こころにホットたいむ with 弘子先生 「過剰適応と不適応」

2021年11月5日

vol.18 過剰適応と不適応

矢吹弘子 (矢吹女性心身クリニック院長)

 

皆さま、こんにちは。秋も深まってきました。4月に入社した新人の方も半年を過ぎ、仕事に慣れてこられたでしょうか。一方、早々に退社してしまった人もあるかもしれません。頻繁な遅刻や無断欠勤、そしてついには仕事に来られなくなるような状態は、職場不適応として典型的です。

一方、メンタルヘルスの用語に「過剰適応」というものがあります。これは字の通り過剰に適応する状態、適応し過ぎる状態です。適応しているなら良さそうに思えますが、過剰となると問題が生じます。過剰適応はいろいろな形で表れますが、働き過ぎはそのひとつです。

現代、多様な性格の人がうつ病を発症しますが、かつてはうつ病になりやすいのは、「真面目で几帳面、仕事熱心」「他者配慮(自分のことより他者を優先する)」といった性格の人と言われてきました。このタイプの人は過剰適応になりがちです。何か求められると、それを引き受けることを最優先して行動します。周りの期待に合わせ過ぎてしまうタイプです。

一口に過剰適応と言ってもさまざまなパターンがあります。責任感が強く、自分はできるはず、できなければいけない、と思って何でも引き受ける人。すでに自分のキャパシティを超えていて、できないかもしれないと気づいているのに、助けを求めたり断るということができない人。精神療法でお聴きする話には、過剰適応となっている背景に、実は自分に対する自信が低く、断ったら自分は価値がないと感じてしまうために断れない、というものも珍しくありません。そして多くの場合、本人は過剰適応だと気づいていません。人の期待に応えることが実は自分の自尊心を支えることになっている場合、無理しなくて良いと言っても、容易に受け入れられません。

Gさんは依頼された仕事は絶対に断らず、どれほど残業しても必ずこなす真面目な社員です。Gさんはいつも誰よりも多くの仕事を抱え、常に睡眠不足の中で仕事をしていました。あとから考えると実は段々仕事の質が落ちていましたが、周囲はあまり気がついていませんでした。ある時突然欠勤し、その後出社しなくなったので周囲は驚いてしまいました。精神科を受診し、うつ病と診断されました。

抱えた仕事ができているうちは良いのですが、限界に達して破綻することは少なくありません。ここでお話ししているのは、職場側が無理を押し付けているケースではありません。職場からすると、無理なら無理と言ってくれたら良かったのに、と思うような場合です。ここに至って過剰適応は不適応となってしまうのです。過剰適応の結果破綻して発症するのは、うつ病の他、パニック症などの不安症や、心理社会的要因が発症や経過に影響を与える身体の病気である、心身症の場合もあります。

困難な時には、助けを求めることがむしろ適応的です。もしそれができないなら、なぜなのでしょうか。振り返ってみても良いかもしれません。

 

矢吹弘子  やぶき・ひろこ(矢吹女性心身クリニック院長)

1987年東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、1995年米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。
日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。

主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。

 

※この記事は、連合が企画・編集する「月刊連合11月号」をWEB用に再編集したものです。