特集記事

未来を担う子どもたちのために

2020年春の全国一斉休校から2年。新型コロナウイルス感染症の収束はいまだ見通せず、学校行事や部活動の中止・縮小、オンライン授業、黙食などが日常化し、子どもたちの生活は一変した。家庭でも、親の在宅勤務で親子の時間が増える一方、ストレスを溜め込む子どもも増えている。コロナ禍以前から、いじめや不登校、子どもの貧困などが深刻な社会問題となっていたが、そこにコロナ禍が追い打ちをかけた。孤立を 深める子どもが増え、児童虐待も深刻化している。
子ども・子育て支援は未来への希望につながるとともに、子どもの笑顔は社会の健全さを示すバロメーターとも言われる。未来を担う子どもたちのために、今、何をしなければならないのか。貧困の連鎖を断ち切るために「無料学習支援」に長く取り組んでいる、認定NPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長と芳野友子連合会長が語り合った(月刊連合2022年4月号転載)。

プロフィール

芳野 友子 
連合会長

渡辺 由美子 わたなべ・ゆみこ
認定NPO法人キッズドア理事長
千葉大学工学部卒。大手百貨店、出版社を経てフリーのマーケティングプランナーとして活躍。配偶者の転勤に伴い1年間英国で生活し「社会全体で子どもを育てる」ことを体験。2007年任意団体キッズドアを立ち上げ、2009年特定非営利活動法人(NPO)設立。日本のすべての子どもが夢と希望を持てる社会をめざし、活動を広げている。内閣府「子供の貧困対策に関する有識者会議」構成員、厚生労働省「社会保障審議会(生活困窮者自立支援及び生活保護部会)」委員、一般社団法人全国子どもの貧困・教育支援団体協議会副代表理事などを務めている。著書に『子どもの貧困 未来へつなぐためにできること』(水曜社)。

認定NPO法人キッズドア
貧困家庭の小学生から高校生世代の子どもたちを対象に、無料の学習支援を東京とその近郊、及び宮城で行っている。2020年度は約1500人の子ども、及び学生や社会人のボランティア約750名が参加。子どもへの学習支援や居場所運営に加え、2020年より新型コロナ感染症の影響を受けた全国の困窮子育て家庭への支援を開始し、情報・物資(文房具や食料等)・就労の支援にも乗り出している。

子どもを取り巻く現状

コロナ禍でストレスを溜め込む子どもたち

【進行】小林司
    連合生活福祉局局長

−子どもや若者を取り巻く現状をどう見ていますか。

渡辺:コロナ禍の影響として、第1に、家計収入が減少し、生活が不安定化する子育て家庭が増えています。特にキッズドアが支援する子どもたちの親は、多くが非正規雇用のワーキングプア。コロナ禍の前からギリギリの収入で頑張ってきたけれど、休校や休園で仕事を休まざるをえなくなって収入が激減。お米も買えなくて、親は1日1食にしているという話も聞いています。キッズドアでは、食料支援も行っていますが、子どもたちのお礼のハガキには「食品を送ってくれてお母さんが笑顔になりました」「給食費を無償にしてください。お母さんが大変です」と母親を気づかう言葉が増えています。
第2は、休校やオンライン授業による勉強の遅れや学力格差の拡大、不登校の増加です。すでに2年以上が経過し、長期化は確実にメンタルの悪化を引き起こしていて、心配な状況です。

芳野:本当に心配です。コロナ禍は、立場の弱い人たちを直撃しています。非正規雇用で働く労働者の7割は女性ですが、特にコロナ禍で打撃を受けた飲食・宿泊や小売などのサービス業は非正規雇用で働く女性が多い。連合としても、女性やひとり親がおかれた状況を把握し、具体的な支援を考えていきたいと思います。
また、子どもは家計や親の働き方に敏感で、コロナ禍の長期化で子どもなりにストレスを溜めている。学校行事や校外学習が縮小され、給食は黙食になり、子ども同士が関わり成長していくという日常が奪われている。あるいはステイホームも、大人が思う以上に子どもにはストレスです。在宅勤務中の家族といることが子どものストレスになっていることもあると聞きます。こうした状況が、子どもたちの成長過程にどう影響し、どういう弊害が出てくるのか、すごく気がかりです。

