エッセイ・イラスト

今どきネタ、時々昔話
第10回 AIと私

あなたより安い値段で引き受けている人がいる

半年ほど前のこと、新聞をめくっていたら衝撃的な見出しが飛び込んできた。
[「AI使うから報酬安く」フリーライターに突然の要求、違法の恐れも](朝日新聞 2023年8月10日)。

記事によれば、フリーランスでライターをしている女性が、取引先のWEB会社から「ChatGPTを使うから報酬を半減してほしい。1文字あたり2円を1円にしてほしい」と言われたという。

昔、手書きの原稿をデータ入力する仕事でも1文字2円が相場だった。それが原稿を書いて1文字1円なんて…。しかも、その理由がひどすぎる。

「Chat GPTである程度文章が作成できるようになった」
「あなたより安い値段で引き受けている人がいる」

そのライターの女性は「これまでの良好な関係を壊したくない」と要請を受け入れたものの、あまりにも割に合わないので、そのWEB会社からの仕事はできるだけ断るようにしている、と書いてあった。

フリーランスの報酬の相場は不透明だ。「1文字1円」で3000字の原稿を書く場合、3時間以内で書き上げなければ、ほぼ最低賃金以下の水準になる。

連合が開設している「Wor-Qフリーランスサポートクラブ(https://jtuc-network-support.com)」をのぞいてみると、Q&A集に「フリーランスに最低賃金(最低報酬額)は適用されないのか」という質問があった。
年内に「フリーランス保護法」が施行される予定だが、それも含めて「フリーランスには最低賃金法のような保護法はない」ものの、「下請法の適用がある取引の場合には、『通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること』、いわゆる「買いたたき」が禁止されています」との有益な情報が…。

さらに「フリーランスのひとことメモ」にはこう記されている。

フリーランスは、雇用労働者とは異なり、仕事をこなすために必要なさまざまな費用を自ら経費として負担していく必要もあります。将来の備えも、自分自身で積み上げていかなければなりません。「地域別最低賃金」を上回る金額を最低限得られていなければ、中長期に渡って、健全に仕事を続けていくことは難しくなってしまうでしょう。こうした観点も意識しながら、自分自身が考える「適正報酬額」を自分で計算し、クライアント(発注者)にしっかりと提示して協議を進めていくことが大切です。無理なものは無理なのですから、「無理」ということが大切です。

無理なものは無理、心に染みるメッセージだ。

人間の仕事が奪われる?

今から8年ほど前の2015年暮れ、「AIの導入によって日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能になる」という衝撃のレポート(野村総研・オックスフォード大学共同研究)が発表された。

その何年か前にドイツ政府が「インダストリー4.0(第4次産業革命)」と題する産業政策を打ち出し、その動きが各国に広がる中で、国際労働運動からは「人間の仕事が奪われる」という強い危機感が示されていた。
だから、その試算に不安を抱いた人は多かったと思うし、私も、代替される具体的な仕事の一覧が掲載された雑誌を買い求めた記憶がある。

「月刊連合」2016年8・9月合併号

「月刊連合」でも、2016年8・9月合併号でこの問題を取り上げた。
日本政府が「新産業構造ビジョン〜第4次産業革命をリードする日本の戦略」策定に着手し、連合も重点政策に「企業におけるイノベーションによる新たな価値の創出を推進するための支援」を盛り込んだというタイミングでの特集だった。
この頃には「第4次産業革命」という歴史の潮流を受け入れ、何をなすべきかを考えるべきとの認識が共有されていたが、仕事の未来への不安は拭えなかった。

今やAI研究の第一人者として不動の地位を確立している松尾豊東京大学大学院教授(当時は准教授)に「AIとは何か」を解説してもらった上で、「人間の仕事が奪われることはないのか」とたずねると、こう答えてくれた。

優れた技術を新たに編み出し続け、熟練の技を機械に学習させるのは人間の仕事だ。また、人とのコミュニケーションが重要な仕事や、仕事に責任を負うことも、人間が担うべき役割だ。人工知能により人間が仕事を奪われるのではなく、「人間が企画し、機械に実行させる」という方向へ今後はシフトしていくことになるだろう。不安を抱くよりも、まずはこの新たな技術をどう活用するか考えるべきだ。

