男性正社員・長時間労働モデルを転換し地域や家庭で役割を果たせる働き方改革を

2015年9月30日

2年に一度の連合サマートップセミナーが、7月29日、30日、阪神大震災から20年を迎える神戸にて開催された。当日は今の政権が強引に進めている労働者保護ルール改悪や安保法制について、また、連合が目指す「働くことを軸とする安心社会」を具体的にどう実現していくか等が話し合われた。本ダイジェストでは、「働くことを軸とする安心社会」を実現していくために今何が必要かをテーマとしたパネルディスカッションの様子をご紹介。

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「生活の安心」という観点から安倍政権をどう評価する? 

宮本 戦後日本は、防衛外交上の安全保障は専守防衛、生活の安全保障としては働き続けられる条件を確保することで安心社会をつくろうとしてきた。いま、それらを時代の変化に合わせて、バージョンアップすることが求められている。そこでまず、現状認識として、安倍政権の生活の安心をめぐる政策をどう評価するか、伺いたい。

佐藤 労働政策は主に労働政策審議会で議論されている。ただ、安心社会をつくるには、労働政策の枠内だけでなく、省庁や担当課を超えて全体を見渡しながら議論する場が必要だ。例えば産業構造が変化する中では働く人へのリカレント教育(再教育)が重要だが、その仕組みづくりには労働政策と産業政策、教育政策にまたがる連携が不可欠だ。労働に関わる政策形成の在り方を見直す必要がある。とはいえ、現政権の議論の在り方には危惧がある。産業競争力会議や経済財政諮問会議で労働政策の方向性を打ち出しているが、そこには労働者代表は参画していない。また参画する企業経営者には、個々の企業の観点からしか議論できない人も少なくない。労働組合もコミットできる横断的な議論の場をつくっていくべきだ。

竹信 安倍首相が「女性が輝く社会」を打ち出した時は非常に驚いた。他の政策を進めるための「毛針」としか思えないが、女性が働いて経済的に自立できる仕組みをつくること自体は非常に重要な政策課題だ。女性が働けないのは、子育てや介護など無償のケアワークを担っているから。やむなく非正規雇用で細切れに働かざるをえないが、均等待遇がないから貧困化してしまう。働き続けたい女性は、子どもを持つことを諦め、少子化がいっそう進み、労働力不足が深刻化していく。だから、女性が子育てしながら働ける仕組みを早急に整備する必要があるが、安倍政権の政策はあまりに実態とかけ離れている。3年育休は、職場復帰を困難にし、家庭内の男女分業を固定化しかねない。保育サポーターは、新たな低賃金職の創設であり、保育士の処遇改善を困難にする。高度プロフェッショナル制度に至っては、1日8時間労働が守られなければ働けないという、ケアを担う労働者の現実を理解していない。「女性が輝く社会」は、ムードを盛り上げて女性を国策に動員しようというものであり、働きやすい制度づくりにはむしろ逆行している。

大塚 安全保障には外交防衛、経済安全保障、エネルギー安全保障、社会保障、人材育成という5つの分野がある。経済安全保障に含まれる労働政策の部分で、アベノミクスは労働力を頭数やコストとして意識する政策を過度に展開しようとしている。経済政策が評価されているのは、輸出企業を中心に株価が上がったことが評価されているにすぎない。現政権は「経済がよくなれば生活がよくなるから黙って賛成せよ」と言うが、これは真逆であり、生活がよくなってこそ経済もよくなる。限られた財源の中でも、最も生活する上で困っている部分に手を差し伸べていく政策こそ求められている。

古賀 佐藤さんの指摘の通り、働く者の意思が反映できる議論の仕組みが必要だ。また、政府の社会認識は、企業社会の中で生活保障がほぼまかなわれた時代のままで、社会全体に重層的なセーフティネットをどう整備していくのかという問題意識は乏しい。日本では、いまだに男性正社員・長時間労働モデルがスタンダードだが、このモデルを壊さない限り、モデルから外れた人たちは例外的存在として大きなデメリットを背負い続ける。基調講演で宇野教授が指摘されたように、地域や家庭で役割を果たすこともできない。この働き方の問題を克服し、ワーク・ライフ・バランス社会をどう実現していくか、働き方の問題を貧困や格差、地域の疲弊という問題とどのようにつなげるのか、労働組合にとっても非常に大きな課題だ。

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対抗軸提示へ、求められる働き方改革とは?

