脳を進化させ、「将来」という感覚を得た先に

2015年3月20日

【神津里季生のどまんなか直球勝負!】

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週刊新潮の取材を受け、「マイオンリー」という趣味を語るコーナーでペットの話をさせてもらった。わが家は妻も子どもたちも動物好きなのだが、特に妻が無類の動物好きで可哀想な動物を見つけると放っておけない。そんなわけで大型犬だけで5匹飼っていた時期もあるが、今は犬3匹と猫2匹。ペットというより「家族」のような存在だ。犬が人間のパートナーになって1万年になるそうだが、彼らの生きざまを見ていると感心する部分が随所にある。そんなことを含めて「家族」のエピソードを紹介させていただいた。(4月2日発売の『週刊新潮4/9号』に掲載予定)

そんなわが家では、動物番組を観ることが多いのだが、天才チンパンジーのアイちゃんと息子のアユム君の特技を見てあっと驚いた。画面上に0.2秒だけ数字を不規則に表示した後、小さい数字の位置から順番に触れさせるテストでは、人間の大人が手も足も出ないのに、アユム君は見事に正しく答えていた。なぜチンパンジーにできて人間にできないのか?

実はそこに人間の進化のカギが隠されているそうだ。人間は二足歩行することで脳を大きくしたが、あるところで限界に達してしまった。そこで今度は、目の前にあることの記憶能力を捨てる代わりに、言語・将来予測といった新たな能力を獲得する方向へ脳を進化させてきたというのだ。

そうした時間の概念を獲得したわれわれ人間にとって、将来に希望が持てないことほどしんどいことはない。だが、私たちは将来に希望の持てる働き方や暮らしをどれほど確保できていると言えるだろうか?

そんなことを考えながら、2月12日に開催された規制改革会議の公開ディスカッションに参加した。テーマは「多様な働き方を実現する規制改革」。私からは本来あるべき働き方、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現するためには、「制度」と「マネジメント」の両輪が大事だと申し上げた。例えば過労死を招く長時間労働の蔓延に対しては「制度」で労働時間の上限を規制し、「マネジメント」で労働安全衛生面での時間管理を行う。その両輪が確保されなければ解決できないと申し上げた。

ところが、本会議では企業経営者による好事例の報告が相次いだ。「制度」よりもトップマネジメントが大事だと言わんばかりだった。そこで、「マネジメント」がきちんとできていることを前提に「制度」を設計するのは極めて危うい。そう指摘すると、「何か妙策はありますか?」と聞かれた。「マネジメントが機能していない場合に、働き手の側から何かできるのか」というのが質問の向きだった。

「それこそが集団的労使関係の妙味です」

労働者(従業員)個々人では思っていても言いづらいことを、労働組合が代弁して使用者側に伝える。そして、課題を克服するためにどうステップを刻むのか、労使がお互いに緊張感を持って切磋琢磨し合うのが労使関係の良いところだと。そういう得難い仕組みを社会全体に広げていけるかが重要なポイントだと強調した。

労働者の代表として、国会審議への対応を強力に行っていく

─ホワイトカラー・エグゼンプションが国会審議へと…
1年半にわたり労働時間法制を検討してきた労働政策審議会の労働条件分科会が2月13日、①働き過ぎ防止のための法制度の整備、 ②フレックスタイム制の見直し、 ③裁量労働制の見直し、 ④特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度・いわゆるホワイトカラー・エグゼンプション)の創設等を盛り込んだ報告を取りまとめた。

このうち①では、「中小企業における月60時間の時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予措置の廃止(ただし施行時期は他の法改正事項の施行の3年後となる2019年4月)」「年次有給休暇のうち年5日については使用者が時季を指定するよう義務づけ」等が盛り込まれた一方、連合が強く主張してきた、すべての労働者を対象とする「労働時間の量的上限規制」等の長時間労働抑制策の整備には踏み込んでいない。

毎年100人を超える方が過労死で亡くなっている厳しい現実がある中、この点は遺憾と言わざるを得ないが、使用者側が頑なな態度を崩さない審議会において、労働側委員の皆さんは本当によく健闘してくれた。それぞれの発言ぶりは各審議会の議事録が厚労省のサイトに載っているので、ぜひ見てもらいたいと思う。

④は、第1次安倍内閣のとき「残業代ゼロ法案」として批判を浴び国会提出が見送られたホワイトカラー・エグゼンプション法案の焼き直しであり、「日本再興戦略改訂2014」で示された内容を押し広げたものにすぎない。日本再興戦略を決めたベースの議論には使用者側委員が入っていても労働側委員は入っていない。ILO三者構成原則を無視した会議で決められた内容がこのような形で盛り込まれたのは極めて遺憾だ。

連合は、構成組織・地方連合会と一体となって、実効ある長時間労働抑制策の導入を求めるとともに「高度プロフェッショナル制度」創設と裁量労働制の対象業務拡大を阻止すべく、国会審議等における必要な対応を強力に行っていく。また三たびの廃案をめざす労働者派遣法改正法案等の最重点法案についても民主党と連携して対応を図っていく。

「世のため」「人のため」「自分たちのため」

春季生活闘争の交渉まっただ中です。
「底上げ・底支え」「格差是正」の要素が決定的に重要だ。労働組合のない職場で働いている方々を含む「すべての働く者の処遇改善」を勝ち取り、少しでも社会を覆う不安を取りのぞいていかなければならない。

特に強調したいのは、春季生活闘争が「世のため」「人のため」「自分たちのため」の闘いだということだ。

1つめの「世のため」とは、「デフレ脱却」を実現し「経済の好循環」に結びつけるために、政労使で責任を持って賃上げ・処遇改善を進めなければならないという意味だ。現在進行中の異次元の金融緩和とは、つまるところ一種の賭けのようなもの。その是非はともかく、賽が投げられルビコン川を渡ってしまった今、退却することは許されない。前に向かって進むしかない。ミクロの論理に陥って賃上げが不十分となれば「合成の誤謬」によって世の中全体が立ち行かなくなってしまう。そのことをまず強調したい。

2つめは「人のため」。つまり「働く人すべてのため」ということ。連合に結集する労働組合が率先して成果を獲得し、社会に広げていく。そのためには各業種でつくる部門別共闘連絡会議のなかで、リーダー格の組合が引っ張っていくことが非常に大事になるし、地場の取り組みを含めて、賃金相場を波及させるために獲得した内容を世の中に伝えていくことも大切な要素だ。

3つめの「自分たちのため」とは、労使関係の枠組みを最大限に使って、「賃上げ」「時短」「政策・制度」の3本柱をしっかりと前に進めていくこと。これまで培ってきた労使関係の上に立って、具体的なテーマを交渉のテーブルに載せてもらいたい。36協定についても形骸化していないか、原点に立ち返ってしっかりと目配りをしてもらいたい。

低く張り付いていた水準を引きはがした昨年の春季生活闘争。その流れをさらに加速させ、一人ひとりの働き手、そして世の中全体に「賃上げはこれからも続いていく」と思ってもらえなければ、「経済の好循環」にはつながらない。

息の長い取り組みになる。みんなでしっかりと力を合わせて前に進んでいこう。

[2月20日インタビュー]

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年3月号」記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。

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