特集記事

春季生活闘争の焦点となる価格転嫁、
どのくらい進んだ?賃上げとどう関係?そのカラクリを知る

2024年の春季生活闘争では、賃上げ実現に不可欠な要素として「価格転嫁」が大きくクローズアップされている。なぜ価格転嫁がこれほど重視され、そもそも賃上げとどのように関連するのか。連合の担当者にそのカラクリを説明してもらった。

酒井伸広 労働条件・中小地域対策局次長

賃上げを定着させ、物価上昇に見合った所得を実現

賃上げを定着させ、物価上昇に見合った所得を実現

-今日は労働条件・中小地域対策局の酒井伸広さんにお話をうかがいます。連合でも価格転嫁の第一人者だそうですね!

とんでもない (/ω\)。出身の労働組合は金融系で、直接価格転嫁に関わることは少なかったのですが、連合に来て2年間、この課題に取り組んできました。

-早速ですが、価格転嫁って具体的にはどんなことをするのでしょう?

価格転嫁はモノやサービスを提供する際のコストが膨らんだ時、コスト上昇分を価格に反映させることです。この時のコストは大きく「原材料費」「エネルギー価格」、そして働く人の賃金などを含めた「労務費」に分けられます。

ご存じの通り、エネルギー価格と原材料費の高騰を理由とした値上げは相次いでおり、物価上昇率も政府目標の2%をはるかに上回っています。しかし労務費へ十分に反映できず、労働者の実質賃金を押し下げているのです。

-労務費の転嫁を進めると、さらにいろんなものが値上がりしてしまうのでは?食品や日用品がさらに上がると、家計のやりくりがさらに大変になるんですけど…(涙)

皆さんが困るのは、モノやサービスの値上がりに所得、つまり賃金が追い付かないからですよね。実際、連合総研の今年10月の調査で、賃金が物価上昇に追いついたと答えた人は、わずか7%にすぎませんでした。賃金も物価も安定的に上がるようになれば「価格決定メカニズム」が正常に機能し、モノやサービスの価格が適正化します。そのためにも2024春季生活闘争では、賃上げの流れを定着させる必要があるのです。

「労務費上昇は自助努力で解消」デフレ時代の商習慣から抜け出せない

-価格転嫁が進まない要因は何ですか?

20年以上デフレが続いた影響で、物価も賃金も上がらないことを前提としたマインドや商習慣が根強く残っていることです。

日本のサプライチェーンは、消費者にモノを売る企業に、1次、2次、3次…と下請けが連なる多層構造になっています。3次、4次と川下に近づくほど企業規模は小さくなり価格交渉力も弱くなることが多く、労務費については価格交渉のテーブルに乗せられず自助努力で解決する、という取引慣行が長年にわたって続いてきました。しかしすでに企業の多くは、乾いた布巾を絞り切るようなコストダウンを続けており、自助努力には限界があります。

-価格転嫁は今、どの程度進んでいるのでしょうか。

中小企業の多い産業別労働組合JAMが、加盟労組に価格転嫁できているかどうかを聞いたところ、362団体のうち約8割に当たる279団体が「できていない」と回答し、まだまだ価格転嫁が進んでいない実態が明らかになりました。この調査ではまた、価格転嫁できた企業はできていない企業に比べて2023闘争の賃上げ額も高く、価格転嫁できた企業ほど賃上げもしやすくなるという相関関係がはっきりしました。だからこそ2024春季生活闘争に先駆けて行われた11月の政労使会議でも、価格転嫁が大きなテーマとなり、岸田首相自ら「労務費の転嫁のあり方」について指針を出すと宣言したわけです。

取引停止を恐れ口閉ざす中小企業 価格転嫁で好循環生んだ事例も

-社会でこれだけ人手不足が深刻化する中、発注元も人財確保のためには、下請け企業の賃上げが必要なことは分かっているはず。理解は進んでいるのでは?

