(月刊連合2021年7月号転載)
皆さま、こんにちは。前回は連合の男女平等月間を機に男女共同参画をテーマにお話ししました。その中で、「3歳児神話」というものに触れましたが、今回はその続きをお話ししたいと思います。
「3歳児神話」というのは、3歳までは母親が専任で子どもを養育しないと子どもに良くない、という概念です。それは現在では研究で否定されているということをお伝えしました。3歳児神話には、いくつかの側面があります。ひとつは、3歳までは子どもの心の発達にとても大事な時期であるということ。もうひとつは、そのため、3歳までは母親が子育てに専任しないと子どもの心の発達に悪影響がある、というものです。
このひとつめ、3歳までが子どもの心の発達に特に大事な時期であるということには、発達心理学的に異論がありません。だから母親が専任で養育すべきだという部分が、研究によってはっきり否定されています。
3歳までの心の基礎ができる時期に、しっかり大人が向き合って育むことはとても大切です。母親はもちろん大事ですが、父親も、保育士も向き合うことができます。母親が子育てに専任していても、スマホに夢中で子どもに気持ちが向かないような状態は子どもの心に有害です。コロナ禍で保育園等が休みになり、大変な思いをしたのは外勤の人だけではありません。在宅勤務の人も相当大変でしたね。子どもも大変だったはずです。親がそばにいるのに自分ではなく、長い時間他に(仕事に)気が向いているということは、幼い子どもにとって相当ストレスなことです。仕事の時は仕事に集中(その間、子どもは向き合える人が見てくれて)、家庭に戻ったら子どもに向き合う、というのが理想です。家庭に専任しても仕事と兼任でも、疲れすぎると子どもに適切にかかわれません。どちらの場合にも夫婦の連携、サポートと休息が必要です。
そして、子どもにケアが必要な時期は3歳で終わりません。子どもが順調に成人し、社会の中で役立つ人間になるためには、3歳以後も年齢に応じて大人がしっかりと見守り、向き合っていくことがとても大切です。年齢が上がるにつれ友達関係はより複雑になり、直面する課題は増えます。親は過干渉や、思い・方針の押し付けではなく、子どもを信頼し見守り話を聞き、困った時には相談できる存在であることが大切です。親に信頼され見守られて、子どもはさまざまな状況を乗り越えていけるのです。その親とは、父母双方です。思春期以降に拒食症などさまざまな心身の問題で心療内科を訪れる患者さんには、大事な時に親に向き合ってもらえなかった人が多くあります。その「大事な時」は、小学生や中高校生時代であったりもするのです。
何歳になったらもうほったらかしで大丈夫ということはありません。次世代を担う子どもをしっかりケアしながら、親が働ける社会になっていくことを切望します。
矢吹弘子 やぶき・ひろこ
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。