ユニオンヒストリー

[5]労働審判制度
泣き寝入りする労働者をなくすために
迅速な個別労働紛争解決制度を

シリーズ第5回で取り上げるのは「労働審判制度」。2006年4月にスタートして17年余。2020年の申立て件数は3907件と過去最高を記録。迅速で納得性の高い個別労働紛争解決システムとして定着し、労使が推薦する労働審判員が多数活躍している。
この制度の創設が議論されたのは、厚生労働省の審議会ではなく、内閣府の司法制度改革審議会と、その「意見書」にもとづいて設置された司法制度改革推進本部・労働検討会だった。当時を知る人々は、そこに参画した髙木剛連合副会長(当時・のちに連合会長)の粘り強い働きかけがあったからこそ、実現に至ったと証言する。
どういう背景や問題意識の中で労働審判制度が具体化されていったのか。連合はどういうスタンスで実現をめざしたのか。歴史を振り返ってみよう。

限りなく「裁判」に近い、「使える」制度ができた

月刊連合2004年8月号は「『泣き寝入りにノー!』の枠組みはできた。つぎは実効性へむけた大仕事と格闘だ!」と、同年4月の労働審判法成立を興奮気味に伝えている。
この時、新設された「労働審判制度」とはどういうものか。最高裁判所発行のパンフレットにはこう記されている。

労働審判官(裁判官)と労働関係の専門家である労働審判員2名で組織された労働審判委員会が、個別労働紛争を、原則3回以内の期日で審理し、適宜調停を試み、調停がまとまらなければ、事案の実情に応じた柔軟な解決を図るための判断(労働審判)を行うという紛争解決制度です。労働審判に対する異議申立てがあれば、訴訟に移行します。

補足すると、手続きは、当事者が書面により地方裁判所に労働審判の申立てをすることで始まり、相手方の意向にかかわらず進行する。労働審判員は、労使それぞれの代表という立場ではなく、中立・公正な立場で審理・判断を行う。

連合は、これを「限りなく『裁判』に近い、『使える』制度ができた」と高く評価したが、なぜ新たな紛争解決制度を求めることになったのか。

増加する個別労働紛争、泣き寝入りする労働者

発端は、1999年7月、内閣に司法制度改革審議会が設置されたことだった。
目的は、21世紀に向けて、社会の複雑・多様化、国際化、規制緩和による「事前規制型」から「事後監視・救済型」への移行などの変化に対応するために「司法の機能を充実強化し、国民が身近に利用することができ、社会の法的ニーズに的確に応えることができる司法制度を構築していく」こと。

従来の法務省の司法制度に関する審議会は、ほぼ法曹関係者のみが委員を務めていたが、司法制度改革審議会には、「国民に身近な司法を実現する」との観点から、経営者団体、労働組合、消費者団体の代表などが参画。労働界を代表して審議に参加した髙木剛連合副会長(当時)は、どんな問題意識を持っていたのか。

月刊連合2001年8月号

司法制度改革は、法曹関係者だけで進めたらブラックボックスになる。広く国民の代表が参加してものを言わないと変われない。よって、今回の司法制度改革には、労働組合というより国民代表というスタンスで参加した。
現行の司法制度は、敷居が高く、使い勝手も悪い。弁護士の数も、裁判官も、検察官も足りないし、費用も時間もかかる。『裁判沙汰』という言葉があって、裁判に訴えるのは良いことではないという意識がすり込まれている。多くの国民は、紛争解決を司法に求めることができず、泣き寝入りを余儀なくされている。
(月刊連合2001年8月号記事より再構成)

特に「泣き寝入り」を余儀なくされていたのは個別労働紛争だった。バブル崩壊後、経済の低迷が続く中で、解雇や雇い止め、賃金・退職金の未払いなどの労働相談が急増していた。行政機関のあっせんや労働組合を通じた交渉が不調に終わった場合、裁判に訴えることができるが、例えば「未払い賃金額が20万円」という場合、裁判費用のほうが高くなる可能性がある。泣き寝入りせざるをえない労働者が多数存在した。

当初、司法制度改革審議会における労働事件への関心は乏しかったという。しかし髙木委員は「これからは個別労働紛争が増える。現在、労働相談は100万件を超えているのに裁判に係属するのはわずか2000件に過ぎない。それは日本の裁判所が使いにくいからであり、労働事件は民事司法の大きな課題だ」と繰り返し強く訴えた。

そして1999年11月の「論点整理」において、知的財産権訴訟や医療過誤訴訟と並んで労働関係訴訟を「専門的知見を要する事件」として扱うことを確認させたのだ。

2001年6月に出された司法制度改革審議会の「意見書」には、裁判員制度の導入や司法試験制度改革などとあわせて、労働関係事件への総合的な対応強化として「雇用・労使関係に関する専 門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否、労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否」などが盛り込まれた。これが労働審判制度創設への大きな一歩となった。

髙木剛元連合会長

労働審判制度は労使関係システムの1つ

「意見書」を受けて「3年以内を目途に関連法案の成立をめざす」ことが閣議決定され、2001年12月、司法制度改革推進本部が発足。労働関係事件への総合的な対応強化を課題とする労働検討会のほか、裁判員制度・刑事、法曹養成、知的財産訴訟など計11の検討会が設置され、具体的な議論が進められた。

