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労働組合の組織力とNPOの実務スキル、お互いの強みがフードバンクに結実 静岡・フードバンクふじのくに

静岡県で生活困窮者への食料支援を担う「フードバンクふじのくに」(静岡市)は、連合静岡や静岡県労働者福祉協議会、NPOなど、さまざまな団体の協働によって成り立っている。「“食”に困っている人を助けたい」という共通の思いでつながった各団体が、得意分野を生かして活動する現場を訪ねた。

望月 健次 フードバンクふじのくに事務局長

ひとり親家庭にキャラ付きのお菓子 もらって嬉しい食材を届けたい

静岡市内にあるフードバンクふじのくにの事務所には、寄付された食材が主食、副菜、調味料など種類別に整然と仕分けされていた。スタッフがそれらを段ボールに詰め合わせて「食材セット」を作っていく。

「土地柄、やっぱりお茶のご寄付は多いです」と、望月健次事務局長。

食材は主に行政の依頼にもとづいて、生活困窮者の支援窓口を訪れた人などに届けられている。家族構成や電気、ガス、水道が止められていないかといった、届ける家庭の事情に合わせて食材の内容も変える。

ある食材セットにはカップ麺などのほか、アンパンマンやポケモンのキャラクターのついたお菓子が入れられた。届け先は、小さな子どもを育てる職探し中のシングルファーザーだ。

父親は家計がひっ迫し、お菓子を買う余裕もないかもしれない。箱を開けた時に子どもが笑顔になってくれるような品物を届けたい―。そんなフードバンク側の願いが込められている。

「食材セット」は家族構成によって内容物を工夫している。

「自立をめざす人は、職探しや家計管理、生活保護受給の手続きといったストレスフルなハードルをいくつも乗り越えなければいけない。だからこそ、本人を励まし自立へのモチベーションになるよう、もらって嬉しい食材を届けるようにしています」

行政や周囲に弱さをさらけ出し、助けを求めることには、どんな人でも抵抗を覚えるだろう。家に食べ物がなくても懸命に身なりを整え、周囲に気づかせまいとする人もいる。

「さまざまな苦労や葛藤を経て、やっと出してくれたSOSに、可能な限り応えたいのです」

静岡市の「静岡県総合社会福祉会館シズウエルの中にある事務所

NPOと労働組合の思いが一致

望月さんはNPO法人「POPOLO」の理事長でもある。POPOLOは2012年、独自にフードバンクを始めたが、知名度の低さもあってなかなか食材が集まらなかった。寄付をお願いしようと企業に電話し「CSRのご担当者をお願いします」と伝えたら「留守です。永遠に戻りません」と、そっけなく電話を切られたことも。

一方、連合静岡や静岡県労働者福祉協議会などもフードバンク事業を模索していたが、実務の担い手が見つからず計画が滞っていた。そんな時、別の事業でPOPOLOと労福協がつながり、両者の思いが一致。2014年に10を超える団体が集まり「ふじのくに」を共同で設立した。

連合静岡の中西清文会長は、「当時はフードバンクがあまり知られておらず、加盟組合も、連合が食料支援に加わる意味をよく理解できていなかったと思います」と振り返る。

翌年から生活困窮者自立支援制度が始まり、全国の自治体が相談窓口を設置したこともあって、困窮者からの相談は急増した。しかしこの頃はまだ、ニーズに応えるだけの食材を集めるのに苦労していたという。

そこで連合静岡は、静岡県労福協の呼びかけに賛同し、産業別労働組合を通じて加盟する企業別労働組合に「米一合運動」を呼び掛けた。組合員の各家庭から、お米一合を袋に入れて、フードバンクに寄付してもらうのだ。同時に、企業別労働組合にふじのくにの賛助会員になってほしいと働きかけ、スズキ自動車やヤマハなど、地元の大手企業の労働組合に加わってもらった。

賛助会員からの定期的な寄付は、運営基盤の安定をもたらした。望月さんは「食材が集まらず資金も少なかった時期を乗り越えられたのは、連合の力が大きい」と語る。

コロナ禍でニーズ2倍超、徹夜で食材を箱詰め

その後、支援する家庭数は年間3000件前後でほぼ安定するようになった。しかし2020年、コロナ禍で事態は一変。支援件数は年間6400件超と、倍以上に膨らんだ。

店舗の休業などで収入が途絶えた人に加え、製造業の多い磐田市、御殿場市などでは、工場の操業停止によって外国人労働者らの生活も立ち行かなくなった。5月は1ヵ月の依頼件数が1000件を超え、望月さんら職員は「徹夜で箱詰めに追われました」。

