特集記事

世界一幸福な国フィンランドから学ぶ
「すべての人が生きがいを感じられる多様性のある社会」とは?

日本が直面する社会課題は深刻だ。少子化は加速度的に進み、労働力不足は危機的状況にある。国際競争力は低迷し、デジタル化や気候変動、ジェンダー平等・多様性推進の取り組みも世界に大きく後れをとっている。そのような問題意識を共有して、政府は2021年に「新しい資本主義実現会議」を設置。芳野友子連合会長も参画した議論を通じて明らかになったのは、分配と成長の好循環を可能にする「新しい資本主義」の基盤は、「すべての人が生きがいを感じられる多様性のある社会」であるということ。
こうした動きを受けて、ジェンダー平等・多様性推進の先進国である北欧5ヵ国の駐日大使館では、昨年から連続で「日本における新しい資本主義と北欧の視点」と題するセミナーを開催し、ワーク・ライフ・バランスや育児・家庭政策などに関する具体的な情報を提供している。
「すべての人が生きがいを感じられる多様性のある社会」とは何か。もっと深く知りたいと、「世界一幸福な国」フィンランドのタンヤ・ヤースケライネン駐日大使に芳野会長との対談をオファーし、多様性ある社会、職場のウェルビーイング※、女性と若者の政治参画などをテーマに語り合っていただいた。
(季刊RENGO2023年秋号転載)

ジェンダー平等が社会の基盤

タンペレ大学修士号取得。フィンランド外務省入省。
外交官としてイギリス、ハンガリー、シリアに赴任。
2013年駐チュニジア大使(リビア兼轄)、2017年外務省中東・北アフリカ課シリア危機特別代表(大使)、2018年外務省政治局副局長。歴史的政策転換といわれるフィンランドのNATO加盟にも尽力。
2022年9月、駐日フィンランド大使に着任。

村上 本日はありがとうございます。「すべての人が生きがいを感じられる多様性のある社会」をテーマに、フィンランドの政策や経験などをおうかがいできればと思います。
ヤースケライネン 芳野会長をはじめ、この対談を企画された連合の皆さまに感謝申し上げます。本日のテーマは、私にとっても関心のある事柄であり、芳野会長とお話しできることを楽しみにしておりました。
芳野 こちらこそ、お会いできて光栄です。

なんで外交官じゃなくて、外交官の妻なの?

村上 大使は、昨年日本に着任されましたが、外交官を志したきっかけは?
ヤースケライネン 聞いていただけてうれしい質問です。ジェンダー平等につながる話題ですし、私が語ることが好きな話題でもあります。高校生の時です。友人で集まって「将来の夢」について話していたら、そのうちの一人が「外交官の妻っていいんじゃない?」と。その言葉を聞いて私は「え? なんで外交官じゃなくて、外交官の妻なの?」と思ったんです。そこがスタートです。その後、大学で、外務省の若い女性外交官の話を聞く機会があり、すごく感銘を受けて、自分も外交官になろうと決意。その時はまだ外交について何も知りませんでしたが、夏休みにインターンとして外務省で働き、1995年に入省しました。
村上 外交官という仕事の中で困難を感じたことは?


