座談会「2019春季生活闘争の重点課題」

2019年1月23日

あなたの賃金を上げることが大事なんです!

2019春季生活闘争が本格的に幕を開ける。連合の闘争方針は、賃金の「上げ幅」のみならず「賃金水準」を追求することを掲げ、賃金実態把握と制度確立の重要性を強調している。その意義とは何か。職場や地域でどう取り組めばいいのか。2020年以降を見据えて、共有すべき視点とは何か。構成組織、地方連合会のトップと相原事務局長が意見を交わした。

(進行/大久保暁子 連合労働条件・中小労働対策局長)

 

左から

松谷 和重 フード連合会長(連合労働条件委員会副委員長)

相原 康伸 連合事務局長

岡田 啓 連合東京会長

安河内 賢弘 JAM会長(連合中小労働委員会副委員長)

 

2019春季生活闘争方針のポイント

労働組合が「けん引役」に

 

─まず、連合の2019春季生活闘争方針について、今季強調する点、あるいはこれまでの取り組みを継続・強化する点は?

相原 闘争方針の冒頭「2‌01‌9春季生活闘争は、『総合生活改善闘争』の位置づけのもと、国民生活の維持・向上をはかるため、労働組合が社会・経済の構造的な問題解決をはかる『けん引役』を果たす闘争である」と記した。この「けん引役」という言葉が、一つの重要なキーワードになると思っている。

今季も引き続き「底上げ・底支え」「格差是正」と「すべての労働者の立場にたった働き方」の実現を同時に推し進めていく。そのカギはやはり「賃金の引き上げ」であり、これまでの「大手追従・大手準拠などの構造を転換する運動」、働き方も含めた「サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正分配」を継続・強化して、闘争のクオリティを一段引き上げていきたい。

そして今季の特徴点は、「春季生活闘争の構造の再構築に向けた検討に着手」し、2019闘争をその「足がかりとなる年にする」としたことだ。その第一歩となる取り組みが、賃金の「上げ幅」のみならず「賃金水準」を追求する闘争の強化。それを通じて、「働きの価値に見合った水準」とは何かという議論も深めていきたい。

 

「賃金水準」の追求〜「働きの価値に見合った水準」とは

誇りを持って働ける賃金へ

 

─「賃金水準」を追求していくにはさまざまなアプローチが考えられるが、構成組織での取り組みは?

安河内 JAMは、加盟組合の8割が中小組合。大手との賃金格差是正のために、1999年の結成以来、「個別賃金要求」に取り組んできたが、全体としてなかなか進まない。そこで、2016闘争で「個別賃金『元年』は今年で終わりにしよう」という意を込めて「個別賃金元年からの脱却」というスローガンを掲げ、あらためて取り組み強化をはかっているところだ。

「賃上げ春闘」の流れや格差是正の機運を背景に、この投げかけはインパクトがあったようで、まだまだ十分とは言えないが、取り組みが広がってきている。そして、地方では確実に成果が出ている。かねてから「けん引役」であった大阪のほか、2018闘争では、九州・山口が積極的な取り組みを行い、ベースアップ部分で2000円を超える引き上げを獲得した。2019闘争では、確実に成果が出ていることをアピールしながら、取り組みを広げていきたい。

松谷 フード連合は、平均賃金方式での要求を掲げている単組が多いが、個別賃金要求の重要性を認識し、その取り組みを進めようと努力してきた。背景には、食品産業で働く労働者の賃金水準の低さがある。フード連合を結成した2002年以降、平均的な賃金水準の下落が続き、製造業23業種のうち最下位レベルにある。命を育み健康を支え、人が生きていく上で基本となる「食」に携わる労働者の賃金水準が低位にあっていいのか。働く誇りを損なうのではないか。そこで、賃金水準を底上げするには、年齢・勤続などを踏まえた個別賃金要求の取り組みが必要だと考え、2013年に「フード連合賃金ビジョン」を策定して、「めざすべき賃金」の考え方や目標水準の具体的な数値を示し、2014闘争から単組の労使交渉で実践的に活用してもらえるようサポートしてきた。

 

 

─構成組織における要求の水準設定の考え方は?