宮本 現政権の政策では、全員参加型の安心社会は実現できない。そこで必要なのが、対抗軸の提示だ。その出発点として、日本の働き方をどう変えるべきかを考えたい。日本の企業の正社員はメンバーシップ型雇用だが、非正規労働者はジョブ型雇用であり、社会全体として同一労働同一賃金のジョブ型雇用を確立すべきとの議論もあるが…。

佐藤 男性正社員の長時間労働モデルは変えるべきだが、ジョブ型への転換という雇用システム全体の変革はハードルが高い。実は欧米が日本と最も違うのはジョブ型であることではなく、人事権の一部を社員の側が持っている点だ。それによって社員が自分で職業キャリアを形成していけることこそ重要ではないか。学歴年次ではなく、就いている仕事で評価することも必要になろう。あわせて重要なのが、生活改革。帰宅してやることがあってこそ、働き方改革への意欲が生まれる。仕事以外で地域や家庭にどうコミットするか、きちんと考える労働組合が増えてほしい。

竹信 日本のメンバーシップ型雇用は専業主婦のいる世帯主男性を標準労働者としているため、産休や育休を取得する女性は排除される。重要なのはメンバーシップ型かジョブ型かではなく、どういう人を「標準労働者」とするかだ。標準労働者を変えることは、独身者や介護を抱える人など男性にとってもプラス。家事、育児、介護は、それを担う者が貧困に陥りかねない一種のリスクであり、労働時間の短縮を通じて男性も分担することはリスクの再分配でもある。社会保障予算を増やし、負担を切り分けることで再分配を容易にすべきだ。女性を意思決定に加えることも、働き方の改革につながる。労働組合は率先して実施してほしい。

大塚 今、メンバーシップ型を前提とする社会保障制度を強固に維持しながら、人材の育成・供給はジョブ型に変えるという矛盾が生じている。ジョブ型、メンバーシップ型を行き来できるハイブリッドな社会保障制度をめざすという方向を、社会全体で共有すべきではないか。それにより、生活がよくなれば経済がよくなるという循環も可能。男女を問わず、シングル型とカップル型とのハイブリッドも必要で、教育、医療、保育がこれらに共通する政策分野だ。子ども・子育て支援、若者支援を重視し、「ゆりかごから就職まで」を考える政党として、努力を積み重ねたい。

古賀 誰もが、職場だけでなく、地域や家庭でも役割を果たすべき時代はとっくに到来しているのに、われわれの働き方はそこに追いついていない。ただ、働き方改革はメンバーシップ型のもとでもできる。重要なのは、働く側の意思が尊重され、不合理な格差をなくす均等待遇が担保されることだ。また、〈働く〉ということは、人と人がつながり、職場と企業と社会がつながることによって社会の課題を解決していくという営みでもある。この営みはジョブ型かメンバーシップ型かという二分法で考えられるものではない。業種業態ごとに人と評価と仕事を結びつけるハイブリッドな組み合わせを見つけるべきだ。
ILOが掲げるように労働は商品ではないし、一部の貧困は社会全体まで危うくする。非正規労働や貧困の問題は、彼ら・彼女らの問題ではなく、われわれの問題だ。今日の議論を通じて、労働組合として、どういう運動でそれを解消できるのかを考えなければならないことをあらためて痛感した。

宮本 ありがとうございました。

 

~パネリスト~

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佐藤博樹(さとう・ひろき)
中央大学大学院 戦略経営研究科教授
1953年東京都生まれ。81年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所教授等を経て、2014年10月より現職。内閣府男女共同参画会議議員。

著書に『人材活用進化論』『ワーク・ライフ・バランスと働き方改革』(共編著)『介護離職から社員を守る』(共著)など。

 

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竹信三恵子(たけのぶ・みえこ)
和光大学現代人間学部教授
1976年朝日新聞社に入社。経済部記者、シンガポール特派員、編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から現職。

著書に『ルポ 雇用劣化不況』(日本労働ペンクラブ賞受賞)、『しあわせに働ける社会へ』『家事労働ハラスメント〜生きづらさの根にあるもの』『ピケティ入門〜「21世紀の資本」の読み方』など。

 

 

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大塚耕平(おおつか・こうへい)
民主党政調会長代理・ 参議院議員
1959年名古屋市生まれ。早稲田大学政経学部卒、同大学院博士課程修了。日本銀行勤務を経て、2001年から参議院議員(現在3期目)。内閣府副大臣、厚生労働副大臣を歴任。

著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』『検証 格差拡大社会』(共著)『ジャパン・ライジング』『3.11大震災と厚労省』など。

 

 

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古賀伸明 連合会長

 

 

 

 

 

 

~コーディネーター~

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宮本太郎(みやもと・たろう)
中央大学 法学部教授
1958年東京都生まれ。中央大学大学院法学研究科博士課程修了。立命館大学法学部助教授、ストックホルム大学客員研究員、北海道大学法学部教授などを経て、2013年より現職。

著書に『生活保障—排除しない社会へ』『福祉政治—日本の生活保障とデモクラシー』『社会的包摂の政治学—自立と承認をめぐる政治対抗』など。

 

 

 

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年9月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。

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