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中小労働運動を推進するJAM、過去最高の賃上げ水準達成
格差解消は引き続き課題に
ものづくり産業労働組合JAM 安河内賢弘会長

主に中小製造業が加入する産業別労働組合JAMでは3月中旬時点で、2024春季生活闘争の賃上げ率が過去最高となっている。先行労組の成功は、後に続く組合にとって強力な追い風となるため「良い流れを、これから交渉する中小にも広げたい」と、安河内賢弘会長は意気込む。安河内さんに大幅賃上げの背景や、価格転嫁の進み具合について聞いた。

春闘が戻ってきた 支払い能力より相場観で賃上げ

JAM加盟組合のうち、3月12日までに交渉が妥結した労働組合の状況は、ベースアップ部分だけで前年比4%アップの約1万2000円、定期昇給(定昇)を含めると6%アップの約1万8000円となった。1999年のJAM結成以来最高なのはもちろん「1970年代半ばにまでさかのぼれるような、非常に高い水準です」。組合の要求額を超える「満額越え」の回答を出した企業もあった。

2024闘争の特徴は、競合他社や同じ地域の企業に賃金面で見劣りしないよう、内部留保を吐き出してでも賃上げに踏み切る企業が多かったことだ。

「人材を確保するため、支払い能力を超えてでも賃金相場に追いつこうとする力学が働きました。労働者側が相場観を形成し、経営者が周りを見ながら賃金を上げるという、あるべき姿の『春闘』が戻ってきたと評価しています」

特に大卒者については「就職と同時に転職サイトに登録し、常に社外を見ながら働く」若者が増えたこともあって人材獲得競争が過熱し、初任給も含めた賃上げが加速した。一方、高卒者ら製造現場で働く人材は、操業に必要な最低限の人材すら確保できないほどの人手不足に陥っているという。

「地元に長く根を下ろす中堅メーカーですら、採用難で存続が危ぶまれている。円安やアジア諸国の賃金上昇で、製造現場の国内回帰の動きが出ているのに、人手不足がネックとなり日本でのものづくりが難しくなっているのです」

こうした中、採用の難しい若手への傾斜配分を望む経営者も増えている。「満額越え」回答の中には、組合の要求分で一律の賃上げを実施し、超過分を20~30代への上乗せに充てたケースも見られた。

ただ40~50代の賃金カーブはここ数年でほぼ横ばいになり、実質賃金の押し下げ要因ともなっている。「物価上昇に苦しむのはすべての年代であり、引き続き一律の賃上げを強く求めていきます」と、安河内さんは強調した。

ものづくり産業労働組合JAM 安河内賢弘会長

中小経営者に根強いデフレマインド 格差是正は年単位の取り組みに

労使交渉の先陣を切るのは、JAMの中でも比較的大手の労働組合が中心だ。昨年の交渉も、先行大手が約5000円という高い賃金改善額を引き出したことが、後に続く中小の追い風となった。

「今年も大手の相場観を、周辺の中小に力強く広げられるかが勝負です」

ただ自動車や電機などのグローバル企業は、JAM加盟の「大手」をさらに上回る賃上げを回答しており、「価格転嫁を含めたさまざまな格差是正の取り組みをもってしても、吸収できるレベルではありません」。このため大手と中小の格差は、昨年以上に広がる可能性が高い。

価格転嫁については、自治体や連合の地方組織も、さまざまな取り組みを進めている。島根県では2月、連合島根の呼び掛けによって、政労使が協調して価格転嫁に取り組むという「共同宣言」を採択。埼玉県は、原材料やサービス価格の推移を算出できる「価格交渉支援ツール」や、価格転嫁が収益に与える影響を試算するツールを公開し、労使交渉に役立ててもらおうとしている。一部の大手企業も、価格交渉の期間を設けて下請け企業に参加を呼びかけるなど「労務費は企業努力で吸収すべきだという考えが『常識』だった時期からはとても考えられない状況が生まれている、とは思います」。

