6月22日公示・7月10日投開票の日程で第24回参議院選挙の火ぶたが切られた。連合は6月2日、民進党と「第24回参議院選挙に向けた政策協定」を結び、全面支援を決定。12人の組織内候補(比例代表)、各選挙区推薦候補の当選に向け全力をあげている。勝敗は、終盤の追い込みにかかっているといっても過言ではない。社会保障、アベノミクス(景気対策)、安保法制、子育て支援、若者支援、格差・貧困対策…。争点は数え上げればいくらでも出てくるが、それゆえ分散して議論が深まらないもどかしさもある。
終盤に向け、本当に有権者の心に響く「争点」とは何か。次世代にツケを回さないために何をすべきか。長く選挙分析を手がけ、9万人のフォロワーを抱える超人気ブロガーとして世に発信を続ける東京大学政策ビジョン研究センターの山本一郎客員研究員と神津会長が、追い込みの秘策を探った。
政権の経済失政が招いた消費増税先送り
―参院選がスタしまートした。安倍首相は通常国会が閉会した6月1日、消費税率引き上げを再延期し、衆参同日選は行わないと表明。与党は、アベノミクスの加速を訴え、野党はアベノミクスの失敗を追及して選挙戦に入りました。
神津 アベノミクスは「カンフル剤」としての意味はあったと思いますが、それはいつまでも打ち続けられるものではない。ここにきて手詰まりになっているのは明らかです。なぜ、民主・自民・公明の三党合意で消費増税を決めたのか。それは日本が、超少子高齢・人口減少社会を迎えている中で、高齢者だけでなく全世代を支える社会保障制度の充実・安定化をはかり、将来世代に負担を先送りしないためであったはずです。ところが、安倍総理は二度までもその延期を決めた。みずからの経済失政によって、こうした事態を招いた責任は大きいと言わざるを得ません。
山本 最近の批判的な論調では、アベノミクスは「花見酒経済」と言われていますが、まさにお金が行ったり来たりしつつも、実体に乏しい。自民党は今回選挙でも「この道を。力強く、前へ。」というキャッチコピーを掲げましたが、誰も「この先の経済をどうしていくのか」という成長ビジョンを語らない、語れない。消費増税の再度の先送りが国の歳入に影響すれば、社会保障費はいっそう減額せざるを得なくなるのに、踏み込んだ議論にならない。一方で、野党の側もアベノミクス批判では一致しているけれども、その先の経済政策については、考え方にかなり幅がある。一歩踏み出して「その先」を語れるかどうかが問われていると思います。
神津 同感です。民進党の岡田代表は、「アベノミクスは失敗であり、その結果、消費増税は予定通りできない。しかし、税と社会保障一体改革の核となる社会保障の拡充は先送りできない。何としても実施すべきだ」と迫った。これはその通りですが、選挙戦を通じて、そこをもっと掘り下げていくべきです。子ども・子育て新制度の財源確保や「総合合算制度」はどうなるのか。貧困の連鎖を是正する就学前教育無償化や給付型奨学金導入をどう実現していくのか。アベノミクスの加速というトリクルダウン型の経済政策では、むしろ格差拡大や消費低迷の深刻化などリスクが拡大しかねない。社会保障の拡充や教育投資によって、全世代を支え、ソコアゲしていくことこそ、最大の経済政策であると。
山本 まさにそこが今回選挙の「ど真ん中」だと思います。少子高齢化・人口減少社会で直面する問題が宙ぶらりんになったまま、カンフル剤を打って景気を良くしようと終始したのが、アベノミクスの3年。株価が上がり、円安で企業収益が上がったといっても、成長戦略が不発に終わり庶民には景気高揚の実感はない。将来不安が高まっています。
社会保障への不安が重要な争点に浮上
―今回の選挙の争点は?
