熱的に語りかけていただきました。
両日とも講演後は学生からの挙手が相次ぎ、30分の質問時間はあっという間に経過していきました。授業後もお二人を囲んで熱心に質問する学生の姿が見られたことも印象的です。ちょうど働き方改革関連法案の成立を巡って、連日報道が加熱していたこと、さらに理工系総合大学という本学の性質を踏まえて実施いただいたお二人のお話に触発されるかたちで、学生たちにとってもワークルールが身近で誰にとっても関係ある主題であることを改めて理解することができました。中等教育までの教育課程で十分にワークルールを学習する機会が乏しいことを鑑みても、とても貴重な機会でした。ありがとうございました。
西田亮介(にしだりょうすけ)
東京工業大学 リーダーシップ教育院准教授
※この記事は連合が企画・編集する「月刊連合8・9月合併号」をWEB用に再編集したものです。