昨今、新型コロナウイルス感染症の影響で、連合「なんでも労働相談ホットライン」に寄せられる相談件数が増加しており、その中には、ワークルールに関する知識不足からトラブルになったケースも散見される。
ワークルール検定がスタートして9年。ワークルール教育の重要性がいっそう高まる中、ワークルール検定が果たす役割とは何か、労働組合に求められる取り組みは何か。NPO法人職場の権利教育ネットワークの理事として、ワークルール検定の立ち上げに関わり、検定問題作成やテキスト執筆も担う淺野高宏弁護士に聞いた。(月刊連合2023年4月号転載)
―ワークルール教育に携わるきっかけは?
一言でいえば、道幸哲也先生との出会いが一番のきっかけと言えます。私は、北海道旭川の出身です。高校の頃からなんとなく弁護士になりたいという思いを持ち、早稲田大学に進学して司法試験合格をめざしました。しかし、在学中は合格できず、「司法浪人」として北海道に戻りました。その頃、留年していた友人が北海道大学の道幸先生のゼミに在籍していて、彼に誘われてゼミに顔を出すようになり、翌年、大学院の修士課程に進みました。そこから本格的に道幸先生に弟子入りして、公私にわたり、ご指導を受けるようになりました。私が弁護士になって東京で執務していた頃も、道幸先生とは研究会などの場でお会いして、継続してご指導を頂き、先生から「そろそろ北海道に戻って来ないか」とのお声掛けもあり、札幌に戻りました。私が札幌に戻った2006年頃には、すでに道幸先生はワークルール教育の必要性を訴えておられました。そして2007年4月に、道幸先生の発案で「NPO法人職場の権利教育ネットワーク」を設立しました。私も、設立当初からNPOの理事としてワークルール教育の普及活動に取り組み、その中でワークルール検定実施に向けた問題作成や講習を担当するようになり、現在に至るというわけです。道幸先生は、現在は「日本ワークルール検定協会」の会長を務められて、ワークルール検定の理念を実践にどう生かすかを考え、発信し続けておられます。長くなりましたが、道幸先生との出会いが今につながっています。
―コロナ禍が長期化していますが、職場で起きている特徴的な問題は?
多くの学生から「アルバイトのシフトが減らされ、収入が減って困っている。休業補償は出ないのか」という相談を受けます。シフト制の場合は、採用時の労働条件明示において労働時間が「目安」となっていることが多く対応が難しいのですが、今後の課題として検討を深めておく必要があると思います。また、仕事のミスによる損害や経費を賃金から一方的に差し引くケースや、残業代の未払いも増えています。
誰もが安心して働くことができる職場の基盤
―改めてワークルールの重要性とは?
ワークルールとは、働く時に必要となる法律や決まりごとです。知っていれば、職場のトラブルを未然に防止できたり、自分や仲間を守ることができます。経営者側も、コンプライアンスの推進や人材確保に役立てることができます。
ところが、学校でも職場でもワークルールについて学ぶ機会がほとんどないのが現状です。大学で法律を学ぶ法学部の学生であっても、労働法を選択しなければ、ワークルールに触れる機会のないまま社会に出るわけです。そして、働き始めたら日々の業務に忙殺され、自分の所属する組織のルールが社会のルール(法律)だという認識を持つようになります。これでは、客観的に正しい指標が分からないわけですから、自分の置かれた職場の状況が労働法に照らして適法かどうかが判断できません。何かおかしいなと感じても、何がおかしいかを言語化できないので、周囲と相談したり、仲間同士連携しようというきっかけすらつかめないということが起きています。また、仮にインターネットなどを駆使して、知識を仕入れて、自分の置かれた職場の状況が違法だと認識したとしても、具体的にどう行動すればいいのか分からない場合もあります。また、ワークルールを詳しく知らず、にわか知識で自信もないために、「会社から不利益なことをされるのではないか」など、恐怖心から行動できないということもあります。そして結局は、何もしないまま気付かなかったことにするか、職場を去るという選択肢をとることになります。もちろん、次の職場もワークルールが守られている保証はないわけですが。
私たちは、この現状は問題だと考え、北海道の5つの大学と札幌弁護士会の協力を得て、2018年に『学生のためのワークルール入門』(旬報社)という冊子を作成しました。学生が巻き込まれがちなトラブルと知っておきたいワークルールをQ&A形式で解説したもので、北海学園大学などでは、毎年、入学者数に相当する冊数を買い取ってすべての学生に無料で配布しています。
―連合も『働くみんなにスターターBOOK』を作成して大学などに配布していますが、「ワークルール検定」が果たすべき役割については?