山本 ズバリ「社会保障」、そして「財政」です。私は、8年ほど前から選挙情勢の調査に携わっていますが、最近は蓄積されたデータから、「どの争点でどういう有権者がどういう投票行動をするのか」がかなりわかるようになっています。逆に言うと、有権者にとってあまり関心のない問題を争点にしてしまうと、投票率が低下し票が伸びないという現象が生じる。その観点から、非常に興味深いのが、今年4月の北海道5区補選です。
神津 北海道5区では、野党候補の一本化が実現し、前任の町村前衆議院議長の娘婿である自民党の和田候補を相手に、無所属の池田候補が善戦しましたが、惜しくも1万2000票差で敗れましたね。
山本 実は序盤では池田候補の勝利もあり得ると予測されていました。北海道5区の有権者が期待する項目(複数回答)は、「年金・社会保障」71・2%、「景気・雇用」60・8%、「地元経済、TPP対策」59・4%、「医療介護」54・2%、「安全保障」50・2%の順になった。少し前までの選挙では、景気・雇用が鉄板だったんですが、年金・医療・介護などの社会保障関連がトップにきていました。特に無党派層では、社会保障を重要な争点と考える有権者が複数回答で78・2%と高率で、投票率が上がれば池田支持に回るとみられました。
神津 おっしゃるように国政選挙では、かつては断トツに「景気」がトップだったのに、最近は「社会保障」が上位にきていることが注目されますね。それでも池田候補が勝てなかった理由をどうみていますか。
山本 実際の選挙戦では、各候補とも「社会保障は大事」だと主張しつつも、争点として具体的な内容にまで踏み込んで問題を提起しなかった。応援演説の分析を見てみると、中盤から終盤にかけて池田陣営では、アベノミクス批判や野党共闘の話が中心で、有権者が本当に聞きたい話はあまり出てきません。「永田町の関心事」ばかりで、「北海道5区の関心事」は語られなかったため、結果として争点がぼやけ、投票率が下がった。それが、池田候補が勝てなかった最大の原因だとみています。北海道5区の有権者は約45万人。有権者が関心を持つ争点に絞り込み、投票率を2%ほど底上げできれば、1万2000票差を逆転することは十分可能だった。争点設定を間違えてはいけないんです。
神津 なるほど。今回の参院選で同じ轍を踏まないことが大事ですね。安倍首相は「新しい判断」だと強弁して「消費増税先送り」を決めたけれども、その上っ面の話ではなくて、それによって、暮らしを支える社会保障にどういう影響が出るのかをしっかり伝える必要がある。そして、人々のその不安を解消するための社会保障の拡充にこそ、きちんと財源をシフトさせていくべきだと訴えかけていく必要がある。
山本 おっしゃる通り、安倍政権が成立して以降、まさに具体的な社会保障の政策議論がすっぽり抜け落ちているんです。景気さえ良くなれば、すべて解決するのだと。
実は「社会保障」への関心を押し上げているのは、シルバー世代ではなく、40歳代、50歳代の現役世代です。特に医療・介護への関心が高い。これは非常に重要なポイントです。親の介護に直面し、子どもの教育費捻出に汲々とする世代が、親の年金は維持できるのか、親が倒れたら介護しながら仕事を続けることができるのか、自分自身の切実な問題として社会保障を考え始めている。私自身も、若い頃は金融業界を中心に仕事をしていて、社会保障のことなどあまり考えたことがなかったんですが、結婚して子どもが産まれ、ほどなく親が要介護になるというダブルケアに直面し、初めてその重要性に気づかされました。医療や介護を受ける直接の当事者は高齢者ですが、頼れる公共サービスがあれば、家族の介護負担が減り、家計も助かる。それに政治はどう応えるかが問われています。
右肩上がりの経済成長・再びはファンタジー
―暮らしの安心を支える社会保障を考える上で重要なことは?
