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3月6日は「36(サブロク)協定」の日 どんな制度?なぜ必要?

会社が労働者に残業や休日出勤を命じる場合、労使で「36協定」を結ぶ必要があることを、あなたはご存じだろうか。連合の2019年の調査では、回答者658人の半数を超える55.3%がこのことを知らなかった。
3月6日は、連合が2018年に記念日登録した「36(サブロク)の日」。地域や社会に長時間労働を是正する機運を醸成し、すべての職場でよりよい働き方を実現するために制定した。この取り組みのカギとなる36協定とはどんな仕組みでなぜ必要なのか、早稲田大学名誉教授の島田陽一氏に聞いた。

島田 陽一 早稲田大学名誉教授・弁護士・日本ワークルール検定協会会長
1996年4月から2023年3月まで、早稲田大学法学学術院にて労働法を担当。2004年早稲田大学法務研究科設立以来、リーガルクリニック授業において労働実務を経験。労働法学会代表理事、日本労使関係研究協会理事、日本労務学会理事などを歴任。中央労働委員会公益委員、また、早稲田大学においては、学生部長、キャンパス企画担当理事、常任理事・副総長を歴任し、大学行政に深く関与。法務省司法試験考査委員、内閣府規制改革会議専門委員、消費者庁「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」委員などを務めた。また、現在、厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員、労働政策研究・研修機構外部評価委員、個別労働紛争解決研修運営委員会委員を務めている。2023年12月に一般社団法人ワークルール検定協会の会長に就任。

職場に協定あるか「分からない」が3割超 残業は本人任せの実態も

労働基準法は、法定労働時間を1日8時間、週40時間以内と定めている。しかし島田氏によると、残業が常態化した日本企業の労働環境は、過去30年もの間あまり変化はないという。

「非正規雇用で働く人の割合が増えたことで、労働者全体としての平均労働時間は減っています。しかし正規雇用で働く人の労働時間に顕著な減少はあまり見られず、働き方改革が進んだとは言っても、時間短縮の取り組みはまだ緒に就いたばかりです」

長時間労働はいまだに過労死やメンタル疾患の大きな要因のひとつであり、育児などのライフイベントと仕事を両立する際のハードルにもなっている。

2019年には労働基準法が改正され、一部の適用猶予業種[i]を除き時間外労働は原則として月45時間、年間360時間を超えてはいけないという上限が設けられた。原則として、36協定はこの上限の範囲内で、労働者をあくまで例外的に、何時間まで残業させることを可能にするか、また残業の対象となる業務は何かなどを取り決める仕組みだ[ii]。労働基準法36条に基づくため「36協定」と呼ばれている。しかし、36協定で残業の上限時間を決めるだけでは、残業を抑制する効果は現れづらい。

「本来は36協定を締結する段階で、協定に定める残業時間内で仕事を終わらせるための計画を立てる必要があります。その上で実行状況を観察し、不十分な点があれば改善するというPDCAサイクルを確立することが必要です」

もっとも2019年の連合調査では、職場が36協定を結んでいるかどうか「分からない」との回答が30.1%に上った。そもそも36協定自体を知らない労働者も相当数おり、職場への周知が不十分な実態も浮かび上がった。

「何時間残業するかは、上司と本人の判断に任されているというのが、多くの職場の実態だと思います」

連合は、「36(サブロク)協定」の大切さを社会全体に広げていくために、3月6日を「36(サブロク)の日」として記念日登録しました。毎年、3月6日は左のロゴを活用して、全国各地で「Action!36(さんじゅうろく)」の取り組みを展開しています。

順守状況のチェック機能は不十分、実効性確保が課題

36協定の現場での運用にも課題がある。職場に非正規雇用で働く人も含め、労働者の過半数が加入する労働組合がある場合は、労働組合と会社が協定を締結する。一方、労働組合がない場合は、投票や挙手などで労働者の過半数の賛同を得た人を「過半数代表者」に選任し、その人が協定を結ぶ。しかし代表者はその場限りの役割で、その後協定が守られているかどうか、労働者側がチェックする機能はほとんどの場合、なくなってしまう。

また行政による指導などが行き届かないこともあり、過半数代表者の中には会社側が「任命」したり、社員親睦会などの幹事が自動的に就任したりするケースも少なくない。この場合、本来なら協定自体が無効になるが「適正ではない方法で選ばれた代表者が、36協定の知識も職場から意見を聴く機会もなく、協定書に判を押しているだけという職場もあります」。