安河内 個別賃金要求の根拠は、組合員の賃金実態データだ。J‌AMでは、毎年賃金の全数調査を行い、30歳・35歳の銘柄の第3四分位を「到達水準」、第1四分位を「一人前ミニマム」としている。前者はこの間の賃上げを反映して上昇している一方、後者は横ばいもしくは若干下がっている。中小組合は大手を上回る成果を出しているが、全体で見ると格差は開いてきているからだ。要求水準は、あくまで賃金実態に基づいたものでなければならない。今季は、到達目標水準を引き上げ、ミニマム水準は現状維持とする形で改定する予定だ。

松谷 「めざすべき賃金」の追求に向けて、中長期の「目標水準」と、すべての組合が到達すべき「到達水準」の2つを設定し、「高卒・大卒の30歳・35歳」という代表銘柄について具体的金額を示している。根拠は、フード連合が結成以来実施してきた約7万人の賃金実態調査のデータだ。その第3四分位を「目標水準」、中位を「到達水準」、さらに第1四分位を「年齢別ミニマム基準」と設定した。加盟組合には、自分たちの賃金がどの水準にあるのか、その立ち位置を確認し、目標水準に追いつくためどういう要求をするのかを考えてほしいと投げかけている。

 

社会への波及〜賃金の実態把握と相場形成

組合員の賃金プロット図を描く

─職場では、具体的にどう取り組めばいいのか? 

安河内 単組の取り組みでいちばん大切なのは、職場の賃金実態を把握し、プロット図を描くことだ。これがないと個別賃金要求はできない。賃金は、年齢や勤続によって変化する二次元の数値。要求書には、30歳や35歳のピンポイントの数字を銘柄として示すが、最も重要なのは賃金カーブだ。自社の賃金カーブとJAM全体のカーブを比較し、その差を確認することが、個別賃金要求の第1ステップ。そこで自社の賃金水準が低いことが明らかになれば、「うちの賃金は他社に比べてこんなに低い。これで人材が確保できるのか」と経営側に投げかけることができる。そこから労使交渉が始まる。

例えば、めざす賃金カーブとの間に3万円の開きがある場合、いきなり3万円のベースアップが無理なら、段階的是正について協議する。当然、その原資を確保するために、どうやって生産性を上げていくのかも、交渉の議題になる。つまり労使交渉そのものをいかに深化させていくかが、個別賃金要求の取り組みのカギだ。

松谷 おっしゃる通り、個別賃金要求を進める上で最大の課題は賃金把握だ。フード連合は中小組合が多く、会社側から賃金・経営情報が得にくい単組もある。しかし、中小組合の賃金を底上げしていくには、個別賃金要求が有効だ。賃金実態を把握し、賃金カーブを描くと、どこをめざして、どこを引き上げていけばいいのかが、はっきり見えてくる。データ収集の方法について、単組の負担を軽減するような工夫も必要だ。

また、食品産業と一口で言っても、さまざまな業種がある。飲料関係の製造現場では機械化が進んでいて利益率も高いが、食肉やパン製造等の労働集約型産業では利益率は低い。そこを一律にして要求を出しても、交渉にならない。フード連合では、目標水準、到達水準を踏まえた上で、業種ごとの13の部会で具体的な要求を決めている。

安河内 とにかくデータを集めて開示することが必要だ。最近は、「個人情報保護」というハードルがあるが、データが集まれば集まるほど、「個人」は見えなくなる。

中小の交渉においては、大手との格差より同じ地域内での格差のほうが重要であったりする。連合全体でデータを収集し、「どういう業種がどういう賃金水準にあるのか」という実態を共有していくことは、賃金闘争のあり方を大きく変えるものになるのではないか。

松谷 同感だ。地域相場は、中小の賃金決定の重要な要素。経営者は、業種が違っても、隣の企業の賃金を気にする。業種と地域の特性を踏まえた総合的な水準づくりが必要だ。

相原 この間、「底上げ・底支え」「格差是正」に重点をおいて「賃上げ」に取り組み、「大手追従・大手準拠などの構造を転換する運動」を進める中で、中小組合が伸び伸びと賃上げに取り組める環境が整ってきた。格差是正に向けた道筋も見えてきた。確実に前進はしているが、格差解消には至っていない。そのことが、2019闘争の入口で私たちに大きな課題として投げかけられていることをまず認識しておきたい。

