法政大学 連合大学院 開講記念 特別対談①
人々が支え合う連帯社会へ 社会を変える社会運動を始めよう
2015年4月、法政大学院連帯社会インスティテュート(通称:連合大学院)が13人の第1期生を迎えて開講の運びとなった。どういう問題意識や時代認識を共有しながら設立に至ったのか。社会運動の担い手となる若手リーダー育成プログラムに込めた思いとは—
田中優子法政大学総長と古賀伸明連合会長が語り合った。
■日本で初めての試み 社会運動のリーダー育成
− 本年4月、5年の歳月をかけて準備を重ねてきた連合大学院が、法政大学大学院内に開講します。まず、その経緯も含め、設立の意義を古賀会長よりお願いします。
古賀 発端は、2009年の定期大会で報告された「連合結成20周年にあたっての提言」でした。これまでの運動を振り返り、さらなる飛躍に向けて①1000万連合をめざす組織拡大②ディーセントワーク、ワーク・ライフ・バランスの実現、③単組・産別・連合の機能強化、そして、④労働教育の推進と組合リーダーの育成、⑤幅広い層の参加による社会に開かれた運動の推進という5つの課題に取り組むことが提言されたのです。
その一つ、「労働教育の推進と組合リーダーの育成」の具体化として構想されたのが、連合大学院でした。実は連合の結成当時から「連合大学」構想が提起されていました。その一部はRengoアカデミーとして具現化しましたが、自前の学校づくりはなかなか進んでこなかった。そこで法政大学の先生方にご相談し、ご助言いただきながら、法政大学大学院の中に社会人の受講を想定した夜間修士課程として「連帯社会インスティテュート(連合大学院)」を開講させていただくことになりました。そのバックアップ体制として、昨年4月には「連帯社会研究交流センター」を設立し、準備を重ねてきたところです。
今、日本は、超少子高齢・人口減少社会、ワーキングプア、不安定雇用など格差問題をはじめ、さまざまな政策課題に直面しています。そうした中で、人々が支え合う連帯社会を再構築するために、公益を追求する組織として労働組合や労働福祉団体、協同組合、NPO・NGOなどの活動が見直されています。連合大学院の目的は、そうした労働運動や社会運動の担い手、連帯社会、新しい公共を実現していく政策立案・推進能力を持った次世代の社会的リーダーを養成することであり、日本では初めての試みです。田中総長をはじめ法政大学の関係者の皆さまには、われわれの考え方をご理解いただき、ご尽力いただきました。あらためて心より敬意と感謝を申し上げたいと思います。
「働く」ということを考える場に
− 法政大学は、連合大学院構想をどう受け止め、どういう認識を共有しながら今回の設立に至ったのでしょうか。
田中 法政大学は、1919年に大原孫三郎氏によって創立された大原社会問題研究所を継承し今日に至っています。日本で最も古い歴史を持つ社会・労働問題の研究機関であり、現在は貴重な専門図書・資料を所蔵する文献情報センターとしても機能しています。ただ、その研究成果を大学教育の場で実践的に生かせていたのかとい言えば、一貫したプログラムはありませんでした。もちろん各学部に社会・労働問題に関する科目はありますが、カリキュラムの一部にとどまっていました。実際に働き生活する上で直面する問題を解決するために、労働組合には何ができるのか、社会運動にはどういう歴史があるのかを学ぶことを軸とする教育プログラムは持っていませんでした。大学として、そうした社会の要請に応えきれていないという思いはずっと持っていたんですね。
労働組合とは、資本主義が誕生すると同時に、その必要性が認識されてつくられた非常に重要な社会システムです。ところが、その存在意義が薄らぎ、社会運動が縮小していく現実がある。個々のテーマでの突出した「運動」はあっても、社会運動として、社会全体で共有されにくくなっている。このままでは、民主主義を支える「市民」が育たなくなるのではないか。そんな懸念も日増しに募っていました。
今、残念ながら、労働運動について勉強しようという人はそう多くはないと思いますが、NPO、NGO、協同組合や社会的企業など非営利活動への関心は高まっています。法政大学では「日本人の社会生活の向上に寄与する人材の育成」を理念に、大学院を中心に社会的実践性を重視した政策形成の専門職業人育成に取り組んできました。その蓄積も踏まえ、連帯社会を形成する社会運動の担い手の育成に貢献したい。そういう思いで連合大学院構想を受け止め、具体化を進めてきました。
