エッセイ・イラスト

「基本的な自信」こころにホットタイム【9】

(月刊連合2020年12月号転載)

皆さま、こんにちは。昨今自己肯定感という言葉をよく聞くようになりました。比較的最近使われるようになった用語ですが、日本の青少年の自己肯定感は先進諸国の中で最低ラインという調査結果が出ています。学力は比較的高いにもかかわらず、です。

自己肯定感には様々な内容が含まれますが、ここでは、自分がかけがえのない存在だと思える、いろいろなことがあるけれど自分は大丈夫と思える、基本的な自信ということについて考えたいと思います。

メンタルヘルス不調の発症には、いくつかの要因が重なっています。先天的素因と言える、生まれつき持っている遺伝を含む体質に、育つ過程で備わってくる後天的素因、そこに発症のきっかけとなるストレス要因が加わって発症すると考えられています。自分を基本的に肯定できるかは、この中の後天的素因のひとつになります。肯定しにくいのは、ストレスに弱い状態と言えます。

自分がかけがえのない存在と思えるためには、成長過程で誰かに大切に育ててもらう必要があります。ほどほどに安心できる環境で、気持ちを大事にされて、自分は大切な存在だと実感することがその根っこになるのです。虐待は言うまでもなく、親がいつも不機嫌で不安定な家庭、親が手一杯で子どもにまで気が回らない家庭、叱られてばかり・否定されてばかりの環境は、自分が大切な存在だと思うことを妨げます。適度な自信がないと、働くこともできません。今の小学生は10年後の社会人です。子どもが適切な自信を持った大人になれるように、忙しいお仕事の一方で、子どもにも目を向けてほしいと思います。

それでは、既に大人になった人はどうすれば良いのでしょうか。子どもの頃に適切に育まれなかった基本的な自信を作り直すのは、たやすいことではありません。自分に対する基本的な自信がある人は、人にも寛容で、安定して仕事
をしやすいはずです。一方、自分に基本的な自信が無い人は、自己評価が低く、挫折しやすく、また人を下に見ることで自分を保とうとする人もいます。自分をかけがえのない存在と思えるようになるように、私たち精神療法(心理療法)の専門家は、一歩ずつ一緒に取り組むということをしていきます。

職場の人の関わりで、劇的に変わるのは難しいでしょうが、それでも周囲の人ができることがあると思います。できたことを認め、それを伝えましょう。積み重ねが大事です。注意する時はその人自身がだめなのではなく、この部分がこのように改善の余地があると具体的に伝えましょう。そしてもうひとつ。「ありがとう」を伝えましょう。

目上の人や外部の人には「ありがとう」を言いやすくても、身内や自分より立場が下の人(部下や子ども)にありがとうと言うのは照れくさいという人もいます。ありがとうという言葉は「よくできたね」という上からの言葉より、
よほど威力のある言葉です。手伝いをして褒められる子どもは、「よくできた」より「ありがとう」によって、自分が本当に役に立ったことを知るのです。「ありがとう」。誰にとっても嬉しい言葉です。

矢吹弘子 やぶき・ひろこ
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。

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