政府は2024年の通常国会で、児童手当の対象年齢拡大や、第3子以降の支給額の増額などを盛り込んだ子ども・子育て支援法改正案の成立をめざしている。必要な財源については「子ども・子育て支援金制度」(以下、支援金制度)を創設し、医療保険料と合わせて徴収するとしているが、これに対して学識者などから反対の声も相次いでいる。日本総合研究所調査部の西沢和彦理事と、連合の佐保昌一総合政策推進局長(社会保障担当)が、制度の問題点などについて語った。
支援金制度の財源は公費で捻出を
-政府は支援金制度を設け、給付拡充などに必要となる約1兆円を、医療保険の保険料と合わせて徴収することを打ち出しています。どのような問題点があるのでしょうか。
西沢(敬称略、以下同じ):保険とは、リスクに備えて給付を受ける可能性がある人が加入し、保険料を負担する仕組みです。しかし、支援金制度に関しては、給付を受ける可能性がないにも関わらず支払い義務だけを負わされる加入者(被保険者)が多数存在し、負担と受益のルールに反します。「出生率が高まれば社会全体が恩恵を受ける」との主張も見られますが、この理屈は受益をあまりにも拡大解釈しすぎており、「何でもあり」だと言っているのと同じです。今国会では、提出法案の財源に関する部分を修正するべきです。
佐保:支援金制度は、例えば加入者が起こした事故の補償をするための自動車保険で、車を持たない人、運転しない人も保険料を負担させられるのと同じくらい、不合理な仕組みです。「社会全体に恩恵が及ぶ」と主張するならなおのこと、財源は保険ではなく公費で捻出すべきであり、連合としても、そのために必要な負担が生じることについては基本的に理解しています。
国民不在の政策決定 保険制度の「民主」「自主」の理念にも反する
西沢:社会保険には、保険料を出した人が集まって民主的、自主的に運営する、という基本理念があります。被保険者の意思を無視して政府が拠出を押し付けるのは、保険の主体性や民主主義的な理念を著しく侵害しています。運営主体(保険者)である企業の健保組合や協会けんぽなどが、支援金の使途をチェックするのも極めて難しく、政治の思惑で都合よく解釈されて使われてしまう恐れもあります。
また医療保険は、すでに「後期高齢者支援金」「前期高齢者納付金」「介護納付金」という3つの財政支援を求められており、財政が圧迫されています。政府が「前例が3つあるから、4つ目を追加しても構わないだろう」と言わんばかりに「子ども・子育て支援金」まで上乗せしたら、財政的な持続可能性をも脅かしかねません。
佐保:付け加えるなら「子ども・子育て支援法等改正案」の策定プロセスについても、出産・育児の当事者や将来子どもを産み育てる10代~20代の声に耳を傾けよう、という姿勢は感じられませんでした。子育てが終わった世代がつくった、当事者のニーズに合わない政策を押し付けても、若者には響かないでしょう。連合として改正法案にある給付拡充の内容には反対していませんが、一連の施策が当事者不在で決められているのであれば、そのことに疑問を感じます。
タブー視される税の議論、しわ寄せが社会保険料に
-財源を医療保険と合わせて徴収することと、公費で賄うことに、どのような違いがあるのでしょう。
西沢:被用者の社会保険料は主に収入から徴収されるため、総じて資産は持っていても収入は少ない高齢者は徴収額が少ない傾向にあり、現役世代の負担が大きくなりがちです。また企業の健保組合は、労使が保険料を折半するため、企業負担も増えます。経営者が、負担増を避けるため正社員を社会保険への加入義務がない短時間労働者等に代替するといったことも起こりかねません。
税なら、広く国民全体に負担してもらうことが可能です。しかし、政治家は国民の支持が低下するのを恐れているためか、増税の議論をタブー視するようになり、財源が欲しい時は社会保険料を流用し続けています。