ヤースケライネン 入省当時、女性大使はまだそれほどいませんでしたが、女性外交官の数自体は割と多く、さらに年々増え続けていました。そのため、女性だから困難だったということはなく、外国での大使館勤務も、自分に付加価値を与えてくれる、キャリアが積める仕事だと思っています。
 とはいえ、外交官の仕事は家族の生活に負担をかけることになります。私は、入省を決めた時、すでに結婚していたので、夫と話し合いをしました。そして、夫が私の赴任先に常に同行すること、家事・育児の責任は夫がより多く担うことを2人で決めました。子どもが3人いますが、私が外交官として順調に歩んでこられたのは、夫との協力関係があったからです。私たちの選択は、けっして特別な例ではなく、フィンランド社会のジェンダー平等を反映したものでした。
村上 私は大使と同年代ですが、日本とはだいぶ状況が違いますね。そんな日本で、芳野会長は、「連合運動すべてにジェンダー平等の視点を!」と、連合初の女性会長として就任し、注目を集めました。会長が労働運動の中でジェンダー平等を志したきっかけは?
芳野 日本は、職場でも家庭でも地域でも、「男性は仕事、女性は家事・育児」という性別役割分業意識が根強く残っています。女性には「内助の功」が求められ、今も職場で活躍していくことが難しい状況があります。
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女性の職域拡大や「総合職」女性の採用が進みました。しかし、日本の男性の働き方は、仕事最優先で残業や休日労働は当たり前。当時、「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMソングが流行しましたが、まさに昼夜を問わず長時間働くことが評価されていました。
 均等法施行から10年を迎えるにあたって、連合は実態調査を行いましたが、均等法第一世代の女性は「男性以上に働かないと評価されない」「育児との両立は無理」と心身ともに疲弊し、仕事を辞める選択をしたケースも多いことが分かりました。
 当時、女性には時間外・休日、深夜業の規制(女子保護規定)がありました。それはかつて女性労働者が劣悪な環境で長時間働かされ、健康被害が多発した歴史を踏まえて規定されたものですが、経済界は「平等を望むなら保護は撤廃すべきだ」と強く主張。「保護か平等か」、女性の間でも大激論になりました。「女子保護規定を撤廃して男性と同じ条件で働きたい」という声がある一方、「男性と同じ働き方を求められたら、育児や介護をしている女性は働けなくなる」と反対する声も。
 連合は、まず女子だけの保護は撤廃してスタートラインを男女同一にする。その上で、男女共通の労働時間規制を導入して長時間労働を是正し、ワーク・ライフ・バランスを実現していくという方針を決めました。
労働組合の女性たちは、全力をあげて均等法改正に取り組み、1999年、採用・昇進などの差別禁止やセクシュアル・ハラスメントの防止措置などを実現。撤廃された女子保護規定に代わる男女共通の労働時間規制実現に向けて運動を提起しました。
 しかし、当時、労働組合の女性役員はとても少なくて、全体の優先課題とは受けとめてもらえなかった。その時、思ったんです。女性の役員をもっと増やし、女性がトップに登用されるようにならなければ、ジェンダー平等は確立できないと。
 以来、男女平等参画の努力を重ね、一昨年、初の女性連合会長に就任。「連合運動すべてにジェンダー平等の視点を!」という提起が、今、やっと動き始めているところです。
ヤースケライネン 素晴らしいですね!

働く人たちが幸せであれば

村上 フィンランドは、男女ともに労働時間が短く、残業はほとんどない。それはジェンダー平等が進んでいることと関係があるのでしょうか。
ヤースケライネン 答えはイエスです。労働環境とジェンダー平等は深く関係しています。ワーク・ライフ・バランスの重要性は、使用者も理解しています。働く人たちが幸せ、ハッピーワーカーであれば、生産性が上がり、企業に大きな貢献をすると知っているからです。
 フィンランドの保育園はたいてい17時に閉園します。使用者もそれを心得ていますし、基本的に残業はしないという働き方が定着しています。
 必要になったら残業はやりますが、無駄に職場にいることは皆無です。このように労働時間を短くできたのは、労働組合も大きく貢献していると思います。
 大使館でも、フレキシブルワーキング(働く場所や時間を柔軟に選択できる働き方)を行っています。長く働いた日の翌日はお休みにしたり、短く切り上げたり。月ベース、あるいは週ベースで決められた時間を働けば、あとは柔軟に自分で働く時間を決められます。
 また、労働時間の短縮には、デジタル化も大きく貢献しています。今、デジタルツールは非常に発達していて、みんなが高いレベルで使っています。例えば、すごく仕事が忙しい日でも保育園のお迎えに行かなければならないという時には、お迎えに行って、ご飯を子どもと食べて、寝かしつけた後でも、家でデジタルデバイスを使って仕事をするということができるようになりました。
 このような働き方がなぜできるのかというと、根底にあるのは、労使の信頼関係があるからです。使用者は、労働者を信頼していて、労働者に仕事の進め方や働き方の裁量権がある。信頼されている、それが職場のウェルビーイングにもつながっています。

