エッセイ・イラスト

今どきネタ、時々昔話
第5回 多様性と髪形の自由

元「高校球児」の母

今年の夏は、いろんな意味で高校野球が注目を集めた。
私も8月23日、4年ぶりに甲子園(第105回全国高等学校野球選手権記念大会)の決勝戦をテレビでリアル視聴した。

今年のカードは、仙台育英(宮城)× 慶應義塾(神奈川)。
初回、慶應の丸田湊斗(まるた みなと)選手が先頭打者ホームランを放った。ダイヤモンドを駆け抜けていく丸田選手の背中に縫い付けられた背番号「8」を見ていたら、思わず泣けてきてしまった。

私に野球を語る資格なんてまったくない。ただ、「高校球児の母」の経験があって、大会前には背番号を縫い付けていた。それが丸田選手と同じ「8」だったのだ。

丸田選手は、伸びやかなプレーだけでなく、美白&サラサラヘアでも話題になり、「慶應のプリンス」と呼ばれている。
「高校球児=丸刈り」というイメージが強いが、5年に1度の「高校野球実態調査」(日本高校野球連盟・朝日新聞社)によると、頭髪の取り決めについて「丸刈り」は、2018年調査の76.8%から2023年調査では26.4%に激減。「特に取り決めず、長髪も可」が14.2%から59.3%に増加し、多数派になっていた。

多様性の時代を象徴するような変化だが、たぶんその変化をつくり出しているのは、一人ひとりの選手たちなのだと思う。

つらいのはみんな同じ

家庭内Z世代男子(以下、Z男子)が通っていた高校は、自由な校風で、野球部も丸刈り強制ではなかった。ただ、公式戦の前には、最後のシーズンに臨む高3部員に敬意を表して丸刈りにするという慣習があって、Z男子も年に何度かそうしていた。

でも、自分たちが最高学年となる新チーム発足時、頭髪問題について部員だけで話し合ったという。投球が乱れて大敗した試合の後、コーチがバッテリーに丸刈りを命じるという事件も見聞きしていたからだ。丸刈りにしてもチームが強くなるわけではない。丸刈りを「罰」にするのはおかしい。丸刈りは悪目立ちするから嫌だ。いろんな意見が出たが、最終的に丸刈りの慣習を正式に廃止した。2019年の秋のことだった。

そして、迎えた最後のシーズン。高野連の規定で「12月1日〜翌年3月8日」までは他校との練習試合が禁止されている。解禁の日を心待ちにしていた2月の終わり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きて、全国一斉休校が指示された。部活動は禁止、春のセンバツも中止になった。

強豪校ではまったくないけれど、平日は週4日練習があり、土日は試合。男子校でマネージャーがいないため、備品の整備や買い出しも部員で分担。大会前には朝練&延長練という野球漬けの生活。でも、校内では「日焼けして授業中寝てる人」という扱いで、活躍しても話題にならない。だから、せめて親だけでも、と試合の時はできるだけ応援に行った。そんな生活が一変した。

休校中、受験勉強をしておけと監督に言われたけれど、切り替えは難しかったようだ。4月下旬、バスケ部の友人からインターハイ中止のLINEが来た時はショックでふさぎ込んでしまった。5月20日には夏の甲子園も中止が決定した。その後、かろうじて地方大会が開催されたけれども、観戦は厳しく制限され、声を出して応援することも許されなかった。

打ち上げも、引退試合のイベントも、謝恩会も中止。高校最後の夏は予想もしない形で終わった。つらいのはみんな同じ。そう思うしかなかった。

「青春って、すごく密なので」

翌年からは感染対策を徹底して大会が再開されたが、私はつらい気持ちが消えなくて高校野球を観ることができなかった。

救ってくれたのは、仙台育英高校の須江航(すえ わたる)監督だった。昨年夏、甲子園の優勝インタビューで涙ながらに発した「青春って、すごく密なので」という言葉が、「2022ユーキャン新語・流行語大賞」選考委員特別賞に選ばれた。その意味を問われた監督は「自分の高校時代の思い出は『密』な時間ばかりなのに、それをさせてあげられないことに複雑な思いを抱いていた」と答え、こんなふうに大人の責任も問うてくれた。(以下、いくつかの新聞やメディアのインタビュー記事より再構成)

