ホンキで「子どもの貧困」対策を!

2017年9月6日

地域では、子ども食堂や学習支援など、子どもの居場所づくりとそれを通じた支援への橋渡しの取り組みが始まっている。とはいえ、その現場で共通して語られたのは、まだアクセスできないでいる、多くの子どもたちの存在だ。

「子どもの貧困」を防止するためには何が必要なのか。労働組合には何ができるのか。いち早く「子どもの貧困」を発見し、警鐘を鳴らしてきた阿部彩首都大学東京教授と神津会長が語り合った。

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今、日本にある「子どもの貧困」とは?

つきまとう自己責任論

─6月27日、最新の相対的貧困率が発表されました。3年前の前回調査に比べて、全体で0・5ポイントの減少(16・1%→15・6%)、17歳以下の「子ども」では2・4ポイントの減少(16・3%→13・9%)となりましたが、この数字をどうみていますか。

阿部 今回の2・4ポイント減は、かなり大きな減少です。17歳以下人口は約2000万人ですから、およそ48万人の子どもが貧困状態から脱け出せたことになる。その主な要因は、景気回復と女性の就労率アップだと思います。母親が働くことで家計改善がはかられている。ただ、相対的貧困率は、過去にも景気回復に伴って下がったことがあるんですが、次に景気が悪化した時には跳ね上がってしまった。長期的には、右肩上がりのトレンドが続いていることをみておく必要があります。

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神津 実は昨年秋、阿部先生が講師を務められた連合大学院「連帯社会」連続講座に参加したんです。そこで、「貧困は一部の怠けている人の問題ではない。貧困をどう解消していくかは、日本の社会をどうしていくのかということと不可分の問題だ」ということをわかりやすくお話しいただいて感銘を受けました。先生が『子どもの貧困』(岩波書店)を書かれたのは2008年でしたが、いち早く「子どもの貧困」に着目されたのは、どういう経緯があったのでしょう。

阿部 もともと「子ども」に特化して貧困を研究していたわけではないんです。1990年代、目に見える形で出てきた貧困は「ホームレス」でした。その実態を探ろうとしたんですが、当時、相対的貧困率などの公的統計がまったく整備されていなかった。日本の貧困に関して納得できるデータをつくりたい。それが出発点でした。

バブルが崩壊し経済の低迷が続いていましたが、「一億総中流」意識は根強く、日本に貧困問題があるということが理解されない。しかも、「大人の貧困」には自己責任論がつきまとう。これを突破するにはどうしたらいいのかと考えて、行き着いたのが「子どもの貧困」だったんです。子どもは親を選べない。自己責任論とは切り離して対策の必要性を訴えることができる。そういう意味で、戦略的に「子ども」を貧困問題を問う切り口にしていったんです。

神津 確かに「日本に貧困問題はない」と考える人は今も少なくありません。子どもの貧困についても、「教育制度が整っているのだから、本人の意欲があれば貧困から抜け出せる」と。阿部先生が警鐘を鳴らしたことで、少しずつ流れが変わってきましたが、やはりまだ貧困の実態が見えていないということがあるんでしょうか。

阿部 最近は見るからに粗末な身なりをした子どもを見かけることはないかもしれません。でも、貧困は見ようとすれば見える。沖縄で調査した時、10歳の子どもの10人に1人が、電気やガスなどのライフラインを止められた経験があると回答しました。相対的貧困ラインは、4人世帯で年収240万円ほどですが、生活費が足りずに家賃や光熱費を滞納したり、借金を重ねて、どんどん生活が困窮していく。

ある学習支援の場では、小学生の女の子がかけているメガネが100円ショップの老眼鏡であることに支援員が気付いた。学校の眼科検診で近視と診断されメガネをかけるよう再三指導されたんですが、本物のメガネを買う余裕がない。そこで100円の老眼鏡を買ってかけていたんです。学校の先生もそのことに気付かなかった。目の前にいる子どもの状況が見えていなかったんです。

