野球に学ぶ組織論 多様なメンバー×リーダーシップ=強いチーム

2018年8月29日

2020東京オリンピック・パラリンピックでは、 野球・ソフトボールが正式競技として復活する。日本代表チーム「侍ジャパン」の活躍に期待が高まる中、過去2度 の五輪でコーチ、監督としてメダル獲得に導いた山中正竹氏が、今年5月、全日本野球協会会長に就任した。 侍ジャパン強化本部長も兼務する山中会長と神津会長が、強い組織をつくる秘訣や求められるリーダーシップ など「野球に学ぶ組織論」について語り合った。

全日本野球協会会長

山中正竹 MASATAKE YAMANAKA

1947年大分県生まれ。法政大学在学中は野球部の左腕エースとして、東京六大学リーグ史上最多の通算48勝をあげる。住友金属では、都市対抗野球大会8年連続出場。引退後は同監督として都市対抗1回、日本選手権2回の優勝に導く。1985年日本代表コーチに就任、1988年ソウルオリンピックで銀メダル。1990年に同監督、1992年バルセロナオリンピックで銅メダル。1994年から2002年まで法政大学監督、リーグ優勝7回、大学日本一1回。2016年野球殿堂入り。2018年5月より現職。

 

連合会長 

神津里季生 RIKIO KOZU

 

進行:矢木孝幸 連合副事務局長

 

野球を学び、野球から学ぶ

矢木 お二人にとって野球とは?

山中 私のモットーは、まさに「野球を学び、野球から学ぶ」なんです。小学3年生の時に野球を始めて以来、今日までずっと野球に関わってきましたが、究めようとすればするほど、奥深くて次々に新たな課題が出てくる。あるいは野球以外のことをもっと知らなければ、深く知ることはできないと気づかされる。野球から学ぶことは、今も途切れることなくあり、私の人生を豊かなものにしてくれているんです。

神津 アマチュア野球界を代表する立場にありながら、今も学び続けようとされる姿勢には、本当に頭が下がります。

山中会長が、法政大学のエースとして活躍されていたのは、まさに東京六大学野球の黄金時代でしたね。私も、子どもの頃から野球が好きで好きで、六大学でプレイしたいと大学でも野球部に入りました。でも、自分の技量では選手を続けるのは到底難しいと悟ってマネージャーに転身したんです。マネージャーは、当然のことながら、チーム全体を考えなければいけない。それで初めて視野が拓け、自分が選手だった時に何が足りなかったのかも理解できた。そしてマネージャーという立場で、チームの一員としての貢献にやりがいを感じ、裏方の仕事に徹しました。大学卒業後は新日鐵に入社しましたが、社会人野球チームのある広畑製鐵所の配属になり、そのマネージャーも希望し務めました。その経験から、「チーム全体のことを考える」という視野が養われ、その一方で一人ひとりが生き生きと活躍できなければ、全体は目標に向かって進めないことを痛感してきました。野球に学ぶことがなければ、私は、今、ここにこうしていなかったとすら思います。

山中 野球の試合は攻守9回まであって2時間以上かかりますが、実際にプレイしているのは、数十分で、残りの時間はずっと考えている。バッターが構えると、どの球を狙うのか。監督も選手も観客も一緒に考える。そこに野球の面白さがある。

神津 選手でなくても参加できることが野球の最大の魅力なんです。

 

仲間を認め、相手を尊重する

矢木 山中会長は、監督としても輝かしい成績を収めてきました。一人ひとりの選手の思いを受けて、チームをまとめ上げていく、その秘訣とは?

