未来に向けて、百万本のバラを — 子ども・若者が希望を持てる社会へ —

2019年2月4日

2019年最初の対談ゲストは、「百万本のバラ」をはじめとする多くのヒット曲で知られる歌手の加藤登紀子さん。ユニバーサル志縁センターの会長として、子どもの貧困や若者自立支援にも取り組んでいる。

今年生まれてくる子どもたちが、バラ色の未来を描けるような社会にするには何が必要か。政策・制度の枠を超えて、私たち自身にできることは何か。「支え合い・助け合い」をどう実践するのか。広く深く熱く語り合った。

いろんな花を束ねて

山本 ユニバーサル志縁センター立ち上げの経緯をお聞かせください。

加藤 新しい世紀を迎えて、素晴らしい時代にしなくちゃと思っていたら、日本は、若者やお年寄りが孤立し、格差や貧困が広がる「無縁社会」になっていた。でも、地域の縁を結び直そうと活動する人たちもいる。もう一度、この時代を生きている者同士が、手を携え支え合っていける新しいプラットフォームをつくろう。そんな思いからユニバーサル志縁センターが構想されました。
代表理事の池田徹さんが昔のよしみで声をかけてくれて、集まってくれたさまざまな活動を束ねて大きな花束をつくるような気持ちでやっていけたらと思ったんです。具体的にはNPO事業サポートセンターと地域創造ネットワーク・ジャパンという2つの団体を統合する計画を立てていたんですが、その最中に東日本大震災が起きた。これは急いだほうがいいと2011年7月に設立しました。

山本 連合は、設立から参加していますが、その問題意識とは?

神津 連合も、2000年代半ばから、格差の拡大やワーキングプアと言われる働く貧困層の急増に危機感を持ち、「STOP THE 格差社会!」キャンペーンを展開していました。短期利益を追求する経営と労働規制緩和が相まって、非正規雇用が急増し、暮らしの安心が揺らぎ始めた。連合は、労働者保護の強化やセーフティネットの拡充を求めると同時に、地域に働き暮らす者同士が互いに助け合える基盤をつくっていく必要があると考えました。そこで、「地域に根ざした顔の見える連合運動」を合言葉に、地域組織を拠点化し、ろうきんや全労済、労福協などの労働者福祉ネットワークを生かして、何でも相談できるワンストップサービスを始めたんです。そんな中で行政や地域のさまざまな団体との接点も生まれました。連合には、それを束ねるコーディネーターの役割も求められていると考え、設立に参加しました。折しも、2012年が国連「国際協同組合年」に定められ、市場経済だけでは解決できない、貧困根絶や雇用創出などの課題への協同組合の貢献を評価し、その発展を促そうという動きにも後押しされたのだと思います。

 

社会への出発点でハンディを負う若者

山本 ユニバーサル志縁センターでは、「社会的養護下にある子」の支援に向けて首都圏若者サポートネットワークを立ち上げましたが、加藤さんは、子どもや若者の現状をどう見ていますか。

加藤 「社会的養護下にある子」、つまり里親家庭や児童養護施設などで暮らす子どもは、現在約4万6000人。そのいちばんの課題は「自立支援」なんです。施設にいられるのは原則18歳まで。18歳をすぎると施設を出される。住むところもなく、お金も持っていない。家が見つかったとして、敷金は? たとえ就職したとしても、初任給が出るまでの生活費や住居費は? 進学したとしても授業料や家賃、生活費の問題がある。困った時の相談相手もいない。そこの支援が圧倒的に足りない。この問題を社会は知らないんです。そこで、「首都圏若者サポートネットワーク」を設立し、支援者のネットワーク、継続的な資金集めとその助成の仕組みづくり、就労・キャリア支援に取り組み始めました。

山本 社会への出発点でのサポートは、本当に重要ですね。今、初職が非正規雇用という人が4割ともいわれています。正社員になれないまま、非正規の仕事を転々として、スキルも賃金も上がらない。結婚もできない。子どもも持てないと…。

