昨年4月、改正障害者雇用促進法、障害者差別解消法が施行され、職場や社会生活の場における「合理的配慮」が義務づけられた。これは「共生社会の実現」に向けて大きな一歩と期待されるが、障がい児・者を支える支援者の実態についてはほとんど焦点が当てられてこなかった。そこで連合は、「障がい児・者を支援する家族の意識と実態に関する調査」を実施。4月19日には、シンポジウムを開催し、家族支援者を支えるための施策を探った。
【基調講演】親なき後の不安
絶対に家族を潰さない
野澤和弘(のざわ・かずひろ)
毎日新聞論説委員
1983年毎日新聞入社。社会部で「いじめ、ひきこもり、児童虐待」などを担当。夕刊編集部長を経て現職。社会保障審議会障害者部会委員。東京大学全学自由研究ゼミナール「障害者のリアルに迫る」担当非常勤講師。著書に『障害者のリアル×東大生のリアル』(ぶどう社)、『条例のある街—障害のある人もない人も暮らしやすい時代に』(ぶどう社)など。
私は、重度の知的障がいをもつ息子の父親だ。彼と30年間生きてきて、さまざまなことを経験し、今日に至っている。最初は、仕事に家族の問題を持ち込みたくないという思いがあったが、1996年に起きた事件をきっかけに、記者としても障がい者問題にのめり込むことになった。茨城県の工場で働いていた30人の知的障がい者が、日常的に酷い虐待を受けていた。本人たちが被害を訴えても相手にされない。当初、記事にすることを反対されたが、これを書かなければ一生後悔すると思った。記事が掲載されると、全国から同様の虐待があるという情報提供が殺到し、翌年には、福島県の入所施設「白河育成園」における虐待が明るみになった。
事件を取材する中で、親たちから「雇ってもらえるだけありがたい」という言葉を何度も聞いたが、私自身の中にもそんな屈折感があることを否定できない。子どもに障がいがあると宣告された頃の疎外感と孤立感は、今も心にこびりついている。それが和らいだのは、名古屋で出会った通園施設のおかげだ。そこの女性園長に「自閉症は治らんけど、楽しい生活はできるよ。長い付き合いになるからよろしくね」と言われ、心を掴まれた。
「子どもに障がいがあるとわかって壊れてしまう家族をたくさん見てきた」という園長のポリシーは「絶対家族を潰さないこと」。特に父親は仕事に逃げ込んで、母親だけでケアを背負い込むケースが多いが、その施設では、父親を養育の現場に引っ張り出そうとしていた。私は、そこで父親の会をつくった。実は父親たちも周囲の無理解に傷つき、つらい思いを一人で抱え込んでいたが、それを打ち明け、笑って励ましあえる仲間ができて、その表情は驚くほど明るくなった。家族が不安定な乳幼児期から学齢期にかけての支援は、非常に重要だ。
君たちの心は動いているのか
学齢期を過ぎる頃になると、頭をもたげてくるのは「親なき後」の不安だ。親は自分の安心感から入所施設を求めがちだが、私は、働いて収入も得ながら、もっと地域で自由に過ごさせたいと運動を進めてきた。その実践も始まっている。
神奈川県のある事業所は、理事長がNHKの元うたのお兄さん、副理事長がロックバンドのドラマーで、仕事はロックンロール。知的障がいのある人たちが、ライブハウスのステージ代で生活している。35年間入所施設で暮らし、10年前に地域に戻ってバンドに参加した男性は、初めてステージに立った時「こんなすごいことが人生には起きるのか。俺はこの年になるまで、なんで知らなかったんだろうと思ったら、涙が止まらなかった」と語る。「福祉サービスを受ける障がい者という檻から解放してくれたのは、大勢のお客さんの視線とこのリズム」。障がい者のアイデンティティーを変えなきゃ意味がないと強く思った。
また、3年前からは東京大学で「障害者のリアルに迫るゼミ」を担当しているが、そこにお招きしたALS患者の岡部宏生さんは、「何をしていいのかわからない」と言う学生に「身体が動かない不自由よりも、心が動かない不幸のほうが耐えられない。君たちの心は動いているのか?」と投げかけた。この20年、福祉サービスの拡充や権利擁護に取り組んできた。それだけでは目の前の現実を変えるのは難しいが、障がい者のリアルに向き合った学生たちが成長し社会を担うようになった時、世の中はきっと大きく変わると思っている。
【パネルディスカッション】障がい児・者とその支援者を支えるために必要な施策とは
<パネリスト>
