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未払い残業代19億円を回収、給与の男女格差も是正。
労働組合が違法行為にメス 岡山済生会総合病院従業員組合

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岡山市にある岡山済生会総合病院の従業員組合は、3年前に安積昌吾組合長が就任してから、経営側に未払い残業代19億円を支払わせるなど違法行為をつぎつぎと是正し、今年1月には自治労にも加盟した。安積さんは活発に動いていたとは言えない組合を、どのように戦う組織へと変えていったのだろうか。

安積 昌吾 岡山済生会総合病院従業員組合 組合長(形成外科 主任医長)
兵庫県出身。2005年岡山大学医学部医学科卒業後、姫路赤十字病院就職。その後、岡山労災病院、岡山大学病院、呉医療センター、がん研究センター東病院での勤務を経て、2015年より岡山済生会総合病院形成外科に勤務。2020年に同病院の形成外科主任医長に就任し、現在に至る。2021年より同病院の従業員組合の組合長も務める。

賃金水準「最低会」病院 サービス残業強いられる看護師

同病院の従業員組合は、60年以上の歴史を持つユニオンショップ制の組織で、医師や、看護師などのコ・メディカル、事務局、事務員など1050人が加入する。安積さんが組合長になるまでは、基本的に病院側の意向を受け入れる従業員組合だった。

安積さんは組合長になる前から、賃金体系が法律に違反しているのではないか、という疑問を抱いていたという。残業時間は月によって上下するのに賃金月額はほとんど変わらないなど、不審な点が多かったからだ。

「医師の多くは生活に困らないので、口座残高を把握していない、給与明細をいちいち見ないといったお金に無頓着な人もたくさんいます。ただ私は『面倒くさい』タイプの人間で、おかしいと思ったら確かめずにはいられないのです」

調べようとしても、就業規則は非常に見つけづらく、賃金表はいくら検索しても出てこない。人事に問い合わせると、医師の時間外手当は週40時間分と上限が定められ、それ以上は支給されていなかった。若手医師の給与水準も低く、地域の同業者からは「岡山最低会病院」と揶揄されていたという。

「これでは優秀な若手を集めることはできません。一方で50代以上は急激に年功カーブが上がるため、年齢層の高い医師の割合が高くなっていた。年齢の高い医師は救急医療を担わないため、常勤医師の数に対して救急車の受け入れ台数が相対的に低い状態が続いていました」

看護師などのコ・メディカルの残業申請も、非常に認められづらかったという。例えば看護師が、準備のために始業前から働いても「自主的な活動」とされ、時間外労働とは見なされなかった。

「コ・メディカルは、医師よりも給与水準が低い。医師は『最低会』の水準でも生活はできますが、他の職種の人たちが不利益を被り続けるのは、彼らの生活に関わる、という思いもありました」

まかり通った違法行為 是正の動きに思わぬ反発も

安積さんは組合長になると、まず経営側に対して就業規則と給与規定の開示を求めた。その上で経営状況を把握するため、連結決算やキャッシュフロー計算書などを読み込み、未払い残業代の算定と回収に乗り出した。

それまで経営側は、一部施設の収支しか公表しておらず、従業員も経営側の「赤字ぎりぎりだ」といった説明をうのみにしていたが「調べてみると、内部留保が100億円以上も積み上がっていたのです」。

そこで賃金請求権のある3年前までさかのぼり、組合員のサービス残業や「名ばかり管理職」になっていた看護師らの残業時間を算出。未払い分計19億円を回収した。

病院では未払い賃金以外にも、多くの違法行為がまかり通っていた。例えば試用期間中の職員は「見習い」だからと夜勤手当が半額に減らされており、一部職員の手当を時給換算すると、最低賃金を下回っていた。大卒女性の初任給は大卒男子より低く設定され、出産に伴い夜勤ができなくなった看護師は、常勤から契約職員への転換を強いられていた。

「ジェンダーによる賃金格差も、出産を理由とした不利益変更も明らかに違法です。しかし長年慣行的に続けられていたことで、本人たちすらそれらを当たり前のこととして受け入れていました」