加藤 非正規雇用はほとんどが有期契約で、同じ職場に長期間いることができないでしょう。仕事を通じて経験を積み、成長していくプロセスが奪われる。それは、若い人にとっても、企業にとっても、社会にとっても、大きな損失ですよね。

神津 おっしゃる通りです。「働く」ことの喜びは、仕事に打ち込んで、自分の能力が高まって、それが世の中の役に立っていると実感できることにある。ところが、この20年、そんなことはどうでもいいと人件費削減が優先されてきた。

加藤 その上、セーフティネットがまったくない。フリーター的な働き方が出てきた時、最初は、そういう組織に縛られない人たちの中から、新しい文化やマーケットが生まれてきたら面白いなって思っていたんです。でも、私が運営している鴨川自然王国に農業をやりたいと訪ねてくる若者たちの話に耳を傾けるようになって、ひしひしと感じますね。みんな楽しそうにしてるけど、例えば病気になるとかそんな時は本当に大変です。

神津 そう、セーフティネットの脆弱さこそが日本が抱えるいちばんの問題なんです。

 

新しい社会ビジョンを求めて

山本 なぜ、若者が成長の機会や希望を奪われる社会になってしまったんでしょう。

加藤 私が大学に在学していた1960年代後半の学生運動には、社会が徹底的に破壊されてしまった終戦からまだ時が経っていなかったから、ゼロベースから新しい社会をつくろうというみずみずしい思いがありましたね。正しく生きるとは何か、富はどう分配されるべきか、労働はどうシェアされるべきなのか、真剣に考えた。それからわずか半世紀しか経っていないのに、何だか社会がすっかり老齢化して、行きづまり感が強いですね。

神津 まさにゼロからのスタートのなかで日本は高度成長を成し遂げた。それは事実ですが、問題は、いまだその成功体験から抜け出せないこと。日本人は勤勉で、会社のために一生懸命働いてきた。ただ、あまりにも一丸となって頑張りすぎると、理不尽なことも我慢してしまう。過労死弁護団の川人博弁護士は、過労死が起きる職場では、同時に業務の不正が起きやすいと指摘しています。短期利益追求の経営がいきすぎると、職場に無理が生じる。

加藤 背景には、グローバル化もありますよね。多国籍企業は、最大利益を求めて世界を駆け巡る。生産拠点は安い労働力を求めて移っていき、労働者は高い賃金を求めて移動する。人口は、先進国ではどんどん減少し、途上国から流入してくる。お金を動かすだけで巨万の富を手にする人が出る一方で、多くの人が貧困化し、絶望的な格差が拡がっていく。これは、全世界を一つのマーケットにしようというグローバル化の必然の帰結なんです。
では、どうやって希望を取り戻すのか。グローバル化による破綻を予見していた藤本敏夫(私の夫)は、それでも人間は生きられると説いた。そのための究極のセーフティネットが、食と農であり、自然との共生であり、地域の人々の助け合いなんだと。

神津 確かにそうかもしれません。最近、アルゼンチンを訪問したんですが、街行く人々の表情が明るくて驚きました。経済危機のはずなのにまったくそんな感じがしない。

加藤 私も、何度か前にブラジルに行ってとっても楽しかった。驚いたのは企業が一つのビルを建てて音楽を志す若者に無料で開放しているんです。ステージがあって、楽器もスタジオも全部無料で使える。音楽は「生きる意欲」を呼び覚ますからって。それに比べて日本は豊かな国かもしれないけど、夢を抱く若者には、本当に冷たい国。社会としての遊びがないんです。

神津 そして絶望してしまう。セーフティネットというと、すごくお金がかかる話だと思われてしまうんですが、そうじゃない。自分たちの支え合いでカバーできることがたくさんある。

加藤 そうなの。年収何百万以上なければ結婚できない。教育費がこんなにかかるから子どもは持てない。そんなふうに未来を「お金」で計算して絶望してしまう社会は淋しいですよね。

山本 何から始めればいいんでしょう?

