7月16日、茨城大学と連合が共催する「ワークルールを知ろう!」ワークショップが開催された。「ブラックバイトで深刻な問題に直面している学生がいる。もっとワークルールを学ぶ機会を広げたい」と同大学で労働法を教える松井良和講師がゼミ生とともに企画。「日本一学校を回るお笑いコンビ」との異名を持つオシエルズをゲストに迎えて、今、何が起きているのか、何が問題なのか、どうすれば解決できるのか、情報を共有した。(当日の様子は『季刊RENGO2024秋号』に掲載)
ワークショップを終えて、「お笑い」とのコラボは、「ワークルール教育」に新たな境地を拓く可能性があると確信! 教育現場におけるワークショップやワークルール教育に関する漫才を始めたきっかけは何だったのか。松井講師とオシエルズさんはどこでどう出会ったのか。これから何をめざすのか。改めてオシエルズの2人と松井講師にインタビューをお願いした。
オシエルズ
2013年3月結成の矢島ノブ雄(写真向かって左)と野村真之介(写真向かって右)によるお笑いコンビ。現在、ライブへの出演だけでなく、企業や子どもを対象にしたワークショップ・講演・研修、芸人による出前授業「進路漫才®」事業などを手がけ、「日本一学校を回るお笑いコンビ」として注目を集めている。2023年は146校を訪問。
矢島ノブ雄(オシエルズ)
東京都出身。創価大学大学院文学研究科・教育学専攻教育学専修博士後期課程単位取得退学。修士(教育学)。2012年から3年間、高校の社会科教員を務める。現在、「オシエルズ」として活動しながら、人を笑わせること(楽しませること)における「心理的安全性」の重要性を伝える活動にも尽力。一般社団法人日本即興コメディ協会代表理事、埼玉医科大学短期大学非常勤講師、板橋中央看護専門学校非常勤講師。著書に『イラスト版子どものユーモア・スキル』(合同出版)、『はじめての漫才①②』(くもん出版)など。
野村真之介(オシエルズ)
鹿児島県出身。東京学芸大学卒業。同大の高尾隆教授に師事し、「即興実験学校」(インプロ・ラボ)で表現教育を学ぶ。2017年から2年半、高校の英語教員を務める。現在、「オシエルズ」として活動しながら、インプロ(即興演劇)を通じた子どものコミュニケーション能力・表現力向上について研究。一般社団法人日本即興コメディ協会国際事業部長、群馬大学医学部非常勤講師。著書に『インプロ教育の探究―インプロ教育の実践と理論―』(共著、新曜社)など。
松井良和(まつい よしかず) 茨城大学人文社会科学部法律経済学科講師(写真向かって右)
中央大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。連合総研研究員を経て、2020年茨城大学人文社会科学部に着任。労働法の授業とゼミを担当し、「笑い」と「学び」をミックスした新しい教育を実践中。著書に『家庭と仕事を両立させる働き方革命—ドイツ的思考のススメ』(玄武書房)、『トピック労働法(第2版)』(信山社)、『現代雇用社会における自由と平等—24のアンソロジー』(信山社)など。
お笑いとのコラボで「ワークルール教育」の
新しい境地を拓いたワークショップの舞台裏に迫る!
「笑いと教育」の研究が共通の基盤に
—お笑いとワークルール教育のコラボを広げたいと改めてインタビューをお願いしました。オシエルズさんが教育現場におけるワークショップを始めたきっかけをお聞かせください。
矢島 コンビを組んだのは、2013年。当時、私はピン芸人として活動しながら、大学院で「笑いと教育」の研究をしていました。きっかけは、2010年に起きた「殺人割り算」や「セクハラサイコロ」などの教員による不祥事。算数の授業で「18人の子どもがいます。1日3人ずつ殺すと、何日で全員を殺せるでしょう」と出題したり、罰ゲームとして「キス」や「ハグ」と書いた手製サイコロを小学生に振らせたり…。そんな不適切な指導が発覚し、教員の資質が問われました。
なぜ、そんなことをしたのか。僕は、少しだけ気持ちが分かる気がした。熱心な先生ほど、「子どもを笑わせたい」一心で踏み外すんです。その情熱をコントロールする術を見つけたいと研究を始めました。
「いじり」と「いじめ」、「笑い」と「ふざけ」、「笑われる」と「笑わせる」。似ているようで本質はまったく違う。その違いを伝えるには、「ピン」より「漫才」のほうが分かりやすい。そんな時、野村さんが芸人を辞めて「普通の男の子」に戻ろうとしていると知って声をかけました。
野村 「普通の男の子」って、アイドルじゃないんだから(笑)。
僕は、芸人になるために鹿児島から東京の大学に進学し、当時はトリオで活動していました。並行して、大学で学んだ「インプロ(即興演劇)と教育」の実践として、「人はどんな時に笑うのか、同じことで笑う人と笑えない人がいるのはなぜなのか」、そんなことを議論しながら、参加者と一緒にコントや漫才をつくり発表しあう自主ワークショップを開催していたんです。「笑いで伝えるコミュニケーション」に手応えを感じていましたが、トリオのメンバーには理解されず、2013年に解散を決めたんです。それを聞いて矢島さんが声をかけてくれた。互いに大学では教育学を専攻したという共通の基盤があると知って意気投合し、コンビを結成しました。
矢島 ただ、当時は、2人とも普通に芸人として売れたいと思っていました。最初のコンビ名は「モクレン」。「オシエルズ」に改名したのは2017年です。
学校を回る芸人になろう、テレビを振り向かせる芸人になろう
—改名の理由は?