グローバル化による企業間競争の激化、労働法の規制緩和、働き方の多様化の進行に加えて、コロナ禍が長期化し、職場ではワークルールが守られない場面が増えています。過労死・過労自殺、ハラスメントの問題も依然として深刻です。
「難しい」というイメージのあるワークルールですが、クイズ形式で出題されるので、自分の経験を踏まえて考えるきっかけにもなる点は、受検者から好評を得ています。初級から中級へとステップアップしながら、知識を深めていける。そのメリットは、受検した人が実感しているはずです。
ワークルールは、労働者だけでなく使用者にとっても必要な知識です。労働基準法や労働安全衛生法等はもっぱら使用者が守るべきものであり、ルールを知らないことは経営上の大きなリスクになります。使用者が法令を遵守し、労使のコミュニケーションをはかれば、働く人たちの意欲や安心感が高まり、人材確保にもつながります。でも、残念ながら地方へ行けば行くほど、「労働法なんか守っていたら経営できない」という経営者が少なくない。その意識を変えていかないと地方から人材が流出してしまいます。今の若い世代は地元愛が強く、地域に貢献したいと思っている人も少なくありません。その思いを受けとめられる会社になるカギは、「ワークルール」です。ワークルール検定は全国で開催されます。検定をきっかけに、中小企業の経営者や管理職の皆さんにも関心を持ってもらえたらと願っています。
正しい働き方の選択のために
―ワークルール検定の社会的地位を高めるには?
労働運動において、ワークルール教育はもっとメインストリームに位置づけるべき課題です。特に今、雇用から業務委託などへの働き方の転換が進み、契約を変更したら労災補償が受けられない、残業手当が支払われないといった相談が増えています。「業務委託にすれば雇用責任はない」と考える使用者も増えています。しかし、実質的には労働者に限りなく近い働き方をしているフリーランスも多く、諸外国では、そういう人たちを「労働者」として評価して保護するという判断も出されています。日本でもフリーランスとして働く人たちが、労働組合法上の「労働者」として、同じ立場の仲間と連帯して団体交渉を申し入れることができるケースもあります。そういう知識を持たなければ正しい働き方の選択ができない時代、労働組合には、その課題を受けとめ社会に提言していくことが求められています。そのためにはワークルール検定もバージョンアップが必要でしょう。フリーランスの人たちが手軽に知識を身に付けられるツールを開発すれば、もっと広がりが出てくるのではないでしょうか。
―連合に期待することは?
連合の皆さんは、日々の組合活動や労働相談を通じて、ワークルールを知らないために悲しい思いをする労働者がいることを知っている。あるいは困難に陥った経営者を見ている。働く現場でワークルールの意義を認識した構成組織・地方連合会・地域協議会、それぞれの担当者が、その熱量をもって全国で取り組んでくれているからこそ、ワークルール検定のいまがある。その情熱を改めて共有し、取り組みを強化してくれることを期待しています。
―ありがとうございました。
日本ワークルール検定協会のホームページはこちら
淺野高宏(あさの・たかひろ)
弁護士(北海学園大学法学部教授)
早稲田大学法学部卒業。北海道大学大学院法学研究科修士課程専修コース修了。2002年弁護士登録。安西・外井法律事務所(第一東京弁護士会)にて執務したのち、野田信彦法律事務所(札幌弁護士会)を経て、2014年ユナイテッド・コモンズ法律事務所を開設。2011年北海学園大学法学部准教授、2017年より同教授。NPO法人職場の権利教育ネットワーク理事。著書に『新型コロナウイルス対策!職場の労働問題Q&A(働くものと企業を守る)』(一般社団法人日本ワークルール検定協会、共著)、『学生のためのワークルール入門』(旬報社、共著)など。