「信頼」こそ、ウェルビーイングの基盤

村上 労使の信頼関係を築くカギは?
ヤースケライネン 1つは、ローヒエラルキー(low hierarchy)です。フィンランドの上下関係は緩やかで、上司に何でも話せる、あるいは労使がオープンに話し合える環境があります。「カハヴィタウコ(コーヒー休憩)」というリフレッシュ&リラックスの時間も、職場での交流やウェルビーイングにつながっています。
 もう1つは、透明性の高さ。職場ではデジタルツールも活用して常に情報をシェアしています。働く環境自体が、透明性を奨励しています。フィンランドでは、国税庁など様々な行政サービスがデジタル化されています。これがスムーズに機能するのも、官公庁と国民との間に「信頼」があるからです。国民は、政府は個人データを濫用しないと信頼し、政府も、国民は必要な情報を正しく申告すると信頼している。「信頼」という言葉は幸福度、ハピネスの話題をする時によく使いますが、信頼こそウェルビーイングの基盤なのです。
芳野 「信頼」は本当に重要です。日本は企業内労働組合なので、職場ではまさしく労使の対話が行われ、そこで生まれる信頼関係が労働条件の向上にもつながっています。
 国際的にも、ILO(国際労働機関)などで、改めて政労使三者による「社会対話」の重要性が確認されていますが、ナショナルセンター連合の役割は、その「社会対話」を通じて社会全体での「信頼」を築くこと。そのように考えて、賃上げの社会的機運を醸成するため、政府、使用者、労働者の代表が集まった政労使の意見交換を提起し、今年3月に実現することができました。
 労働運動の経験からも、対話というのは非常に重要で、対話から生まれてくる信頼関係があって、職場では、そのことが働いている人たちの労働条件の向上、人権を守るということにも結びついています。だからこそ、対話をしながら、課題を共有し、その解決をはかりながら、「信頼」を構築していくことが重要ではないかと考えています。
ヤースケライネン 同意します。フィンランドでも伝統的に政労使の対話は賃金、労働条件を決めていくという時に重要な役割を果たしてきましたし、対話を通して労働組合は大きな貢献をしてきました。
 現在、フィンランドでは、人手不足が大きな課題です。労働市場は売り手市場で、特に若い人は、より良い賃金・労働条件などを求めて転職しています。企業の間では、人材確保のための労働条件の引き上げ競争が起きていますが、日本はどうでしょうか。
芳野 日本の産業も、人材確保のために労働条件の向上をめざしています。産業ごとに水準はありますが、若い人をつなぎ止めるのは難しくて、入社後3年以内で約3割が離職しています。
 日本の場合、人手不足の課題解決にも、やはりワーク・ライフ・バランスの実現が重要ではないかと考えています。その最優先課題は、男性の長時間労働の是正です。
 少子化が急速に進行する中で、職場は人手不足に悲鳴を上げています。政府も様々な少子化対策を打ち出していますが、いまだに改善されない長時間労働を見て、若い世代はどう思うでしょうか。あんな働き方はしたくない、子育てとの両立はできないと思っているのではないでしょうか。このままでは、少子化はますます加速し、職場の人員確保も困難になる。ようやく今、政府も使用者も、そして労働組合も、そのことに気づいて、本気で長時間労働の是正、ワーク・ライフ・バランスの実現に動き始めたところです。

