年収にして100万円以上の格差に
家庭内Z世代女子(以下、Z女子)は社会人2年目。現状、「子ども部屋おばさん」(成人後も実家の子ども部屋で暮らしている女性のこと)への道まっしぐらの暮らしぶりだが、同期の女子会で最近話題になり始めたのは「仕事と家庭の両立」だという。
同じ職種の30代先輩夫婦は、同期入社の社内結婚。一昨年、第1子が生まれ、妻が育休を取得して復帰したところだという。
「でもね、夫はふつうに昇進して上から3番目のランクなのに、妻はいまだに下から3番目のランクなんだよ。年収にして100万円以上差がついてるんだよ。おかしくない?!」とZ女子。
Z女子の会社は職種ごとに8つくらいのランクがあって、ランクごとに賃金(年俸)が決まっている。スキルアップが認められてランクが上がれば、賃金(年俸)が上がる。誰がどのランクかは社内で公開されていて、年収も分かってしまうそうだ。
そんな先輩夫婦の例を知り、大学院卒の同期は、20代後半にさし掛かり、結婚を考える相手もいるけど、仕事のキャリアを優先して結婚を先延ばしにするか、ハードではない仕事に転職するか、悩んでいるそうだ。
「男女賃金格差」の研究にノーベル経済学賞
ジェンダー平等「後進国」の日本といえども、私が20代の頃に比べたら、平等度は格段に高まっている。採用や定年の差別も禁止されたし、育休や短時間勤務などの両立支援制度も整備されている。
それでも、社会に出た若い女性たちは、いつ子どもを持つのか、あるいは持たないのか、困難な選択を迫られる。キャリアの基礎固めをする時期と妊娠・出産の時期がばっちり重なり合ってしまうからだ。
「先輩(夫)に『こんなに差がつくんですか?』って聞いたら、『彼女の育休中は収入が減るから、オレが仕事を頑張ったんだよ』って言ってたけど、そのあいだ妻は育児を頑張ってたんだよ。やっぱりおかしい!」と怒りが収まらないZ女子。
矛先はこちらにも。「ジェンダー平等やってきたんでしょ。それなのにどうしてこんなに昔と変わってないの!」と責められ返す言葉もなかったが、10月9日、驚くべきニュースが飛び込んできた。
2023年のノーベル経済学賞は、「男女の賃金格差」の主な原因を明らかにした米国ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授に贈られることになったという。
古くて新しい「名前のない問題」
今年は日本人受賞者がいないせいか、あまり大きく報道されていないが、女性研究者が単独で経済学賞を受賞するのは初の快挙。ゴールディン教授の近著の日本語版が今年5月に刊行されているというので早速読んでみた。
タイトルは『なぜ男女の賃金に格差があるのか—女性の生き方の経済学』(クラウディア・ゴールディン著・鹿田昌美訳、慶應義塾大学出版会)。
経済学の本は、私には難解で途中で投げ出してしまうことも多いのだが、本書は400頁を超えるにもかかわらず、世代から世代へ女性たちのバトンが渡されていくというヒストリー仕立ての構成で最後まで読み通すことができた。
過去100年、アメリカで大学教育を受けた女性を5つの世代に分け、仕事と家庭の両立にどう向き合ってきたのかを検証し、両立支援制度や意識改革が進んだ今もなお残る男女の賃金格差の根源を解き明かそうという、意欲的な研究だ。
特にゴールディン教授が着目したのは、入職時は男女の賃金差はほとんどないのに、10年ほど経つと明らかに大きな格差が生じているという事実。Z女子の先輩夫婦のようなケースだ。
その構図はこう説明されている。
時間は万人に平等に与えられている。私たちは皆同じだけ持っていて、その振り分けについて難しい選択をしなければならない。キャリアの成功と楽しい家庭のバランスをとろうとする女性にとっての根源的な問題は、時期が重なることだ。キャリアへの投資は、多くの場合、早い段階でかなりの時間を投入することを意味するが、その時期が、まさに出産「すべき」時期に重なるのだ。
そして、世帯収入を最大化するために、男性は仕事に比重を置き、女性はキャリアを置き去りにする選択をする。その結果、男女の賃金格差は拡大していくという構図になっている。
働く女性ならみんな知っていることだ。でも、ノーベル賞学者に明確に指摘してもらうと本当に心強い。
