はたらくを考える

出産を機に辞める仲間たち 「何とかしなきゃ」組合員の声が会社を変えた

かつては男性ばかりだった職場で、女性の姿を目にする機会が増えてきた。しかしこうした領域は女性の進出が遅かっただけに、仕事と家庭を両立できる環境が整っていないことも多い。
JR東海もかつては、出産した女性乗務員の退職が相次いでいたが、2019年にキャリア転換研修を新設し、運輸職で採用された社員が乗務員や駅員以外の仕事で働き続けられる道を開いた。事態を変えたのは、JR東海ユニオンに所属する女性組合員の「働き続けられないのはおかしい」という怒りの声だった。

西川 由紀子 JR東海ユニオン名古屋地方本部執行委員 
1999年に東海旅客鉄道株式会社にプロフェッショナル職として入社、名古屋駅にて勤務。2001年に名古屋運輸区にて車掌、2005年同区にて運転士に。2009年に東海鉄道事業本部運輸営業部輸送課(輸送指令員)に配属、2012年に育休取得。2017年に育休復帰し、同輸送課(輸送管理室)に勤務。2019年キャリアブリッジ研修受講、2021年長女の小学校入学に伴い育児休職取得。労働組合歴は、2002年JR東海ユニオン名古屋地方本部・名古屋運輸区分会役員、2003年中央本部ユース役員、2009年名古屋地方本部・中央支部役員、2019年名古屋地方本部執行委員になり、現在に至る。

女性乗務員の出産、分かっていたのに…

西川由紀子さんは1999年、運輸職としてJR東海に入社した。同社の女性運輸職採用は1997年の短大卒に始まり、1999年には高校卒まで拡大した。西川さんは高卒女性社員の1期生に当たる。
運輸職は原則として、車掌と運転士(乗務員)および駅員を務め、1ヵ月のうち10日ほど宿泊を伴う勤務(宿泊勤務)がある。乗務員にはシフト勤務のパターンが複数あるが、宿泊勤務の日は朝から終電まで勤務し、仮眠を挟んで翌朝の通勤列車に乗務するシフトが主流だ。一方駅員は、朝9時頃から勤務を開始し、翌朝9時まで従事する宿泊勤務が中心となっている。

乗務員時代の西川さん

西川さんが入社して数年経つと、短大卒の先輩たちが結婚・出産の時期を迎えた。しかし彼女たちは、出産後も乗務員や駅員として宿泊勤務を求められ、育児との両立に行き詰っていた。
育児をしながら勤務するための各種制度も、女性社員の増加とともに年々拡充されており、宿泊勤務免除の制度もあった。しかし、対象が「夫婦ともに夜勤従事の場合」などに限られ、利用のハードルが高かったほか、子供の年齢が基準に達すると使えなくなってしまう。こうした制度を使わず、祖父母に子どもの世話をお願いするなどして、宿泊勤務に入れる人はごく一部にすぎない。平日勤務でかつ宿泊勤務のない職場に異動すれば、仕事と育児を両立させられる可能性は高まる。しかしそのためには、合格者が少数の選抜試験をパスし、さらに3ヵ月間の泊まり込みの集合研修を受ける必要がある。育児をしながらの合格・受講は実質的に難しかった。

「先輩たちは、働き続けるという選択肢を考える余地すらなく『無理だよね』と辞めていきました。背中を追いかけてきた先輩たちをただ見送ることしかできず、さみしかったです」。

会社は女性運輸職の採用を始めた時点で、いずれ出産する女性が増えることは承知していたはず。にもかかわらず「働き続けたかったら、家庭を会社のやり方に合わせろ」と言わんばかりの対応は、いったい何なのか。

「私の組合活動の原動力は、いつだって怒り」と話す西川さん。次第に会社に対して、こうした憤りを覚えるようになった。

後輩が退職の危機 組合を通じて会社へ実情を伝える

西川さんはその後、2人の子どもを出産。復職して間もない2018年に、同じ駅で働く後輩のワーキングマザーが退職するという話が飛び込んできた。その後輩も運輸職で、「何とか働き続けられないか」と上司に掛け合ったが、現行ルールでは難しいとの返事だったという。西川さんは「ついに後輩までも見送ることになるのか」と、改めて怒りがこみ上げてきた。
西川さんは出産前、先輩に誘われて組合活動に関わっていた時期があり、復帰後もしばしば組合事務所に出入りしていた。この時も組合役員に後輩の苦境を訴え、会社側に事情を伝えてもらった。

「人事は会社の専権事項ですし、正直に言えば事態を変えるのは難しいと思っていました。ただ、組合を通じて、会社側にも『運輸職の仕事は駅員・車掌・運転士』という基本ルールの狭間で、心ならずも辞めていく女性が多いことを知ってほしかったのです」

