“思いやり”の心で“優しい社会”を!~よりよい消費社会をめざして~最終回

2018年3月26日

特集の締めくくりは、自治労の川本委員長、情報労連の野田委員長運輸労連の難波委員長、航空連合の島会長と相原連合事務局長による座談会。今、労働組合として何が求められているのか、私たち一人ひとりは何をすればいいのか。問題解決への視点が提起された。

職場における実態

サービス向上の努力がかえって…

─今、職場では何が起きているのか。背景に何があるのかお聞かせください。

川本 自治体の窓口に「苦情」はつきものだが、「大きな怒鳴り声をあげる」「長時間居座る」などの行き過ぎた行為も起きている。また、バスや地下鉄など公共交通の現場では、運行の遅れに対するクレームがエスカレートしやすい。医療現場では、時間外診療をめぐるトラブルが増えている。
かつて小さな市町村の役場では、職員が頼まれて住民票の申請書を代筆するといった柔軟な対応が行われていた。でも今は、個人情報が悪用されるケースが増えているため取り扱いが厳格になっている。言葉づかいや態度は、以前に比べて丁重になっているが、対応については融通がきかなくなっているのが現状だ。そのことが、行き過ぎたクレームが増える1つの要因になっている。

野田 クレームを受けることが多いのは、固定電話のコールセンターと携帯電話のショップだ。固定電話は、料金未払いが続くと通話停止になる。支払い督促を行った上での停止だが、「なぜ、止めたのか」とクレームが来る。「商売ができなくなったから損害を賠償しろ」と言われることもある。また、単にストレスをぶつけてくるような電話や、話し相手欲しさからの電話もかかってくる。
携帯電話ショップでは、なぜこんなに請求額が高いのかという料金についてのクレームが多い。背景には、携帯電話の利用プランが多様化・複雑化していて、ユーザーにわかりにくくなっていることがある。通話料金は秒単位で計算されるし、いろいろなアプリを入れると、いったい何にどんな料金がかかっているのか把握しきれない。事業者間の乗り換えに際しての違約金をめぐるクレームも多い。高学歴・高所得層、シニア世代の説教型クレームが増えているのも、最近の特徴だ。

難波 宅配では、お客様の利便性を高めようとサービス向上に努めてきたが、それがかえってクレームの増加につながっている。再配達となる荷物の比率は約2割を占め、過重労働や環境負荷などにつながっている。実は今、宅配ボックスをめぐっても、「なぜ、ボックスに入れたのか。こんな重いものを自分で運べというのか」という苦情が出る。逆にボックスに空きがなくて持ち帰ると、「なぜボックスに入れてくれないのか」と。
消費者のモラル低下という点では、引越しをめぐるトラブルも多い。各社の料金を比較できるサイトがあり、一度予約をしても、もっと安いところがあればキャンセルの連絡がないまま、他の業者に依頼しダブルブッキングになるケースもある。

 

消費者にも求められる「態度」がある

 航空会社では、主に空港の窓口と機内がお客様との接点になる。国内線では、出発時間ギリギリに駆け込んでくるお客様がいて、「なぜ乗せないのか」とクレームになる。国際線では、パスポートの期限切れなど渡航書類の不備で出発できないお客様がいる。「何とかしろ」と言われても、どうにもできないが、納得してもらえずクレームに発展してしまう。
機内では、最近は持ち込み荷物の大きさや個数をめぐるトラブルが目立つ。荷物の収納は、基本的に個々のお客様にお願いしているが、それを不満に感じるお客様もいる。満席なのに席を替えろと要求するお客様もいる。航空機の搭乗手続きは、チケットレス化が進んでいて、お客様との接点は減っているが、働く者の体感としてクレームは増えているのではないかと思う。

相原 皆さんのお話はどれもさまざまな日常を色濃く照らし出したもの。例えば、デジタル化の進展は、消費者により便利できめ細かいサービスの提供を可能とする反面、思いがけず「不要な摩擦」の一因にもなり得る。さらに、その摩擦回避のためデジタル化を利用する工夫もある。ヒューマンリレーションを育むデジタル化のあり様が社会全体の課題である点を浮き彫りにしていると言える。
また、「何らかのつながりを求めての苦情」にも言及があった。商取引の契約は対等な立場で結ぶものであり責任は双方が負うとの理解だけで済む話でもなさそうだ。消費者の行動がなぜ行き過ぎてしまうのか、その背景やメカニズムへの知見を蓄積し社会に活かすことも労働組合の役割といえる。

一方、消費者の弱い立場につけ込んだ深刻な被害は後を絶たない。消費者は徹底的に保護されて然るべきだが、同時に、消費者にも求められる「態度」があることは、おそらく共通の理解ではないか。

 

働く人たちへの影響と労働組合の対応

個人ではなく、チームで対応する

─働く人たちへの影響は? また労働組合としての対応は?