また、労働者と会社の代表者が「労働時間等設定改善委員会」という常設の場を設け、労働者側の委員が継続的に会社側をチェックするという方法もある。

「36協定以外の場面でも、労働者の孤立を防いで集団的な『ボイス』を集め、会社に反映させる機能として、この委員会のような仕組みはもっと活用されるべきです」

島田氏はまた「36協定は本来、協定で定めた時間いっぱいまで『残業できる』制度ではなく、法定時間内で仕事が終わらない時、例外的に残業を認める制度です」と強調する。このため「これなら絶対オーバーしない」という最大の時間ではなく、残った仕事をこなすのにどれだけの労働時間が必要かを算出し、それをベースに労使で話し合った上で延長時間を設定するべきだという。

36協定を結ばず、法定労働時間を超えて労働者を働かせた場合、会社には6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される。「36協定を締結することにより違反を免れる効果が生じることの重みを認識し、運用の際も最小限の残業にとどめるよう、労働組合から会社に働きかける必要もあるでしょう」

連合労働法制局作成チラシ

医師やドライバーなどの働き方改善は、社会の安定に不可欠

2024年には労働基準法の改正後5年間、上限規制の適用が猶予されていた医師や建設、運輸なども規制対象となる。こうした業種の働き方をサステナブルにすることは、社会インフラを維持する上でも重要だ。

例えば従来、大学病院は近隣の診療所へ医師を派遣することで、地域医療を支えてきた。しかしこうした体制は、医師の常識を超える長時間労働の上に成り立っていることも多い。このため医師派遣の中止や削減を打ち出す大学病院も現れている。

「過重労働の上に成り立つ地域医療が、いずれ破たんしてしまうのは明らかです。ましてや今、医師国家試験合格者の3割以上は女性です。性別にかかわりなく働き続けられる環境がなければ、医療体制の安定は実現できません」

運輸や建設業も、長時間労働が敬遠されて人が集まりづらい状況が続き、このままでは配送網や公共事業などに影響が出かねないとの懸念が高まっている。ただこうした中、運輸業界の一部では上限規定の適用をにらみ、トラックドライバーが荷物の積み下ろしの順番を待つ「荷待ち時間」をDXで削減する、といった取り組みも始まった。

「どの業種でも、この業務は残業してまでその日のうちに終わらせる必要があるのか、業務を一層効率化できないか、単純作業を機械に代替したりできないかといったことを、改めて見直す必要があります」

また上場企業に男女間の賃金格差の開示が義務付けられたように、36協定締結の有無や協定の順守状況などを開示することも、労働時間短縮への有効な手段だという。企業の長時間労働をけん制できる上に、開示を通じて残業の少ない企業が「ホワイトさ」をアピールできれば、採用も有利に進めやすくなる。

「働きやすい職場にしなければ、優秀な人材が集まらないことは明白です。例えば食品産業には、働きやすさのデータを示すことで女性の採用強化に成功した企業もあります。こうした好事例を発信し、開示のメリットを企業側に伝えることも大事です」

健康と生活を守りつつ、「働きたい」ニーズにも応える

島田氏は今年1月、一般社団法人日本ワークルール検定協会の会長に就任した。36協定についても検定などを通じて、労働者に広く知ってもらう必要があると考えている。

「連合をはじめ労働組合も、組合員に対するワークルールの発信を強化してほしい。若い世代は順法意識が高いため、『36協定を結ばず残業を命じるのは違法だ』と知るだけでも、締結を促す大きな力になるはずです」

ただ日本企業には、残業手当が家計維持に不可欠で「生活のために残業しなければ」という時間短縮と逆のインセンティブが働くケースも珍しくない。こうした職場では協定を結んでも形骸化しかねないため「労働組合が労使交渉を通じて、残業なしで家計を賄えるだけの賃金を確保できるよう、会社に働きかけることも重要です」。

労働時間に関する考え方は国によって異なり、例えば米国は基本的に、長時間労働に対して賃金で報いる政策を取っている。一方、欧州諸国は原則的に、法定労働時間を超える労働を認めない方向に進みつつある。働き手のワーク・ライフ・バランスや健康維持を考えれば、日本も欧州と同じ方向に進むべきだと、島田氏は考えている。

「連合も単組と協働して、労働時間削減と柔軟な働き方を実現した『モデルケース』を作り、社会に発信してほしい。こうした取り組みによって労働者の健康と生活時間の確保、さらに多様なニーズを満たす働き方の実現が、前進するのだと思います」


[i] 適用猶予業種とは、労働基準法において時間外労働の上限規制が適用されるまでの期間が猶予されている業種(医師や自動車運転業務など)を指します。

[ii] 時間外労働の上限は原則として「月45時間・年360時間」である。臨時的な特別の事情があって労使が合意した場合(特別条項付き36協定)でも、「年720時間以内」、「時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満」などの条件が定められている。

(執筆:有馬知子)

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