山中 私の経験から言えるのは、チームとは、指導者と選手との信頼関係がベースにあって初めて機能するということです。選手は選手としての成長をめざし、監督は監督としての成長をめざして努力する。その学び続ける姿を互いに認め合い、尊重することができれば、どんなに多様で背景の異なる人が集まっても、チームは成り立っていく。

スポーツにおいて、「ルールに従ってフェアにプレイする」というスポーツマンシップは、絶対に守るべき基本です。そして、その前提にあるのは「他者を認める」こと。

その上で一つのチームをつくり上げていくには、指導者がその役割をしっかり果たすことが重要です。具体的には、①チームの目標とその達成のための方針を全員に伝達する、②正しく状況を判断する、③選手のモチベーションを高める、④選手の能力を正当に評価する、⑤自らの経験から得た知識を惜しみなく伝える、⑥技術や戦術のパフォーマンス向上を指導する。この6つを挙げたいと思います。

神津 「他者を認めること」は、労働組合の活動においても非常に重要です。労使関係も、互いに認め合いリスペクトすることなくして機能しません。労働者と使用者は、立場は違いますが、互いに相手の立場を理解しつつ、主張すべきは主張して一定の合意をつくっていく。それをルールとして労働協約に落とし込み、共通の目標に向かって協力する。あるいは、連合というナショナルセンターも、さまざまな背景や文化を持つ組織が互いに尊重し合うことで成り立っている。非常に相通じるものがありますね。

 

 

「監督」こそ、最重要戦力

矢木 チーム力を高めるためにトップに求められるリーダーシップとは?

山中 よく「勝つためのポイントは、投手力か、打撃力か」と問われるんですが、私は「監督力」だと答えます。オリンピックのコア競技の中で、監督が選手と同じユニフォームを着るのは、野球・ソフトボールだけですが、野球ほど監督がゲームの勝敗に深く関わる競技はないと言っていいでしょう。

ゲームが始まる前、攻守交替時には円陣を組んで監督の指示を受ける。打席に立てば、1球ごとにベンチにいる監督から、打て、待て、バントなどのサインが送られる。塁に出ても、守備についても細かく指示が出される。野球においては、監督こそ、ゲームの勝敗を握る最重要戦力なんです。

神津 確かに野球における監督の役割は、他の競技に比べても突出していますね。名選手は必ずしも名監督ならずと言いますが、山中会長は、名選手にして名監督。指導者として何を大事にされてきたんでしょうか。

山中 指導者の使命は、「育てる」ことと「勝つ」ことだと思っています。もちろん「勝つ」ことがすべてではありませんが、選手たちは、勝ちたい、勝つためにうまくなりたいという気持ちを強く持っている。それを受け止めて、選手が自らを客観視し、足りない部分を伸ばす方法を自ら考え、成長していけるようにすること。技術面だけでなく、人間的にも成長できるようサポートすること。その努力が報われるようゲームに勝つための戦略・戦術を立てること。それが指導者に求められることだと…。

神津 「自分の力を見極める」というのは、本当に大切ですね。人間は、100人いれば100通りで、それぞれ強み・弱みを持っている。たとえプレイヤーの資質がなくても、自分なりの強みを生かしてチームに貢献できることがある。それを一人ひとりが自覚しているチームこそ強いチームになれる。例えるなら、日本の城の石垣でしょうか。一つひとつの石の形は不揃いなのに、それが絶妙に組み合わされて強固な城壁になる。野球のチームも労働組合の組織も同じですね。

山中 本当にそう思います。ただ、偉そうなことを言いましたが、実際に監督をやっていた時は失敗の連続で、学生から教えられることのほうが多かった。法政大学野球部のマネージャーだった女性が、あるパーティで「山中監督は、在学中、私たち学生を『教え子』ではなく『仲間』だと言ってくれた」とスピーチしてくれて気づいたんです。私は、教わることのほうが多いから、「教え子」という言葉に抵抗があったのだと…。

実は侍ジャパンの稲葉篤紀監督も、その時の「仲間」なんです。当時は繊細すぎるところがありましたが、その後、自らを冷静に見つめ、トッププレイヤーになるために必要なことを理解して成長していった。本当にうれしく思っています。

矢木 「仲間」という言葉にとても共感します。仲間と一緒に「勝つ」ことの意味とは?