神津 困っていることを知られたくなくて取り繕う。それがさらに状況を悪化させてしまうんですね。

阿部 そうなんです。貧困世帯に育つ子どもは、学力、健康、家庭環境、非行、虐待など、さまざまな面で不利な立場に置かれています。学力問題一つとっても、「経済的要因」のほかに、親が子どもの勉強をみてあげることができないという「ストレス要因」、家庭内に落ち着いて勉強できる場所がないという「環境要因」などが絡みあっている。子ども期に貧困であることの不利益は、大人になってからも持続し、一生その子につきまとう可能性が高い。だからこそ、子どもの貧困対策が重要なんです。

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阿部 彩

首都大学東京都市教養学部教授

 

 

求められる子どもの貧困対策とは?

根幹にあるのは労働問題

─子どもの貧困は、親の貧困でもある。背景にはどんな問題があるのでしょう。

阿部 相対的貧困率は「収入」だけでみた指標であり、子どもの貧困は、端的に言って収入の少ない親が増えてきたことが最大の要因です。東京都の調査では、「両親ともに正規雇用」の世帯の貧困率は非常に低いのですが、「両親ともに正規雇用ではない」世帯が1割以上あって、ともに非正規、非正規と自営業、非正規と無職という世帯では、所得の落ち込みが大きい。特に自営業の所得の低さも目立ちます。

神津 非正規雇用をひと括りにはできませんが、共通しているのは「不安定雇用」であること。長期安定雇用のもとでスキルアップをはかり、それにともなって賃金も上がっていくという仕組みから外れたところに置かれている。雇用も賃金も、その時々の景気や労働需給に大きく左右される。

阿部 今、地域では「子ども食堂」や「学習支援」の取り組みが広がっています。それ自体は素晴らしいことだし、そこで生まれた関係性が具体的支援につながっている。ただ、一つ、私にはもどかしい思いもあるんです。それは、労働者が一生懸命働いているのに、どうして自分の子どもに満足に食べさせ、学ばせることができないのか、ということです。シングルマザーの多くは、仕事を2つも3つも掛け持ちして、早朝も深夜も働いているのにギリギリの生活で、子どもと一緒に夕食を食べることも、宿題をみてあげることもできない。ワーキングプアと言われる、そんな労働環境こそ問題にしていくべきではないか。普通に働いていれば、子どもに不自由な思いをさせずにすむ収入が得られるべきではないか。つまり、貧困問題の根幹にあるのは労働問題であるということを、もっと訴えなければと思っているんです。

神津 そこは本当に重要な視点です。働いても子どもを育てるのに十分な収入が得られない。この労働問題を置き去りにしたまま、貧困問題の解決はできません。

阿部 かつての労働運動は、「働いて家族を養える賃金をよこせ」と要求していましたね。それは今、リビング・ウェイジ(生活保障賃金)という考え方に引き継がれていると思うのですが、まだまだ日本では大きな運動になっていない。

神津 連合の「クラシノソコアゲ応援団」のキャンペーンは、まさにすべての働く者の「底上げ・底支え」をめざすものなんです。生活賃金については、「連合リビングウェイジ」という指標を公表し、春季生活闘争の賃金要求や最低賃金引き上げの参考資料として活用しています。貧困対策としては、「奨学金の充実・授業料引き下げ」「保育所待機児童の解消」「就学前教育の無償化」などの政策を求めるとともに、地域においては、労福協が中心となり、生活困窮者支援、そして学習支援にも力を入れています。

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神津里季生

連合会長

 

 

教育は未来への投資 

─教育についてはいかがですか。

阿部 子どもの貧困対策のもう一つの大きな柱は、言うまでもなく教育です。教育は、子どもの可能性を広げる未来への投資であり、貧困の連鎖を断つ希望です。

生活困窮者自立支援法に基づく学習支援事業は重要な取り組みですが、やはり根本的な問題としてあるのは学校教育。学習支援の場には、中学3年生になっても九九もおぼつかない子どもたちがやってくる。公教育の目的は、社会で一人で生きていける力を付けることであるはずです。ところが、財政難を理由に教育予算の削減が続いてきました。日本の教育費に占める公的資金の割合は70・2%で、OECDの平均83・6%に比べ大幅に低い。日本は、家計が負担する教育費の割合が最も高い国の一つになっている。だから、所得格差が教育格差に直結してしまうんです。

