子どもの貧困率は過去3年で改善したものの、未だに子どもの9人に1人、ひとり親家庭に限ると半数近くが貧困に陥っているという厳しい現実がある。どうすれば子どもたちが貧困に陥らず、保護者も安心して子どもを産み育てられる社会をつくれるだろうか。連合総合政策推進局の佐保昌一総合局長と東京都立大学の阿部彩教授、大阪府豊中市社会福祉協議会で生活困窮者支援に取り組む勝部麗子事務局長の3人が話し合った。
阿部 彩 東京都立大学人文社会学部人間社会学科社会福祉学教室 教授・子ども・若者貧困研究センター センター長
国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より国立社会保障・人口問題研究所に勤務。2015年4月より現職。
勝部 麗子 豊中市社会福祉協議会事務局長
豊中市社会福祉協議会に入職。
2004年に地域福祉計画を市と共同で作成、全国で第1号のコミュニティソーシャルワーカーになる。地域住民の力を集めながら数々の先進的な取り組みに挑戦。その活動は府や国の地域福祉のモデルとして拡大展開されてきた。
佐保 昌一 連合総合政策推進局長
子どもの貧困率、ひとり親世帯は44%
コロナ禍でふたり親も困窮
佐保 厚生労働省によると、2021年の子どもの相対的貧困率は11.5%で、2018年の前回調査から2.5ポイント改善しました。しかしそれでも子どもの9人に1人が貧困状態にあり、特にひとり親世帯は44.5%という高い割合となっています。阿部先生はどのように分析しますか。
阿部 相対的貧困率は1985年から2012年にかけて上昇した後、減少傾向をたどり、2021年に85年の水準に戻りました。ただひとり親家庭と、実質的にひとり親でも離婚が成立していない「その他世帯」の貧困率は未だに非常に高く、親がふたりいる世帯でも8%の子どもが貧困に陥っています。ふたり親世帯は圧倒的多数に上るため、ひとり親家庭の子どもより、貧困に苦しむ子が数としてははるかに多いのです。しかしふたり親世帯には、政策的な支援がほとんどないのが実状です。
勝部 確かにコロナ禍ではふたり親家庭であっても、妻がパートの職を失い、夫は正社員であっても家計を支えきる収入がない、自営業で生活が立ち行かない、といった人々が相談窓口に訪れ、誰もがあっという間に貧困に落ちうる社会なのだと実感させられました。経済的な貧困に加え、地域社会の力が弱まり、三世代同居も減る中で、子どもが親以外の大人に接する機会がない「人間関係の貧困」も深刻化しています。それによって中間層が厚かった時代には誰もが経験できたであろう「遊園地に行く」といったことすら、ままならない子が出てきて「体験の格差」が広がっています。最近は外国人労働者の子どもたちが、学校や地域になじめず日本語も習得できずに、社会とのつながりを持てないケースも増えています。
佐保 従来は中間層と見なされてきたふたり親などの家庭が、生活困窮のリスクを抱えるようになったということですね。こうした中で子どもの貧困を身近に感じる人が増えてもよさそうなものですが、依然として「他人事」だと考える人が多い。なぜだと思いますか。
阿部 子どもの貧困は常に目の前にあるのに、大多数の大人は無意識に事実に覆いをかけて、問題だと認識しようとしなかったからです。例えば給食費の滞納も親の怠慢が原因だと思えば、給食費を払えないほど困窮した親子がいる、という現実を直視しなくてすみます。
アウトリーチで子どもの選択肢を広げる
勝部 おっしゃる通り、例えば年上の子が保育所に弟や妹の送り迎えをするといった光景は昔からありました。「ヤングケアラー」という言葉が注目されるようになって初めて「あの子がそうかも」と気づく大人が増えてきたにすぎないのです。
私たちが関わる子どもの中にも「こんなに深刻な事態なのに、なぜ何年も見過ごされてきたのか」と目を疑うようなケースもしばしばあります。例えばLINEで「食べるものがない」「今日泊まる場所がない」とSOSが続きます。日本社会は「家庭の困りごとは自己責任で解決すべき」だという風潮が強いことも、こうした問題が表に出てこなかった原因の一つです。
佐保 2024年4月に成立した改正生活困窮者自立支援法には、生活保護受給者の居住支援の強化や、子育て世帯に対するアウトリーチ[i]の法定化などが盛り込まれています。これによって、家庭が抱え込んでいた問題は表に出てくるでしょうか。
勝部 アウトリーチは、子どもの将来の選択肢を広げるために非常に重要です。例えば手続きが苦手な親に対して、子どもの受験に必要な諸手続きを伴走支援したり、「高校など行かなくていい」という親を説得し、子どもの希望に沿った進学をサポートしたりすることが、子どもの選択肢を広げることになるからです。