ちょっとホッとした。連合はその後、2019年10月に「AI/IoT対応チーム」を発足させ議論を深めていった。「月刊連合」でも、その経過を『AI新時代』というシリーズで追いかけたが、コロナ禍で日本社会の「デジタル化の遅れ」が指摘される中での議論だったと思う。

「月刊連合」2021年11月号

このまま取り残されてしまいたい

そして、コロナ禍があけてこの1年、日常生活のいろんなことがデジタル化・省力化されていて驚かされる。

受験は、数年前からオンライン出願に切り替わってはいたが、郵送だった「合格通知&入学手続き書類」もマイページからダウンロードする方式になっていた。
銀行口座開設は、窓口での手続きは予約制で、印鑑&通帳レスのオンライン開設に誘導された。定期券は、定期券売場に並ぶことなくスマホのアプリで購入できた。

半年前、近所にオープンしたスーパーはすべてセルフレジだった。クリニックもスマホで待ち時間が確認でき、会計も機械でできる。各種支払いもポイントカードもアプリへの移行を促された。
スマホさえあればたいていのことはできるが、ちょっと疲れる。

仕事にも「生成AI」が組み込まれ始めた。
インタビューや講演の記事作成には、録音音声を文字に起こす作業が必要だ。昔はテープレコーダーで録音していたので、今も「テープ起こし」という言葉が残っているが、2000年代になるとデジタル録音機器が登場。音声入力ソフトも出てきたが、当時はまだ仕事では使えないレベルだった。
その後、私は文字起こし作業から離れていたが、このRENGO ONLINEの記事は文字起こしから作業することに。『昔取った杵づか』(たとえが古くてごめんなさい)ではあるが、ダメモトで生成AIの文字起こしアプリを試してみたら、劇的な進化を遂げていた。もちろんチェックは必要だが、音質が良ければかなり精度が高く、しかも速い。料金も月1000円ほどだ。

人間である私の仕事を少しラクにしてくれるAI。でも、やっぱり誰かの仕事を脅かしている面もあるのかもしれないと思う。

家庭内Z世代男子(以下、Z男子)もChatGPTを使っている。毎回、簡単な小テストが出る授業があって、ChatGPTに回答を求めたのだが、Z男子はそれが正しいのか判断できない。そこで自分がよく知るユーチューバ−について質問すると8割がた誤っていた。しかたなく、小テストについては、いったんChatGPTに聞いた上で、ネットでも調べることにしたようだ。

今年1月に発表された「サラっと一句! わたしの川柳コンクール」(朝日生命)の入選作に「部長より チャットAI 頼る部下」という一句があった。

実は、私もまったく同じ目にあっている。昨夏、地方の教習所で運転免許を取ったZ男子。東京を走るのは初めてなので同乗して練習に付き合ったが、地図アプリの経路指示が最優先。私が「こっちからも行けるよ」と言っても、聞く耳持たず。料理もそう。私が教えようとすると、アプリの動画通りやりたいという。
そして、いまだにフリック入力が苦手な私を「江戸時代の人?」とあざ笑う。

「月刊連合」2016年8・9月合併号の特集では、重点政策のとりまとめに当たった春田雄一連合経済政策局長(現・運動企画局長)にもインタビューしているが、8年経って、今、その言葉を改めて噛みしめたい気分だ。

どんなに技術が進化しても、機械に任せていい仕事と人間が人間たる仕事がある。人間の労働の価値を最大限尊重することは大前提であり、行きすぎた自動化・機械化にはハドメをかけていく必要がある。その上で、今、重要なことは、この流れから取り残されそうな企業や人を支援し、みんなで底上げをはかっていくことだ。

遊び感覚でChatGPTとの対話を楽しんでいるZ男子を見ていると、私はたぶん取り残されつつあるのだと思う。このまま取り残されてしまいたいという思いもよぎるが、もう少しだけ頑張ってみよう。

★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。

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