矢島 一生懸命やっているのにどうにもうまくいかなくて、見かねた知り合いが「学校でお笑い芸人の仕事の話をしてみない?」と声をかけてくれた。「ギャラは1万円とか2万円だけど」って。
当時、本当に食えなくて、1人目の子どもが産まれたばかりで、喉から手が出るようなお誘いでした。しかも、野村さんも私も教育現場の課題にはおおいに関心がある。子どもたちに「なぜ芸人になったのか」を漫才で伝えているうちに、「お笑いと教育」の実践として手応えを感じるようになったんです。
私は野村さんに「これから学校を回る芸人になろうか」と言いました。「これは自分たちにしかできないこと。学校を回って仕事ができて、一生お笑いができたらそれはそれで幸せなんじゃないか」と。そしたら、野村さんが「うん、学校を回る芸人になろう。それでテレビを振り向かせる芸人になろう」って言ったんです。
その言葉で僕は決意しました。それを近しい人に伝えたら「教える仕事なんだから、コンビ名を『オシエルズ』に変えてみたら?」と。
野村 自分たちらしいなって思いました。
矢島 「お笑い×教育」のトップに駆け上がれる名前かもしれないと(笑)。
そうしたら、あっという間に新聞の取材が相次いで、気がついたら「今、日本で一番学校を回っているお笑いコンビ」として取り上げられるようになってました。
高校生のキャリア教育を支援する出前授業
—ワークルール教育に関わるきっかけは?
矢島 「進路」をテーマに学校を回る中で、これは漫才にしたほう分かりやすいと思い、他の芸人にも声をかけて、2020年に高校生のキャリア教育を支援する出前授業「進路漫才」を始めたんです。
そんな中、ある高校から「進路選択に悩む高校生向けに笑いを交えながら楽しく視野を広げてほしい」と講演を依頼されました。まずは求人票の見方などをレクチャー。例えば、月給20万円でも「固定残業手当4万円含む」と書いてあったら、何十時間残業してもそれ以上は出ない。知らないと、こんなはずじゃなかったということになるから、ワークルールは知っておこうという話をしました。
野村 最初になぜ芸人という道を選んだのかをネタを交えながら話します。それを踏まえて、好きなことを仕事にする方法やコミュニケーションのワークショップなど、学校側の要望を聴きながらプログラムしています。
矢島 進路漫才が広がったのは、多くの高校で開催されている「進路の日」というイベントで、高校生と大学・専門学校・企業をつなぐ進路ガイダンスに取り入れてくれたことが大きかったと思います。
野村 漫才ならお笑いとして純粋に楽しんでもらえるし、いろんな「経歴」を持つ芸人がたくさんいるから、その学校に向いている芸人を紹介できる。コロナ禍の間もオンラインでの開催依頼がけっこうありました。
子どもって、「笑い」で傷ついていることも多い
—学校を回られて、印象に残っているエピソードがあれば…。
野村 ある小学校で「いじめ」と「いじり」、「良い笑い」と「悪い笑い」の違いを考える講演をしたんですが、参加していた小学4年生の子から手紙をもらいました。
その子は、名前に動物の名前が一字入っていて、その動物名で呼ばれることが多かった。そう呼ばれると、まわりが笑っているから、自分も笑わなきゃと思っていた。「でも、オシエルズの講演を聞いて、それは自分にとっては『嫌な笑い』だったんだと気づきました。先生に伝えたら、動物の名では呼ばれなくなって嬉しかったです」と…。
子どもって、「笑い」で傷ついていることも多いんです。でも、僕らの漫才を通して、その違和感に気づいて、まわりの行動が変わったのだとしたら、この仕事は意味があるんだと嬉しく思いました。
矢島 「笑い」の表現である、言葉でいじったり、身体を触る動作は、「自分に権威がある」と伝える動作でもあるんです。同じネタをやってもウケる現場とウケない現場があって、背景に先生と生徒やクラスの関係性が見え隠れします。
良くも悪くも目立ちたくないというのが、Z世代の特徴ですが、「心理的安全性」には非常に敏感です。そんな流れでハラスメント問題も取り上げていたら、生徒からブラックバイトの話が出てくるようになりました。
野村 そんな頃、松井良和先生が社会人向けのインプロ・ワークショップに参加してくれたんですよね。
「自分が求めているのは、これだ!」
—松井先生とオシエルズさんとの出会いとは?
