ワークルールを知ろう

10年目の「ワークルール検定」労働組合は、なぜワークルール教育に取り組むのか?

「ワークルール検定」事業がスタートして今年で10年目を迎える。ワークルールの知識が乏しいがゆえに働く現場で様々なトラブルが起きているという問題意識から、誰もが効果的にワークルールを学べるツールとして開発されたものだ。受検者数は、延べ約1万5000人。受検会場も全国に拡大し、誰でもチャレンジできる検定として定着しているが、この間、コロナ禍の影響で、連合「なんでも労働相談ホットライン」への相談件数は大きく増加。それらの中には、ワークルールを知っていれば防止できたトラブルも多い。
そこで、9月のれんごうの日のテーマは、「ワークルールを知ろう!」。なぜワークルール教育が必要なのか。なぜ労働組合はワークルール教育や検定事業に取り組むのか。法政大学キャリアデザイン学部の上西充子教授、日本ワークルール検定協会の木村裕士専務理事、連合の内藤靖博総合運動推進局長が、これまでの取り組みを振り返り、その意義や可能性を語り合った。(月刊連合2022年8・9月合併号転載)

「働く」ことに希望が持てない

―まず自己紹介を含めてワークルール教育との関わりをお話しいただけますか。

上西:法政大学キャリアデザイン学部で若者の労働問題に取り組んでいます。学部では「職業選択論」を担当しています。キャリア教育や就職支援では、「いかに企業に評価される人材になるか」という意識付けが行われがちである一方、職場では長時間労働やパワハラなど命に関わる問題が起きている。学生たちは不安を抱え、「働く」ことに希望が持てない状況にある。だから「職業選択論」では、「企業に選ばれる」だけでなく、「自分も働くところを選ぶ」という視点を持つことが大事だと伝え、さらに「問題があっても、変えていける」ことを実感できる授業を心がけています。その一つのアプローチとして、バイト先でのトラブルと対処法を聞き、例えば「『お皿を割ったら罰金を天引き』は違法であり、こう解決できる」と、フィードバックしています。
また、連合寄付講座も担当しています。労働組合は、職場で労働条件の改善にどう取り組んでいるのか。その体験にもとづく言葉は、学生たちの心に届いていると実感します。

木村:2002年に連合本部に派遣され、総合政策局長、総合企画局長を経て、2011年から2017年まで副事務局長を務め、同時に教育文化協会専務理事として、Rengoアカデミーや連合寄付講座、2015年に開講した連合大学院の運営など労働教育に携わってきました。ワークルール検定は立ち上げ時から関わり、現在、日本ワークルール検定協会の専務理事を務めています。

内藤:私は、2015年に連合本部に派遣され、経済政策局、政治センター事務局を経て、昨年秋から総合運動推進局長を務めています。連合アクションや月刊連合、ワークルール検定を担当する運動企画局、労働相談や「職場から始めよう運動」などを担当するフェアワーク推進センター、メーデーや平和行動などを担当する連帯活動局という、まさに労働運動を担う3つの局を任され、やりがいを感じています。
この間、連合アクションの一環として、「若者とともに進める参加型運動」の具体化に向けた意識調査や意見交換を行ってきましたが、若い世代は長時間労働やジェンダー平等など身近な社会課題に対する関心が非常に高いことがわかりました。それら社会課題を「若者とともに」解決していくためには、学校や地域と連携したワークルール教育がカギになると考えています。

―上西先生は、学生アルバイトが直面するトラブルの実情をいち早く問題提起されましたが、最近の状況はいかがでしょう。

上西:いわゆる「ブラックバイト」と言われる違法・劣悪な労働実態が広く認知され、数年前と比べて学生の意識も高まっています。ただ、それを自分で変えようと考える学生は少ない。だから、ワークルールの知識だけでなく「職場で問題を共有し、みんなで改善を求めていけば変えられる」と伝えています。ワークルールを学ぶ意義はそこにあるからです。

