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エッセイ・イラスト

今どきネタ、時々昔話
第9回 授業料(教育)無償化

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「わーちゃん(@wahchanchan)」をご存知だろうか。
動画投稿サイトで大人気の2歳児だ。パパとカカ(ママのことをカカと呼ぶ)と3人暮らしで、保育園に通っている。

去年の秋頃、家庭内Z世代男子(以下、Z男子)が「ねえ、ねえ、見て。かわいいんだよ」とスマホを差し出した。わーちゃんが、絵本『パンどろぼう』のコッペパンを指さしながら、「ペコ、ペコ…」とちゃんと発音できない自分に笑ってしまうという動画で、思わず一緒に笑ってしまった。
バナナが大好きで「バナナ、キター」と大興奮の「バナサプ」動画が売りなのに、バナナを輪切りにして載せたバナナトーストは「苦手よ」と言って断固食べようとしない。「いちばん好きな動物は?」とパパにマイクを向けられると「カカが好きでーす」と即答。両親が言い争いそうになると「パパ、カカ、止めて!」と制する。

子育ての日常の一コマだが、「幸せ」のお裾分けをしてもらっているようで、日々、その成長を見守らずにはいられなくなってしまった。

きょうだいが2人以上生まれれば…

そんな中、ホットな話題になっているのが「授業料(教育)無償化」だ。

12月22日には、政府が「こども未来戦略」を閣議決定したが、これには「2025年度から3人以上の子どもがいる世帯の子どもの大学授業料を無償化する」との方針が盛り込まれた。

年が明けて1月6日には、東京都が、都立・私立ともに高校授業料の負担軽減策の所得制限を撤廃して実質無償化を実現し、都立大学の授業料無償化の所得制限も撤廃すると発表した。

さて、わーちゃん(2歳)が高校生や大学生になる頃、その授業料はどうなっているのだろうか。わーちゃんが東京都に在住し、きょうだいが2人以上生まれれば、高校も大学も授業料は無償になるかもしれない。でも、住んでいるところやきょうだいの数で差がある「授業料無償化」ってどうなんだろうとも思う。

民主党政権のマニフェスト

月刊連合2013年12月号
[「910万円」所得制限導入に反対し、高校授業料無償制度をみんなで守ろう!]

これは、10年以上前の月刊連合の記事。[ちょっと待った! 校内「格差」持ち込み]というプラカードも掲げられている。

実は、高校授業料無償制度には元々所得制限はなかった(2010年度〜2013年度)。児童手当(子ども手当)にも所得制限がない時期があった。だから、当時を知る身としては、「所得制限撤廃」が現在の少子化対策の目玉とされていることには割り切れない思いが拭えない。

昔話で恐縮だが、過去の経緯を知らない世代も増えていると思うので、改めて書いておきたい。

2000年代、若い世代で非正規雇用が急増し、「勝ち組・負け組」という言葉に象徴されるような格差や貧困が拡大していったが、すべて自己責任だと突き放された。

子育ても自己責任。賃金は上がらないのに、教育費は高騰。大学まですべて公立でも1000万円以上、大学から私立だと1500万〜2000万円などといった試算がいろんな雑誌に掲載され、母親が働いて教育費を稼ぎましょうなんていうアドバイスが添えられていた。

当時、家庭内Z世代女子&男子は公立小学校に通っていたが、こんなにお金がかかるんだと、私は震え上がった。
だから、民主党(当時)が2009年の総選挙で「子ども手当 月額2万6000円、高校授業料無償化」をマニフェストに掲げた時、「ホントにそんなことできるの?」と思いつつも、希望を託したパパ&ママはたくさんいたのだと思う。

少子化対策から子ども・子育て政策への転換

月刊連合2010年3月号

子ども手当にも高校授業料無償化にも所得制限はなかった。それにはどんな意味があったのか。月刊連合2010年3月号は[希望と安心の社会にむけて どうする ニッポンの「子ども・子育て政策]という特集を組み、背景をこう解説している。