フードバンクの中には活動を縮小する団体もあったが、ふじのくには感染対策を講じた上で、すべての依頼に応じた。

「目の前の困っている人を助けたいという気持ちが先に立ち、とにかくすべての人に食材セットを届けようと思いました」と、望月さんは話す。

職員だけでは手が足りず、ボランティアも集めづらかったため、労福協や連合静岡のメンバーが活動をサポートした。労福協の職員が持ち回りで箱詰め作業に加わったほか、連合静岡も、毎年2回実施している大規模なフードドライブの仕分け作業に参加し、仕分けや荷下ろしに汗を流した。

中西さんは「望月さんたち現場スタッフの『もっと多くの人を助けたい』という思いはとても強く、労働運動にも同じくらい熱意があればと思うほどです」と話す。一方で事業継続には、リスクマネジメントや財源確保も不可欠なため、連合など大きな組織のメンバーが「ブレーキ役」に回ることもある。

「参加している各団体がそれぞれの強みを発揮し、事業を支えられればと思います」と、中西さんは話した。

フードドライブ仕分けの様子

増える現役世代の困窮 経営側へも備蓄食料の寄付呼びかけ

2021年以降、依頼件数はやや落ち着いたものの、コロナ禍前に比べれば1000件以上多い状態が続いている。また、届け先も様変わりしたと、望月さんは指摘する。

「コロナ禍前は高齢の単身者がメインでしたが、子育て中の現役世代など、食料支援に縁のなかった人がフードバンクを頼るようになりました。『いつ誰が困ってもおかしくない』事態が現実になったと感じます」

さらに昨今の物価高騰で「一般家庭すら値上げに苦しむ中、ぎりぎりで生活する人は、本当に困っているはずだ」と心配する。物価高で消費者が食材を使い切る傾向が強まり、企業も歩留まりの改善に努めるようになって、寄付される食材も減ったという。

「食品ロスが減るのはいいことですが、団体は始まって以来の食材不足です。企業を回って新規の寄付先を増やそうにも、人手が足りず食材セットづくりで精一杯なのが実状です」

連合静岡国民運動局長の西崎秋芳さんはこうした中、「企業別労働組合を通じて、企業にも協力を呼び掛けたい」と話す。

「企業別労働組合の中には経営側に『備蓄食料の交換時期が近付いたら、フードバンクに寄付してはどうか』と提案した組織もあります。こうした働きかけが広がれば、より多くの食材を集められます」

連合静岡が設立直後に賛助会員を募った時、一部関係者からは「食材の次は、お金の寄付を求めるのか」と嫌味を言われたという。しかし今では地域協議会や企業別労働組合の意識が高まり、備蓄食料の寄付呼び掛けのような、自主的な取り組みも生まれつつある。中西さんは「フードバンクの狙いをきちんと説明することで各組織の理解が深まり、労働組合の強みであるスケールメリットを生かせるようになってきた」と、手ごたえを感じている。

「親子仕分け体験」でクイズイベント開催

労働組合を、困った人が最初に相談できる場にする

中西さんはかつて「安定収入がある組合員は、生活困窮とは無縁だろう」と考えていたという。しかしフードバンクに関わる中で、「決して対岸の火事ではない」と認識するようになった。

「介護や病気などさまざまな事情で家計が苦しく、支援を必要とする人は一定数存在することが分かりました。私たち労働組合は、困りごとを抱えた組合員が、真っ先に相談できる存在でありたいと思います」

連合静岡は、食料支援以外の社会貢献活動にも取り組んでいる。南海トラフ巨大地震への備えとして、静岡県ボランティア協会が設置したボランティアネットワーク委員会に参加。担当者である西崎さんは「委員会を通じて、各地域の社協やNPOの担当者と顔の見えるつながりができました。2022年9月に静岡市内で発生した浸水被害の支援でも、このつながりが大きな役割を果たしました」と説明する。

中西さんは「働く人だけにフォーカスしても、安全・安心な社会を作るのに十分とは言えません。組合員を守ることはもちろん、働いていない人も含め、周りのすべてを良くするための取り組みも大事だと考えています」と語った。

機関紙「News Letter」では、活動の内容などを紹介。また防災食で作れるレシピも掲載。

(執筆:有馬知子)

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