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清水秀行連合事務局長インタビュー
「マイノリティ」の覚悟で、 働き手のウェルビーイング実現に挑む

連合は10月5~6日に定期大会を開き、今後2年間の運動方針を定めた。物価高騰が家計を圧迫し、人手不足で職場の余裕が失われるなど、労働者を取り巻く状況は厳しさを増している。再選され2期目に臨む清水秀行事務局長に、今後重点的に取り組もうとしている施策などを聞いた。

デフレから賃金上昇へ、賃上げ持続でステージを転換

-前期の連合の活動をどのように評価しますか。またそれを受けて、次の2年はどのような活動に力を入れて取り組もうとしていますか。

前期は、労働者の生活を物価高から守るための賃上げに注力し、2023春季生活闘争(春闘)では賃上げ率3.58%と、30年ぶりの高水準を達成しました。ベースアップ(ベア)だけでなく福利厚生や諸手当の上乗せを含めれば、物価上昇を超える上げ幅を実現した企業もあります。
10月に改訂された最低賃金も、全国加重平均で1004円と1000円台に乗り、2年間で7%を超える引き上げとなりました。特に賃金水準の低い県で大幅な引き上げが相次いだことは、地域格差の縮小に大きな役割を果たしたと思います。今期もこうした賃上げの流れを継続し「デフレから賃金上昇へ」のステージ転換を完全なものにしたいと考えています。

清水秀行 連合事務局長

-原料価格の高騰などが企業経営を圧迫する中、賃上げに対する経営側の反発が強まることも予想されます。さらなる賃金引き上げをどのように実現しますか。

2023年4~6月期の上場企業決算などを見ても、業績は増益基調で推移しており利益は確保できていると考えられます。しかし企業の多くは、利益を設備投資や研究開発、内部留保などに重点的に分配し、労務費を後回しにしがちです。
従業員が高い意欲を持ち、能力を最大限発揮するには、生活を安定させるだけの収入が不可欠です。適正な賃金を支払うことが労働生産性を高め、企業成長と人材の確保・定着にもつながるのだと、経営側には引き続き訴えていきます。
最賃も平均額こそ1000円を超えたとはいえ、実際の金額が1000円を超えた地域は8都府県にすぎません。さらに1000円の時給で週5日、1日8時間働いたとしても、年収は200万円に満たない計算です。早急に全地域の最賃を1000円超へ引き上げ、1500円、2000円とさらに上を目指す必要があります。

経営者団体などと連携し価格転嫁を進める 消費者の理解も不可欠

-賃上げのネックとなっているのは何でしょうか。

価格転嫁が適正に行われていないことが企業、特に中小企業の賃上げを難しくしています。労働者の7割を抱える中小の底支えがなければ地域格差が拡大し、国全体の経済成長も鈍ってしまいます。連合としても経営者団体などと連携し、価格転嫁が確実に行われるよう企業への働き掛けを一層強めていきます。
企業がサプライチェーンで価格転嫁を進めるには、川下で商品を購入する消費者の理解も不可欠です。例えば卵の値段が上がっていますが、ひよこも飼料も輸入に依存していることを認識している人はあまりいません。漁業も気候変動で近海での漁獲量が減り、燃料を使って遠洋へ出ざるを得なくなっていますし、農家のビニールハウスにも燃料費がかかります。組合員に限らず幅広い消費者に、こうした物価上昇の構造を説明し、製品に見合った対価を支払うよう求めていければとも思っています。

-雇用の流動化や「ジョブ型マネジメント」の導入、DXの進展など企業環境が大きく変化する中、法規制や雇用慣行の見直しが必要だとの指摘もあります。

働き手の雇用と賃金が安定し、企業も必要な人員を確保できるという意味では、終身雇用も決して悪いばかりの制度ではありません。一方で自分のスキルを活かし、組織の枠を超えてステップアップしたいというニーズが高まっていることも事実で、こうした人たちもサポートしていくつもりです。
ただ雇用の流動性を高めるため、解雇の金銭解決を導入するといった安易な見直しは、行うべきではありません。中小企業では今も多くの働き手が、意思によらず解雇されたり、ハラスメントによって退職に追い込まれたりしています。解雇規制を緩和すれば、一方的に労働者の職を奪う企業がさらに増えかねません。自分の意思と能力を生かして転職する人ばかりではない以上、労働組合は弱い立場の労働者を守る側に立つべきだと考えています。

