7つの絆

 

核兵器廃絶・被爆者支援

核兵器のない世界をめざして

 連合は、核兵器の廃絶と恒久平和を実現するため、そして被爆者援護施策の充実をはかるための運動に取り組んでいます。

 1945年8月6日午前8時15分、広島に飛来したアメリカ軍のB-29爆撃機「エノラゲイ」が濃縮ウラン使用の原子爆弾「リトルボーイ」を投下。原子爆弾の爆発がもたらす衝撃波(爆心地付近で秒速約440m)、熱線(爆心地付近の地表温度で摂氏約3,000~4,000度)、放射線により、約14万人が犠牲となりました。

広島平和記念資料館 提供(撮影者:米国戦略爆撃調査団/提供者:米国国立公文書館)

 続く1945年8月9日午前11時2分、長崎に飛来したアメリカ軍のB-29爆撃機「ボックスカー」が「リトルボーイ」の1.5倍の威力を持つプルトニウム使用の原子爆弾「ファットマン」を投下。同じく、原子爆弾の爆発がもたらす衝撃波、熱線、放射線により、約7万4,000人が亡くなり、約7万5,000人が重軽傷を負いました。

長崎原爆資料館 所蔵

 さらに、広島でも長崎でも原子爆弾炸裂時の高熱により、「キノコ雲(原子雲)」が発生。その熱気が上空で冷やされて雨となった際、原子爆弾投下時の泥や埃、煤などを含んで黒く粘り気のある雨となったことから、「黒い雨」と呼ばれました。
 この「黒い雨」が強い放射能を帯びた放射性降下物であったため、雨に打たれた人に二次的な被爆を生じさせ、頭髪の脱毛、歯茎からの大量出血、急性白血病による大量吐血などの重篤な急性放射線障害を引き起こしました。また、衝撃波や熱線の影響がなかった地域まで降り注いだり、風によって拡散したことで、広範囲に深刻な被害をもたらしたのです。

広島平和記念資料館 提供(撮影者:米軍/提供者:広島平和記念資料館)

 その後も、今日に至るまで多くの被爆者が白血病、がんをはじめとする放射線障害などに苦しまされ、後世にも影響を及ぼしています。

 連合は、世界唯一の戦争被爆国のナショナル・センター(労働組合全国中央組織)として、「ノーモア・ヒロシマ」、「ノーモア・ナガサキ」の声を全世界に届け、核兵器廃絶を全世界に訴え続けていきます。

核兵器廃絶に向けた国際的な運動

 1996年7月8日、国際司法裁判所(ICJ)は、国連総会からの諮問に対する勧告的意見の中で「核兵器の威嚇または使用は、武力紛争に適用される国際法の規則、特に国際人道法上の原則および規則に一般的には違反するであろう」と結論付けました。
 しかし、核兵器の保有を一律に禁止する国際的枠組みはできていません。世界には未だに約1万3,130個もの核弾頭が存在し、人類は核兵器の脅威にさらされ続けています。 2021年6月1日現在、ロシア(約6,260個)、アメリカ(約5,550個)と、この2ヵ国が全体の90%以上を占めています。

【出典:長崎大学核兵器廃絶研究センター

 広島の爆心地付近に立つ「原爆ドーム」。もともとは1915年、「広島県産業奨励館」として建設され、広島の地場産業振興と密接に関連した施設でした。
 しかし、1945年8月6日午前8時15分の原子爆弾炸裂時の衝撃波により、中央のドーム部分以外がほぼ全壊。1950年代には取り壊しの検討がなされたものの、原子爆弾の記憶を後世に残す史跡として保存を求める運動が高まり、1966年に広島市議会が満場一致で永久保存を決定しました。
 さらに、被爆50年を経た1996年12月5日、連合広島も参画した署名活動などが実を結び、原爆ドームがユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録されました。
 人類が犯した悲惨な過去の事実を伝え、同じ悲劇を二度と起こさないための戒めや願いを込めて、「負の世界遺産」とも呼ばれています。
 2004年10月21日、連合は、核兵器廃絶に長く取り組んできた2団体、原水禁(原水爆禁止日本国民会議)、KAKKIN(核兵器廃絶・平和建設国民会議)とともに、核兵器廃絶と世界の恒久平和実現に向けて平和運動を3団体の統一行動として展開し、国民的な運動をつくりあげることを確認しました。
 核軍縮を目的に、アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国の5ヵ国以外の核兵器保有を禁止する国際的枠組みとして、「核兵器不拡散条約(核兵器の不拡散に関する条約:NPT)」が1970年3月5日に発効しました。
 この条約は、「核兵器の不拡散義務」「核軍縮の交渉義務」「原子力の平和的利用」を3本柱としています。また、この条約の運用状況を検討するため、1995年から5年に一度、ニューヨークの国連本部で開催されているのが「核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議」です。
 連合は、2005年以降、関係団体と連携して、この会議に「核兵器廃絶ニューヨーク行動」として参加を続けるとともに、「核兵器廃絶1000万署名」を実施。集めた署名は日本国政府と国連に提出し、国際社会への呼びかけを続けています。2020年のNPT運用検討会議に向けても署名活動を展開した結果、約824万筆超の署名を集めることができました。
 また、核兵器保有国への働きかけとして、核兵器保有国の駐日大使館や総領事館に対し、核兵器の削減・廃絶と核兵器開発の中止を訴える行動を続けています。

2015核兵器廃絶ニューヨーク行動(左:ニューヨーク中心部でのデモ行進、右:署名の国連提出)

すべての被爆者に、国家補償に基づく支援を

 現在、1995年7月1日施行の「被爆者援護法(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律)」にもとづき、広島市長・長崎市長・都道府県知事から「被爆者」と認定されると、「被爆者健康手帳」が交付され、健康診断や自己負担なし(保険給付以外の自己負担分を国が負担)で医療などを受けることができます。
 また、原子爆弾による放射線などが原因の病気や怪我について、厚生労働大臣から「原爆症(=その病気や怪我が原子爆弾の障害作用によるものであり、現に治療を必要とする状態にある)」と認定されると、医療特別手当や自己負担なし(全額を国が負担)で医療が受けられます(※「被爆者の認定=被爆者健康手帳の交付」とは別です)。
 しかし、この原爆症について、その認定率が1990年代には「被爆者」の約1%と低かったことから、2003年以降、原爆症認定を国に求める集団訴訟が各地で起こされました。
 この原爆症認定集団訴訟は、2008年3月17日(最終改正は2013年12月16日)の「(原爆症認定に関する)新しい審査の方針」決定、そして2010年4月1日の「原爆症救済法(原爆症認定集団訴訟の原告に係る問題の解決のための基金に対する補助に関する法律)」施行により終結に向かっています。
 一方、被爆二・三世の健康不安や、長崎の「被爆体験者」に対する援護の問題など、すべての被爆者が十分な援護を受けているとは言いがたい状況です。
 連合は、関係団体との連携による要請行動などを通じ、一刻も早い解決に向けて取り組んでいます。

 連合の求める「被爆者援護政策」はこちらです。