ただ改正法で、子育て世代にアウトリーチ伴走する事業の対象となるのは、主に生活保護の受給世帯です。しかし受給世帯以外にも家賃などのサポートを必要とする低所得家庭はたくさんあり、こうした家庭の子どもたちを支える体制も課題だと思います。
阿部 勝部さんがご指摘の通り、生活保護を受給する子育て世帯は1%にも満たず、支援対象から外れた子どもの方がはるかに多いことを、多くの人にご理解いただきたいです。
家賃についてもOECD諸国では、生活保護の受給者以外に対しても、所得に占める家賃の割合が一定レベルを超えたら補助を支給する国がたくさんあります。日本も家賃補助の制度化を検討すべき時期だと思います。
子ども・子育て支援法から抜け落ちた貧困対策
SOSを出せない家庭の見守りも大事
佐保 児童手当や児童扶養手当など、経済支援の拡充が盛り込まれた改正子ども・子育て支援法も成立しました。阿部先生は、改正法の意義や課題をどのように考えますか。
阿部 改正法で児童手当の所得制限が撤廃されたことで、高所得世帯は子どもへの投資を増やしたり、もう1人子どもを持ったりするかもしれません。子育て世代は現在、低所得層と高所得層に二極化した「ふたこぶらくだ」の状態であり、高所得世帯に対する少子化対策としては一定の効果を得られる可能性はあります。
しかし、より大きな困難に直面している低所得世帯には何の恩恵もなく、むしろ格差拡大を招きかねない内容であることには、大きな疑問を感じます。少子化対策とは別建てで、子どもの貧困対策も設けるべきです。
勝部 確かに私たちの地域で朝、子ども食堂を利用する子どもは、生活困難を抱えて朝食を用意できない家庭の子もいますが、塾などの予定が詰まっていて、朝だけしか友だちと遊べない高所得層の子も参加します。まさに「ふたこぶらくだ」の状態だと感じます。
佐保 豊中市社協は全国の社協に先駆けて、SOSを出せない人へ支援者が出向き、保護者だけでなく子どもを支援する見守り型のアウトリーチも行っています。活動について少しお話しいただけますか。
勝部 相談に来た人を支援する問題解決型の支援は、SOSを出さない人にアクセスできませんし、直接の問題が解決してしまうと、家庭の苦しい状況は変わらないのに支援が終了し、フォローが難しいことが課題でした。そこで生活保護の受給世帯以外も対象に、しんどさを抱えた家庭にこちらから出向いて寄り添うアウトリーチにも取り組むようになりました。それが宅食(お弁当くばり)です。毎週一回、今では対象家庭は190世帯。相手に必然性があり、ニーズもある取り組みです。
宅食を始めると、親は仕事で子どもの世話が行き届かず、学校も教員が多忙で家庭訪問などもままならない中、子どもたちが不登校になり九九も学べないまま社会に出る、といった困難な状況がどんどん明らかになってきました。私たちは子どもたちと信頼関係を構築し、社会で生きるのに必要な力を身に付けるためのサポートに取り組んでいます。
貧困当事者には、安心できる環境とオーダーメイドの支援を
佐保 支援にあたって、担い手が気を付けるべきことを教えてください。
勝部 支援者がアウトリーチしようとすると、親は「自分が責められるのではないか」などと考えて「問題はありません」と平気なふりをしがちですし、指導的に介入すると心を閉ざしてしまいます。ですから支援者は、時間をかけて親の苦しさに寄り添うことが大事です。
また地域住民の担うオープンな場と、支援者等と住民で支えるクローズな場との役割分担も明確にすべきだと思います。子ども食堂にさまざまな生活水準の子どもたちが通えるのは、すべての子どもに開かれているからです。もし「貧しい子を支援する場所」と認識されたら、本当に必要とする子が利用をためらうでしょうし、利用者が元のメンバーの中に戻るといじめのターゲットになったりする危険もあります。子ども達が安全安心にすごせる多様な場を、地域の中につくることが必要です。
一方、貧困当事者に絞ったサポートはNPOや社協などが、周囲の目の届かないクローズな場を用意し、安心を確保した上で行うことも大事だと思います。
阿部 子どもたちに「平等」にサポートを提供するのではなく、「均一」な力を身に付けられるようにすることが大事だと思います。
例えば学校には、学習資源が豊富で習う前から九九をマスターしている子と、さまざまな事情で高学年になっても九九ができない子が混在しています。全員に同じ手厚さで九九を教えるのではなく、子どもに応じて手法や手厚さを変えることで、全員が九九をマスターできる教育を保障するべきです。また家賃や公共料金の滞納、借金など深刻な困難を抱えた世帯に対しては、サービス給付だけでなく現金給付も併せて行うことが重要です。
[i] 困っているのに支援が行き届いていない人の居る場所に出向いて支援等を行うこと
【「後編」に続く】
(執筆:有馬知子)