渡辺:おっしゃる通りです。学校や地域での体験活動がなくなって、家庭でリカバリーできればいいのですが、できない環境の子どもたちも少なくありません。日本は「公平」を重視するあまり、社会全体で子どもを守り、育てるという発想が乏しい。子どもや子どものいる家庭を優先する目配りがあってもいいと思います。

自殺、不登校、児童虐待は過去最多

芳野:連合が昨年12月に実施した「Z世代が考える社会を良くするための社会運動調査」では、Z世代の約9割が社会課題に関心を持ち、「いじめ」がトップ。そのほか「ジェンダーにもとづく差別」「自殺」「児童虐待」に高い関心が示されました。データを見ても、いじめの認知件数は2014年から右肩上がりで、2019年には61万2496人と過去最多。また、2020年の児童生徒の自殺件数は415人、不登校児童生徒数は19万6127人、児童虐待相談対応件数は20万5029件と、いずれも過去最多です。2‌02‌0年以降はコロナ禍による家計圧迫やストレスが背景にあると思われます。いじめや虐待、貧困などを早期に把握し、適切に対応するためにも、すべての学校へのスクールカウンセラーやソーシャルワーカーの常勤配置、児童相談所の体制強化などが必要だと思います。

渡辺:最も関心が高い課題が「いじめ」だというのは、心が痛いですね。それだけ問題が深刻なのだと思います。また、子どもの死因の1位が自殺という状況を放置せず、その問題の重さを大人はもっと受けとめなければならないと思います。
子どもの権利条約にもとづいて「子ども基本法」を策定し、子どもの立場で子どもの権利を守る「子どもコミッショナー」の制度化を求める動きがありますが、ぜひ実現してほしいと思います。
家庭や学校が安心できる場所ではない子どもたちがいることは、紛れもない事実です。キッズドアの居場所型学習会では、家庭でも学校でもない第三の居場所として子どもたちが安心できる場を提供しています。そういう場がもっと増えるといいと思うのですが、国や自治体の財政難が壁になっているんです。

今、求められる子ども・子育て支援

貧困の連鎖を止める学習支援

−−キッズドアの活動や、その現場から見えてきた、求められる子どもへの支援策とは?

渡辺:私が学習支援を行うキッズドアを始めたのは、1年間のイギリスでの子育て経験がきっかけでした。「子育てってものすごくお金がかかる」と思っていたのですが、イギリスでは子育てや教育にかかる費用は社会が負担し、保護者に過度の負担をかけない仕組みになっていて驚きました。帰国すると、日本では親の経済力が子どもの進路を左右している。家庭環境のせいで将来への希望を失ったり、不登校になる子どもたちを身近に見て、何とかしなければと思ったんです。親の収入が少ないと十分な教育が受けられず、進学や就職で不利になり、次の世代へと貧困が連鎖していく。この連鎖を止めたいと、学習支援を始めました。東京と仙台などで、無料の学習会に加えて、食事も提供しながら生活全般のサポートも行う居場所事業も実施しています。現在、感染対策を講じながらすべての居場所を開所しています。対面とオンラインのハイブリッド型にしているところもあります。コロナ禍が始まった頃はインターネット環境がない家庭も多くて試行錯誤しましたが、PCやタブレット、WiFiルーターを貸し出すなどして対応しています。

芳野:学習支援は、貧困の連鎖を断ち切る重要なカギであると思いますし、そのような活動に長年取り組まれていることに心から敬意を表します。行政の支援を見ると、生活困窮者自立支援法にもとづく「子どもの学習・生活支援事業」の実施率は2020年度で6割強にとどまっています。