もともと日本の子育て支援策は貧弱だった。長期雇用・年功賃金を柱とする企業福祉と家庭内保育がセットで子育て費用をカバーしてきた。ところが、この10年で賃金水準は7.6%も下落し、平均世帯所得は100万円以上減少した。家族手当などの企業内福利厚生は縮小され、さらにその適用対象外とされる非正規労働者が急増した。子育て・教育にかかる支出は重い負担になっていくが、政策上の経済的支援は税制上の扶養控除と所得制限付の児童手当。「子どもの貧困」「教育格差」が広がり始め、2008年秋のリーマンショックはそれに追討ちをかけた。

民主党政権の「子ども・子育てビジョン」のとりまとめにあたった泉健太内閣府大臣政務官(当時)は、「少子化対策から子ども・子育て政策への転換」という意義を強調。

「子どもを大切にする」というチルドレン・ファーストを大きく掲げた。これまで子育ては家族が担うものとされてきたが、…… 子どもは社会の希望であり、未来の力だ。ならば、社会全体で子どもと子育てを応援する社会をつくっていこうと。

しかし、野党・自民党は、これを「バラマキ」だと執拗に口汚く批判した。
あの時、「すべての子どもの育ちを社会で支える」という政策の意義をもっときちんと訴えることができなかったのだろうかと、悔やまれてならない。

「中退者が半減」という効果も出ていたのに

2012年12月の解散総選挙で自民党が圧勝し、第2次安倍内閣が発足。安倍首相は、子ども手当と高校授業料無償化の早期見直しを指示した。
その経緯を取材したのが、前掲の2013年12月号の記事だ。

2010年度から実施された高校授業料無償制度は、3年半で「中退者が半減」という効果も出ていた。ところが、自公政権は「年収910万円を基準とする所得制限」を導入する法案を2013年の臨時国会に提出した。

導入反対の取り組みを展開した日教組の成田恭子組織労働局高校センター事務局長(当時)は、その理由をこう訴えた。

自民党は、政権復帰後、「民主党政権の成果」と言われる政策をことごとく覆そうという動きを強めている。とはいえ、無償制度は、実施から3年が経過し、中退者が減った、アルバイトをしないですむ生徒が増えた、授業料の督促をしなくてもよくなり、子どもの気持ちが和らいだなどの目に見える効果が出ている。(中略)
政府は「低所得世帯の生徒に対するいっそうの支援」というが、高校授業料無償制度は、低所得者対策ではなく「教育保障」だ。(中略)
学校現場から言えば、学校内に保護者の所得による格差が持ち込まれることは大きな問題だ。同じ教室に授業料を払う生徒と払わない生徒がいる状態は、子どもたちの気持ちに微妙な影を落とすことになりかねない。またその手続きも複雑で保護者や学校の負担が大きい。

しかし、「910万円の所得制限」は導入され、子ども手当も見直された。
そんな経緯があったものだから、岸田内閣の異次元の少子化対策の目玉として児童手当の「所得制限撤廃」が打ち出された時は、心底驚いた。「高校授業料無償化」も、10年を経て再び所得制限撤廃に動き出したことは感慨深い。

今や、りっぱな納税者

子どもはあっというまに大きくなる。制度の狭間に高校生活を送ったZ女子も、今や所得税も住民税も社会保険料も納める、りっぱな納税者だ。Z男子もバイト代をほぼ全額消費につぎ込んでいる。子ども支援は未来への投資だということを実感する。

1月8日の成人の日、朝の情報番組『DayDay.』(日本テレビ)で「今どきの新成人  関心がある政治・経済・社会のニュース」が紹介されていた。
1.少子化対策(43.0%)2.働き方改革・女性活躍推進(37.4%)、3.教育改革・子育て支援(35.6%)。

これは、頼もしいことだ。次期総選挙に向けて「野党間の協力の柱に教育無償化を据える動きが出てきた」との報道もされているが、政治家にはもう一度その政策理念を整理しきちんと語ってほしい。そして、今度こそ、チルドレン・ファーストで、わーちゃんたちの育ちをしっかり支える政策が実現されることを祈りたい。

ちなみに、Z男子も「わーちゃん」沼にハマり、いつかわーちゃんパパのように子どもの成長を投稿したいそうだ。マイホームパパより企業戦士が評価された時代は今や昔。仕事も頑張りながら、子育ても楽しんでいるパパにあこがれる男子が増えるという効果も期待できるなんて、わーちゃんはすごいなと思う。

★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。

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