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利用者の「カスハラ」にNO!
労働者の声を踏まえ「基本方針」策定

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駅で電車の遅れや窓口の混雑などが起きた時、利用客が駅員に食って掛かる姿を目にしたことはないだろうか。利用者による度を超えた要求や暴力などの「カスタマーハラスメント(カスハラ)」から従業員を守るため、JR東日本、JR西日本の両グループは相次いで「基本方針」を打ち出した。産業別労働組合のJR連合や企業別の労働組合が、現場の実態を経営側へ伝え、対応を求め続けてきたことも、基本方針の策定を後押しした。

政所 大祐 JR連合事務局長

宮野 勇馬 JR連合企画局長兼国際局長

コロナ禍でカスハラ深刻化 従業員の離職の一因に

JR連合は、JR7社とグループ会社の労働組合が加盟し、組合員数は計約8万4千人に上る。グループ労組にはバスや飲食店、百貨店、ホテルなどさまざまな職場があるため、組合員の受けるカスハラもさまざまだ。ただ多くの職場に共通するのが「コロナ禍を機に、カスハラがそれまで以上に顕在化するようになった」ことだと、政所大祐事務局長は指摘する。

公共インフラである鉄道やバスは、コロナ禍でも法にもとづく指定公共機関として運行を続けざるを得ない。駅員や乗務員、関係業務を担う人は、感染リスクを負いながら出勤し、業務を行っていたが、利用客が激減した状況で自分たちの仕事の意義を見失い、無力感に囚われる人も少なくなかったという。

「当時はお客様も制約の多い生活に追い詰められ、駅員や営業職社員に心無い言葉を投げかけたり、本人だけでなく家族まで誹謗・中傷したりする場面もしばしば見られました。こうしたことによって組合員は、精神的に大きなダメージを受けました」(政所さん)

JR各社はコロナ禍による利用客の激減で経営が悪化し、その後も窓口の人数を絞るなどの対策を取らざるを得なかった。このため利用状況が回復に転じると、窓口などの待ち時間が長くなり、カスハラを招きやすい状況が生まれた。実際、交通・運輸・観光サービス産業の組合が加盟する交運労協が2021年に行った調査では、「直近2年以内に迷惑行為が増えている」と感じる組合員が、57.1%に及ぶという結果が出ている。

鉄道の現場は従来、終身雇用を前提として運転士や保守要員などの専門職を採用し、時間をかけて丁寧に技能を育成する文化があった。このため従業員の定着率も高かったが、コロナ禍以降、離職者が急増しているという。

「経営悪化や将来不安に加えて、カスハラも一因だと考えられます」と、宮野勇馬企画局長は話す。

鉄道だけでなく各グループ労組からも、カスハラ被害を訴える声が増える中、JR連合は2021年から、カスハラ対策を「重点政策」のひとつに掲げ、取り組みを進めてきた。UAゼンセンなど他産別との情報交換を進めると同時に、交運労協の中核を担う組織として、実態調査やガイドラインの策定にも関わった。

明確に違法とは言えないが… 「グレーゾーン」の判断迷う現場

現場では、カスハラという言葉が広まる以前から暴言、暴行などのトラブルが多数発生し「第三者加害」などと呼ばれていた。政所さんは「公共交通、特にJR各社は元国鉄でもあり、水や電気と同じように『あって当たり前』と見なされがち。鉄道で働く人も、社会インフラを支える存在というより電車を動かす『役割』の一つのように扱われ、一人の人間としてリスペクトされることが少ないように感じた」と語る。

こうした中で「乗客に『殺すぞ』『早くしろクズ』などと言われた」(JR西日本)、「点字ブロックの内側で、写真撮影している人を注意したら『うるさい』などと言われ突き飛ばされた」(JR東海)といった暴力・暴言が横行。複数の列車を乗り継ぎながら乗務する女性従業員に、乗客が付きまとうような行為も後を絶たない。さらに近年は、車掌や駅員に無理難題を持ち掛けて困惑する様子を無断で撮影し、名札も含めて動画サイトに投稿するといった悪質な事例も起きている。

JR各社やグループ会社では、暴行などの明確な違法行為がある場合については、上司と相談のうえ警察へ通報するといったマニュアルを個々に整備している。また例えば、「2時間以上遅延した場合、特急券を払い戻す」といった運送契約の規定がある場合は、「契約の内容を丁寧に説明しつつ、できないことはしっかり明確に示す」といった社員教育も行っている。

