組合から始まった 越前の児童養護施設

2015年5月21日

前回記事 ⇒どう生かす?2つの新制度

連合がめざす「働くことを軸とする安心社会」を具体化する「子ども・子育て支援新制度」「生活困窮者自立支援制度」の2つの新制度がスタートし、その制度を活かしていくための各地域の取り組みをご紹介。第二弾は福井県越前市の児童養護養護施設について。
(第一弾 「組合から始まった 三重県のとりくみ」

 「すべての子ども」を「社会全体で育む」 ベースキャンプの役割を果たしたい
越前自立支援協会  労働者・市民が設立した児童養護施設「一陽」

橋本達昌

橋本達昌 児童養護施設・ 児童家庭支援センター 一陽 統括所長

突然の廃止案に「そんなのおかしい!」

─「一陽」設立の経緯は?

市町合併(2005年10月)で越前市となる前の武生市には、市立の児童養護施設と児童家庭支援センターがあったが、合併を機に両施設を廃止し、入所児童を他の施設に分散させる案が浮上した。虐待や貧困など「大人の事情」で施設に来た子どもたちが、財政事情が厳しいからと友だちや職員と引き離され、別の学校、違う施設に移されてしまう。
さらに施設職員の約半分を占める臨時・非常勤職員は仕事を失うことになる。「そんなのおかしい!」と、施設で働く臨時・非常勤職員が労働組合を結成し、それに市職員組合が全面支援を行う形で、施設運営を担う新たな社会福祉法人を作ろうという運動を2005年4月から始めた。

まず法人設立資金1000万円を集めるため、一人一口1万円の「市民里親応援団」を募った。多額の出資申し出もあったが、めざしたのはオーナーを作らない労働運動の手法での組織づくり。連合をはじめ労働運動の仲間、障がい児の保護者団体、県の里親会、福祉系NPOを運営する市民など多くの人たちが応援してくれ、わずか2カ月で1000万円超が集まった。
この浄財を基に社会福祉法人の認可・設立を果たし、翌2006年から越前市立の児童養護施設と児童家庭支援センターの運営を引き継いだ。この経緯は地元紙で大きく報じられ、「『労働者立』『市民立』の児童養護施設」と注目された。

私自身は、武生市役所を経て越前市役所に勤務し、市職員組合の役員として運動に携わってきたが、2009年に職を辞し、施設の統括所長として「労働者立」らしい運営に努めてきた。労働組合には全員加入。委員長は施設長で、私も特別執行委員だ。各職域から評議員(法人役員)を選び、職員採用や人材育成、労働条件まで各職域の職員自身で決める。新入職員には、最初に「一陽」が労働運動から生まれた経緯を説明している。また施設面の改善も進めてきた。引き継いだ市立の施設は昔ながらの大舎制で築40年超の老朽施設。
そこで全職員が手分けして全国の小舎制施設を視察し、寄付を呼び掛け、新施設建設を実現した。応援団の労働組合や市民団体は、毎年、クリスマスや年末などの折にうれしいプレゼントを届けてくれる。

養育者の疾病、貧困、虐待

─入所している子どもたちの背景事情は?

共通するのは、家庭の貧困だ。児童福祉法の対象となる子ども2062万人のうち貧困状態にあるのは約300万人、うち30万人は生活保護世帯、約3万人が全国約600カ所の児童養護施設で暮らしている。
児童養護施設は、戦災孤児など親がいない子の養育を目的に設置されたが、今は、養育者の疾病、貧困、虐待などの事情で入所してくる子が多い。地域や保育園、学校などからの虐待通報がきっかけとなり、児童相談所が家庭から引き離して入所させるケースもある。また、子どもが発達障害などを抱えるケースも目立つ。虐待で傷ついた心のケアに加え、発達障害への専門的ケアも求められているのが児童養護施設の現状だ。

さらに施設を運営する中で、痛感させられるのは貧困や虐待の連鎖だ。入所児童の親には、自身も施設で育ったという人が少なくない。施設で育ち自立生活を始めた子が、養育を放棄した親の入院費用などを請求され困窮してしまうケースもある。また、貧困の広がりは、施設外の子どもや若者にも影を落としていると感じる場面が増えてきた。
そこで取り組みを始めているのが、行政や学校、NPOなどと連携し、地域の中で施設の社会資源を生かしていく支援活動だ。

児童養護施設・児童家庭支援センター「一陽」

 自立生活が軌道に乗るまで

─どのような取り組みを?

