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「会社に行きたくない」と思ったら 経験者と医師に聞く対処法

就職や転職、異動などで環境が変化した人は、当初の慌ただしさが一段落した5月ごろ、気持ちが落ち込んで「会社に行きたくない」と思うことがないだろうか。中には意に染まない部署や業務に就いて、発作的に「辞めてしまおうか」と考える人も…。俗に『五月病』とも言われる、そんな時の対処法を、過去に同じような経験をしたことがあり、現在は人事で活躍するサイボウズの髙木一史さんと、心療内科の専門家の観点から矢吹弘子医師に話を聞いた。

「社会人人生が終わった」配属にショック

髙木一史
サイボウズ人事本部所属
東大教育学部卒。2016年、新卒で自動車メーカーに入社。人事部で国内給与などの業務を経験した後、2019年にサイボウズへ転職。主に人事制度や研修の企画・運用を担当している。
主な著書:『拝啓 人事部長殿』(サイボウズ式ブックス)。

「配属先を聞いた時は、社会人人生が終わったと思うほどショックでした」

サイボウズの人事部に勤務する髙木一史さんは、自動車メーカーに新卒で入社した時のことをこう振り返る。「現場で、ものづくりを支えたい」という思いから調達部門を希望したが、配属先は人事部。配属面談であえて「人事部は希望していません」と伝えていたこともあり、青天の霹靂だった。「希望が通らない可能性があることも分かっていましたし、会社なりに自分を思っての配属だろうとも思いましたが、それでもすぐには受け入れられませんでした」と話す。
「すぐ辞めてやる」という思いも頭をよぎったが、新卒の身で転職できるようなスキル・経験は何もない。先輩社員からも「入社直後はどの部署でも基礎力を叩き込まれ、専門性を身につけるのは3年目くらいから。それまでに調達へ異動のチャンスもあるかもしれない」と言われ、「確かにそうかもしれない」と会社に留まった。
しかし、最初はモチベーションが湧きにくかった給与計算などの仕事にも、徐々にやりがいを感じるようになり、入社3年目にはより人事の全体像が見えやすい労務室へ異動。この領域で働き続けようと腹をくくる。

髙木さんはこの経験から、若い世代に対して「職場に留まるにせよ去るにせよ、発作的に決断せず、どうしてそうしたいのか、自分自身に理由を説明できる選択を」とアドバイス。

「僕は将来の選択肢を広げるため、まずはどこでも転職できるスキルを身につけようと考えました。会社や上司のためではなく、自分のスキルのためと思えば仕事も頑張れました」

またネットやSNSには、転職や起業に成功した若者の記事があふれているが、「キラキラ」した面ばかり見て、安易に彼らをまねるのも考えものだという。

「決断はトレードオフ。例えば転職という選択肢にも、やりたい仕事に就けるけれど給与は下がるなど、良い面と悪い面が必ず存在します。両面をテーブルに乗せて検討した上で、決断した方がいいと思います」

独り合点の「専門性」は危険

若い世代は専門性を高めたいという志向が強く、ジョブローテ―ションを敬遠する人も増えている。ただ髙木さんは「狭い視野の中で解釈した『専門性』を高めることに固執すると、経験する領域が狭すぎて却って他社に行っても通用しないことも。仕事の解像度を高め、労働市場で本当に評価され得る『ポータブルスキル』は何かを見極めることが大事だと思います」と話す。
実際、新人時代に「専門性とは何の関係もない」と思いながら、しぶしぶこなしていた給与計算や年金関連の事務作業も、現在人事制度を設計する際に、非常に役立っているという。制度変更によってどこにどんな影響が出るかを想像できたり、給与計算業務のスケジュール感を頭に入れた上で制度変更の段取りを決めたりできるからだ。

「例えば営業や技術などの部署へ一定期間異動することも、現場を理解し人事としての能力を高めることにつながります。『専門性』という曖昧な言葉で過度に視野を狭くせず、目の前の仕事に挑戦することが、長い目で見ればどの会社でも役に立つ『専門性』になっているというケースもあると思います」

髙木さんは、入社当初あれほど失望した人事の領域でキャリアを築いている。転職したのも前の勤め先が嫌になったのではなく、「日本の人事制度を変える」という「人事のプロ」としての目標を達成するため、IT企業の柔軟な人事制度を学ぶ必要があると考えたためだ。

頑張り過ぎず休むことも大事

高木さんは、現在の人事という立場で、就職や転職、異動などの環境が変化した際にはメンタルヘルス対策が重要と話す。心身の不調が出た場合は、「職場に相談し早めに休んで」と強調。頑張り過ぎて、体調不良が長期化することを防ぐことも大事だという。

「『自分は精神的に強い』と思っている人も含め、メンタルによる心身の不調は誰にも起こり得ます。症状の深刻化を防ぐためにも、長い職業人生のほんの一時期と割り切って、きちんと休むことが大事です」

