連合が結成25年を記念して企画・制作した書籍『ワーキングピュア白書—地道にマジメに働く25歳世代』。「悩みや不安を抱えながらも、地道にマジメにやりがいを求めて仕事をする25歳世代の若者」を「ワーキングピュア」と名付け、10人にインタビューした。明らかになったのは、仕事に対する純粋さと、一方でそれを打ち砕くような労働環境の問題だ。長時間労働、サービス残業、低賃金、パワハラ…。未来あるワーキングピュアを使い潰してはいけない。労働組合はどう行動すべきか。『ワーキングピュア白書』第3章で、鼎談にご参加いただいた小説家の朝比奈あすかさんと神津連合会長が語り合った。
一人ひとりが「自分の問題」と受け止めみずから声を上げることが必要
神津 『ワーキングピュア白書』は完成に至るまで模索の連続でしたが、朝比奈さん、周防さん、古田さんという、第一線で活躍する方々から「贈る言葉」をいただいて素晴らしい本になりました。心からお礼申し上げます。
朝比奈 私のほうこそ、本当に素敵な体験をさせていただきました。
神津 周防さんとは、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員としてご一緒したんです。2009年に厚労省の村木厚子局長(当時)が、身に覚えのない容疑で逮捕・起訴されるという郵便不正事件が起きました。村木さんは裁判で無罪が確定しましたが、大阪地検特捜部による不正な取調べや証拠改竄が明らかになった。この事件を受けて2011年に設置された特別部会には、捜査関係者や専門家の他に、当事者である村木さん、周防さんをはじめ5人の一般有識者委員が参加することになり、私もその一人でした。2007年に映画『それでもボクはやってない』で痴漢冤罪事件を描いた周防さんは、日本の刑事司法の在り方に強い関心を持って審議に参加していました。「取調べの可視化」が一つの大きなテーマでしたが、捜査関係者の反対は根強く、5人の一般有識者委員連名の意見書を出したりして議論を前に進める努力をした。3年間の部会において、いわば「同志」のような関係だったんです。
古田さんは、ヤクルトスワローズで長く活躍し、監督も務められた名プレーヤーです。私も、大学や会社(社会人)の野球部でマネージャーを務めた経験があり、プロ野球では自他共に認める熱烈なヤクルトファン。そして何と言っても、2004年にプロ野球選手会が、球界再編問題に対し「12球団維持」を求めてストライキを決行したとき、選手会の会長が古田さんでした。プロ野球選手会は労働組合ですが、ストライキの経験がないとのことで、当時、連合にアドバイスを求めてこられたというご縁もあるんです。
朝比奈 そうだったんですね。ワーキングピュアに贈る言葉として、おふたりのお話は、いい意味で対照的でした。古田さんは、プロ野球選手という目的があって、そこに向かって緻密に計画を立て努力を重ねていくタイプ。それに対して、周防さんは、今ある仕事が次につながっていくタイプ。ご自分でも「目の前の小さなことをすごく楽しいと思うのが僕の長所なんです」とおっしゃっていましたが、おそらく仕事ができる人は、どちらかなのかもしれませんね。そして、私は、「そうはなれない25歳もいる」という「落ちこぼれタイプ」として参加させていただきました(笑)。会社を辞めたりして試行錯誤の日々でしたから。
神津 でも、朝比奈さんも、その時代に純粋に仕事に向き合い、自分の生き方はどうあるべきかを考えるという経験をされて、それが今につながっている。そういう意味では「ワーキングピュア」という言葉は、言い得て妙ですね。
仕事が大好きで責任ある仕事も任されているのに
─朝比奈さんは、『天使はここに』という作品で、ファミレスの契約社員として働く22歳の女性を描いていますが、今のワーキングピュアが抱える問題についてはどうお考えですか。
朝比奈 『天使はここに』の主人公・真由子は、仕事が大好きで職場になくてはならない存在です。22歳ですが、高校時代のバイトから数えると7年のキャリアを持つベテランで、責任ある職務も任されている。でも、ずっと非正規の契約社員なんです。正社員に推薦してあげると言われながらも、いつも先送りされてしまう。それでも腐ったりせずに「この仕事が好き」だと…。
今、非正規雇用で働く若い人が、ものすごい勢いで増えています。真由子のように、いつか正社員になれることを夢見て、真面目に仕事に向き合い、仕事を通じて社会とつながることにやりがいを感じている。でも、それがきちんと評価される処遇になっていない。これは、非正規で働いている人たちだけの問題じゃない、社会全体の問題だと思って、この本を書きました。
神津 非正規労働者は雇用労働者の約4割、2000万人を超えましたが、特に問題なのは、「初職非正規労働者率」です。社会人として初めて就いた仕事が非正規である比率が、25年前は10%前後だったのが、その後上昇が続いて、今では平均で約4割、女性では5割。初職が非正規だと、正社員にステップアップするのは、かなり厳しい現状があります。
朝比奈 まさに真由子がそうですね。この小説の中で、真由子は最後まで正社員にはなれません。今の日本で書く小説である限り、彼女が正社員になって、店長になって…という話にはできなかったんです。
私は、20代の頃、ネットビジネス専門誌の記者をしていたんですが、当時よく取材させていただいたのが、IT関係で起業した人たちでした。立ち上げた会社の株式を上場して一躍億万長者になるというケースも見てきました。でも、そうやって手にする億単位の「お金」と、ファミレスで食事を提供して時給で働くというときの「お金」が、とても同じものとは思えなかったんですね。
