“思いやり”の心で“優しい社会”を!~よりよい消費社会をめざして~第2回

2018年3月22日

 

 

 

連合調査では、接客業務に従事する人の半数以上が「消費者からの迷惑行為」を受けたことがあると回答し、6割近くが、そうした行為が「増えている」と感じていた。背景には何があるのか。クレームがエスカレートしていくメカニズムとその対策は何か。消費者心理を研究する関西大学の池内裕美教授に聞いた。

池内裕美

|いけうち・ひろみ|

関西大学社会学部教授

関西学院大学大学院商学研究科(博士課程前期課程)、同大学院社会学研究科(博士課程前期・後期課程)修了。博士(社会学)。広告デザイン会社勤務などを経て、現職。専門は、社会心理学や産業心理学(特に消費心理学)。過剰な苦情行動やモノのため込み(ホーディング)といった「逸脱的消費者行動」に関する心理的メカニズムの解明などを主な研究テーマとする。

関連する論文に「苦情行動の心理的メカニズム」(『社会心理学研究』25巻3号、2010年)、「苦情行動者の心理:消費者がモンスターと化す瞬間」(『繊維製品消費科学研究』54巻1号、2013年)など。

 

きっかけはコミュニケーションギャップ

─通常のクレームや改善要求と「悪質クレーム(迷惑行為)」との違いは?

1つは、法に抵触する場合が「悪質クレーム(迷惑行為)」といえます。恐喝、暴力、脅迫、監禁、あるいは長時間・多頻度の業務妨害、居座り(不退去)などは、違法な行為です。また、①回数が多い、②不当な金銭要求・過大な物品要求、③因果関係が不明確(いちゃもん)などのケースも、通常のクレームの範囲を超えていると判断していいと思います。

企業や業界として、明確な「悪質クレーム」の定義はまだないのですが、「普通のお客様なら受け入れる弁済を超えて過度な要求を続ける」ケースと考えればわかりやすいでしょう。

ただ、現場で対応している時、これは過度な要求なのかどうか判断するのは難しい。だから、もう一つの判断ポイントとして重視すべき点は、受ける側への心理的影響です。つまり、クレームを受ける側が、業務や日常生活に支障をきたすほど強いストレスや恐怖を感じた場合は、「悪質クレーム(迷惑行為)」であると…。

 

─クレームがエスカレートしていくメカニズムとは?

きっかけの多くは、コミュニケーションギャップではないでしょうか。事例を集めてみると、NGワードやNG態度の問題が見えてきます。

クレームを言う時、お客様はたいてい怒っています。本当は、まず怒りを受け止めてひたすら傾聴するのが、「カタルシス効果」(怒りを吐き出すことで鎮静化すること)も得られて一番いい方法なのです。ところが、消費者に誤解があるような場合、つい「だ〜か〜ら〜」と理詰めで説明しようとしたり、「でも」「ですが」と言い訳しようとしたりする。そうすると、怒りの火に油を注ぐ結果になり、最初は商品やサービスに向けられていたクレームが、「対応している人」や「組織の姿勢」という二次的、三次的クレームへと発展してしまう。そして、「責任者を呼べ」「謝罪広告を出せ」という発言につながっていく。コミュニケーション上のボタンの掛け違いから負のスパイラルに入っていくという構図ですね。

もう一つは、社会的地位などにおいて、消費者の側が「自分のほうが上」だと思うと、やはりエスカレートする傾向があります。「お客様は神様」という言葉も、むしろ消費者の側に強く作用している。人間を相手に感情を駆使する仕事を「感情労働」と言いますが、感情労働者の中でも、特に飲食店や流通業の店員などエプロンをつけることが多いような職種(接客業)の人たちは、攻撃的なクレームを受けるケースが多いようですね。また「税金を払っている」という理由で公的機関(行政)の窓口でのクレームもエスカレートしがちです。

その一方で、実はこうした接客業に従事している人も、時にクレーマー化することもあります。なぜなら、自分自身も日頃からサービスを提供しているため、どうしても同業の人を見る目が厳しくなるからです。あるいは、「世直し型クレーム」を訴えるシニア層も増えています。これは、退職後も、世のため人のために間違いを正してあげようと、良かれと思ってクレームを言う人たちです。特に現役時代に要職に就いていた方は、その傾向があります。

 

過剰なサービスがクレームの原因にも

─「悪質クレーム(迷惑行為)」が増えていると感じられる背景にあるのは?