神津 日本の社会保障制度は、高度経済成長期の「正社員モデル」で、企業の手厚い雇用保障と福利厚生、専業主婦による家族福祉の組み合わせは「日本型福祉」とも呼ばれてきました。ところが今、ここから、こぼれ落ちる人たちがどんどん増えている。いわゆる非正規労働者は、この20年で倍増しましたが、その多くはいまだ社会保険が適用されていない。雇用も不安定で、社会保障制度に対する不信や不安が拡大しています。
山本 かつては労働移動の自由度が少ない代わりに強固なガードがありましたが、今はセーフティネットに大きな穴が開いていて、いきなり生活保護になってしまう。一度落ちると這い上がるのは困難ですよね。
神津 自民党は、GDP600兆円などのアドバルーンをあげていますが、まさに逆戻りの政策です。高度成長期があまりに良かったので、経済政策も社会保障も、その時代を前提に物事を考えることから、いまだに抜け出せない。トリクルダウン型からボトムアップ型へと政策体系を転換しなければいけないのです。
山本 おっしゃる通り、「右肩上がりの経済成長・再び」なんてファンタジーです。もう二度と人口は増えないでしょうし、経済が急激に好転することもないでしょう。にもかかわらず、現政権は、アベノミクスを筆頭にファンタジーを前提にした政策や制度を進めようとしている。ファンタジーが崩れていく中で、いちばんシワ寄せがくるのは勤労者と高齢者なんですが、その政策的カバーも、お金さえ出せばという高度成長時代のやり方です。本当にそれでいいのか。最低でも次世代にツケを回さないためには、何をしなければならないのかを考えるのが政治だと訴えていく必要があります。
神津 そこで重要になってくるのが、合意形成ですね。税制、社会保障、安全保障、日本が直面する課題を解決していくためには幅広い合意形成が不可欠です。
山本 ところが、メディアは、話をわかりやすくするために対立の構図を描こうとしがちです。例えば、連合と民進党の関係も、ぎくしゃくしていると印象づけるような報道がされていますよね。
神津 労働法制や安保法制をめぐる安倍政権の強行的なやり方や、選挙目当ての場当たり的な政策に疑問を抱いている国民はたくさんいます。その受け皿が必要だということをずっと訴えてきました。
山本 それはおっしゃる通りです。民進党の課題は認知度。野党第一党として、もう少し前に出るべきだし、めざす社会像や政策を明確にして国民に示していくべきですね。
人々の実感をとらえることが情報発信のカギ
―選挙における情報発信のポイントは、連合の発信力強化に向けても参考になりそうです。
山本 今回の対談にあたって、連合の政策文書や会長のコラムのバックナンバーを拝見したのですが、問題意識がクリアで一貫した主張をされている。非正規労働者の処遇改善や中小企業の賃上げにも取り組まれているし、災害ボランティアなど社会貢献活動にも熱心ですよね。
神津 そうなんですが、あまり知られていない。「えっ、連合ってそんなことやっているんですか」と驚かれることがけっこうあるんです。
山本 確かに「連合」というワードでピックアップされるネタは、民進党がらみの限定されたもので、連合が何を考えどういう活動をしているのかは伝わってきません。
神津 枝葉の部分だけデフォルメして報じられてしまう。山本さんは、ブログで情報発信をされていますが、どうすれば「連合」をまるごと伝えることができるんでしょうか。
山本 私は1996年、パソコン通信の時代から自分なりに発信を続けています。91年、92年にモスクワ大学に短期の語学留学をしたんですが、ちょうどソ連邦崩壊前夜に居合わせた留学体験記が好評で固定読者がつきました。今は、データ分析の仕事をしていますので、自分の意見というより現実に起きたことをどう解釈するかを書いています。調査の結果をふまえているので、人々の実感に近いところでの話になっていることが、多くの読者を得ている一つの理由だと思っています。だから連合の情報発信も、人々の実感をとらえることがカギになるのではないでしょうか。枝葉をデフォルメした憶測は、直接語りかける言葉が出ない限りなくなりません。言い方は悪いのですが、関心を持ってもらう仕掛けとしてのゴシップって大事なんです。ゴシップ記事に対して「誤解されているけど、実はこういうことなんです」と当事者が語る。その「実はね」という話をみんな知りたい。ゴシップ潰しをゴシップ風にやると、あっという間に浸透する。「そういうことだったのか」と納得して、いいイメージや正しい知識が広がっていくんです。
神津 なるほど、ぜひこれからもアドバイスをお願いします。同じヤクルトスワローズのファンだとも聞いていますので、近いうちにそんな話もぜひ。
山本一郎
東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。統計処理を用いた投資システム構築や社会調査を専門とし、社会保障問題や投票行動分析に取り組む。株式会社データビークル・データマネージャー、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員、東北楽天ゴールデンイーグルス育成・故障データアドバイザーなど現任。
『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ)のコメンテーター、『真夜中のニャーゴ』(フジテレビ系ホウドウキョク)のMCを務める。
「やまもといちろうオフィシャルブログ」のほか、Yahoo!ニュース「やまもといちろう『無縫地帯』」、「やまもといちろうメルマガ『人間迷路』」などWEB媒体で情報を発信中。
著書に『ネットビジネスの終わり』、『情報革命バブルの崩壊』など。
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年7月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはをこちらご覧ください。