加藤 例えば1人で1人分のご飯をつくるより、10人分のご飯をつくったほうが、断然省エネ・省資源。今、親が遅くまで働いていて一人で夕飯を食べている子どもがいっぱいいるでしょう。一人暮らしのお年寄りもそう。だから、「子ども食堂」ならぬ「誰でも食堂」を地域に開いて、そこで一緒にご飯をつくって一緒に食べる。そんな自給自立を広げていけないかと思っているんです。一緒に音楽したり、お祭りで神輿を担ぐような連帯もいいですよね。

神津 私は2年前に神田明神の神田祭で、初めて神輿を担がせてもらったんです。自分だけ違う動きをするとあちこちぶつかってしまうんですが、全体の動きと一致するとすっと軽くなる。共同体とはこういうものかと体感しました。

 

「支え合い・助け合い」に参加できる仕組みを

山本 労働組合に期待されることは?

加藤 労働組合って、労働者を守るための組織であり、民主主義の担い手でもある。連合には、カウンターパートとして、社会全体に発信していくバックボーンであってほしいですね。だから、闘う場面では猛烈に闘ってもらいたいけど、実はもっといろんな顔を持てるはずだと思うんです。

神津 労働組合の目的は、一人ひとりでは弱い労働者が束になることで力を得て、自分たちの権利や生活を守ること。「正社員クラブ」などと言われたこともありますが、今、連合700万組合員のうち100万人以上がパートや契約社員なんです。

加藤 最近、外食チェーンで労働組合が結成されて、外国人労働者も加入しているというニュースを見ました。

神津 はい。UAゼンセンに加盟したある労組は、約9000人の組合員のうち8割がパートやアルバイトで、その3分の1は外国人スタッフです。
今、「支え合い・助け合い運動」という新たな取り組みも検討しています。連合は、地域でさまざまな団体と連携して活動をしていますが、一人ひとりの組合員がそこに直接参加するルートがなかった。そこで、全国各地の「支え合い・助け合い」活動をウェブサイト上の地図に表示して、一人ひとりの意思で、その運動に参加したり、お金を寄付したりする仕組みができないか議論しているんです。

加藤 それはいいですね。みんなが集まって考えて、花束のように想いを束ねていけることを期待したいですね。

山本 どうもありがとうございました。

 

加藤登紀子 かとう・ときこ

歌手、ユニバーサル志縁センター会長
首都圏若者サポートネットワーク・若者おうえん団団長

1943年中国東北部ハルビン市に生まれる。1965年、東京大学在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。1992年、アニメ映画『紅の豚』で声優としてマダム・ジーナ役を演じる。2000〜2011年、環境省・UNEP国連環境計画親善大使。

2019年は愛をテーマに歌うコンサート「LOVE LOVE LOVE」を全国開催。5/31(金) 大阪フェスティバルホール、6/9(日) 東京オーチャードホールなど。

お問い合わせ:トキコ・プランニング 電話03-3352-3875

 

ユニバーサル志縁センター

2011年7月設立。地域の社会的問題を解決するために、NPO、企業、協同組合、労働組合など、あらゆる人・組織と連携して、「誰もが暮らしやすく参加できる社会=ユニバーサルな志縁社会の構築」をめざす。連合からは、逢見直人会長代行が代表理事、山本和代副事務局長が理事として参画。2017年「社会的養護下にある子」の自立支援のための「首都圏若者サポートネットワーク」を設立。若者おうえん団を立ち上げて、基金の募集、支援者のネットワーク化などの取り組みをスタートさせた。

※この記事は、連合が企画・編集をしている「月刊連合1・2月合併号」をWEB用に再編集したものです。

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