パートナーには仕事を続けてほしい
私自身は、30歳を過ぎてやっと仕事のめどがついた頃、いつ出産するべきか悩んでいたら、知人から「バリバリ仕事してるのに、その上、子どもまでほしいなんて欲張りだよ」と言われた。それで余計に親になってみたいという思いが募ってしまったのだが、実際に遠方の実家には頼れない「仕事と子育ての両立」はハードだった。
でも、今の若い女性は、男女平等の教育を受け、希望する仕事に就くため本当に一生懸命勉強している。結婚や出産で退職して「専業主婦」になるという選択肢は上位にはない。仕事も家族も両方大事にしたいと考えている。
それだけではない。若い男性も、パートナーにはずっと仕事を続けてほしい、一緒に仕事と家庭を両立していきたい、子どもと一緒の時間を多く過ごしたいと思う人が増えている。
アメリカでも、大卒の夫の67%、妻の80%が「夫婦ともに仕事を持ち、ともに家事や子どもの世話をするのが最良の結婚」と考えていて、ゴールディン教授は「『家族かキャリアか』という厳しい選択ではなく、『キャリアも家族も』の可能性が見えてきた」と記している。
核心は「チャイルド・ペナルティ」
連合が1990年代から掲げてきた「男も女も 仕事も家庭も」を、今こそ当たり前の選択にするにはどうすればいいのだろう。
先進国では、差別禁止や同一賃金などの法整備を終えて、最近ではジェンダーバイアスと言われる偏見をなくすための意識改革や、男女賃金格差の開示などが取り組まれているが、ゴールディン教授は、それだけでは問題は解決しないという。
今、拡大している男女賃金格差は、男女の職務の違いからくる格差ではない。同じ職種内でありながらも、「子育てをめぐる働き方の違い」から生じてくる格差だ。世帯収入を最大化するために、一方が仕事優先の働き方にシフトし、一方が子ども優先の働き方にシフトする状態が何年か続けば、両者の賃金格差は驚くほど拡大してしまう。
格差問題の核心は、この「チャイルド・ペナルティ」の存在であり、そこに焦点を当てたもっと深い変革が必要だと説く。提案されているのは「働き方の変革」と「男性の育児参加」、それを補完する「親の育児コストの軽減」政策だ。
長時間労働などに対する評価や時給プレミアムが高ければ高いほど、「チャイルド・ペナルティ」が大きくなる。人材確保や生産性向上のためにも、その働き方や評価の見直しこそが必要だという。
そして、男性の育児参画については、本書の締めくくりにこう書かれている。
男性が職場で身を乗り出し、育児休暇中の同僚の男性を支援し、育児を補助する公共政策に投票し、家族に仕事以上の価値があることを伝えて、会社の強欲なやり方を改めさせる必要がある。男性がここからの旅に同行しない限り、夢は実現しないし、願望は容易に実現しないのだ。
Z女子が生まれたばかりの頃、『月刊連合』(2001年5月号)で「子育てはオトコの『義務』でしょ。」という特集を組んだことがあるが、やはりそこなのか。
その晩、いっぱい話したいことがあったのに、Z女子は帰宅するなり「オンラインミーティングに出るから入ってこないでね!」と子ども部屋のドアをパタンと閉めた。
1時間後、「面白かった! ○○さん、娘がかわいくてメロメロなんだって。△△さんは育児がこんなに大変だなんて知らなかったって」とニコニコのZ女子。
会社に労働組合はないけれども、社員会の委員を引き受けたZ女子は、現在、育休取得中や過去に取得経験のあるパパ社員に声をかけて「育休パパの会」を企画してみたのだという。
ちなみにゴールディン教授は、日本について、「パパ育休制度」を高く評価しつつ、「女性に短時間労働が多いこと」が賃金格差の大きな要因だと指摘しているという。
来年のノーベル経済学賞は、季刊RENGO夏号で芳野友子連合会長と対談した本田一成武庫川大学教授(クミジョ応援係長)の「主婦パートの研究」をぜひ推したい。
★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。
《引用文献》
『なぜ男女の賃金に格差があるのか—女性の生き方の経済学』(クラウディア・ゴールディン著・鹿田昌美訳、慶應義塾大学出版会)