ワークルールの知識があれば防げたトラブル

―2013年6月に初のワークルール検定が実施され、今年で10年目を迎えました。連合が取り組み始めた背景やきっかけとは、どういうものだったのでしょうか。

木村:1990年代後半から雇用・労働分野の規制緩和が進められ、不安定雇用・低賃金の非正規雇用で働く人が急増していきました。一方、正社員も長時間労働やサービス残業を強いられ、雇用調整やリストラをめぐる個別労使紛争も増加。連合の労働相談ホットラインにも多くの相談が寄せられましたが、働く側も雇う側も、もう少しワークルールの知識があれば、トラブルを防げたケースも少なくなかった。労働法の知識は重要になっているのに、学校でも職場でも学ぶ機会がほとんどない。随分前から連合はワークルール教育を広く推進しなければという問題意識を持っていたのです。特に社会に出る前の教育が必要だと考え、2005年に大学生を対象にした連合大学寄付講座を開講しました。
北海道では、北海道労働委員会会長を務めていた道幸哲也北海道大学教授(当時)らが、ワークルール教育の必要性を訴え、2007年に「NPO法人職場の権利教育ネットワーク」を設立。時を同じくして厚生労働省は「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」を設置し、2009年に出された報告書には「個別労使紛争や労働問題が増加している背景には、雇う側・雇われる側双方の労働関係法制度に関する知識の不足がある。教育の場、企業、地域での継続的かつ効果的な労働教育・情報提供が必要」と記されていた。私は、これでワークルール教育が一気に広がると期待しました。ところが、教育現場は何も動かない。2016年になって超党派の議員連盟がワークルール教育推進基本法の制定に取り組みましたが、あと一歩で実現しなかった。
その後、雇用・労働環境は悪化し、「ブラック企業」と称される違法な働かせ方が広がっていきました。もっと効果的にワークルールの重要性を伝えられるツールはないかと考えていた時、「職場の権利教育ネットワーク」がワークルール検定を始めると聞いたんです。実際に検定を受けてみると、クイズ感覚で取り組めて知識も身につく。そこで連合として、北海道だけではなく、全国で実施したいと北海道大学に道幸先生を訪ねたのがきっかけです。

―日本ワークルール検定協会を設立したのは?

木村:最初は、連合の運動として検定事業を行いたいと考えていました。まさに連合が担うべき仕事です。しかし、ワークルールは労働者だけでなく、経営者や管理監督者、社会保険労務士などの実務家にも知ってもらう必要がある。そのためには間口を広げておくべきだと、「一般社団法人日本ワークルール検定協会」を設立しました。おかげで、厚生労働省や日本生産性本部、経営者協会、商工会議所、社会保険労務士会など、幅広い後援を得ながら検定を開催できるようになっています。もちろん実施にあたっては、連合が主体的に担っていただいています。

内藤:この10年間で地方連合会の担当者も代替わりしてきています。この機会に協会設立の経緯や検定事業を振り返り、それが連合の主体的な運動であると確認しておくことは重要ですね。

現実をどう変えていくかという視点を持って

―改めて、なぜ労働組合がワークルール検定事業に取り組むのか。

上西:私も参加した先ほどの研究会の報告書には「労働関係法制度が適切に周知され遵守されることの究極的な目標は、労働関係の紛争や不利益な取り扱いを円満に解決もしくは未然に防止し、適切な労使関係を構築することにある」と記されています。これこそがワークルール教育の本質です。「紛争や不利益な取り扱い」が現実に起きていることを前提に、その解決や防止のために、「適切な労使関係」という目標に向けて労働関係法制度の周知・遵守をはかる。だから、厚生労働省の、働く時に必要な知識をまとめたハンドブック『知って役立つ労働法』には、「労働組合とは何か」についても解説されています。現実をどう変えていくかという視点を盛り込んだワークルール教育、そこに労働組合が取り組む意義があります。

木村:ワークルール教育は、組織化の基盤をつくる上でも重要です。労働組合法を学べば、「労働組合は2人以上の労働者がいれば結成でき、団体交渉によって職場の問題を解決できる」とわかる。そういう意味で、ワークルール教育の推進は、労働運動や社会運動の土壌を耕しておくことであると思っています。
連合は、フリーランスの課題解決サイト「Wor-Q」を開設し、対等な立場での契約決定や労働環境の整備に取り組み始めましたが、世界には、映画や音楽業界に有力なユニオンがある。韓国の映画業界では、週4日働いたら3日休むという労働規制が実施され、それを政労使で決めるシステムがある。日本でも、労働組合法上の労働者の範囲は広く、労働組合をもっと活用できるはず。そのためにも、ワークルール教育を推進し、労働組合とは何かをもっと知ってもらう必要があるのではないでしょうか。

内藤:連合の「なんでも労働相談ホットライン」でも、労働相談から組織化につなげる取り組みを行っていますが、組織化へのハードルは高いと言わざるを得ません。でも、ワークルール教育の推進は、そのハードルを下げることにもつながるんですね。
連合では、若い世代に向けて『働くみんなにスターターBOOK』を作成し、構成組織や地方連合会などを通じて全国の学生に配布していますが、最近は若者の情報ツールが変化しています。それらに対応する良いアイデアはありますか。

上西:「労働法と現実は違う」という意識があるから、冊子を見ても身近に感じられない。でも、連合寄付講座などで、実際に職場の問題を解決した経験を聞いたり、団体交渉の動画を見ると伝わる。それを語る人の人柄や力強さがセットになると伝わるんです。もう一つ、「働く上でのルールがある」という言い方は注意が必要です。中高生は、細かい校則で縛られ、そのルールの決定や変更に関与できない。だから、ワークルールも、校則のように守らなければいけないルールだと受け取ってしまう。ワークルールは、事業主の責務が中心であり、働く人たちが長年要求し、実現してきたものだということを丁寧に伝える必要があります。

「労働組合ってこんなことも やっているんだ」

―ワークルール検定の推進に向けては?