これを突破するには、二つの観点が重要だ。一つは、マクロ経済に働きかけて、賃金引き上げが経済の好循環を生むメカニズムを起動させていく。連合として、それが可能な要求水準を数値で示し総原資を獲得していく。それは付加価値の適正分配の前提にもなる。

もう一つ、新しい観点として共有したいのは、「一人ひとりの働く人を大事にしよう」ということだ。一人ひとりの働く人にフォーカスして、「あなたの賃金を上げていくことが大事」だと発信していく。今季闘争方針のポイントである、「賃金水準」を追求していくということは、一人ひとりの働く人たちにとっては大事な「セーフティネット」だ。一人ひとりの賃金は、組合員であれば当然賃金交渉の結果が直接反映される。一方、賃金には社会性があり、たとえ組合員でなくとも、労働組合の交渉結果は広く普及してきた。いずれにせよ、長年の賃金の「上げ幅」による闘争の成果が直接、間接に反映されたそれぞれの賃金水準ではあるが、もう一段、社会に波及させていく構造を補強する必要がある。

従い「上げ幅による総原資の獲得」と「一人ひとりの働く人の賃金の絶対額を重視した取り組み」を「のみならず」という言葉でつないで表現したのが、今季闘争方針。この両輪で2019春季生活闘争を力強く進めていきたい。

 

賃金実態把握の強化を

─中小組合にとっては地域相場も重要とのことだったが、この点で地方連合会の取り組みは?

岡田 春季生活闘争における地方連合会の最も重要な役割は、地域で働く未組織労働者への情報発信だ。連合東京では、東京の地域特性を考慮し、全国平均の水準に若干上乗せした「東京労働基準」を示すとともに、「賃金セミナー」などを開催して連合の方針や賃上げ要求の考え方の理解促進に力を入れている。少しずつだが、連合未加盟組織の参加も増えている。組織化につなげられればと思っている。

相原 格差には、規模間、雇用形態間、男女間、そして地域間の格差があるが、特に焦点を当てたいのは、地域間格差だ。やはり地域の賃金水準は、働く人にとっては最も身近な指標。とりわけ、地方の人口流出や東京への一極集中が課題となる中、地方連合会では、さまざまな工夫がなされている。労働組合に組織されているかどうかにかかわらず、地域の水準を表現していくことには非常に意義がある。

 

─水準を追求するには賃金実態の把握が必須とのことだったが、その状況は?

安河内 JAMの賃金全数調査の規模は、35万組合員のうちおよそ30万人を少し超えるくらいが集まっている。会社から、データを得られない単組では、年度初めの賃金改定表を組合が集めて集計している。最初は大変だが、それを積み重ねると、「差」がはっきりと見えて、何をめざして要求すればいいのかわかる。だから、面倒だとか大変だと思う役員はいない。組織力の強化にもつながっていると思う。

松谷 フード連合でも、会社から情報を得られない場合は、組合員から結果を集めたり、アンケートを実施しているが、残念ながら6割程度しか回収できていない。

相原 連合の賃金把握のツールは、結成以来展開している「地域ミニマム運動」だ。賃金実態調査なのだが、運動につなげるためにあえて「地域ミニマム『運動』」と名づけている。単組のデータを地方連合会が集約し、それを連合本部に集めて賃金指標づくりの根拠とするとともに、データを提供してくれた単組には、自社の賃金を分析するためデータやプロット図作成ソフトなどをC‌D−ROMに入れてお返ししている。これを使えば、同業他社や地域における比較も簡単にできる。

直近の2018闘争では47万人のデータが集まった。全体の傾向を把握するには十分な数字だが、都道府県別産業別に精度の高い分析を行うためには、もっと増やしたいと考えている。

岡田 連合東京の2017「地域ミニマム運動」で回収できたのは、16構成組織・156企業に働く2万8642人。中小調査なので、連合東京の組合員116万人が母数ではないものの、やはりまだまだ少ないし、未組織労働者に発信する根拠とするには弱い。単組の苦労は重々承知しているが、総がかりで賃金把握の取り組みを強化して、地域の水準を示していく運動につなげたい。