髙木さんから若手へのアドバイス
・次のキャリアを発作的に決めず、自分で理由をきちんと説明できる決断をしよう
・選択肢の「キラキラ」な面ばかり見ず、デメリットも踏まえ決断する
・狭い視野の中での「専門性」に固執せず、柔らかい頭で仕事に挑戦を
・達成すべき目標を定め、逆算して必要なスキルを考える

早朝目が覚め眠れない うつの兆候かも

矢吹弘子
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。

心療内科の矢吹弘子医師によると、環境変化に伴うメンタル不調は疲れや気分の落ち込みだけでなく、胃痛や頭痛、下痢などの身体の弱い部分の症状としても現れる。

「疲労だけなら休めば回復しますが、過重なストレスに人間関係、本人の性質など様々な要因が重なると、うつを発症するきっかけにもなり得ます」

うつを疑うべき兆候はいろいろあるが、特にふたつの兆候に注意したいという。一つ目は、娯楽や趣味を楽しめなくなること。それまで笑って見ていたバラエティ番組を見ても「おもしろい」と思えなくなってしまうといった場合。

もう一つは睡眠で、特に朝早く目が覚める「早期覚醒」が頻繁に起きる場合は注意が必要だ。
遅刻やミスが増えるといった小さな変化の中に、不調が隠れていることも。「本人の自覚も大事ですが、周囲の人も変化に気づいたら、『大丈夫?』『つらいことはない?』と声がけしてみてください」。

ストレスを抱えた時の対処法は、大きく二つに分かれる。例えば業務量の多さがストレスになっている場合を考えてみよう。一つ目の対処は「問題焦点型」と呼ばれ、上司に相談して業務量を減らしてもらうなど、ストレス要因そのものにアプローチする方法だ。二つ目は「情動焦点型」で、本人が「これはチャレンジだ・どこまでできるかやってみよう」などと、要因の捉え方を変えて気持ちを持ち直すことや、いわゆる気分転換だ。友人に愚痴を言ったりカラオケや運動をしたりと、自分なりの発散法を用意しておくことも役立つ。
「不調が出た時は、一人で抱え込まず必ず誰かに相談を」と矢吹先生は強調する。同僚や親、友人など周りの人に話してもいいし、勤め先の健康相談室や、社外のカウンセリングなども利用できるかもしれない。また組合によっては、昼休みなどに執行役員を常駐させ、組合員の悩みを聞く体制を整えているところもあるという。

「弱みを見せまいと一人で抱え込み、普段通り振る舞おうとすればするほど、症状が深刻化してしまいます。SOSを発信するのは、弱さの露呈ではなく能力の一つ。話すだけで心が軽くなる人も多いですし、職場の対応や治療など、具体的な解決策につながることもあります」

職場への適応には、周囲の対応が大切

新入社員は仕事のペースが分からず、入社直後から短距離走のようなハイペースで働いてしまうことがあるため、上司や同僚は特によく目配りすることが必要だ。全力で働き、帰宅後も深夜まで仕事の勉強を続ける…といった無理な頑張りを続けると、5月ごろに「息切れ」してしまう。
しかも新入社員は「入社早々つらいとは言えない」「できないと思われ、評価が下がるかも」などと考え、職場に打ち明けるのをためらいがちだ。彼ら彼女らの「普段のペース」が分からないので、周囲も変化が分からず不調に気づきづらいこともある。
そのため上司や先輩は、入社直後から「困ったことがあったら言って」「新人なんだから、うまくいかなくて当たり前だよ」などと声をかけ、新入社員が「SOSを出していい」と思えるような雰囲気をつくることが重要だ。休息と仕事のメリハリをつけた「長距離走」の働き方を伝授する必要もある。

また、相談されたら、まず「話を聴く」こと。「みんなが通る道だ」「頑張れ」と「説教モード」に入ったり、「そのうち慣れて楽しくなるよ」などと無責任な言葉を掛けたりすると、「この人に話しても無駄だ」と、口を閉ざしてしまいかねない。また事実関係を確認するため質問を畳みかけるなど、相手に「圧」を与える聞き方も避けるべきだ。「それは大変だったね」と共感的に話を聴くことで、過重労働や人間関係のストレスなど、対処すべき問題が見えてくることもある。

「もともとメンタル不調を抱えていた人が、就職先で先輩たちに『失敗してもいいから、どんどん挑戦してみて』と声掛けされて、仕事に臆せず取り組めるようになり成長できたケースもあります」

社員が職場に適応できるかどうかに、周囲が果たせる役割は大きい。

矢吹先生から若手へのアドバイス
・趣味や娯楽を楽しめない時、朝早く目が覚める時は要注意
・不調が出たら一人で抱え込まず、とにかく相談
・休みと仕事のメリハリをつけ、長距離走の働き方を身につける
・(周囲は)「SOSを出していい」と思える職場づくりを

(執筆:有馬知子)

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