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ユニオンヒストリー

バックラッシュの時代を超えて
「ジェンダー平等」は
もはや置き換える ことができない言葉に

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「女性と労働組合」〈前編〉では、男女雇用平等法の制定運動が、労働組合の女性たちにとってどれほど大きな意味を持つものであったのか、その歴史をたどった。
〈後編〉では「ジェンダー平等」という言葉を手がかりに、労働組合の女性運動がどう深化していったのかに迫ってみた。

「連合運動すべてにジェンダー平等の視点を」

2021年10月、第8代連合会長に選出された芳野友子会長は「連合運動すべてにジェンダー平等の視点を」と呼びかけた。初の女性連合会長が発した「ジェンダー平等」という言葉のインパクトは大きく、「2021ユーキャン新語・流行語大賞トップテン」を受賞した。

ただし、「ジェンダー平等」は、「新語」ではない。
1980年代の終わり頃には、女性学の分野で「ジェンダー」という言葉が登場。1991年には『広辞苑』に「社会的・文化的に形成される性別」という意味が記載された。

なぜ、「ジェンダー」という概念が生まれたのか。
それは、女性への差別が、生物学的な性差を理由に正当化されることが多かったからだ。「男性と女性は生まれながらに違っており、それぞれ役割が違うのだから、平等には扱えない」と。
それに対し、男女に期待されてきた役割は普遍的・生来的なものではなく、社会的・文化的につくられてきたものであり、それを表す言葉として「ジェンダー(gender)」が使われるようになった。そして、この言葉を手がかりに「男は仕事、女は家事・育児」という固定的な性別役割(ジェンダー規範)こそが、男女の差別的な関係性や経済的な格差を容認する土壌になっており、差別の根源であるという認識が共有されていった。また性的マイノリティなど多様な性を含むものとしても理解されていった。

こうしたジェンダーをめぐる概念が広く普及したのは、1995年9月に北京で開催された第4回世界女性会議(以下、北京会議)が契機であったと言われている。以後、国際機関では「ジェンダー平等(Gender Equality)」という用語が使用されるようになった。

1995年第4回世界女性会議(政府間会議)(出所:国立女性教育会館女性デジタルアーカイブシステム)

ジェンダー主流化とエンパワーメント

北京会議とそれに先立って開催されたNGOフォーラムには、連合からも多数が参加した。そこで何が議論されたのか。

女性差別撤廃条約は成果を挙げたが、差別を禁止するだけでは十分ではない。次のステップとして提起されたのが、「ジェンダー平等/男女平等参画」だった。男女の役割分業を社会的につくられてきたものと捉え、男女がその役割について相互に乗り入れ、共に責任を分かち合う社会をめざす。それが北京会議に至る1つの結論だった。

NGOフォーラムシンポジウム

採択された「宣言」と「行動綱領」は、ジェンダー平等の実現に向けて、2つのプロセスを提起した。
1つは、「ジェンダー主流化(mainstreaming a gender perspective)」。すべての政策や制度、事業計画について、固定的な男女の役割を前提にしていないか、女性への影響はどうか、「ジェンダーに敏感な視点」から見直しを行う。
2つめは、女性の能力を高め(エンパワーメント)、あらゆる分野への参画を進めること。
また、女性の権利を「人権」として再認識し、「女性に対する暴力」を独立の問題として扱ったことも、その後の各国の政策に大きな影響を与えた。

「ジェンダー主流化」と「エンパワーメント」は、労働組合の女性たちの心をつかんだ。連合は1991年に「第1次女性参加促進計画」を策定し、2000年までに女性役員比率15%をめざすという目標を掲げていたが、達成状況は芳しくなかった。
労働組合の女性たちは、「男女平等は、女性担当部署の課題であり、全体の課題とは認識されていない」と感じていた。1980年代の「男女雇用平等法制定運動」ですら、動いたのは「婦人部」だけであり、当時、男性役員の主な関心事は「労働戦線統一」にあったと証言するOGは少なくない。男女平等がメインの課題に位置づけられないために、それを担当する女性役員はメインストリームでステップアップする機会が限られてしまう。それが、女性役員が増えない構造的な要因だという認識が労働組合の女性たちに共有されていった。
その後、労働組合の男女平等参画を進める上で、「ジェンダー主流化」は有効なアプローチになると期待され、女性委員会などの女性組織は、女性のエンパワーメントのためにも重要な存在であると再確認された。

日本政府も、「男女共同参画2000年プラン」(1996)に「ジェンダーに敏感な視点」という言葉を書き入れ、男女共同参画推進本部に「専門調査会」を設置した。
東京都の委託を受けて男女共同参画推進事業を行う東京女性財団は、職場や家庭など身近な場面での「ジェンダーチェック」を作成し、「ジェンダー・フリーな教育のために」という小冊子を発行した。