神津 今「教育の無償化」が話題になっていますが、大事なのはその理念です。子どもを産み育て、教育する。それは、個人の問題で家庭責任だと考えるのか、それとも社会全体で次代を担う子どもを育てるのか。教育無償化を実現している国は、やはり社会全体で育てるという考え方が共有されている。子どもの貧困対策を進める上でも、やはりそこがベースにあるべきだと思います。

阿部 同感です。それがないと結局「財源問題」にすり替えられていく。

神津 社会保障と税の一体改革で、増税分は第4の柱と位置づけた「子ども・子育て支援」政策に充てることが合意されたのに、消費増税は2回も先送りされました。それは、将来の世代への付け回しでしょう。

阿部 他の問題は、国民の反対があっても強行するのに、増税については違うんですよね。子どもの貧困を放置すれば、貧困が連鎖し、社会の基盤が脆弱になる。その財源確保は、日本にとって、今、一番重要な政策であるはずなのにもどかしいです。

 

働く人たちはもっと怒っていい

─労働組合に期待することは。

阿部 繰り返しになりますが、貧困問題の根幹は労働問題です。それは労働組合自身の課題でもある。不安定な非正規雇用が増えて、賃金も上がっていかない。ブラック企業と言われるような働かせ方も広がっている。家計収入は増えないのに教育費の負担はどんどん重くなっていく。こんな状況に対して、働く人たちはもっと怒っていい。そして、労働組合は、その怒りをオールジェネレーションでの行動につなげてほしい。労働組合って、社会を変えるメカニズムの一つですよね。最近、「子どもの貧困」を何とかしたいと活動する若い人が研究室を訪ねてきてくれるんですが、新しい世代が育ちつつあると感じます。そういう人たちと手を携えて、政治を変える力になってくれることを期待しています。

そしてもう一つ、労働組合の強みは、企業にパイプを持っていること。企業に対してモノを言える立場にある。私は、やはり企業も子育てに責任を持つべきだと思っているんです。次世代を育成しなければ、市場が縮小し、労働力の確保が困難になり、企業活動が維持できなくなる。ところが、児童手当の事業主負担が税に置き換えられたように、「企業の責任」が「国の責任」にシフトしている。結局、財政難で、国が責任を果たせない中で、「自己責任・家庭責任」にしわ寄せがされているんです。

ある外資系の会社では、シングルマザー向けの研修を実施して、修了後に雇用につなげています。企業内保育所の整備や育休制度拡充などの子育て支援・女性の就業継続支援策も、実は「子どもの貧困」対策になるんです。今も、第一子出産後に6割の女性が仕事を辞めていますが、女性の収入が下がるいちばんの理由は雇用の中断であるからです。そういう支援策についても、労働組合として企業に働きかけていただけたらと思います。

神津 労働組合があってはじめて、働く者の視点と問題意識を経営に対してぶつけることができる。働いている人の思いやニーズを伝え、主張すべきことは堂々と主張する。それが民主主義の基礎にもなる。実はもう一つ労働組合の良いところは、好事例を横展開できることなんです。ご提言いただいたことを連合の方針に盛り込んで、ぜひ取り組みを広げていきたいと思います。

─ありがとうございました。

 

【阿部様プロフィール】

阿部 彩 あべ・あや
首都大学東京都市教養学部教授
子ども・若者貧困研究センター長

マサチューセッツ工科大学卒。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院修士・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より国立社会保障・人口問題研究所に勤務。2010年より社会保障応用分析研究部長。2015年4月より現職。専門は、貧困、社会的排除、社会保障、生活保護。社会保障審議会生活保護基準部会委員。
著書に『子どもの貧困—日本の不公平を考える』(岩波書店)、『弱者の居場所がない社会』(講談社)、『子どもの貧困Ⅱ—解決策を考える』(岩波書店)、『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、日経経済図書文化賞受賞)など。

[進行]

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遠藤和佳子

連合広報・教育局次長