コロナ禍の子どもたちは、大人が想像している以上に苦しいなか、本当に懸命に努力していると思います。この言葉によって、全国の大人の皆さんには、自分たちが過ごした高校時代とはまったく違う高校時代を過ごしている子どもたちが身近にいるということを理解してもらいたい。

春のセンバツが中止になり、5月には夏の大会も中止が発表された。そのとき、大人が伝えたのは「中止」という結果だけ。もし「こういうふうに対策を立て、こういうふうに準備して手を尽くしたけれど、どうしても開催できなかった」と言ってあげていたら、子どもたちは、納得はいかなくても、心の置き所があったと思うんです。でも、野球に限らず、コロナ禍ではそういう配慮がずっとされていなくて、子どもたちが社会の中で取り残されている感じがありました。

本当にそう思う。

めざすのは「エンジョイ・ベースボール」

というわけで、今夏も仙台育英が勝ち進んでくれて嬉しかったのだが、実は慶應義塾高校野球部にも少し前から注目していた。

6月頃、東京都立青鳥(せいちょう)特別支援学校(世田谷区)が、特別支援学校として初めて東京都高等学校野球連盟への加盟を認められ、西東京大会に連合チームを組んで初出場するという記事を見た。これは応援しなくてはと思っていると、しばらくして青鳥の部員に、慶應の森林貴彦監督から同校と同じデザインのストッキングが贈られたとの記事を見た。

調べてみると、青鳥の久保田浩司監督が、全国の特別支援学校に通う野球好きの生徒の大会出場を支援しようと2021年3月に「甲子園夢プロジェクト」を立ち上げ、共に練習してくれる高校を探していたところ、森林監督が趣旨に賛同し、昨年から合同練習など交流を重ねてきているというのだ。

そんな慶應と仙台育英が決勝戦で対戦することになったのだから、うれしくてリアルで観ないわけにはいかなかったのだ。

107年ぶりの優勝を果たした森林監督は「うちが優勝することで、高校野球の新たな可能性とか多様性を示せれば」と語っていた。
「高校球児の母」だった頃、聞くに耐えない言葉で怒鳴り続ける監督とか、ミスをすると腕立て伏せを命じる監督とかを時々見てきたので、「エンジョイ・ベースボール」の波がもっともっと広がってくれることを心から願いたい。

「月刊連合」2009年4月号 

「今どき茶髪禁止なんて嫌だよね」

最後に少しだけ昔話をしよう。実は「月刊連合」でも「野球」に関する記事をいくつか書いた。2009年4月号の「労働組合の新しいカタチ 『個人事業主』だって労組結成!」では、労働組合日本プロ野球選手会に取材。掲載は割愛したが、松原徹事務局長(当時)が、野球人口の減少に危機感をもち、特に少年野球をサポートする保護者の負担軽減が必要だと語っていたことが印象に残っている。

そんなことを思い出していたら、「『子どもの野球離れ』保護者の重すぎる負担の深刻—全日本軟式野球連盟が運営の見直しを求める通知」(広尾晃/東洋経済オンライン 2023年9月3日)という記事が目に留まった。多くの少年野球チームが廃止に追い込まれ、2009年には全国で18万人いた選手数が、昨年は11万人に減少しているという。今こそ、いろんなことを見直すチャンスなのかもしれない。

さて、元高校球児のZ男子は、その後、韓国風マッシュやツーブロック、スパイラルパーマ、センターパートなどの自由な髪形を満喫してきたが、ここに来て「髪色問題」に直面している。応募したバイト先が「髪染禁止」だったのだ。
面接してくれた女性の店長さんは「今どき茶髪禁止なんて嫌だよね。だから辞退するっていう学生さん多いのよ」と優しく言ってくれたという。
「髪形・髪色自由」のバイトはかなり絞られる。私は「別に染めなくてもいいじゃん」と思ったが、Z男子の中では完全に優先順位が逆転していて驚かされた。

コロナ禍が明けて人手不足で困っている職場は多いが、逆の立場からも「髪色問題」の話を聞いた。知人が働く印刷工場では慢性的人手不足に悩んでいたが、バイトアプリに「髪形・髪色自由、ピアスOK」で募集をかけたら、あっというまに学生が数人応募してきたという。

多様性が求められる時代、もはや頭髪のルールなんて必要なのだろうかと改めて思う。

★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。

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