ドイツのファンタジー作家、ミヒャエル・エンデは、「パン屋でパンを買う代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、2つの異なる種類のお金である」と言っています。『モモ』や『はてしない物語』の作者ですが、その生前のインタビューから、NHKが1999年に『エンデの遺言〜根源からお金を問う』という番組を制作し、本にもなっています。エンデは、ずっと「お金の正体」を考え、「貨幣とは、本来、なされた仕事やモノに対応する価値として位置づけるべきなのに、利が利を生むことをもって至上とするマネーに変質している」と警告しました。利が利を生み、格差が格差を生む社会。真由子も高度にシステム化された外資系のレストランチェーンで、わずかな時給で長時間働いている。2つの「お金」のはざまで、「働く」ことの意味や人間の価値をどう見いだしていけばいいのかということも、問いかけてみたいと思ったんです。
「一人ひとりが主役」の「クラシノソコアゲ応援団」
神津 非常に大事な視点だと思います。今、アベノミクスで「円安株高」になったと歓迎する向きもある。でも、それはつくられた株高です。政府が「規制緩和」を声高にアナウンスして外国人投資家の関心を集め、さらにGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による年金積立金の運用方針を変更して株式投資比率を拡大し、巨額の資金を株式市場に投入した。その結果の株高です。年金積立金は、私たちが汗水流して働いて得た賃金から拠出する年金保険料。それが、マネーに組み込まれ、大きなリスクを抱えることになった。
朝比奈 失敗したら誰が責任を取るのかですよね。
神津 それが案の定、直近で8兆円近い損失を出した。まさに実体のない虚像、あぶく銭の世界です。
朝比奈 虚像が独り歩きしてしまうと、労働の価値や、実体としてのお金を扱って生きている人たちをないがしろにする社会になってしまう。すごく怖いことです。そういう意味でも、パートや派遣や契約社員という非正規雇用で働く人たちを守っていかないと、もっと大きな問題につながっていく気がします。
最近、テレビで「中年フリーター」問題が取り上げられていましたが、35〜54歳の非正規労働者は273万人。特に多いのが、バブル崩壊後の超就職氷河期に社会に出た世代で、初めての職が非正規雇用というケースが多いんです。初任給で見ると正社員と非正社員の差はそれほど大きくありません。でも、20年、30年たつと、その差はどんどん開いていく。非正社員には同年代の正社員の半分くらいの賃金の人が多くて、結婚もできない、子どもも持てない、退職金もなく老後は低年金。教育訓練の機会も乏しく、正社員への道はますます閉ざされていく。番組では、中年フリーターの正社員化を支援する取り組みも紹介されていましたが、今すぐ、こういう人たちを底上げしていかないと、次世代にもっと大きな課題を残すことになります。医療や生活保護などの社会保障費も膨大な額になるでしょう。今の若者や子どもたちが、そんな社会を支えきれるのか。非正規はかわいそうだとか自己責任だとか、他人事で語っていては、大変なことになる。そう思っていたときに『ワーキングピュア白書』の鼎談のお話があって連合のことを知ったんです。連合には非正規労働センターがあり、組合員だけでなく、すべての労働者の処遇改善をめざしていると…。
神津 非正規労働者の問題は社会全体の問題であり、底上げが必要だというのは、本当におっしゃる通りです。連合では、「クラシノソコアゲ応援団!2016RENGOキャンペーン」をスタートさせました。連合は、これまでも「暮らしの底上げ」を掲げてきましたが、今回はちょっとスタンスを変えたんです。「連合はこうします」と訴える前に、「暮らし、苦しくなっていませんか?」「仕事、きちんと報われていますか?」「老後や子育て、不安はありませんか?」と問いかけることから始めました。社会を変えるには、一人ひとりが、直面する問題を「自分と関わりのある問題」だと受け止め、みずから声を上げることが必要です。他人事ではダメなんです。だから、連合は、その応援団になろうと…。
朝比奈 なるほど。それで「一人ひとりが主役」の「クラシノソコアゲ応援団」なんですね。私が今、特に重要だと思うのは、保育と介護の分野です。人手不足なのに、低賃金・重労働で離職率が高い。これからの日本社会を支えるには、保育や介護で働く人を守り、ソコアゲしてくことが必要だと思うんです。
神津 安倍政権は、「一億総活躍社会」を掲げ、保育と介護を拡充するとしていますが、保育・介護労働者の処遇改善には踏み込こもうとしない。先の国会で改正派遣法が成立しましたが、これもソコアゲに逆行する悪法です。本来安定雇用で仕事に打ち込める環境があるからこそ、付加価値が生まれるんです。人材育成をおろそかにしては、産業や企業の競争力の劣化にもつながります。
朝比奈 短期的な利益は得られても、人は育たないですね。
朝比奈あすか 小説家
1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、メディアコミュニケーション研究所修了。2000年に大伯母の戦争体験を記録したノンフィクション『光さす故郷へ』を発表。2006年『憂鬱なハスビーン』で第49回群像新人文学賞受賞。
著書に『不自由な絆』『やわらかな棘』『あの子が欲しい』『天使はここに』『自画像』など多数。『ワーキングピュア白書』では、第3章の鼎談「第一線で活躍するプロから ワーキングピュアに贈る言葉」で自身のワーキングピュア時代の経験を語っている。
神津里季生 連合会長
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年1月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。