尾上浩二(DPI日本会議副議長)
石原康則(電機神奈川福祉センター 理事長)
野澤和弘(毎日新聞論説委員)
<コーディネーター>
平川則男(連合総合政策局長)
平川 連合として、初めて障がい児・者の「支援者」に焦点を当てた調査を実施したが、結果からさまざまな課題が見えてきた。調査に対する所感、現状の問題点などをそれぞれ伺いたい。
「親がかりの在宅介助」か「親なき後の入所施設」
尾上 DPI(*1)の原点は、「私たち抜きに私たちのことを決めないで—Nothing about us without us」だ。それは2006年に採択された国連「障害者権利条約」の基本理念でもあり、DPI日本会議では、この10年、条約批准とそれに向けた国内法制度の整備に取り組んできた。障害者基本法の改正、障害者総合支援法、障害者差別解消法の成立、障害者雇用促進法の改正を実現して、2014年1月、日本は「障害者権利条約」の締結国となった。
(*1) DPI(Disabled Peoples’ International):1981年の国際障害者年を機に、シンガポールで国際障害者運動のネットワークとして結成された国際NGO。DPI 日本会議は、その国内組織として1986年に発足。身体障害、知的障害、精神障害、難病等の障害種別を超えた95団体が加盟。
私は、仮死早産のため脳性麻痺という障がいをもって生まれ育ったが、子どもの頃、福祉サービスは何もなく、「肢体不自由児の親の会」が自主的に行う訓練に通っていた。障がい児とその家族には、2つの選択肢しかなかった。「親がかりの在宅介助」か「親なき後の入所施設」だ。連合調査の結果を見ると、半世紀が経った今も、その二者択一の構造は変わっていないように思える。私が小学生の頃、親の会は「終生保護施設の建設」を求めて街頭署名に取り組んでいたが、その姿と今回の調査に書き込まれた家族の不安がオーバーラップする。
親なき後の入所施設は、障がい者にとって過酷な選択だ。親が元気なうちに自立できるシステムをつくるべきだと言い続けてきた。障害者権利条約の19条は、地域で暮らすことは権利であり、社会はその支援をするべきとしている。また、かつて障がい者の自立とは人の手を借りない「身辺自立」だったが、今は「支援付きの自己決定、自立生活」が世界の流れになっている。10万人以上が入所施設で暮らし、30万人以上が精神科病棟で暮らすという日本の状況は、権利条約に反している。
家族依存を前提とした既存のシステムから、障がい者本人にスポットを当てたシステムにどう変えていくのか。調査結果を見て、そのことに全力で取り組まなければと感じた。
「働きたい」というニーズは高い
石原 社会福祉法人電機神奈川福祉センター設立のきっかけは、「知的障がいのある子どもの将来が不安だ」という組合員からの相談だった。これを受けて、電機神奈川では、組合員に物品販売を行い、その益金を財源にふれあいの旅や障がい者雇用促進のイベントを行ってきた。こうした活動を通じて障がい者問題への理解が広がる中、労働運動としてさらにレベルアップした取り組みをしようと、1995年に社会福祉法人を設立。翌年以降、授産施設、就労援助センターを開設し、20年を迎えたところだ。現在、障害者自立支援事業の4つの拠点と3つの就労支援センターがあり、2000名弱が登録している。就労移行支援は、就労できれば終わりではない。その後も伴走して、生活全般を支援していく仕組みをつくっている。これは就労を定着させる上で非常に重要だ。
企業(50人以上)で働く障がい者は、47万4000人、実雇用率は1・92%。法定雇用率の達成企業は48・8%と、いまだ5割を割る状況だ。もちろん働ける状態ではない方もいるが、働きたい、就労訓練を充実してほしいというニーズは高い。私自身も労働組合の出身であり、働きたいという人たちを何とか一般就労に結びつけたいという一途な思いで日々活動しているが、連合の調査結果を見て、この事業の重要性をあらためて実感した。
障害福祉サービスとしては、就労移行支援と就労継続支援A型/B型の3つがあるが、その賃金や工賃にも課題がある。雇用契約を結び、労働法が適用されるA型の平均賃金月額は、この10年で11万円から6万6000円に減少、B型の平均工賃は1万5000円ほどで、自立は困難だ。