佐保:西沢さんが指摘された通り、社会保険制度には財源確保を目的として、後期高齢者支援金などさまざまな制度が後付けされてきました。その結果、今や誰も全容を理解できないほど複雑な仕組みになっています。一度すべて解きほぐし、将来の医療・介護の供給体制と、それを支える保険制度について議論する必要があります。
西沢:議論の際には、制度の根底にある価値観を時代に合った形へ変えることが不可欠です。被用者に扶養される配偶者の保険料が免除される第3号被保険者制度や、正社員と専業主婦を想定したモデル年金は、すでに実態から乖離しつつあります。子育て支援にしても、長時間労働に合わせて夜間保育を拡充するのではなく、残業が常態化しているならば、その働き方こそ変えるべきです。新たな時代の価値観やめざすべき働き方をまず定め、それを起点に社会保障制度を考えなければいけない。そのためにはクオータ制の導入などを通じて、古い価値観に縛られた中高年男性ばかりの政治システムを改める必要があります。
ビジョンなき給付拡大が、国民不信を招く
佐保:今の社会保障制度には、介護や育児、働き方などのあるべき姿を踏まえた長期的なビジョンが存在しないと思います。ビジョンがないまま、国民の支持を得ようと給付拡大を打ち出しても、国民は「この制度なら将来も安心だから、保険料を負担しよう」とは思えないでしょう。支援金についても、岸田首相は被保険者1人当たりの費用負担を「月500円弱」と表明していましたが、その後子ども政策担当相が「1000円を超える可能性もある」などと発言し、国民の不信を強める結果になりました。
西沢:支援金制度は、政治と行政が利害関係者との間のみで調整し骨格をつくり、主権者であるはずの国民に結論だけを押し付けている形です。岸田首相も「連帯」「分かち合い」といった美辞麗句だけで、実のない答弁を繰り返しています。そもそも連帯やそれにもとづく分かち合いは、働き、くらす国民の間から自生するものであり、国が押し付けるものではありません。野党が厳しく追及しなければ「500円弱の負担なら、まあいいか」で議論が終わっていた可能性もあり、そういう意味では国会が正常に機能したと言えます。
ただし、社会保障と税の議論は、与野党が互いにけん制し合い攻撃するばかりでは、前に進みづらい。むしろ人口減で経済が縮小する中、ある程度の給付抑制と増税は避けられないという共通認識を持ち、その上で資源配分に関するアイデアの巧拙を競い合うべきです。
国民が納得できる社会保障ビジョンを描き、幸せに暮らせる社会に
佐保:連合では今、2019年に策定した社会保障構想の点検・見直しを進めており、時代の変化に合ったビジョンを提言し、社会的な議論を喚起できれば、と考えています。我々以外にもいろいろな世代、立場の人がそれぞれの考えを表明し、お互いの案を議論し合うことも求められます。2001年に廃止された政府の社会保障制度審議会のような、政治家や学識者、官僚、関係団体のメンバーらが、社会保障制度の大きな枠組みを話し合う場を設けることが必要だとも思います。
西沢:支援金制度には、政府が保険料の財源を流用する理不尽さや国民不在の政策決定など、社会保障政策に通底する「歪み」が集約されていることが、今回の対談で明らかになったと思います。経済が縮小する中で、経済成長時代につくられた従来の仕組みとは異なる、国民参加型の意思決定の場が必要なことも浮かび上がりました。
連合のみなさんにはこれから、多くの国民が納得できる社会保障のビジョンを、分かりやすい言葉で提案してほしい、と考えています。働く人が集まる連合だからこそ、子育てなど生活と仕事を両立しやすい職場づくり、地域づくりを通じて、財政支出を極力抑制しつつ幸せにくらせる社会のありようを提示できるはず。給付拡大という「お金を積み上げる」支援に偏りがちな現行の政策決定の限界をあらわにし、「王様は裸だ」と声を上げる役割を果たしてほしいと期待しています。
(執筆:有馬知子)