第4次産業革命は世界的な潮流と言われても、不安がぬぐえないのは「新たなイノベーション」の正体を理解できていないからかもしれない。
それは今、どんな段階にあり、どんな可能性を秘めているのか。日本の産業にとってどんなチャンスがあり、労働者への影響はどうか。著書「人工知能は人間を超えるか」を執筆された第4次産業革命のキーテクノロジーである人工知能研究の第一人者、東京大学大学院の松尾豊准教授に解説をお願いした。
50年ぶりの飛躍的進歩
―第4次産業革命をもたらす情報技術とは?
現在、注目を集めているIoTやビッグデータ、人工知能(AI)などの基本的な情報技術は、20年ほど前にすでに確立されていたものだ。私が研究する人工知能とは、簡単に言えば、「気づくことのできるコンピュータ」だが、1950年代に始まったその研究は、音声認識、文字認識、言語処理、ゲームなどの技術を生み出し進化を遂げてきた。現在、広くインターネットなどで活用されているのは、2000年代に普及した機械学習を取り入れた人工知能だ。
例えば、検索エンジンでは、ユーザーがどういうキーワードを入れた時に、どういうページを求めているのかをウェブページの特徴とあわせて学習する。だから、私たちは一瞬で目的のページにたどり着ける。迷惑メールや有害コンテンツのフィルタリング機能も、人工知能の機械学習によって可能になったものだ。あるいは、最近のネット広告は、ウェブ上のどの枠にどんな広告を載せれば、ユーザーがクリックしてくれる確率が高いかを人工知能が瞬時に計算し、最適な広告を枠に埋め込んでいる。こうしたイノベーションは、すでに確立された技術を、人々のニーズに応じてさまざまに応用して産業化したものであり、その先駆けとなったのがGoogleやAmazonなどの情報系企業だったと言える。
ただし、第4次産業革命の正体は、それだけではない。実はこの2、3年で「ディープラーニング」という新しい人工知能技術が急速に進化している。これは、人工知能研究に50年ぶりの進化をもたらす可能性のある新技術であり、第4次産業革命として生産システムや仕事のあり方を大きく変える可能性を秘めている。
人工知能は新たな段階へ
―何が可能となったのか?
「ディープラーニング」と呼ばれる手法によって、人工知能研究は大きく進展し、新たに3つのことができるようになった。
1つは、「画像の認識」。これまでの人工知能は目が見えているようで見えていなかったのだが、カメラに写った画像が人なのかネコなのか認識できるようになった。これは、モニタリングや画像診断の仕事を大きく助けるものになる。
2つめは、「運動の習熟」。同じ動作を繰り返すうちに上達できるようになった。これはロボットの性能を飛躍的に向上させるだろう。これまで人手に頼るしかなかった収穫などの農作業や片付けなどの家事も自動化できる可能性が出てきた。自動運転技術や人の感情を読み取る人工知能を搭載したロボットの開発も加速するだろう。
3つめは、「言葉の意味理解」。近い将来、機械翻訳の性能の飛躍的な向上が期待できる。
―人工知能が人間を超えるのではという不安もあるが…。
確かに人工知能の進化は目を見張るものがある。将棋やチェスでは、人間のプロに勝利したり、大学入試問題にチャレンジする人工知能も登場している。しかし、人工知能はあくまで人間の知的な活動の一部をまねたものであり、人間にしかできないことはたくさんある。
例えば、優れた技術を新たに編み出し続け、熟練の技を機械に学習させるのは人間の仕事だ。また、人とのコミュニケーションが重要な仕事や、仕事に責任を負うことも、人間が担うべき役割だ。人工知能により人間が仕事を奪われるのではなく、「人間が企画し、機械に実行させる」という方向へ今後はシフトしていくことになるだろう。不安を抱くよりも、まずはこの新たな技術をどう活用するか考えるべきだ。
ものづくりとのすり合わせ
―新しい人工知能技術をどう生かせばいい?
ディープラーニング技術の実用化は、日本のものづくり産業にとって非常に大きなチャンスだ。人手不足に悩む農業や建設業向けのロボットや自動化システムをつくれば、国内はもちろん国外にも市場を拡大していける。家事分野での自動化ニーズも高いだろう。生産システムにその技術を生かせば、安い労働力を求めて海外に出ていた工場が日本に戻ってくる契機にもなる。
もちろんそれによって仕事を奪われる人もいるが、現時点で最も影響を受けるのは、低賃金で農作業や建設作業に従事する諸外国の移民労働者だ。日本国内では人手不足解消のメリットのほうが大きく、ニーズもある。グローバルな雇用問題をどう考えるのかは重要だが、しかしこの新しいイノベーションは止められない。日本の未来を考えた時、まずは日本の産業競争力を高めることが重要だとすれば、このタイミングを逃してはいけない。基盤となる技術はすでにできている。あとは市場のニーズを把握し、どう製品化するかだ。
―政策的な課題は?
新技術に関して、政策的支援に向けた政府の動きが非常に積極的な一方、企業経営者はかなり慎重になっている。国の支援を待つまでもなく、個々の企業がどんどん踏み込んでいくべきだ。企業みずから、次代の主力となる事業をつくろうと動き出してこそ、政府の支援も力になる。
おそらく日本企業が慎重な対応をとっている原因の一つには、ニーズ探しのイノベーションで、GoogleやAmazonなどの欧米企業に先行されたという強いコンプレックスがあるのだろう。しかし、ディープラーニングは、ニーズ探しではなく、新製品の性能が飛躍的に向上するシーズ(事業化・製品化の可能性がある技術・ノウハウ)が登場したということだ。だから、今求められているのは、ものづくりと人工知能のすり合わせの技術。人工知能が深く学習できるようになれば、次は機器の性能(ハードウェア)がその性能を左右することになる。
素材や駆動系部品の品質が製品の価値を高める。新しい技術を理解し、製品化を考え、計画を立てて投資する。ここは、日本の得意分野のはずだ。メーカーの技術者が「学び直し」で新しい技術を身に付ければ、製品化のアイデアもどんどん出てくるだろう。
もはや欧米の情報系企業の後追いをしても意味がない。それよりも、足元の新たな金鉱にしっかりと目を向けるべきだ。ドイツは、新たなイノベーションにいち早く着目し、「Industry4.0」という産業政策を打ち出した。それは、日本と同じくものづくり立国であるからだ。第4次産業革命で産業構造は「ものづくり+人工知能」産業と情報系産業が競い合う構図になるだろう。これは、ものづくり産業大復活の大チャンス。日本のものづくりの力を信じて、今すぐ動き出すべきだ。
松尾 豊 まつお・ゆたか
東京大学大学院工学系研究科准教授
1997年東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年同大学院博士課程修了。博士(工学)。専門は、人工知能、ウェブマイニング、ビッグデータ分析、ディープラーニング。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員等を経て、2007年より現職。シンガポール国立大学客員准教授、(株)経営共創基盤顧問。産業構造審議会・新産業構造部会委員。2002年人工知能学会論文賞、2007年情報処理学会長尾真記念特別賞を受賞。2012〜14年人工知能学会編集委員長・理事を経て、現在は倫理委員長。
著書に『人工知能は人間を超えるか—ディープラーニングの先にあるもの』『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」』など。
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年8・9月合併号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。