渡辺:必要としている子どもに支援が届いていないことは大きな問題ですね。子どもへの直接的支援として強化してほしいのは、ICT教育です。2019年に文部科学省が「GIGAスクール構想」として、児童生徒に1人1台の端末を配布することをはじめ、教育におけるICT環境を整備する政策を打ち出しました。コロナ禍でオンライン授業の導入が急がれる中、対応が早められましたが、残念ながら子どもが自分の端末を自由に使うような状況にはなっていません。学校から送られた授業動画を見るために、コンビニに行って無料WiFiにつないで見せているお母さんがいましたし、模試の会場が制限され、オンラインで受験するためにパソコンを借りたいという相談もあります。無料の動画教材もたくさんあるのだからWiFiを入れる費用くらい工面してはと思われるかもしれませんが、光熱費や家賃を滞納し、明日食べるお米も買えない家庭もあるのです。これからの時代、ICTのスキルでその後の将来が大きく変わってしまいます。高校を卒業して、アルバイトなどの非正規雇用で働き始め、パソコンもできないまま社会に出るケースも多いと思います。転職しようにも、エントリーシートも書けなくて不利益が重なっていってしまいます。どんな子どもにも、インターネットやパソコンが使える環境の整備と、必要なスキルが身に付けられる手厚い支援を進めてほしいと思います。
また、大学に通うための奨学金はありますが、受験するのにもお金がかかります。大学入試センターの共通テストは3教科以上ですと1万8000円、私立大学は約3万5000円。バイト代を少しずつ貯めて受験料を自分で払っている高校生がたくさんいます。こうした現状への対策も必要です。

子育てはペナルティなのか

−子育てに対する支援策については?

渡辺:日本は、子育て家庭に対する再分配があまりにも少なすぎます。児童手当は、0~3歳児は1万5000円、以降は月1万円で、15歳で終了。この児童手当には所得制限もあって、年収960万円以上で減額、主たる生計維持者の所得が年収1200万円以上は支給停止。ですが、誰にとっても子育ては大変で費用もかかるということをわかっていただきたいと思っています。所得を問わず支援していかないと、子育てがペナルティのようになってしまいます。社会全体で子どもを育てるという意味で、直接的な現金給付を増やしたり、廃止された年少扶養控除を復活するなど、子育て世帯の家計を安定させることは非常に重要だと思います。
保護者の教育費負担の軽減も急務ですね。日本の公的教育支出は先進国で最低の水準。子どもが3人もいたら、平均的な所得の家庭でも教育費に頭を抱えることになります。子どもがいることで幸せを感じられるような支援をしていかないと、少子化がさらに進行してしまいます。今、若者の間で「親ガチャ」という言葉が使われていますよね。親にアタリとハズレがあって、ハズレたらそこから抜け出せない。こんな状況を放置してはいけないと思います。

芳野:同感です。子どもは育ちの場を選ぶことができませんし、「保護者だけでは子育ては困難」という前提で、子ども・子育てを社会全体で支えていく環境の整備は急務です。
子育て世帯の家計を安定させるためにも、働く人たちの賃金・処遇の引き上げに取り組まなければと思っています。日本の賃金水準は、1997年をピークに低迷し、すでに先進国で下位の水準です。雇用形態間の格差も大きい。連合は、春季生活闘争において、賃金引き上げと雇用形態間の格差是正を方針に掲げ、働きの価値に見合った処遇の実現に取り組んでいます。あわせて、政策として、税や社会保障による所得再分配の強化、保育や教育に関わる費用の無償化なども求めています。

渡辺:女性の稼ぐ力が弱いことは大きな課題です。ひとり親で頑張っていても、時給が低いことでダブルワークやトリプルワークになって、家事・育児にも影響してしまう。また、女性の賃金水準が低い背景には、配偶者控除制度などの政策も関係しているのではないでしょうか。女性も男性も働いて、税や社会保険料を納め、必要な給付を受けるという仕組みにしていかないと、女性の賃金は上がらないと思います。