経営側に是正を求めたところ、ベテラン看護師や各診療科の部長クラスら、ミドルシニアの職員から大きな反発が上がった。

「カネが入らなければ目の前の困っている人に対応しないなんて、それでも医療人か」

「私たちが若いころは、勉強のため残業代が出なくても働いた」「赤ん坊をおぶって、患者さんのおむつを替えたこともある」

「夜勤ができない人も常勤でいられるなら、誰も夜勤に入らなくなってしまう」

「未熟な新人に同じ夜勤手当を支払ったら、中堅はばかばかしくなって辞めてしまう」

安積さんはこれらの意見について、「病院側は長い間、医療人のマネーリテラシーの低さに付け込み、やりがい搾取や違法行為を続けてきました。その結果、ミドルシニア層の『当たり前』は、法律や時代の変化とは大きく乖離してしまったのです」と振り返る。

「人件費を抑えた」誇らしげに話す事務方トップ それが経営努力か

同病院はなぜ「最低会病院」と言われるほどの劣悪な労働環境に陥ったのか。安積氏は入局して数年後、事務方トップが従業員へのあいさつで、誇らしげにこう語るのを聞いている。

「当病院は、総売り上げに占める人件費の割合を常に49%以下に抑えている。このため他の病院に比べて、経営は非常にうまくいっている」

それって職員の前で「あなたたちの賃金は、低ければ低いほどいい」と言っているのと同じじゃないか―。安積さんは強い憤りを感じた。

「経営努力とは人件費の抑制ではなく、時間外労働を把握して業務を効率化し、残業をなくすことです。支払うべき残業代を免れる仕組みを作ってきたからこそ、業務改善のインセンティブが生まれず、手で帳簿をつけるような非効率な手法も続けられてきました」

「いかに搾取するか」に心を砕く経営陣を、従業員が信じられるわけはない。病院が行った職員の満足度調査アンケートで、従業員の75%が経営陣を信頼していない、との結果が出た。組合は、経営陣の刷新と組織の新陳代謝を求める署名活動を展開し、全従業員1600人の過半を超える900筆を集めた。これを受けて経営陣の一部が退陣し「団体交渉でもかなり建設的な話ができるようになりました」。

今では経営側も、看護師による検温・血圧測定の結果を電子カルテに自動入力する仕組みの導入を予定するなど、少しずつ効率化も始まったという。また安積さんは形成外科主任医長だが、手術の台帳管理や写真の整理を自動化するなど、自分の職場ではデジタルツールを積極的に活用している。

「デジタル技術で業務は大幅に効率化できるので、できる限り取り入れようとしています。私の職場のスタッフは午後6時か7時くらいには帰宅できていますが、私は帰宅後、組合の仕事をするので家族に怒られています(笑)」

「専門家の公式見解」を求め、自治労へ加盟

安積さんにとって、労使交渉を進める上での悩みは、「プロ」の助けを得づらいことだった。

「法律の専門家でない私が『それは名ばかり管理職です』などと主張しても『持ち帰って真偽を調べる』と回答され、交渉が進まない。社会保険労務士や弁護士の公式見解を聞きたいと思っても、なかなか相談先が見つかりませんでした」

労働組合の側に立つ社会保険労務士を探すうちに、社労士であり自治労岡山県本部の組織拡大専門員でもある森本美保子さんと知り合い、自治労への加盟を決断した。今年2月には、経営側と交渉して空き病室を組合の部屋として借り受け、自治労から組合経験の豊富な木村一郎さんらを紹介してもらって書記に迎えた。

「専門家の見解を得やすくなっただけでなく、自治労という『労働運動のプロ』に労使交渉や組織運営について相談できるようになったことも、大きな助けになっています」

木村一郎さん。連合岡山では、副事務局長、アドバイザーを務めていた。現在は、岡山済生会総合病院従業員組合の書記として、同組合を支えている。

組合長としての安積さんの任期は、今年8月末で終了する。これまでは経営側と鋭く対峙する場面も多かったが「役員交代を機に労使が協調し、働きやすい職場の実現に取り組むステージに入れれば」と期待する。

安積さんが、経営側に対して強くモノを言えるのは「信任投票ではなくあえて選挙をしてもらって、過半の投票を得て就任したからでもある」という。自治労への加盟に伴い組合費の値上げも必要になったが、動画配信などを駆使し説明を尽くしたうえで「自分たちで選んだ組合長の判断ならば」と、組合員の合意を得ることができた。

最後に安積さんは、労働組合の意義について次のように語った。

「一人の医療人が『おかしい』と声を上げても、1000人規模の組織の中では埋もれてしまいがちです。組織の『おかしさ』を是正し、病院と労働者の双方にとってフェアな環境を作るには、労働者が集まって経営者へ働きかける必要があるのです」

(執筆:有馬知子)

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