もう一つ、連合大学院には、「働く」ということを考える場となることも期待しているんです。今の学生は、働くことを学ぶ=キャリア教育になっている。「自分の職業人生」をどうデザインするかを考えるのはいいのですが、「この社会にとって働くということは何か」には目が向きにくい。条件の良い会社に就職することが最優先で、どのように働くのか、働く上でどういう問題があるのかを考えなくなっている。だから、キャリア教育とは違う意味での、社会と連携していくための教育がそろそろ必要だと思っていたんです。
古賀 「働く」ことには喜びもあれば、苦しみもある。「働く」ことは社会とつながり、人と人とがつながることであり、さらに自己実現の場でもある。
連合は2010年に、めざす社会ビジョンとして「働くことを軸とする安心社会」を提起しました。誰もが働くことを通して社会に参加し、社会的にも経済的にも自立し、また自立することを互いに支え合う社会。そのために、教育、働くかたち、家族、失業、退職と働くことの間に「5つの安心の橋」をかける政策を実現していこうと。
だから、「働くことって何なんだろう」と考えたり議論したりする場は本当に重要だと思います。できれば、中学、高校くらいから、もっとそういう場をつくるべきでしょうね。大学生になると、やはり目の前の「就職」しか考えられなくなるでしょうから。
田中 そうなんです。仕方がない面もありますが、最近は仕事の内容より、金銭的価値の高い仕事に就きたいと考える学生が増えている。本来、社会における仕事はもっと多様です。仕事を金銭的価値だけで測ろうとすると、社会そのものが先細りしてしまいます。
■日本の現状と課題 「共助」の仕組みをつくり直す
−「働く」ことを問い直し、社会運動の担い手を育成する場が必要だと…。そこを掘り下げてみたいのですが、今、日本の現状を考えると、グローバル化や少子高齢化・人口減少を背景に市場重視の効率主義、経済成長さえすれば問題は解決するという風潮も強まっています。田中総長、歴史的視座から、これをどう見ればいいのでしょう。
田中 江戸時代の日本は、世界史でいえば大航海時代で、すでにグローバル化していたんです。では、それにどう対応したのか。当時の日本は鉱物資源が豊富で外国製品を買う財力はありましたが、輸入は一定範囲にとどめて、自国の技術力を引き上げ自国で生産するという選択をした。グローバル化とは、それ自体が良い悪いではなく、その現実にどう対応するかが問われる問題です。ヒト・モノ・カネが国境を越えて行き交い、情報が瞬時にかけめぐる。その中で、今、何が起きているのかといえば、多様性を尊重し合うダイバーシティではなく、市場や短期的利益を重視する価値観への一元化という現象です。それにのみ込まれていいのか、真剣に考えるべきだと思います。
古賀 グローバリゼーション、民主主義、国家主権の3つは並び立たないという議論さえ出ていますね。今、政府は、グローバル化への対応だと言って、労働者保護ルールの改悪や公的年金資金運用への介入、安全保障法制などを、民主的プロセスを無視してどんどん進めている。しかし、日本が直面する格差や貧困を市場の効率化や自己責任一辺倒で解決しようとすれば、さらなる雇用の不安定化をもたらし、「孤立・排除・不信の社会」に陥りかねない。私たちが進むべき道は、共に助け合い・支え合うという人間の本質に立脚した連帯社会の再構築だと思います。
田中 同感です。歴史の中で見ると、「働く場=企業」という企業社会になったのは、ごく最近のことなんですね。江戸時代は、人口の8割は生産者で、その社会的価値は非常に高かった。また、農村の生活においては、生産活動と同時に共同体のために何かをすることが重視されていた。「組」「講」「結」など、今でいうNPOやNGOのような非営利活動が当たり前に行われ、人々の生活を支えていた。日本には、人々が話し合い、助け合うシステムがあったのです。
近代になって資本主義に基づく大規模工場生産が始まると、そこで人々がつながり支え合う組織として労働組合が誕生します。日本でも、戦後復興期から高度成長期にかけて、労働組合は国民生活の向上に大きな役割を果たしました。ただ一方で、日本では「企業あっての労働組合」という意識が強く、公害や事故対応など企業の社会的責任が問われる問題が起きると、その本質から目を背けてしまう。わが社を守るためにはやむを得ないと…。
江戸時代から続く「共助」の基盤は失われ、戦後の企業社会も大きなほころびが生じている。そこで「共助」をどう結び直すのか問われているのが、今の日本ではないでしょうか。
古賀 今年は戦後70年を迎えますが、戦前・戦中を通じて労働組合は非合法で弾圧の対象でした。第2次世界大戦後、GHQの民主化政策の一つとして労働組合結成がうたわれ、日本の戦後労働運動は一歩を踏み出しました。終戦直後は、「食えるだけの賃金」を求め、職員と工員の身分差別撤廃にも取り組みました。企業と交渉するだけでなく、働く者同士の助け合いを広げようと労働者福祉事業にも乗り出しました。食料や生活物資を協同で調達し、今日の労働金庫や全労済につながる、生活資金融資や病気・災害の共済事業も始めました。