芳野:そこは重要です。困っている世帯に対しては、経済的支援、就労支援、食事支援、生活支援、学習支援などを包括的に行うことが必要です。また子育てが孤立しないよう、妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援が行われるようにすることも重要です。連合は、47都道府県に地方連合会、地域協議会があって、地域における政策要請も行っていますので、地域の実情に応じた具体的な支援を求めていきたいと思います。

渡辺:連合の地域での取り組みは心強いです。児童虐待の根絶も大きな課題ですね。

芳野:連合は、民法の懲戒権規定が、しつけと称した虐待を正当化する口実として利用されているとの指摘もあって、審議会でその見直しと体罰禁止の法制化を求めてきました。すでに民法改正法案要綱はまとまりましたので、法案の国会早期提出と成立を求めて働きかけていきたいと思います。

渡辺:連合が子ども虐待防止のオレンジリボン運動も継続していらっしゃることは大きな力になっていると思います。今国会では、「子どもコミッショナー」の制度化は見送られてしまいましたし、「こども家庭庁」の名称については、当初の「こども庁」という名称からなぜ急に変更されることになったのか気がかりです。これからの時代に相応しい子ども・子育て支援の政策が進められるよう、今後も連合とは連携を深めていけたらと思います。

芳野:ぜひお願いいたします。政府が「こどもまんなか社会を目指す」と打ち出したのは一歩前進だと受けとめていますが、「こども家庭庁」の名称変更には同じ疑問を抱いています。本当の意味で、子どもの最善の利益が優先されるよう、政府への働きかけを強めていきたいと思います。

社会全体で子どもや子育て家庭を支えていくために

−連合に期待することは?

渡辺:政策面のことですが、国の支援策を見ると、ほとんどが企業目線なんですね。例えば「小学校休業等対応助成金」は、勤め先の企業が申請する仕組みです。でも、手続きが煩雑で利用を求めても拒否されたというケースも多いのです。飲食店などへの時短協力金は迅速に給付されるのに、子育て世帯への手当はなかなか決まらない。企業や事業者の支援が優先され、働く人たちへの直接的な支援は乏しい。私は、わずかばかりの支援があれば生活を立て直せたのに、健康を害して働けなくなった親御さんをたくさん見てきました。そこに迅速に届く支援があったらと思わずにはいられません。
本来、子どもを育てている時は、人生でいちばん楽しい時であるはずなのに、今の日本は、子どもを持つことが「産み損」と言われるような辛いことになっています。男性も女性も、子どもを育てながら働くことが普通になり、家庭も仕事も一緒に担っていける社会にしていかなければと思います。

芳野:大変重要なご指摘です。これからの時代、未来を担う子どもや子育て世帯が、社会から孤立することのないよう、地域等に居場所がある社会、子どもや子育てを社会全体で支えていくという意識が当たり前になっている社会にしていくことが必要ですね。また、子育てや家事が依然として女性に偏っているという声も連合には多く届いていて、性別役割分担意識の根強さも痛感しています。子ども・子育てに対する職場や地域の理解、ジェンダーバイアスといった課題に対して、これまで以上に取り組んでいきたいと思います。
地域においても、子育てに優しいまちづくり、職場環境づくりへの取り組みを進めていきたいと思います。その一環として、地域に根ざした顔の見える運動を掲げて、労福協、労働金庫、こくみん共済coopと連携してライフサポートセンターを設置し、子育て・生活相談などに取り組んでいます。また、労働組合や地域のNPO等による「支え合い・助け合い」活動の支援先を連合ホームページの「ゆにふぁんマップ」に掲載していますので、連携強化に役立てていただければと思います。

渡辺:キッズドアでは、全国で子どもの学習支援を行う団体を応援しようと研修事業をスタートさせました。すでに全国多数の団体とつながっていますので、連合の地域の拠点ともうまく連携できればいいですね。

−本日は、ありがとうございました。

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