第18回定期大会で運動方針を提案する清水事務局長

非正規雇用、フリーランスを「仲間」に 社会保障制度の見直しも

-正社員の配偶者などが、扶養の範囲で働くためにパートなどの年収を一定の枠内に抑える「就業調整」も、賃金上昇の足かせとなっています。

就業調整は、女性が能力を十分に発揮することを妨げ、リスキリングの意欲も削いでいます。扶養される配偶者の国民年金保険料納付を免除する「第3号被保険者制度」の廃止の検討を含め、社会保障と税制を抜本的に見直すべきです。
しかし、現行制度が子どものいる夫婦を標準家庭として設計されている上「女性は家計補助的な立場にいればいい」と考える保守的な与党議員も多く、改革は簡単には進まないでしょう。また新制度を立ち上げたとしても、完全に移行するまで数十年単位の経過措置が設けられる恐れもあります。このため当面は、年金保険料を支払えば目先の収入は目減りするけれど、将来受け取れる年金額は増えるといったメリットを伝え、女性に就業調整せずに働く意識を持ってもらうことが大事でしょう。

-労働組合の組織率は2022年、16.5%と過去最低を更新し、連合の組合員数も700万人を下回っています。組織拡大にはどのように取り組みますか。

労働組合が一定の組合員数を確保することは、経営側との交渉力を高め健全な労使関係を構築するために不可欠です。まず組員数を700万人台に回復させ、中長期的には800万人への拡大も目指します。
個別企業の労働組合にはまだ、正社員だけで構成される組織も少なくありません。また私は教員出身ですが、今や学校現場で働く人の3~4割が非常勤教員をはじめ、スクールカウンセラーや教員業務支援員、部活動指導員ら非常勤職員です。こうした非正規の働き手の組織化を、さらに進める必要があります。
400万人を超えるフリーランスも、「仲間」として活動に巻き込みたいと考えています。中には顧客の指揮命令を受けるなど労働者性が強いのに、労働者としての保護を受けられない人や、顧客から仕事がもらえなくなるのを恐れて、報酬未払いなどを泣き寝入りする人もいます。フリーランスの支援サイト「Wor-Q」や、当事者らの意見を聞く場である「Wor-Qアドバイザリーボード」などを通じて、より多くの当事者の声を活動に生かしていくつもりです。

労働教育通じ若者の理解を深めたい

-労働運動への関心が低いとされる若い世代には、どのようにアプローチしますか。

すでに組合に加入している若手については、前期からスタートした「Rengoユースター・カレッジ」のような組合員同士が組織を超えてつながれる場を設けることや、次世代のリーダー育成に今後も力を入れます。若手に一定の予算と裁量を持たせて、主体的に活動をつくってもらい、活動の醍醐味ややりがいを味わってもらうことも、個人的には大事だと思っています。
また学校教育や「ワークルール検定」などを通じて、学生などにもアプローチできればと考えています。例えば高校生が先生に「バイト先が交通費を支払うと言っていたのに、払ってもらえない」と訴えた時、先生が「それも社会勉強だよ」と答えるようではいけません。学生のうちに、働くことに関する必要な知識を身につけていれば、社会に出てからも組合の意義を理解してもらえるでしょう。

-最後に、今後2年の活動にどのような思いで臨んでいるかをお聞かせください。

私は事務局長に就任した時から、労働者の声を心で受け止める「Heart to Heart」で働き手に向き合うことが大事だと考えてきました。また労働運動に対する若者らの関心が薄れる中、連合は「マイノリティ」だという覚悟を持って臨む必要もあると考えています。さらに前期に引き続き男女平等参画を推進するとともに、ジェンダー平等や「真の多様性」に向けた取り組みも展開していきたいと思っています。

すべての働く者にとって「必ずそばにいる存在」としてもう一度足元を固め、未組合員も含めたすべての働き手が、よりよく生きられる社会を目指して地道に取り組みを続けていきます。こうした活動を通じて、社会に広く労働組合と労働運動の重要性を理解してもらえるようになれば、とも願っています。

(執筆:有馬知子)

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