労働組合の皆さんは、企業の中で障がい者雇用に向き合うことも多いと思う。特例子会社の運営は適切に行われているのか。雇用率という量だけでなく、その質も確保されているのか。しっかりチェックして、労働組合の役割を果たしてほしい。
具体化されていない養護者に対する支援
野澤 連合が「支援者・家族」に焦点を当てた調査を実施してくれたことに感謝したい。調査結果で、まず気になったのは「心身のストレスを感じる」との回答が多いことだ。特に知的・精神障がい者の支援者の85%が同居だが、これは夜間の生活支援を家族が引き受けているということ。その負担の重さが「在宅での支援に自信がない」という回答の多さにつながっている。ストレス軽減のためのサービスの拡充が必要だ。また入所施設を希望する人も3割を超えるが、ここは、本人の利益を最優先して、それ以外の選択肢をつくっていくべきだ。
もう一つは、「福祉サービスをまったく利用していない」という精神・発達障がいの人が3分の1もいることだ。障害者手帳を持っている人は58%、年金や手当がある人は33%。これは精神・発達障がい者が使えるサービスが少ないことも影響しているのだろう。地域で暮らし、働いて、自立して生きていくためには、誤解や偏見を解消し、合理的配慮を実現していくことにもっと力を入れる必要がある。
日本は親の子どもに対する責任、子どもの親に対する責任が強すぎる。障害者虐待防止法の正式名称は、「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」だが、この養護者に対する支援はまだ具体化されていない。ここが一番今の政策で欠けているところではないか。
また困ったことの相談先は家族や医療機関が大半を占める。相談窓口は整備されてきたが、支援者の孤独感・疎外感は解消されていないことがうかがえる。
「親なき後」の問題としては、生活の場、成年後見を含めた権利擁護、その土台になる意思決定支援、そしてそれを支える人材をどう育成していくかが、中心的課題になってくるだろう。
***
連合シンポジウム「誰もが暮らしやすい社会をつくる」 〜障がい児・者を支える家族支援の観点から〜
(2017年4月19日、連合会館にて)
逢見直人事務局長の主催者あいさつに続き、毎日新聞論説委員の野澤和弘氏が基調講演。連合の調査報告を受けて、「障がい児・者とその支援者を支えるために必要な施策とは」をテーマにパネルディスカッションを行った。パネリストは、尾上浩二DPI日本会議副議長、石原康則電機神奈川福祉センター理事長、野澤和弘毎日新聞論説委員、コーディネーターは平川則男連合総合政策局長。
連合「障がい児・者を支援する家族の意識と実態に関する調査
「児童発達支援や障害福祉サービスの利用状況」は、「利用している」が55%、それによって7割が「負担が軽減されている」と回答。
「障がい児・者の支援が家族等の支援者に及ぼす影響」では、「人間や人生について考えさせられた」「自分の生き方を見直すことができた」「人間の優しさや温かさに気がついた」という前向きな変化が多数を占めることが注目される。
とはいえ、日々の支援については、多くの支援者が「身体的なきつさや精神的ストレスがある」と回答。
「離職への不安」は、男性の29.4%に対し、中心的支援者の比率が高い女性では67.1%。「実際に仕事を辞めた」という回答もあった。
「在宅支援への自信の有無」では、約半数が「自信がない」と回答。支援に関する不安や困難は「経済的な負担」「自由時間がない」に加え、「支援がいつまで続くのかわからない」という見通しのつかなさが上位に。
今後、充実を求める制度やサービスでは「適切な情報提供」や「緊急時の相談・支援体制の充実」など情報アクセスに関係する項目、また就労支援に関する項目が多数を占めた。「入所できる施設の確保と充実」も35.3%が求めているが、これは家族支援の重要さを示すものと考えられる。
調査概要
調査対象:障がい児・者を在宅で日常的に支援している家族などの支援者
調査実施時期:2016年5月〜8月(Web調査)
総回答数:893件(うち集計数は340件) 回答者は男性65.3%、女性34.7%、平均年齢47.6歳
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2017年6月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。