ところが、21世紀を前に「ジェンダー」という言葉が様々な政策文書から消える事態が生じることになる。

バックラッシュ(反発する動き)の嵐—ジェンダーバッシング

月刊連合2006年12月号

1999年、「男女共同参画社会基本法」が制定された。それは、ジェンダー平等への取り組みの1つの到達点であるとともに、21 世紀に向けた新しい社会構築の出発点と位置づけられた。ただし、その名称をめぐっては議論があった。国際機関の文書は「Gender Equality」で統一されている。連合は、当時、これを「男女平等」と訳し、「男女平等参画社会基本法」を求めていた。しかし、「男女の役割を否定すべきではない」と考える保守系議員から「男女平等」という言葉に強い抵抗が示され、「Gender Equality」の訳語として「男女共同参画」という言葉が考え出されたのだ。
女性団体からは「男女の特性が強調されるようで、ジェンダー平等とはニュアンスが違う」という批判もあったが、法律の制定を優先させるという判断がなされた。

平成12年度男女共同参画社会づくりに向けての全国会議

さらに2000年前後から、「学校現場で、男らしさ・女らしさを否定し、人間の中性化をめざすジェンダーフリー教育が行われているのはいかがなものか」という主張が出てきた。これを地方議員が取り上げて議会で質問する。その主張が浸透したとみると、議会に「意見書」や「決議」を提案するという手法だ。
2005年には自民党内に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が設置され、国会で同様の質問が繰り返された。

全国で組織的に行われるジェンダーバッシングの影響は深刻だった。
自治体などの男女共同参画に関する講演会やセミナーは、脅迫めいた抗議電話が殺到し次々と中止に追い込まれた。公的施設は、騒動を嫌って「ジェンダー」と名のつく図書を撤去。「ジェンダー・フリーな教育のために」という冊子を作成した東京女性財団は解散に追い込まれた。

こうした動きを受けて2005年、「男女共同参画基本計画に関する専門調査会」は、「『社会的・文化的に形成された性別』(ジェンダー)の表現等についての整理」と題する文書を発した。「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)」の考え方は、男女共同参画を推進する上で重要」であり、「現行基本計画において使用されている『社会的・文化的に形成された性別』(ジェンダー)は、主要な国際機関等における gender という用語の定義ともほぼ一致しており、適切なものであると考える」との見解を示したが、「言葉狩り」は収まらず、政府やメディアは「ジェンダー」という言葉の使用を自粛していく。

連合は「男性も女性も、一人ひとりの個性を尊重し、多様な選択を認め合い、性別にかかわりなく個人の能力を十分発揮できる男女平等参画社会の実現をめざす」との立場を改めて確認。地方議会に提出された「真の男女共同参画を求める意見書」に対し、地方連合会が「意見書の不採択を求める要請」を提出するという対応を行ったケースもあった。
しかし組織内からも、「ジェンダーチェック」などの手法に疑問を投げかける意見が出始める中で、「ジェンダー」という言葉の使用には慎重にならざるをえなくなった。

バックラッシュを主導したのは、誰だったのか。
「意見書」として出される文書はほぼ同じ文面で、極めて組織的な政治活動であったことは間違いない。

SDGsの重要なターゲットに

バックラッシュの時代を経て、「ジェンダー平等」という言葉が一般に使われるようになったのは、2010年代に入ってからだ。
2015年に採択された国連「持続可能な開発目標(SDGs)」では、「ジェンダー平等」がターゲットの1つとなり、その重要性が強調された。

連合は、男女二元論[1]にとどまらない性のあり方の多様性の尊重が重視される中で、2019 年 10 月、男女平等推進委員会を「ジェンダー平等・多様性推進委員会」に、男女平等局(雇用平等局)を「ジェンダー平等・多様性推進局」と改称。「第4次男女平等参画推進計画」の終了を受けて、「連合『ジェンダー平等推進計画』フェーズ 1」をスタートさせた。

バックラッシュを知らない若い世代を中心に「ジェンダー平等」はSDGsの中心課題として広く認識され、もはや置き換えることができない言葉になっている。「#MeToo」運動(セクハラや性的暴行の体験をSNSで告発)や「HeForShe」(性別にかかわらずすべての人々がジェンダー平等を推進する取り組み)などの新たな運動も広がっている。

芳野会長は、「ジェンダー平等が提起されたのは、30年近く前のこと。それが今、このように広く認知され、改めて注目されていることは感慨深い」と語っている。(了)

(執筆:落合けい)

《参考文献》
浅倉むつ子・萩原久美子・神尾真知子・井上久美枝・連合総合生活開発研究所編著(2018)『労働運動を切り拓く』(旬報社)
浅倉むつ子(2022)『新しい労働世界とジェンダー平等』(かもがわ出版)
総理府男女共同参画室編(1996)『北京からのメッセージ—第4回世界女性会議及び関連事業等報告書』
月刊連合2006年12月号「コワイのは、バックラッシュな気分」
月刊連合2006年9月号「連合第3次男女平等参画推進計画案」

《Webサイト》
外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
連合 https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/gender/


[1] 性別を「男」と「女」のどちらかに分類する考え

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