新型コロナウイルス感染症について、台湾はデジタルを活用した迅速な対応で封じ込めに成功し、世界から注目を集めた。そのキーパーソンとなったのが、デジタル担当政務委員(閣僚)であるオードリー・タン氏だ。めざすのは「誰も置き去りにしないデジタル社会」。
新時代のデジタルと多様性と民主主義の連携をテーマに話を聞いた。(7月21日開催の連合サマートップセミナーの基調講演より構成)
オードリー・タン(唐 鳳)Audrey Tang
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
1981年台北市生まれ。8歳から独学でプログラミングを学び、14歳で中学を自主退学。19歳の時にシリコンバレーで起業。24歳の時にトランスジェンダーであることを公表。その後、Apple社で人工知能Siriのプロジェクトに加わる。2016年、35歳で蔡英文政権に入閣。2019年、米国外交専門誌『フォーリン・ポリシー』の「グローバル思想家100人」に選出。著書に『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)、『オードリー・タン 自由への手紙』(講談社)など。
人と人をつなぐデジタル
今日は、お招きいただき光栄です。私は、2016年に台湾のデジタル担当政務委員に就任しました。デジタルによってどんな社会変革を進めてきたのか、その経験をお話しします。
デジタルとは、単なるIT(情報技術)の話ではありません。ITは機械と機械をつなぐものですが、デジタルは人と人をつなぐものです。私は、デジタルが国境や権威を越えて様々な人々の意見を広く集めることに優れていると気づきました。そこで、デジタルと民主主義をつなげることを考えました。民主主義の起源は、古代ギリシャにさかのぼりますが、以来、ソーシャル・テクノロジーとして改善が重ねられてきました。そして、現在台湾で実践されているデジタル民主主義は、政策の意思決定において透明性を高めるプロセスとして機能しています。その根幹は、国民と政府の相互的な信頼であり、政府と国民が双方向で議論できるようにすることです。国民の意見が伝わりにくいという間接民主主義の弱点を、デジタルの力で誰もが政治参加できる環境に変えていこうとしているのです。
民主主義とは投票だけではありません。社会の様々な問題の解決に対して、 まだ投票権を持たない若い人たちも、「もっと良い方法」を提案し、社会を変えていくことができます。 デジタルとは多くの人々が一緒に社会課題を考えるツールであり、社会のイノベーションに寄与するものです。
ひまわり学生運動をライブ配信
いくつか例を挙げたいと思います。2014年3月、台湾で「ひまわり学生運動」が起きました。中国とサービス貿易協定を締結しようとした政府に対し、学生たちが異を唱え、対話を求めて立法院(国会)を占拠したのです。なぜ、占拠したのか。私は、学生やその支援団体に話を聞きました。団体は20以上ありましたが、それぞれの主張があり、どれも説得力がありました。そこで、私は学生たちが占拠する立法院内の様子をg0v(gov-zero/政府に徹底した情報公開と透明化を求める民間団体)のメンバーとともにインターネットでライブ配信をしました。そして、立法院の内外をつないで支援団体が話し合えるプラットフォームをつくりました。その結果、要求は4点に集約され、学生たちはそれを立法院議長に提案。当時の議長はそれが合理的なものであると認め、すべての要求に応えたのです。
デジタルを使って、透明性を確保し、参加者相互の信頼構築と価値の共有をはかることができました。この経験から、 台湾の人々は「デモとは、圧力や破壊行為ではなく、 たくさんの人に様々な意見があることを示す行為である」ことに気づき、政治とは国民が参加するからこそ前に進められるものと実感するようになったのです。
社会セクターとの共創によるマスクマップ
新型コロナのパンデミックへの対応においても、デジタル民主主義が機能しました。台湾においては、社会セクターが最も重要な分野と見なされていて、官・民のセクターより上位にきます。コロナ対策も、社会セクターから迅速に、公正で遊び心のあるアイデアが多数寄せられ、実現されました。政府も「1922ダイヤル」という、誰もがアクセスできるフリーダイヤルやウェブサイトを開設し、新型コロナに関する疑問や要望を受け付けました。
想像してみてください。同じ人たちが同じ議題について話し合うけれども、その場所が違っていたらどうでしょう? 一つは、ミュージアムや公園、大学のキャンパス。もう一つは、ナイトクラブなどお酒の席。騒がしくて会話が聞こえにくいから、時に叫んだりすることになるでしょう。そんなふうに話し合う場所の環境が違えば、おそらく結論も異なるものになるのではないでしょうか。だから、私たちは、広告主の利益に配慮する必要がない、独立した空間で公共の問題について話し合えるプラットフォームを整備したのです。議題そのものに焦点を当てて意見を交わすことができるからこそ、有効な解決策を創造できるのです。これも社会セクターから生まれたアイデアです。そしてこの社会セクターの助けによって、台湾では早々にマスクの入手状況を見える化することができました。感染防止に不可欠なマスクが手に入らなくなれば、パニックが起きます。それを察知した社会セクターのエンジニアが、自発的にSNSで在庫状況を追跡できるマップをつくりました。政府は国内で生産するマスクをすべて買い上げ、本人確認をして販売することにしていましたが、1000人もの民間エンジニアが共創し、いつ、どこで、マスクが入手可能かを示すアプリを、ほぼ3日間で完成させたのです。これによって政府の姿勢が可視化され、市民に安心感が生まれました。また、ワクチンについても、社会セクターが市民の意見を集め、政府がその分析に基づく配分システムを構築しています。社会セクターが主導し、政府セクターが増幅させ、民間セクターが広く提供するというパートナーシップが実践されているのです。
以上、簡単ですが、台湾におけるデジタル民主主義の実践についてご説明しました。この後は、Q&Aを通じて議論を深めたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
※この記事は、連合が企画・編集する「月刊連合8・9月合併号」をWEB用に再編集したものです。