西川さんの予想は、よい方向へ裏切られた。会社が後輩の希望を考慮し、育児との両立が可能な職場で働き続けられることになったのだ。
これは、後輩本人が専門的なスキルを備え、さらに受け入れ職場が見つかったからこそ実現した「幸運なケース」と言えた。ルールが変わらない以上、誰もが希望に応じて異動できるとは限らない。それでも西川さんは、「制度変更には時間がかかり、待っているうちに多くの人が辞めてしまう。困っている目の前の1人を『スーパー指定席』に乗せて救えるなら、まずはそこから始めるべきです」と、力を込めて話す。

また当時、専従役員としてJR東海ユニオン名古屋地方本部の書記長を務めていた、現JR連合(日本鉄道労働組合連合会)の相良夏樹組織局長は言う。

「組合専従の役員が、現場をすべて把握できるとは限らないので、西川さんのような組合員に『困っている人がいる』とアラートを上げてもらえるのはとてもありがたい。1人の問題を解決できれば、それを見ていた人も、組合を頼ってくれるようになります」

「ミスマッチの改善を」労組担当者に直談判

さらに相良さんら組合役員は、運輸職のルールをはじめ、女性組合員が働き続ける上での課題について会社の労働組合担当者と意見交換する場を設け、西川さんにも同席してもらった。西川さんは当日、担当者にこう訴えた。

「私は、多くの先輩が辞めたくないのに会社を去る姿を見てきました。しかし社内には人手不足の部署があり、社員の超過勤務がかさんでいるという話も聞きます。会社が女性乗務員と職場のミスマッチを改善してくれれば、双方にとって良い結果になるはずなんです」

相良さんはこう振り返る。

「西川さんの『何とかしなければ』という想いは非常に強く、僕たちが間接的に事情を説明するより、直接訴えてもらった方が効果的だと考えました。彼女のパワーが会社側を巻き込み、そして関係者の『想い』に火をつけたのだと思います」

労働組合としてもそうした想いの下でさらに労使協議を重ね、その結果、育児や介護を抱えた社員でも受講しやすい(泊まり込みを必要としない)キャリア転換研修が新設された。運輸職で言えば「乗務員や駅員として宿泊勤務が中心」という原則の変更には至らなかったが、研修を通じて財務経理などの新たなスキルを習得することで、他職種への転換が可能になったのだ。西川さんも研修の1期生に選ばれ、現在は運輸職以外の職場で働いている。また、研修は当初、東海エリアの事業本部社員限定だったが、2023年度には名前を変えて、JR東海の全エリア社員が対象となった。

「ワーキングマザーの中には、仕事は選ばないのでとにかく働き続けたい、という人がたくさんいます。彼女たちの要望に添えたという意味で、目的の半分は達成できました」

一方で乗務員の仕事を続けたい女性もおり、彼女たちの乗務資格や技術を生かすことは会社側のメリットにもなる。相良さんによると、JR連合の中には、育児をしながら乗務員を続けられる仕組みについて経営側と協議している組合もあるとのことだ。

JR東海ユニオン名古屋地方本部では、育休者と復職者などを対象にパパママミーティングを開催

声を上げなきゃ変わらない。後輩へ思いをつなぐ

西川さんが入社した当時、女性乗務員はごくわずかで、女性用の仮眠室や風呂、トイレのない職場も多かった。すぐに改善されたが、男女のトイレがアコーディオンカーテン1枚のみで仕切られた職場もあったという。女性たちの配属先も、設備の整った一部の駅に限られた。

「こうした環境の改善も、女性が声を上げ続けることで、少しずつ進んできました」と、西川さん。上司らに要望を伝えるのはもちろん、組合に対してもさまざまな機会をとらえて、職場の課題を伝えた結果、多くの駅で設備が整い、女性たちの配属先も広がった。

2019年からは、西川さん自身がJR東海ユニオン名古屋地方本部の役員を務めている。先輩役員から「組合に意見を言ってきたのだから、今度は自分が組合員の意見を会社に伝える側になりなさい」と諭されたのだ。

西川さんは、組合員に「もっと組合を使って」と要望する。

「私は若手のころ、組合の先輩から『組合員の話を聴くのが役員の仕事』と教わり、それならば、とたくさん意見を言わせてもらいました。若い人たちも組合費を払っている分、働きやすい職場づくりにもっと組合を活用してほしいです」

女性役員のなり手が少ないことも、悩みの種だ。多忙なワーキングマザーは、組合活動に関わる時間がないという事情もあるが、女性たちの「この会社で働き続けられるだろうか」という漠然とした不安も、活動の壁になっているという。

「女性の多くは育児・介護などに伴う離職のリスクを潜在的に抱え、数年後に在籍しているかどうかも分からない職場を『変えよう』、とはなかなか思うことができません。言ってみれば、働き続けられる環境をつくることが、女性の組合参加を促すはずです」

そして女性たちにも、次のように呼び掛けた。

「待っていれば誰かが職場を変えてくれるわけではありません。あとに続く後輩に働きやすい環境を引き継ぎ、未来へ思いをつなぐためにも、今いる女性が声を上げることが大事なのです」

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