相原 賃金実態把握は、単組から構成組織、構成組織から連合本部というルートも考えられる。地方連合会が単組から直接情報を得ることが難しいケースもあるようだが、700万連合として実態把握の比率を上げていくために、さまざまなアプローチを考えたい。

松谷 構成組織を通じて賃金データを連合本部に集めるルートを強化し、それを活用できるシステムを構築すれば、単組の負担を軽減できるし、データ量も格段に増やすことができる。

安河内 実は、構成組織以外には情報を出さないでほしいという単組は少なくない。連合として情報開示の重要性を理解してもらえるような努力がもっと必要だ。また格差是正のためには、中小だけでなく大手組合のデータも不可欠。その把握は連合の役割だ。

岡田 連合東京の年齢別ミニマムを見ると、若年層は人手不足を背景に初任給が上がっているので全体的に高い水準にあるが、40歳前後では大きな格差が生じている。そういう現状に踏み込むためにも、「賃金水準」を追求する取り組みは重要だ。

相原 そこは本当に重要だ。データから、40歳代の賃金水準が停滞していることが見えている。就職氷河期世代では、非正規雇用で働き続ける人も多く、格差が非常に拡大している。規模間格差だけでなく、年齢や男女という観点からも実態を把握し、全体の賃金構成を再点検することが必要だ。デジタル化がこれだけ進んでいるのだから、連合本部が軸となって、より地域ミニマム運動と構成組織の賃金把握のルートをリンクさせていく必要がある。

松谷 人材育成のシステムもつくってほしい。連合や構成組織の本部で「賃金屋」と言われる専門スタッフをもっと増やせば、単組に過度な負担をかけない仕組みを構築できるし、組合員も連合の存在意義をより実感できるはずだ。

安河内 JAM大阪は、ベテランオルガナイザーを講師に、個別賃金要求の取り組み事例の検討会を実施している。非常に人気で全国から参加がある。

相原 連合も、そこは危機感を持っている。交渉環境の整備に向けたセミナーの開催など、充実させていく。

 

2020闘争以降を見据えて

「賃上げ」が最大の課題

─最後に、2020年以降を見据えて、一言いただきたい。

安河内 現状は、富裕層に所得が集中し労働分配率が下がり続けている。このままでは、デフレ脱却も経済の好循環も実現しない。とにかく賃金を上げていくことが日本最大の課題であり、その意味で春季生活闘争の役割は大きい。ただ、残念ながら、労働組合組織率は17%。この間、厳しい中でも賃上げを継続してきたが、その結果を全体に波及させるには、賃上げ額ではなく、めざす賃金水準に焦点を当てた交渉を行う必要がある。そして、連合の加盟組合であれば、これくらいの水準の賃金だということを世の中に示していくことで、社会全体に波及させていくべきだ。それが社会的責任だ。

松谷 おそらくこの先も、所得の一極集中が続き、格差が広がるだろう。しかし、労働組合があるからこそ、これだけの水準が確保できている、賃金以外の労働条件が守られていると大きく発信することで、労働組合に入ろう、労働組合をつくろうという動きにつながるはずだ。

岡田 春季生活闘争において「拡がり」は非常に重要なテーマ。それが、連合組合員だけのものだと捉えられないよう、「拡がり」を意識した取り組みをもっと工夫する必要がある。昨年は、集中回答日が終わった後に、その結果を中小、非正規につなげていこうと池袋で決起集会とデモ行進をした。「春季生活闘争は、すべての働く人の問題だ」と訴えたが、思いのほか反応が良く、街に出て直接呼びかける行動も重要だと実感した。

松谷 SNSで未組織労働者に参加を呼びかける工夫も必要だろう。社会へ発信することで、社会運動につながる。

安河内 運動を社会へアピールすることは大切。社会改革や政治改革にもつなげることができる。

相原 良いアイデアをたくさんいただいた。「考えよう、自分の賃金」。そんなスローガンを掲げて、賃上げを“自分事”として考えてもらえるような運動に向けて、SNSの利用や日程の戦略的配置など工夫できる余地はたくさんある。今日の課題意識を共有して、足がかりの一歩目となる「方向感」を見いだしていきたい。

─ありがとうございました。

 

 

※この記事は、連合が企画・編集する「月刊連合1・2月合併号」をWEB用に再編集したものです。