川本 執拗なクレームを受けて、メンタル不調で休職する職員はいる。窓口業務については、クレームに対応してきた長年の蓄積があるので、一定の対応マニュアルが整備されている。最近、深刻化するケースが多いのは、保育や医療の現場だ。預かっている子どもがちょっとかすり傷を作ったなどで、保育士や看護師が責め立てられる。そのため個人で「公務員賠償責任保険」に加入する人も増えている。

野田 クレームが増えれば増えるほど、丁寧に説明するので、1件当たりの対応時間は長くなる。そうすると精神的ダメージも大きく、離職につながりやすい。コールセンターやショップスタッフは、高度な知識とスキルが求められるが、1年も経たないうちに大半が辞めてしまう。どこも人手不足に悩んでいるが、それがサービスの低下につながり、クレームの発生につながるという悪循環が起きている。クレームを防止し人材を確保することは、事業運営においても非常に大きな課題であり、労働組合としても、ハードとソフトの両面から対策を求めてきている。

コールセンターでは、最初に「録音します」というガイダンスを流すだけで、過剰な言葉はかなり抑制される。ソフト面では、「クレームは個人で対応させない。チームで対応する」という原則をしっかり打ち出すことが重要だ。労働組合が働きかけて、企業のマニュアル作成や教育・研修をもっと進めていく必要がある。
携帯ショップでは、直営の販売店ではないことが多いため、労働組合として直接アプローチするのが難しい状況があるが、組織化して使用者と交渉する仕組みをつくっていかなければと思っている。

 

際限ないサービスに区切りをつける

難波 宅配便については、長時間労働是正の観点から、時間指定の緩和などの見直しを行っている。当日中の再配達も午後7時までに受け付けが完了したものまでとし、午後7時以降はドライバーの携帯電話はサービスセンターに転送するようにした。もともと時間指定便には特別料金がかかっていたが、競争が激しくなる中で、対価が支払われないまま業務が増え、ネット通販の拡大による取扱量の激増がドライバーの疲弊に拍車をかけた。これまで運送業には「売り切れ」という考え方がなかった。中小の運送会社では、元ドライバーの社長が自ら運転し、なんとか対応してきた。でも、無理な対応がクレームにつながる。対応できないときは「売り切れ」にしようという議論もしている。

日本の物流とそこで働く人を守るには、際限ないサービスに区切りをつける必要がある。労働組合として、そのことを発信していく中で、互いの立場を思いやれる関係を築いていきたい。

 クレームによるダメージは大きく、特に空港係員は離職者が多くて、人材が育たないという悩みを抱えている。窓口に来た時には、すでに何かに怒っていることも多い。
航空連合では、魅力ある産業、やりがいのある仕事という観点から、取り組みを進めてきた。航空産業には「安全な運航」という至上命題がある。クレーム対応においても、安全に関わることは絶対に譲れない一線になる。その上で、お客様に寄り添うサービス業として、できる範囲で工夫していく。そういう節度ある対応をしていきたいと考えている。

相原 「おもてなし」や「サービス」とは何かという視点は、この問題を考える上でもう一つの重要なポイントになる。働く人たちはプライス以上の価値を感じてほしいと日々懸命に努力している。ただし、それはどのようなプライスでも構わないということではない。適正な価格が与えられてはじめて活かされる努力でもあることを企業行動規範、社会通念へと高めていく必要がある。

 

私たちにできること、やらなければいけないこと

相手の立場を思いやれば社会は変えられる

─私たちにできることは?

難波 私自身も午前中指定の宅配便を待っていて、11時を過ぎると遅いなと思ってしまうが、11時55分に届いてもそれは許容範囲だし、働く立場からみれば、ドライバーは頑張っていると思える。あるいは、百貨店の閉店時間間際に駆け込もうとして、働く人たちの負担になるからやめようと思い直すこともある。立場を変えれば、見方も変わる。相手の立場を思いやることで社会は変えられると思う。

川本 私も宅配便はよく利用するが、いつも配達してくれるドライバーさんは決まっているので、遅い時は、むしろ心配になる。最近疲れた顔をしていたから、缶コーヒーでも用意しておこうかなと…。

自治体では、苦情を積極的に受け止め、信頼を高める接遇や業務の改善につなげようとしてきた。また制度や法律に関する理解を深め、住民からの問い合わせに対し専門用語を使わなくてもわかりやすく理解してもらえるよう、スキルアップをはかる努力もしている。ただ、それとは一線を超えた行き過ぎたクレームもある。そこは区別して対応を考えていく必要がある。

野田 自分の行動を振り返ると、時々クレーマーになっているかもしれないと反省しきりだが、やはり何かきっかけがないと気付かない。連合が、消費者行動について考えるのは初めての試みだが、こうして問題を見える化していくことは大事だ。
サービスはタダでないし、お客様は神様ではない。連合が、その意識醸成に向けた取り組みの先鞭をつける。連合組合員686万人が、その家族や友人・知人含めて、輪を拡げていくことができれば、大きな運動にできるだろう。

 自分が消費者の立場になった時、どうしてもサービスを見る目が厳しくなることはある。この座談会に参加するにあたって、私たちがこれからやらなければいけないことは何かと周りに問いかけたら、「みんながみんなのことを家族のように思って大切にし合えば、行き過ぎたクレームもなくなる」という答えが返ってきた。やはりそこが重要なポイントになると思う。

 

働く者が働く仲間の尊厳を守る

相原 働く者のための「働き方改革」の実現と同時に、誰でもできる「暮らし方改革」という視点をより伸ばしたい。それは、時間や場所を問わず、サービスの提供者と利用者は「互いに働く者同士」という連帯感の裏付けに他ならない。
働く一人ひとりが、自らの職場を離れた時に、いかなる態度で「働く人」と接することができるか、目の前の「働く仲間」に向ける一人ひとりの僅かな心掛けは、今日、伺った多くの事例を解決に向かわせる大きなエネルギーだ。

「働く者が、働く仲間の尊厳を守る」。

それが今、この場から発したいメッセージだ。

─ありがとうございました。

[進行]西野ゆかり 連合広報局長

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合2018年3月合併号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」についてはこちらをご覧ください。