パリテ(男女同数)を達成した地方議会も

村上 フィンランドの高い幸福度の背景には、若者や女性の政治参画があると言われています。
ヤースケライネン フィンランドは、1906年、世界で最も早く女性に完全な参政権を与えました。翌年の国政選挙で多数の女性議員が誕生し、彼女たちが国会という立法府で女性の参画を促す権利や制度、家族政策を確立していきました。現在、フィンランドの国会議員の女性比率は40%台後半、大臣は女性が過半数を超えています。
 若者の政治参画も進んでいます。若い議員は、教育や気候変動など自分たちの将来に関わる社会課題に強い関心を持ち、その解決のためにアクティブに行動しています。
 若者の政治参画に効果を発揮しているのが、学校における主権者教育。中学や高校などでは模擬選挙を実施し、民主主義がどう成り立ち、機能しているのかを学びます。模擬選挙の結果は、実際の選挙とは異なることもあって、面白いなと思います。
芳野 北欧では、若者も含め市民と政治家が気軽に民主主義や政治について対話できる選挙小屋や民主主義フェスティバルが行われているそうですね。日本でもフィンランドをはじめとする駐日北欧大使館の後援を受けて、今年3月に初めて「民主主義ユースフェスティバル2023」が開催され、連合も出展しました。若者の政治への関心を高めようと、連合も様々な取り組みを行っています。
 また、日本の衆議院議員の女性比率はいまだにわずか10%。女性の政治参画を進めようと、2018年に政党に候補者を男女同数とすることを求める「政治分野における男女共同参画法」が成立しました。これは理念法で義務ではないのですが、昨夏の参院選で立憲民主党が候補者の半分を女性にしたら、当選者の53%が女性という結果になり、本気で取り組めば成果に結びつくことが分かりました。さらに今年4月の統一地方選では、東京23区の女性区長が6人に増え、パリテ(男女同数)を達成した地方議会も複数出てきたところです。

社会対話をリードしていく役割を

村上 世界のウェルビーイングのために日本に期待されることは?
ヤースケライネン 駐日大使に就任して1年、日本がG7議長国として積極的にグローバルサウス(新興国・開発途上国)との対話を進めていることに感銘を受けました。世界情勢は複雑で、地政学的な影響もあり、どの国も一国だけで生きていくことはできません。日本もフィンランドも、平和と安定のために努力を続けることが必要です。
 気候変動への対応としては、より深刻な影響を受ける国々とパートナーシップを結んで支援を提供していくことが重要です。教育の機会も与えられるべきです。私は、成長へのカギは教育だと思っています。例えば、教育によって女性の人生が変わるかもしれません。母親が教育を受ければ、子どもたちにそれを教え、次世代につながるという好循環が生まれます。
村上 連合も郷野晶子さんがITUC(国際労働組合総連合)の会長に、芳野会長が副会長に就任しました。世界の労働運動をリードする立場として、どのような役割を果たしたいと考えていますか。
芳野 気候変動、物価高騰、人権、貧困に加え、ロシアのウクライナ軍事侵攻の影響など課題は山積しています。連合は、ITUCの中核的組織の1つですが、特にアジア太平洋地域で社会対話をリードしていく役割を担っていきたいと思います。
村上 最後に、連合に対するメッセージを。
ヤースケライネン お話をうかがって、連合が素晴らしい活動をされている様子が伝わりました。日本社会における課題は、フィンランドが抱えているものと似通っています。やるべきことはたくさんありますが、連合の皆さんが良い結果につながるよう尽力されていると信じています。
芳野 たくさん学ばせていただきました。フィンランドに追いつくように頑張ります。
村上 ありがとうございました。

※ ウェルビーイング(well-being)
「幸福」:健康的、精神的、社会的に良好な状態(健康、日常生活の快適さ、安全や安心、自己肯定感、人との心地良いつながり、社会保障、貧困やハラスメントからの自由、平等、公平なども含んだ幅広い概念)

RANKING

DAILY
WEEKLY
MONTHLY
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3

RECOMMEND

RELATED

PAGE TOP