高度経済成長期には、「春闘」による賃金・労働条件の向上と社会的波及のメカニズムを構築し、企業福祉を充実させ、1970年代の産業構造の転換にも役割を果たしました。振り返ってみれば、労働運動は時代の変化に精いっぱい対応してきたと思います。
ところが、1990年代に入って自分たちが構築してきた企業中心の生活保障や「共助」の仕組みにほころびが生じ始めた。バブル崩壊やグローバル化、超少子高齢・人口減少社会の中で企業丸抱えの仕組みが成り立たなくなると同時に、経済成長というパイの拡大で問題解決をはかることも困難になった。さて、これをどうするのかという踊り場でたたずんでいるというのが現状かもしれません。
田中 そうですね。先日来日したフランスの経済学者、トマ・ピケティさんが格差拡大に警鐘を鳴らし、再分配を強化する税制を提案しましたが、今こそ、労働運動、社会運動がやれること、やるべきことはたくさんあるのだと思います。
古賀 そのために労働運動の社会化、社会運動としての労働運動を進めようと…。「企業別組合の限界」ということは、われわれも早くから自覚していました。日本の労働組合が企業別組合として発展したのは、戦後の混乱期の中で、それが最も現実的だったからです。財閥解体やレッドパージの中で、労働者が生産管理を担い、それが労働組合に発展していくプロセスもありました。だから、どうしても「わが社」「わが組織」という意識が強い。これは、経済成長が右肩上がりの時代には、生産性向上につながるプラスの面もあったのですが、グローバル化が加速して競争が激化する中で、企業別組合は内向き思考を強めてしまった。
でも、その壁を打ち破っていかなければ、日本が抱える問題は解決できない。そういう問題意識から、1976年に「政策推進労組会議」を結成して、企業の枠を超えて働く者の立場に立った政策・制度実現の取り組みをスタートし、その積み重ねの上に、全民労協、民間連合を経て1989年に官民統一のナショナルセンター連合が結成されました。それから四半世紀、残念ながら問題はより深刻化しています。
大きな環境変化の中で財政は悪化し、社会保障の削減、公共サービスの民営化が進んだ。雇用が劣化して、格差が拡大し貧困が広がり、最も共助を必要とする人たちが、従来の共助の仕組みから排除されていく構造が生じてしまったんです。もう一度、「共助」を基盤に労働運動を社会化し、人々の連帯に基づいた生活保障の仕組みをつくっていく必要がある。それは、政府任せではできない。自分でものを考え、判断する「市民」が、助け合い、支え合う社会をつくっていかなくてはいけない。
田中 だから、その担い手をつくっていかなければということですね。
■田中優子 法政大学総長
1952年神奈川県生まれ。法政大学文学部卒業。法政大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。法政大学第一教養部教授、同社会学部教授、同社会学部長等を経て、2014年4月より現職。
著書に『江戸の想像力』『グローバリゼーションの中の江戸』、編著に『そろそろ「社会運動」の話をしよう—他人ゴトから自分ゴトへ。社会を変えるための実践論』など多数。
■法政大学院
連帯社会インスティテュート(通称:連合大学院)
法政大学と連合、日本労働文化財団が連携し、2015年4月より法政大学大学院に新たに設置される修士課程プログラム。日本の新しい地域社会や国づくりに貢献する「新しい公共」を担う次世代の社会的リーダー養成を目的に、政治学研究科政治学専攻と公共政策研究科公共政策学専攻公共マネジメントコースが連携して設置。政治学、法学、経済学、経営学、社会学など幅広い分野の概論を専門基礎科目として設置するほか、専門科目として労働組合、NPO、協同組合をテーマに調査分析能力や政策立案能力を身につけるための教育・研究を行う。2014年4月には、連合大学院と連携し、その活動をバックアップしつつ、広く労働運動、社会運動が研究・交流・協同していくためのコミュニティ拠点として「連帯社会研究交流センター」が設立されている。
http://recss.jp/postgraduate.html
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年4月号」記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。