「児童養護施設運営指針」は、「子どもの最善の利益」のために、「すべての子ども」を「社会全体で育む」ことが社会的養護の基本理念だとしている。だとすれば、児童養護施設は、入所型施設としての殻を打ち破り、社会的に孤立するすべての子どもたちに対してアウトリーチ型支援を展開するベースキャンプの役割を担わなければならないのではないかと考えた。

その一つが、生活保護世帯の子どもへの学習支援だ。ただしこれは、無料で勉強を教えてあげれば、進学や就職で成功し、貧困の連鎖を断ち切ることができるというような単純な話ではない。
貧困家庭の子どもは、その養育環境から十分な学力を身に付けにくく、学校での自己肯定感が低い半面、家族からは頼りにされている。そのため「進学せずアルバイトをして家計を助けたい」と考えやすく、学習意欲は低い。このような子には、信頼関係を築いた上で、「ここで頑張って進学して安定した仕事に就いてこそ、家族の生活を変えられるんだよ」と語りかけていく。学習支援においても、そんな寄り添い型の支援が求められていることを知ってほしい。

また、地域の学校ではケアが必要な子どもが増えているが、マンパワーは不足している。そこで、施設の臨床心理士が学校に出向き支援に協力している。これは学校にとっては大きな助けになるし、私たちも、施設の子どもたちの学校での様子を知る良い機会となっている。

さらに、貧困の連鎖を断ち切るには、施設を退所した子どもと関わり続けるアフターケアも重要だ。特に就職と初めての一人暮らしが重なると、自立生活に失敗して孤立する確率が高い。そこで昨年、地元企業に就職した一陽出身の子どもについて、連合地協の運動で大変懇意となったその企業の労組役員(地協議長)の方から折に触れ連絡を頂き、自立生活が軌道に乗るまでしっかり見守っていただいた。

 ─労働組合にできることは?

第1に就労支援だ。児童養護施設出身者の抱える課題は、育ちの背景や家族の状況により決して一様ではない。職場に児童養護施設の子が就職することになった場合、労働組合としてどんな支援ができるのかを出身施設にぜひ問い合わせてほしい。

第2は施設運営の改革だ。残念ながら施設の中にはいまだ閉鎖的かつ旧態依然の経営手法で職員を使い捨てする、いわばブラック企業的な運営が行われているところがある。事実、児童養護施設職員の平均勤続年数はわずか数年であり、その離職率は驚くほど高い。本来、福祉は、職員一人ひとりを大切にした上での団結とチームワークが求められる仕事であり、労働組合とは親和性が高いはずだ。職場改革に向け、組織の民主化や労働組合結成への支援などに取り組んでほしい。

第3に、子どもの貧困に社会全体で取り組む運動を進めてほしい。子ども・子育て支援新制度で児童養護施設配置基準が改善されたが、そのきっかけの一つは「タイガーマスク運動」だった。施設や施設出身者の窮状を知った人々が、改善の必要性を主張してくれたからだ。連合には、子どもの貧困や児童養護施設、そこで働く施設労働者の問題を広く提起し、社会運動をリードする役割を担ってほしい。

■社会福祉法人 越前自立支援協会
児童養護施設・児童家庭支援センター 一陽2005年11月に社会福祉法人認可・設立。越前市立児童養護施設と児童家庭支援センターの指定管理による運営を経て、2011年4月に「児童養護施設 一陽」を自主設立、13年4月には「児童家庭支援センター 一陽」を附置。従来の児童養護施設の多くが大食堂・大風呂・相部屋の「大舎制」であるのに対し、一陽は一般家屋に近い居住空間を備えた「小舎制」。6〜8人程度の子どもたちがプライベートを確保しながら家庭的に暮らせるホーム5棟を連結し、乳児養育室や親子生活訓練室も整備。地域子育て支援室や多目的ルームも備え、地域の市民や施設退所児童が集う交流拠点の創造もめざす。「一陽」の名は「一陽来復」(「冬が終わり春が来る」=厳しさの後で幸せが訪れること)に由来。

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年5月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。

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