山中 スポーツには厳格なルールがあって、その中で競い合うから面白いし、勝てばうれしいし、成長にもつながります。ただ、勝利至上主義で「勝つためなら何でもあり」というようなことはあってはならない。

神津 一部にそんな風潮が残っているとしたら残念ですね。働くことについても、最低限守るべきワークルールがあります。例えば労働者に残業させる場合は、労働基準法36条に基づく労使協定を結ぶ必要がありますが、労組がなく協定を結んでいない職場がかなりある。「ルールを守っていたら仕事にならない」というダブルスタンダードが残っているんです。「働き方改革関連法案」が成立しましたが、その最大の課題は長時間労働の是正でした。今回、時間外労働の上限規制が実現しましたが、一方で労働時間規制を適用除外とする高度プロフェッショナル制度創設が盛り込まれた。すでに過労死や過労自殺で亡くなる人が年間200人以上もいるのに、新たな制度は長時間労働をいっそう助長することになるのではないか。おかしな運用をさせないことが不可欠です。

 

豊かで平和な社会のために

矢木 サッカーやバスケットボールなどのプロ競技がファン数を伸ばしていて、野球もある意味競争社会におかれていますが、魅力を伝えるための取り組みは?

山中 少子高齢化で人口が減少する中で、野球人口も減少しています。野球以外にも魅力あるスポーツが普及していますから、ある程度は自然な流れだと思うんですが、でも、野球が好きで好きで、そこから多くを学んできたからこそ、その魅力をもっと伝える努力をしなければと思っているところです。

現在、全日本野球協会では、日本代表として、プロのトップチームのほかに、社会人、U18(高校生)、U15(中学生)、U12(小学生)、そして女子のチームを編成しています。すそ野を広げる普及・振興活動、選手の発掘・育成、指導者の育成、組織運営の改善など、トータルな体制強化にも取り組んでいます。

プロ選手が輝いていなければ、子どもたちは夢を持って球界をめざせない。ただ、その世界に入れるのは、本当に限られた人たち。だから、野球を愛する人たちが、少年野球の指導者やスポーツジャーナリスト、解説者など、その強みを生かして野球の魅力を発信していけるようなネットワークをつくりたい。また、プロの世界で輝いた人たちが、そこで得たものを還元できる仕組みもつくりたい。そもそも平和でなければスポーツはできません。だから豊かで平和な社会づくりに貢献し、野球のプレゼンスを高めていきたいと思います。

神津 職場でも、同じように、一人ひとりの能力を高め、働きやすい環境を整備して、その能力を最大限発揮できるようにすることが課題になっています。そして、平和でなければ労働運動ができないことも同じです。共有できることがたくさんありそうですね。

山中 国際協力も進めています。実は、野球は国際的にはマイナーなスポーツで競技人口も少ない。世界野球ソフトボール連盟(WBSC)に加盟する国と地域は135ですが、野球道具が高価なことから途上国ではなかなか浸透しない現状もある。だから、アメリカや日本、韓国などの野球先進国が、技術面でも経済面でも支援を拡大し、世界に仲間を増やしていかないと、日本の野球界の発展もないと思っているんです。

神津 労働組合にも国際組織があって、連合は国際労働組合総連合(ITUC)に加盟していますが、連合は特にアジアの途上国において、健全な労使関係の構築を支援する役割を期待されているんです。産業社会に労使関係をビルトインして、労使が共通の目標を持って生産性の向上をはかり、その付加価値を労働条件の向上として配分することで、生活向上・経済発展という好循環を生み出していこうと…。

山中 それも大事なことですね。実はもう一つ力を入れたいのが、女子野球の振興です。かつて米国球界が、ジャッキー・ロビンソン選手の活躍で人種差別の壁に風穴をあけたように、私たちは、女子野球を強化し、日本のスポーツ界に根強くあるジェンダー差別を乗り越える一つの契機にしていきたいと思っているんです。

神津 素晴らしいことですね。心から期待しています。

矢木 野球と労働組合はDNAが同じなのではと思えるほど、共通点が多いとあらためて感じました。今日は本当にありがとうございました。

長久保 由治 全日本野球協会専務理事(後列中央)

松井 裕一 連合非正規労働センター部員(後列左)

 

※この記事は、連合が企画・編集する「月刊連合8・9月合併号」の記事をWEB用に再編集したものです