「ワークルール検定」ならぬ「ユニバーサルマナー検定」をご存知だろうか。障がい者や高齢者に関する基礎知識や適切なサポートの実技を学べる民間資格検定で、2013年のスタート以来受講者数は累計10万人超。開催まで1年を切った東京オリンピック・パラリンピックに向けても、ユニバーサルマナーが求められる場面は増えそうだ。
どうすれば身につけられるのか。日本ユニバーサルマナー協会の岸田ひろ実理事にそのポイントを聞いた。
自分とは違う誰かの視点に立って
─「ユニバーサルマナー」とは?
街には、高齢者や障がい者、ベビーカー利用者、外国人など、 時に不便を感じている人々が行き交っています。そうした多様な人々に向き合うためのマインドとアクションを「ユニバーサルマナー」と名づけました。 困っている人を目の前にして「何かしたい」 と思っても、声をかけられずにいる人はたくさんいます。でも、自分とは違う誰かの視点に立って行動し、コミュニケーションをとることは「こころづかい」の一つと考えたら、一歩踏み出せるはずです。
階段や段差をなくすことはすぐにはできなくても、人から手を貸してもらえれば越えられる。ハードは変えられなくても、ハートは今すぐ変えられます。社会を変えていける。それがユニバーサルマナーの考え方です。
─講師になられたきっかけは?
これまでに3回の転機がありました。息子がダウン症で知的障がいがあると言われたこと、夫が39歳の若さで心筋梗塞を起こして亡くなったこと、そして12年前、私自身が大動脈解離で倒れ、後遺症で胸から下が動かなくなったこと。絶望しながらもリハビリに励み、車いすで娘と神戸の繁華街に向かいましたが、現実は厳しかった。駅ではエレベーターを探して右往左往し、道は平坦ではなく、レストランや洋服店は段差や狭い通路で入れない。どれもこれも自分で歩いていた頃には気づかなかったことばかりでした。私は疲れ切って「死んだほうがまし」と口にすると、娘は「死にたいなら死んでいいよ」とまさかの選択肢を与えてくれました。そう言われてからは心が少し軽くなり、自分に何ができるのかを考え始めることができたんです。
歩けなくても人の話は聴けると、心理カウンセラーとして活動していた頃、娘から「うちの会社で働いてみない」と声をかけられました。私が倒れた時、娘は17歳。大変な状況の中、猛勉強して希望の大学に合格し、在学中に2人の先輩と(株)ミライロを創業していました。当初は企業研修などを通じてユニバーサルマナーを伝えていたんですが、メディアに取り上げられる機会が増え、一般の方からも研修を受けたいという要望があって、新たに「ユニバーサルマナー検定」を立ち上げようとしていました。そのために車いすの扱い方や障がい者との接し方を伝えられる講師が必要だからやってみないかと…。
ユニバーサルマナーの大切さは身をもって実感していました。講師になって、自分を必要としてくれる人たちがいることがわかって、本当に死ななくて良かったと思えました。
「何かお手伝いできることはありますか?」は魔法の言葉!
─検定で学べることとは?
2013年に始めたユニバーサルマナー検定は、障害者差別解消法施行や東京オリンピック・パラリンピックへの対応準備もあって年々受講者が増えています。カリキュラムは当事者講師が監修しているので、細やかな配慮を身につけられると好評で、3級、2級、1級とレベルアップしていけます。
ポイントは、まず声かけです。「大丈夫ですか?」と言われると、「大丈夫です」と返してしまいがちですが、「何かお手伝いできることはありますか?」と声をかけられると、何をしてほしいか素直に伝えられる。私は、これを「魔法の言葉」と呼んでいます。
実技では、車いすの操作などサポートの基本を学んだ後、アイマスクをつけたり、車いすに乗ったりして、サポートされる側の視点を体験します。多様性やダイバーシティと言われても、「自分とは違う誰か」を身近に感じる機会がないとその本当の意味を理解するのは難しい。だから、身近に接して、その視点に立って理解できるように工夫しています。体験したからこそ、身につけられる“配慮”があるからです。
「伝えること」「見守ること」「知ること」
─コロナ禍の影響は?
ソーシャルディスタンスが求められる中で、積極的なサポートは難しくなっています。私自身もできるだけ外出を控えてきましたが、食料品の買い物に行くと、マスクやシートで隔てられ、サポートをお願いしにくくなっていると感じます。
ミライロでは「新型コロナウイルスが障がいのある方の買い物にもたらす影響」を調査しましたが、感染対策への不安に加え、「介助者にサポートを依頼しては迷惑ではないか」「障がいに関連した理由によりウイルス対策が完全でないことで特異な目で見られるのではないか」といった悩みが寄せられました。そこで、「WITHコロナでも実践できるユニバーサルマナー」を提案しています。ポイントは、「伝えること」「見守ること」「知ること」。例えば視覚障がいのある方に声をかける時は、「私はマスクをしています」など自分の情報を伝えます。少し離れたところから見守り、いざという時に駆けつけることができるだけでも十分なサポートになります。情報を集め、当事者がどんなことに困っているのかを知ることも、コロナ禍でできることの一つです。
─東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けては?
東京大会開催が決まって、障がい者への理解は格段に深まりました。周りから声をかけていただく機会が増え、街中で車いすユーザーを見かけることも多くなりました。私たちも、「東京大会は人の対応も素晴らしかった」と言ってもらえるよう、ユニバーサルマナーの普及に力を入れてきました。
ただ、コロナ禍による延期で、少しその流れが緩やかになったとも感じています。大会終了後に再び関心が薄れることのないよう活動を継続していきたいと思います。
働き方にもユニバーサルデザインを
─連合、労働組合に期待することは?
最近、企業の労働組合や地方連合会から研修の依頼をいただくことが増えました。これからもユニバーサルマナーを一緒に広めていただければと思います。
もう一つ、障がい者雇用の現場では、コロナ禍で様々な問題が出てきています。その実態を把握し、障がい者が働きやすい環境づくりを進めてほしい。それは、多様な人たちの働きやすさにもつながります。働き方のユニバーサルデザインに取り組んでいただけるとうれしいです。
─ありがとうございました。