1つは、日本特有の過剰なサービス。海外から称賛される「おもてなし」は、確かにすばらしい。でも、度がすぎると、求める水準をどんどん高めてしまう。常に期待を超えるサービスを提供していかないと、消費者は満足しなくなり、結果的に働く人の負担が増える。例えば宅配の時間指定は便利ですが、配達する側は大変だし、少しでも時間がずれるとクレームにつながる。他にも、良かれと思って向上に努めてきたサービスが消費者の期待を高め、新たなクレームを生み出す原因になっている事例は多々あります。

2つめに、SNSなどを通じて消費者同士の情報交換が広く行われるようになったこと。これは、泣き寝入りする消費者が減るという意味では良いことだし、企業にとっても貴重な情報となります。ただ、全体としてクレームが増えると、その対応の過程でエスカレートしていくケースも出てきます。今まで修理で対応していたのに、「新品交換」を強く要求されて、それを受け入れると、その情報がSNSで拡散し、修理で対応した人からクレームが来るケースなどが生じています。特にインターネット上では、企業のネガティブな情報に注目が集まり、企業いじめのような状態になることもあります。

3つめは、SNSの普及や過剰労働とも関連するのですが、「一億総疲労社会」「不寛容社会」と言われる状況です。仕事や生活、SNSのチェックや返信に追われて、みんな疲れている。疲れると感情のコントロールができなくなり、イライラして怒りっぽくなる。だから、謝罪されても許さなかったり(不寛容)、その謝り方が悪いと怒りのはけ口にしてしまったりすることもあるのです。

 

クレーム対応についての教育・研修を

─現場での対策は?

まず、企業側がきちんとしたサポート体制をつくることです。クレーム対応は対応する個人の問題ではなく、組織の問題です。全社的に対応することを従業員に示し、現場の情報を共有して、次の対応に生かしていく。それが働く人たちを守ることにつながると思います。

ぜひやっていただきたいのが、クレーム対応の教育・研修です。過剰なクレームの受け手への影響は想像以上に深刻です。必要な知識がないまま一人で抱え込んでしまうと、強いストレスになり、退職に追い込まれることもある。また、パートやアルバイトなど非正規雇用の人たちも、クレームに対応する場面は多い。だから、非正規雇用の人たちも含めて、しっかり教育・研修することが重要です。

また、企業内はもとより企業の壁を越えて、同じ職種に従事する人同士の情報交換の場を設けることも大切です。互いの経験を語り合うことで「自分だけじゃない」と思えて気持ちが楽になる。そんな情報を共有し共感し合える場づくりは、労働組合も役割を果たせるのはないでしょうか。

 

─社会全体でできることは?

日本は、勤勉で忙しすぎるんです。休むと「怠けている」と思われるから、有給休暇の取得率も低い。そのうえ、人が削減されても仕事量が減らず、1人の負担が増えているので、ますます休める時がない。それが一億総疲労社会につながっている。余裕のなさや忙しすぎるところから改めないと、悪質クレーム(迷惑行為)に歯止めを利かせるのは難しいという気がします。余暇を楽しんだりリフレッシュしたりすれば、もっと心の余裕が持てるようになる。そうすれば、相手を思いやれるようになり、クレームがエスカレートすることも減るのではないかと思います。そんな発想の転換も必要ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

UAゼンセンの「悪質クレーム(迷惑行為)実態調査」(201767月実施)の結果は大きな反響を呼んだ。流通・サービス業で働く人の7割以上が顧客の「迷惑行為」に遭遇した経験があり、そのうち9割がストレスを感じ、5割が「迷惑行為」が増えていると感じているという。調査には、傘下の168組合が協力し、5万件を超える回答を得た。今、現場で何が起きているのか、労働組合としてどういう取り組みを進めているのか。UAゼンセン流通部門の西尾多聞事務局長に聞いた。

西尾多聞

UAゼンセン常任中央執行委員 流通部門事務局長

 

働く者の声を受け止めて

─「悪質クレーム」についての問題意識とは?

小売の現場では、行き過ぎたクレームは、誰もが多かれ少なかれ経験していることであり、時に「武勇伝」のように語られてきた。私自身も、学生時代にコンビニエンスストアでアルバイトしていた時、単品のお買い上げのお客様に「袋はご利用になりますか」と聞いたら、「いらないと思ってんのか!俺を誰だと思ってるんだ!」といきなり怒鳴られた。驚いたが、反面「そういう聞き方をすると、お客様を傷つけることがある」とわかって勉強になった。その後、流通業の会社に就職し、「クレームとは、理不尽なものであったとしても、“金の言葉”である」と教育された。現場では、お客様の声を生かして業務を改善し、サービスの質を上げる努力を重ねてきたし、クレームに真摯に対応することで、お客様との信頼関係を構築してきた。

それは今も変わらない。ただ、近年、あまりに行き過ぎと思える行為があり、その映像がSNSなどで拡散するようになった。衝撃的だったのは、2013年にアパレルチェーン店で起きた「土下座事件」だ。それが「強要罪」にあたると報道されたことが、現場で働く者にとってひとつの「啓発」となった。

折しも、2012年にサービス・流通連合とUIゼンセン同盟が統合し、UAゼンセンが発足して商業・流通業界で働く仲間が1つにまとまった。逆に言えば、そこで働く者の声を世に発信できるのは、私たちしかいない。その責任を自覚し、現場の声を拾い上げていこうと決意を新たにした。現場では、エスカレートするクレームに悩んでいる。そこで、その悩みを受け止め、労働組合としてどう社会に発信していくべきかという議論をスタートさせた。

 

「自分たちの声が届いた」

─どんな議論を?