なぜ、「労働関係事件固有の訴訟手続き」が必要なのか。
「連合司法制度改革懇談会」のアドバイザーを務めた毛塚勝利専修大学教授(当時)は、「意見書」を画期的と評価した上で、こう解説している。

月刊連合2001年8月号

労働関係は厚生労働省の管轄ということもあり、法務省や裁判所は、これまで労働事件にあまり関心がなかった。一方、労働組合も労働委員会の拡充・個別紛争処理機能の整備は提案していたが、裁判所には関心をもってこなかった。
しかし、雇用管理の多様化と個別化が進む中で、個別労働紛争処理のニーズは今後ますます高まっていく。ドイツやフランスなどでは、労働事件に求められる簡易さや迅速性、労使の非対等性に配慮した労働参審制(訴訟手続きに労使関係の専門家が参画する制度)が整備され、労使の代表が加わって紛争解決にあたっている。
ドイツでは年間60万件、フランスでは20万件の労働事件が裁判所に係属するが、日本はわずか2000件足らず。日本では労働事件固有の制度が整備されてこなかったからだ。
個別紛争処理とは労使関係システムの一部であり、労働組合はその社会的機能の拡充をはかる観点から、労働参審制など固有の制度の整備に取り組む必要がある。連合が司法制度改革に正面から向き合い、新たな仕組みづくりに取り組むことは、新しい運動にもつながるだろう。
(月刊連合2001年8月号記事より再構成)

司法制度改革における最大の「ヒット商品」に成長

2007年9月28日シンポジウム「労働審判制度の課題と展望」

髙木剛連合副会長(当時)は、労働検討会にも参画し、強く労働参審制導入を求めた。「それは、労働事件解決の迅速性・納得性という要請に寄与し、主権在民の国民的基盤をつくるという司法制度改革の目的にも合致している。また、裁判に労使の関係者が加わることで、現場の感覚を裁判所に伝えることができる」と。

検討会で争点になったのは、「調停」か「裁判」か。使用者側は、調停をベースにした制度を求めたが、労働側は当事者の一方が応じなければ開始できない調停では実効性に欠けると主張。ここは譲れない一線だった。

26回に及ぶ検討を経て、2003年8月、「裁判所における個別労働関係事件についての簡易迅速な紛争解決手続きとして、労働調停制度を基礎としつつ、裁判官と雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者が当該事件について審理し、合議により、権利義務関係を踏まえつつ事件の内容に即した解決案を決するものとする、新しい制度(「労働審判制度」と仮称)を導入してはどうか」とする「中間まとめ」が提出された。

連合は、より裁判に近い労働審判制の実現に向けさらに働きかけを強め、最終的に現行制度の内容で合意を取り付けた。労働審判法は2004年通常国会で成立、2006年4月に施行された。

1999年10月に連合本部労働法制対策局に着任し、司法制度改革の担当として審議会・検討会の議論の場に同席してきた長谷川裕子元総合労働局長はこう証言する。

労働審判制は、誰に何と言われようが、髙木剛元連合会長がつくった制度。粘り強く「労働事件の解決には専門的な知識経験をもった労使の参加が必要だ」と訴え、司法制度改革推進本部に労働検討会を設置させた。
髙木元会長は、裁判員制度導入にも賛意を示し積極的に発言していた。その髙木さんが労働事件固有の手続きをつくれというのだから、話を聞こうという流れもあったのかなと思います。

連合は、審議会に参画するにあたって懇談会を設置。ヨーロッパの労働裁判制度に詳しい毛塚勝利専修大学教授(当時)や日本労働弁護団の先生方にアドバイザーをお願いし、髙木元会長も私たち事務局もみっちり勉強しました。
日本労働弁護団は、ヨーロッパに調査団も派遣し報告書をまとめていた。私自身も調査に参加する機会があり、その仕組みや実態を知る中で、労働参審制は絶対必要だと確信をもって進むことができました。

司法制度改革として24本の関連法案が成立しました。その中でも、「労働審判制」は迅速で納得性の高い紛争解決システムとして定着し、司法制度改革の最大の「ヒット商品」と言われています。その誕生の背景には労働組合が仕掛けた熱い攻防があったことをぜひ知ってほしいと思います。

(執筆:落合けい)

◆証言
長谷川裕子 元連合総合労働局長
(はせがわ ゆうこ)
宮城県生まれ。1974年郵政省採用。全逓中央本部婦人部長、同中央執行委員を経て、1999年連合本部へ。労働法制局長、雇用法制対策局長、総合労働局長を務める。
2009年連合参与。中央労働委員会委員、労働保険審議会参与等を歴任。

◆参考文献・資料
濱口桂一郎(2018)『日本の労働法政策』労働政策研究・研修機構
『ご存じですか?労働審判制度』(最高裁判所)https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2022/roudou/roudoushinpan.pdf

[WEBサイト]
裁判所 労働審判手続
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_minzi/roudousinpan/index.html
労働審判員連絡協議会
https://roudoushinpanin.org/info/about-council/
『月刊連合』2001年8月号
『月刊連合』2003年5月号
『月刊連合』2003年9月号
『月刊連合』2004年8月号

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