上西:学生には、ワークルール検定はハードルが高い。身近な労働トラブルには興味を持つけれども、体系的に知識を身につけて自分の身を守ろうというところまではいかない。

木村:検定協会では、学生向けの検定問題をつくってはどうかという意見もあります。

内藤:厚生労働省が「労働条件(RJ)パトロール!」というゲームアプリを作成しましたが、利用は広がっていないように思います。

上西:学生たちは、ゲームはゲームで楽しみたい。Twitterで「1ツイート・1テーマ」で投稿していくほうがいい。「お皿を割ったら罰金はあり?」と投げて、次の投稿で「罰金は払う必要なし」と解説し、「ワークルール検定もあるよ」とつなげていく。一問一答のツイートなら、すでにQ&Aがあるし、労働相談からもケースが拾えます。連合のツイートは、もう少し発信を工夫できると思います。

―若い世代は、労働組合をどうみているのかも気になります。

上西:存在として見えていない。労働組合は若者にほとんど働きかけていませんよね。連合寄付講座はあるけど、受講生は限られています。
最近、学生の労働トラブルで増えているのがカスタマーハラスメント。労働組合は、いち早く実態調査を行い、その防止に取り組んでいますが、それを知る機会がない。例えば、連合が「ストップ!カスハラ」キャンペーンをやれば、学生にも「労働組合って、こんなこともやっているんだ」と伝わる。長時間労働への関心も高い。職場での取り組みをもっとオープンに発信したらいいのにと、いつも思います。

木村:30年以上前ですが、会社で発注の仕事をしていた時は、毎日終電まで働いて、土日も出勤。でも、給与明細の残業手当は20時間分しかついていない。当時はそういうものかと思いましたが、労働組合に関わるようになって36協定を知り、労働時間の実態を調査してみると、どの部署でもサービス残業がある。労務課長に対応を求めたところ「現場の管理職の中には36協定の上限を超えたら残業にカウントしてはいけないと思っていた人もいた」と言われ驚きました。だから、学生だけでなく、いま働いている人にもワークルール教育は必要であり、検定はその効果的なツールだと思うんです。

上西:そういう取り組みがあって、今があるんですね。サービス残業の可視化やカスハラ防止の取り組みが多くの人に見えることで、労働組合は身近で頼れる存在なんだと思えるようになるはずです。

―最後に連合や労働組合に期待することは?

上西:連合は、働く者の立場から政策実現に取り組み、政労使三者構成のメンバーとして様々な法制度の整備に役割を果たしてきましたが、外からは見えにくい。もっと対話の積み重ねが見えるよう、丁寧に発信してくれることを期待します。

木村:ワークルール検定は、問題作成も含めほぼボランティアで成り立っていますが、事業の継続・発展のためには財政基盤を強化する必要があります。この間、コロナの感染防止対策で検定会場の定員を半分程度に絞っていますが、2022春検定の一部会場では早々に収容人数上限に達してしまいました。この会場収容人員の制限も収支改善の足を引っ張っており、コロナ禍の収束が望まれます。また、連合として、改めて「ワークルール教育推進基本法の制定」に取り組んでほしいと思います。
今、労働組合がある職場では、職場委員や執行委員になっても労働法を勉強しない実態があります。でも、これだけ社会の変化が激しい時代、個別労使紛争なども増えています。様々なリスクに対し、自分たちの身は自分たちで守らなければならない。改めてワークルール教育の意義を認識し、その推進に取り組んでほしい。そのために新執行委員は必ずワークルール検定の初級を受検するという文化も広げてほしいと思います。

内藤:貴重なアイデアをたくさんいただきました。本日の鼎談の内容をしっかり受けとめ、ワークルール教育の推進に向け取り組みを進めたいと思います。

―ありがとうございました。

日本ワークルール検定協会のホームページはこちら

上西充子(うえにし・みつこ)
法政大学キャリアデザイン学部教授 一般社団法人 日本ワークルール 検定協会啓発推進委員
東京大学大学院経済学研究科第二種博士課程単位取得満期退学。日本労働研究機構(現・労働政策研究・研修機構)研究員等を経て、法政大学キャリアデザイン学部教授、同大学院キャリアデザイン学研究科教授。専門は労働問題、社会政策。2018年6月より「国会パブリックビューイング」代表として国会の可視化に取り組む。
著書に『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(共著、旬報社)、『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)、『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)など。

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