それがですね…。中小企業庁が年2回、価格転嫁に関する調査をしているんですが、調査企業数約30万社のうち、回答企業数は1万7292社と、回答率がわずか1%台なのです。極めて低い回答率が、受注先の認識を物語っているのではないかと…。

-「調査に答えると、取引先からにらまれる」という無言の圧力が蔓延しているから、回答率が低い、と考えられるわけですね。

中小企業庁は2017年から、価格転嫁の実態を把握するため「下請けGメン」を設けており、人員もこの1~2年で、それ以前の約3倍に当たる300人体制に増員されました。Gメンのヒアリングでも「発注量が1.5倍に増え、一部の社員が休日労働して業務をこなしているが通常の加工賃しか支払われない」「2012年ごろから労務費、人件費を理由にした価格改定の要請は全て拒否されている」「毎年3月と9月に(発注元から)コストダウンの依頼があり、応えられないと『他で探すから』と言われる」といった声が寄せられています。

-「他で探すから」と下請け業者の転注をちらつかされたら、従わざるを得ませんよね…。 逆に転嫁が実現した好事例、というのはありますか?

政府は2020年、発注企業に下請けとより良い共存関係を築くことを宣言してもらう「パートナーシップ構築宣言」を打ち出し、そこで生まれた好事例を発信しています。中にはあるメーカーが適正取引に関する文書をすべての取引先に送り、いくつかの取引先とは労務費などの価格転嫁に取り組み始めた、という事例や、別のメーカーが受注企業と情報交換の場を設けるようになった、といった事例が紹介されています。

労務費を交渉のテーブルに乗せる 構造転換の旗振り役に

―価格転嫁を進めるため、2024春季生活闘争ではどのようなことを訴えたいですか?

中小企業が、発注元へ労務費の転嫁を求めることすらできない、という構造を変えなければいけません。2次、3次、4次の下請けがそれぞれ適正価格で取引できるようになれば、町工場のような零細企業も価格転嫁が進み、賃上げへも波及するはずです。連合としては、2024春季生活闘争で、労務費を価格交渉のテーブルに乗せられるよう訴え、社会を変える旗振り役を務めたいと考えています。ただ労働組合だけで取り組むのは限界があり、政労使が連携して進めることも不可欠です。

-春闘以外ではどんなことに取り組んでいますか?

各都道府県にある地方連合会を通じて、行政と連携しながら経営者に価格転嫁の必要性を訴えるなど、環境整備を進めています。また取引先を1社に依存していると、その取引先を失うと経営が立ち行かなくなるので、無理な要求も受け入れざるを得なくなります。中長期的には、中小企業に取引先を分散するよう促す必要もあると考えています。

このほか行政組織に対して、入札などに関する価格の適正化を働きかけています。

-行政組織?企業の賃上げとは関係ないみたいですけど…。

実は行政も、公共事業の発注や物品・資材の購入などを通じて、賃上げに深く関わっているんです。自治体が入札価格の安さだけで業者を選定したり、物品を買い叩いたりして、受託企業の労働者の賃金が押し下げられるようなことがあってはなりません。このため公共事業などに関わる従業員の賃金の下限を設定できる「公契約基本条例」が設けられていますが、制定している自治体はごく一部です。

連合は、条例の制定に加えて賃金の下限額もきちんと設定して実効性を高めるよう、政府・自治体に働きかけています。経済規模が小さく公共事業への依存度が高い地方などでは、これによって地元企業、ひいては地域経済も活性化する効果も期待できます。

-好循環を生み出すために、最も重要なことは何でしょう?

2023春季生活闘争での中小の賃上げ率は3.23%と、全体(3.58%)に比べて低い水準でした。2024春季生活闘争では中小も、さらに非正規雇用で働く人も含めた社会全体に、「賃金は毎年上がるもの」という流れを定着させなければいけません。労務費の価格転嫁を進めることは、今春闘のスローガンにある「みんなで賃上げ」実現のカギを握る、重要なファクターなのです。

2024春季生活闘争スローガン「みんなで賃上げ。ステージを変えよう!

(執筆者:有馬知子)

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