ただ土下座の要求や長時間のクレーム電話など、違法とは言い切れない「グレーゾーン」の行為については明確な規定はなく、従業員も毅然と対応しづらい、という悩みがあった。

「例えば『今から行くぞ』という脅しまがいの電話があっても、多くの同僚がいる昼間と単身で勤務する夜では、恐怖を感じる度合いが変わりますし、同じ返金要求があった場合でも100円と30万円では心理的な負担が違い、判断が難しいのです」(宮野さん)

JR連合や個々の企業別労働組合は、従来から労使協議の「諸課題」として、グレーゾーンも含めた個別事例を示し、経営側に対策や組合員を守る取り組みを求めてきた。

「ただ2021年以前は、組合員が危険にさらされた際の対策など、特徴的な事象を取り上げて労使で協議しており、他社も含めて横断的に対策を求めていたわけではありませんでした。経営側の対応も、JR各社でばらつきがありました」(政所さん)

基本方針で定義が明確に 現場への周知で「仏に魂入れて」

こうした中、JR東日本グループは2024年4月、JR西日本グループは同年5月、相次いでカスハラ対応の基本方針を公表した。JR連合や加盟組合が実態調査や提言を出し、対応を求めてきたことも方針の整備につながった、と政所さん、宮野さんは考えている。

「JR西日本グループの基本方針は鉄道だけでなく、ホテルやデパートなどグループ各社も含めて『何がカスハラか』を定義しています。従業員も『お客様の行為はカスハラに当たるので、これ以上は対応しません』と言えるようになり、多くの事案が解決可能になるのでは」(政所さん)

JR西日本グループでは4月初以降、グループ全体で現場への基本方針の周知を実施しており、今後は教育を徹底することが課題だという。

「仏作って魂入れずでは意味がない。何がカスハラかをしっかりと認識し、被害を受けたらまず上長へ相談する、周囲に助けを求めるなど、現場の従業員が何をすればいいか、という具体的な行動に落とし込んで周知することが大事です」(宮野さん)

基本方針だけでは対応しきれない課題も残されている。JR東海ユニオンは、業務の様子をSNSで拡散された事案について、従業員本人に解決を任せるのではなく会社として救済措置を取るよう求めている。JR西労組は、駅の防犯カメラの映像をカスハラの証拠として活用することや、従業員にウェアラブルカメラを装着させるなどして録画・録音データを残すよう要望している。

「従業員を守る姿勢を示せない会社は、もはや働き手から選ばれない時代です。特に動画の拡散については、従業員本人に任せずにぜひ企業としても対応してほしいし、連合の力もお借りして、社会横断的な課題として扱うべきだと考えています」と、宮野さんは強調した。

「待たされた」怒りがカスハラを引き起こす。時間と心に余裕を持って行動を

政府もカスハラ対策について法制化を含めた検討に入った。政所さんは「カスハラはいけないことだ、お客様は神様ではない」ということが社会にしっかりと周知・認識され、行為に歯止めがかかるのではないかと期待する。

「駅員に唾を吐いたり、帽子のつばを叩き飛ばしたりすることも刑法の暴行罪に当たりますが、一般の人はほとんど知らないのでは。政府は法制化をきっかけに、刑法上の違法行為やグレーゾーンも含めて『やってはいけないこと』を、世間に明確に周知してほしい」(政所さん)

JR連合は法制化される場合、動画の無断撮影とインターネット・SNSへの投稿については、加害者を処罰できるような規定を設けてほしいと要望している。また鉄道営業法などの改正を通じて、カスハラを繰り返す人の乗車を拒否できるような規定を設けることも必要だとしている。

「航空業や観光業は乗客の氏名を把握し、カスハラ加害者の利用を拒否できる仕組みがありますが、不特定多数の人が匿名で利用する公共インフラである鉄道に、乗車拒否の規定はありません。従業員が個人で乗車拒否を決断するのも難しく、法的な根拠が必要です」と、政所さんは訴える。

また宮野さんは、鉄道現場のカスハラには、利用者が急いで移動する中で起きる面も多々あるのではないかという。

「乗客の駆け込み乗車で、カバンがドアに挟まって遅れが発生し、それによって予定した列車に乗り換えることができなかった乗客の怒りがカスハラを引き起こす、といった悪循環も生まれがちです。時間と心に、余裕を持って行動していただけるとありがたいです」

(執筆:有馬知子)

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