松井 7年ほど前、知識を実生活に生かす教育手法としてアクティブ・ラーニングが注目されていて、私は将来のため休日に自主講座に参加していました。そこで、オシエルズさんのワークショップに出会って、「自分が求めているのは、これだ!」と。
茨城大学に着任したのは、コロナ禍の2020年でしたが、担当する労働法ゼミでは、「笑い」で議論を促す手法を取り入れ、最近は学年に関係なく意見を言えるようになってきたと効果を感じています。
—ワークルール教育の重要性についてのお考えは?
学生には、「労働法は一番身近で、将来に役立つ法律だから、ちゃんと勉強していきましょう」と伝えてきましたが、実は目の前の学生たちがブラックバイトと言われる様々な問題に直面していることが分かってきました。ワークルールを知るだけではなく、具体的解決につなげるアプローチも必要だと痛感し、今回、連合にもご協力いただいたんです。
私は労働法学者として、「これからの働き方」に目が向いていたのですが、今、一番に考えなければいけないのは、「ブラックバイト」や「ブラック企業」で苦しんでいる人の問題解決だと…。そのためにも、ワークルールをもっと普及させる取り組みが重要だと改めて思っています。
小さな違和感に気づけるきっかけになれるのが「お笑い」
―今後の目標について教えてください。
矢島 「M-1グランプリ」決勝進出です。これまで最高が3回戦ですが、オシエルズとしてもっと上を狙って、芸人の世界でも一目置かれる存在になりたいです。
小さな違和感に気づくきっかけになれるのが「お笑い」。オシエルズのコントを見て、授業を受けて、「いじめについて考えた」「ワークルールについて考えた」と言われるような「お笑い×教育」の第一人者であり続けたいと思います。
野村 「笑い」は楽しいものだけど、誰かを傷つける可能性もある。それを肝に銘じながら、一生をかけてネタを磨き続けていきたいと思います。
松井 お笑いとコラボしたワークルール教育を全国に広げていくことです。
日本では学校教育でも社会人になってからも、ワークルールを学ぶ機会が少ない。労働法の条文の難解さが1つのハードルになっているのではと考えていた時、オシエルズさんに出会いました。そして「お笑い」の力を借りて、ワークルールを学ぶハードルを下げていきたいと試行錯誤を重ねてきました。
今回のワークショップは連合にも協力いただき、具体的な問題解決への一歩になりました。オシエルズさんの出前授業に感銘を受けた学生が、お笑いサークルのメンバーと「漫才でわかるワークルール」動画を作成して配信するプロジェクトも始動しています。アウトプットとして、「ワークルール検定」の受検や、ゼミ生による高校での出前授業にも取り組んでいます。茨城大学でのこうした実践を他大学にも広げていくことが目標です。
—連合や労働組合への期待を。
野村 若い世代は、心の中ではつながりをすごく求めていると感じます。連合には、社会のファシリテーターとして、人と人がつながれる場をつくってほしいと思います。
矢島 タテ・ヨコの関係だけだとつらくなります。労働組合には、家族や会社ではない「第3のコミュニティ」として斜めの関係を築いてくれることを期待しています。
松井 職場で「違和感」に気づくためには、ワークルールの普及と情報の共有が大切であり、適切な相談窓口につなぐ支援が不可欠です。連合には、SNSでもリアルでも、若い人がもっと気軽に相談できる場をつくってほしい。また、医療など、労働者が孤立し分断されている業界に対して、労働組合の意義を積極的に伝え、組合づくりを進めてくれることも期待しています。
—ありがとうございました!
(構成:落合けい)