未来の若者のことも考え、定年延長への認識を一つに
「希望者全員の65歳までの雇用確保」として「継続雇用」を選ぶ企業が多い中、フード連合キッコーマン労働組合は昨年7月、他に先駆けて定年延長制度の導入を実現した。定年延長は、賃金や退職金などの面でハードルが高く、現役世代の理解も得にくいと言われているが、様々な課題をどのように乗り越えたのか。組合員の声を聞きながら、労使交渉を粘り強く行ってきた津崎委員長と内田副委員長に聞いた。
定年延長を軸とした処遇向上が必要
定年延長制度導入に至る経緯とは?
発端は2010年秋闘で「65歳定年延長制度の導入」を要求したこと。これを受けて労使の「定年延長に関する専門委員会」で議論がスタートしたが、会社側は時期尚早とし、結論を得られなかった。そのためシニア社員制度の改善に取り組み、マスター社員制度を新設した。しかし、現役時と同様の役割を求められるシニア・マスター社員もいる中で「処遇が低い」との声が上がるようになった。そこで、組合は、定年延長を軸とした処遇向上が必要との課題認識を持ち、2018年に組合独自で「60歳以降の雇用に関する委員会」を設置。本部役員と6支部の委員長をメンバーとして、現場の声や他社事例の情報を共有して議論を深めた。
そのようなタイミングで2019年1月に会社から「65歳定年延長制度導入」の提案がなされた。60歳以降の組合員の大きな処遇向上につながる提案であり、できる限り早期の労使合意をめざして協議を進め、2020年5月に合意に至り、7月より制度が導入された。多岐にわたる論点について議論が必要となる協議案件ではあったものの、組合側はすでに独自委員会で論点整理ができていたことから、職場の声を踏まえた十分な議論を行いつつ、スピード感を持って交渉を進めることができた。
現役世代の賃金カーブに手を付けない
労使協議における論点や制度設計のポイントは?
前提として「現役世代の賃金カーブに手を付けない」ことを確認した。会社提案も「59歳までは現行水準を維持する」というものであり、そこを労使のスタートラインにできたことは、具体的な議論を進めていくうえで大きかった。
賃金水準について、会社は当初「高年齢雇用継続給付金(60歳以降の賃金が以前の75%未満になる場合、最大で15%分が支給される制度)を含め、年収レベルで59歳時の70%」を提示したが、組合からは60歳以降の新たな期待役割を踏まえれば70%では低いと主張し、最終的に「高年齢雇用継続給付金を含め年収の75%とする」ことで合意した。また、高年齢雇用継続給付金の支給額が法改正等で変更となる場合、不利益が発生しないよう賃金水準を見直すことも確認した。
対象は、役職継続が原則不可となっている「課長・グループ長・支店長・チームリーダー・職長・班長」以下の社員とし、役職継続が可能な「本部長・工場長・支社長・部長等」が役職を継続する場合は「在任中は等級・賃金変更なし」という整理をした。
「退職金制度の不利益変更を認めない」こともポイントだった。定年延長により60歳以降の年収水準が大きく向上する中で、「60歳時の退職金水準を65歳にシフトする」という会社提案には同意したが、現行制度と比較して不利益が発生しない仕組みとすることを求めた。実質的には60歳以降は退職金の積立が行われない仕組みとなるものの、従来は60歳で退職金を受け取り、自身で運用することもできていたことを踏まえ、運用益確保の機会損失分を補填する対応として「年率1・5%で運用できたと仮定した金額を上乗せする」ことで支給水準を引き上げる仕組みとした。また、60歳で退職金を受け取ることを前提にライフプランを立てている組合員もいることから、退職一時金相当額について無利子の貸付制度を新設し、DC(確定拠出年金)とあわせて全体の70%は60歳で受け取ることができる仕組みとした。
さらに、財形や医療保険などの各種福利厚生制度は適用を65歳に延長した。
賃金が100%未満なら求められる役割や責任を明確に変更する
年収が75%になることについての組合員の理解は?
理解を得るには、コース・職種ごとに設定されている「期待役割」の明確な変更が必要だと考えた。そこが労使協議の最大のポイントの一つだった。
組合は「同じ役割・責任を担い続けるなら賃金水準は59歳以前の100%、賃金水準が100%未満となるなら求める役割・責任を明確に変更する。年収が75%になる理由としても役割変更は必須」と主張した。会社も歩み寄り、「業務革新」「企画立案」という期待役割については、60歳以降「業務改善」「組織運営サポート」に変更し、賃金と整合性がとれるように制度設計していくという合意ができた。また、「期待役割」は抽象的な表現となっているため、コース・職種ごとの具体的な業務変更内容と見直しの進め方を明記した「60歳以降の働き方に関するガイドライン」を、組合員の声も反映させながら作成した。制度の根幹は、60歳以降もいままでの経験知を活かして、貢献できる仕事を担っていくこと。そのようなメッセージが伝わる制度にしようという思いを強く込めた。
フルタイム以外の選択は?
健康面や介護などで週5回勤務が難しい場合は、週3パートを選択できるが、パートから再度正社員に転換はできない。また、65〜68歳については、技術伝承を目的とする熟練OBパートタイマー制度がすでにあり、運用が継続されている。60歳を過ぎると体力に不安を感じる人もいるので、体力測定や、腰痛防止・転倒防止などの安全対策を強化している。改正高年齢者雇用安定法で「70歳までの就労確保」が努力義務となったが、そこは今後の課題だ。
組合員の受けとめは?
リタイア後は地元の地域活動などで活躍するOBが多く、60歳で区切りをつけたいという声もあった。組合は「自分のことだけ考えれば、このままがいいのかもしれないが、未来のことを考えれば、定年延長は重要な社会的要請であり、キッコーマン労使としてそれにどう向き合うかという問題でもある。未来の若者のことも考えた上で認識を一つにしていこう」と呼びかけ、支部役員の合意を取り付けた。ちなみに、若い世代からは、すでに役職定年の考え方を整理していることから、役職登用への影響を心配する声は出ていない。
制度導入から1年。課題は?
現在、制度適用の組合員は約90人。ガイドラインにもとづいて役割や責任の見直しが行われているかのチェックを行い、必要な場合は是正を行っている。今後は、組合員ヒアリング調査を行い、その結果を踏まえて理解促進や見直しに取り組んでいく予定だ。
連合への要望は?
フード連合の約300の加盟組合のうち8割は中小組合。中小では、役職定年の議論が始まったところもあり、定年延長のハードルは特に高い。今回、後に続く加盟組合のためにも、現役世代の賃金カーブを下げないことを前提に最低でも年収75%を確保することにこだわったが、世の中に制度を広げるには支援制度の整備が不可欠だ。連合には、60歳以降の労働者のモチベーションアップにつながる処遇向上や労働環境の整備について様々な事例を共有し、積極的な情報発信を行ってほしい。
※この記事は、連合が企画・編集する「月刊連合10月合併号」をWEB用に再編集したものです。