ただ大手のトップは価格転嫁を打ち出しても、現場の調達担当者には「いかに物を安く仕入れるかが腕の見せ所」という意識が根強い。労務費やエネルギー価格の上昇分を、価格の引き上げではなく一時金として支払い、継続的なコスト増を避けようとする企業も見られる。また下請け企業の経営者にも、いまだに「価格を上げると競合に仕事を奪われる」といったデフレマインドが根強く残っている。

「経営者の意識を変えて価格転嫁を進め、規模間格差を解消するには、年単位の取り組みが必要でしょう」

物分かりの悪い春闘で、企業経営者を鍛える

日本経済は1990年代からおよそ30年間、賃金も物価も上がらない状態が続いてきた。デフレ経済がこれほど長期化した国は、歴史的にもまれだ。

「政府・経営側だけでなく労働側もこの30年、雇用を守ることと引き換えにベアゼロや非正規労働者の活用拡大を容認してしまった。その結果、デフレを長引かせ日本を貧しくする片棒を担いできた面は否定できません」

熊本県では、2024年中に操業開始を予定している台湾の半導体大手TSMCが、現地企業よりも大幅に高い給与を提示し、労働者をかき集めている。1980年代の日本企業とアジア諸国の関係が、逆転した形だ。

もし過去に労働組合が賃上げ要求を貫いていたら、また非正規労働への置き換えに反対していたら、事態は違っていたかもしれない-。そんな反省が安河内さんにはある。だからこそ今は「物分かりの悪い春闘」を展開し、物価と賃金の好循環を軌道に乗せなければいけない、という思いが強い。

「価格転嫁も究極的には、価格引き下げを求める大手企業と賃上げを求める労働組合が、中小の経営者を間に挟んで綱引きをしている状態です。大手の理不尽な引き下げ要求と同じくらい、理不尽に賃上げを求めなければ、経営者を動かすことはできません」

賃上げを勝ち取るまでは引かないという毅然とした姿勢を示し、必要ならストライキも辞さない。そんな緊張感のある労使関係が、今は必要だという。そうすることによって経営者も、価格転嫁を要求できる強い経営体質を作るため、1社に依存せず複数の企業と取引したり、生産性を高めたりといった改革に乗り出さざるを得なくなる。

「日本企業は、『系列』に入り込むほど利益率が低下するという調査結果もあり、独立型の中小企業を増やすことが大事。労働組合の賃上げ要求は経営改革の圧力となり、結果的には経営者を育てることにもつながると考えています」

JAM事務所の入り口にある看板

レイバーアクションキャンぺーナーとして、中小の奮起促す

今後の課題は「物価上昇に負けない賃上げ」の実現だ。2023年は、24年に次ぐ高い賃上げ率だったが物価上昇率がそれを上回り、実質賃金はマイナスになってしまった。

「物価上昇分をベアで確保した上で、生活改善や格差是正に必要な1%を上乗せした賃上げが当たり前、という社会を作りだす必要があります」

経営者には「価格転嫁できなければ、賃上げもできない」というロジックを押し通そうとする向きもある。しかし「価格転嫁は日本にまっとうな自由市場を取り戻すために不可欠な構造転換です。『できない』ではなく必ずやり遂げるべきだし、賃上げできないことの言い訳にもなりません」。

こうした中でJAMは、価格転嫁や賃上げの機運を盛り上げ、社会を動かす役割を果たそうとしている。

「解決すべき課題はたくさんありますが、今は『レイバーアクションキャンぺーナー』として過去最高の賃上げ率という話題の明るさ、力強さをアピールし『大手に一歩でも近づこう』という中小の奮起を促したい」

ナショナルセンターである連合にも、労働組合の「顔」として世論の喚起や気運の醸成に取り組んでほしいと望む。ただ一方で「もうちょっとはみ出してもいいのでは」とも。

「政労使の関係などをあまり考えず、青臭い理想を掲げ経営側と激しい論争を戦わせることも、時には必要ではないでしょうか。闊達な姿を見せて社会の耳目を集めることが、特に若者や女性たちを運動に巻き込むことにもつながると思います」

(執筆:有馬知子)

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