苦情・クレームには、貴重な情報が含まれている。それを受け止めることが大切であることに変わりはない。その上で、お客様といえども、あまりに理不尽な行為は社会的に許されない。しかし、働く人とお客様を対立させるような構図では、この問題を捉えたくない。「苦情・クレームは真摯に受け止めたいが、明らかに質が変わっている部分があり、数も増えている。ただし、お客様にレッテルを貼るような運動はするべきではない」と考えていた。UAゼンセン流通部門では、議論に議論を重ね、「サービスを提供する側、される側、お互いが尊重される社会をつくる」という基本スタンスを確認し、具体的対応を進めていくこととした。

第1に、どこからが悪質なクレームなのか、その判断基準が必要だと考えた。実は、その定義やガイドラインは、どこにもない。そこで、弁護士や有識者、業界団体などにも協力をお願いし、「悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン」を流通部門として作成。強要や脅迫、監禁など法律に違反するケースのほか、過剰請求や繰り返し要求、威嚇的な説教なども、社会通念上許されない「悪質クレーム」と判断されるという整理をした。そして、現場で何が起きているのか、直接組合員の声を聞くためにアンケート調査を実施した。

 

─現場では何が?

「迷惑行為を受けたことがある」との回答が73・9%。それによってストレスを感じた人が約9割。「迷惑行為が近年増えている」は49・9%。数で見ると、セクハラ行為を受けた人は4953人、土下座させられた人は1580人、精神疾患になったことがある人は359人もいた。その原因については「消費者のモラルの低下」(30・4%)「消費者のサービスへの過剰な期待」(24・4%)「ストレスのはけ口になりやすい」(24・2%)が上位を占め、対策としては、約6割が企業に対してマニュアルや組織体制の整備、教育・啓発などの実施を求めていることがわかった。自由記入欄には、暴言や脅迫、長時間の拘束やセクハラ行為などについての事例がびっしり書き込まれていた。ちなみに調査結果をもとに運動を構築するにはサンプル数は多いほうがいいと2万を目標としていたが、結果として5万を超える回答が寄せられた。現場の関心は高く、アンケートに答えた組合員から口コミで広がったのだ。

UAゼンセンでは、この調査結果をもって社会的な発信に踏み切った。反響は非常に大きく、現在でも途切れることなく取材依頼が続いている。組合員からは「自分たちの声が届いた」、お客様からも「そんなことが起きていたとは知らなかった」という声が寄せられている。

 

弱い立場の人が怒りのはけ口に

─なぜ、行き過ぎたクレームが増えているのか。

それを知りたくて、私たちも勉強会を重ねてきた。1つには、流通業界では、バブルの崩壊後のリストラにおいて、現場の人員を相当数減らし、サービス効率化を追求してきた。そのため、接客にかける時間がどうしても短くなり、クレームが発生しやすい状態が生じていたと言える。

また、韓国では、感情労働問題としてこの取り組みが進んでいるとの情報に触れ、かねてより親交のあった釜山大学の金英教授に、韓国での取り組みや文献を翻訳していただき、ご自身の研究も踏まえて韓国での取り組みについて講義を受けた。その中で、韓国の航空会社オーナーの娘が機内でのナッツの出し方が悪いと客室乗務員を詰問し飛行機を引き返させた「ナッツリターン事件」を分析し、「韓国では格差が急拡大し、社会集団間の心理的距離が遠くなり、富裕層は、他の階層に対しもっと自分たちに尽くすべきだと考えるようになった。また、努力しても報われない社会では、常に怒りを感じている人が増える。そのため自分が強い立場になったと思える時は、弱い立場の人に怒りをぶつけるようになる」との指摘があった。日本でも、格差が拡大し、いわゆる非正規雇用の労働者が急増している。現状への不満や将来への不安を抱える人が増え、より弱い立場の人をストレスのはけ口にする行為が生じているのではないか。さらに、情報化社会の進展や求められるサービスが「過剰」すぎることも背景にあると言えるだろう。

 

─今後の取り組みは?

現実に、行き過ぎたクレームで強いストレスを感じ、健康を損なったり、退職に追い込まれる人たちがいる。引き続き、お互いが尊重される社会をめざしていることを社会に発信し続ける。また、企業として従業員を守る体制をつくる必要がある。政府や政党に法的整備を求める要請を行うと同時に、それぞれの職場で、企業としての対応マニュアルや教育・研修体制の点検を行い、従業員を守るための体制づくりを労使で進めていければと思っている。組合としても、2018労働条件闘争の中で、ハラスメント対策の1つとして対応を求めていく。

われわれの大きな目標は、この産業の魅力を高めること。お客様とお互いに尊重しあう、思いやりのある関係性をもった産業として、健全に発展することが大事だと思っている。

例えばアメリカでは、「働いているあなたも、お客である私も、同じ社会人、社会を構成している人だから、お互い様」ということが浸透しているので、悪質クレームといった問題は存在しないと聞いている。

「おもてなし」も大切ですが、もっと「思いやり」のある社会をめざすべきではないでしょうか。

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合2018年3月合併号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」についてはこちらをご覧ください。

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