特集記事

これからの時代の人材育成と組織のあり方

いま、必要なのは自分たちでルールをつくる改革マインド

「安心社会へ 新たなチャレンジ~すべての働く仲間とともに『必ずそばにいる存在』へ~」をスローガンに、連合の第17期の運動がスタートして1年。
初の女性会長として多くの注目と期待を集め、労働運動に新しい風を吹き込んできた芳野友子会長。新体制発足1周年の記念対談に、青山学院大学陸上競技部の原晋監督をお迎えして、「これからの時代の人材育成と組織のあり方」について語り合った。ビジネスの経験を活かした選手の育成・チームづくりで陸上界の常識を破る快進撃を続ける原監督の「改革する思考」には、労働運動としても学ぶところが大きい。対談は、旧知の間柄のような打ち解けた雰囲気の中で始まった(月刊連合2022年10月号転載)。

【進行】安永貴夫
    連合副事務局長

就任からこれまでの道のり

安永:今回の対談は、ぜひ原監督にということで実現しました。きっかけは?

芳野:6月に原監督の「改革する思考—コロナ時代を勝ち抜くリーダーシップ論」のご講演を聞いて、「これだ!」と腹落ちしたんです。原監督が実践されてきた「改革する思考」には、連合という組織が1つの目標に向かって動くためのアイデアが詰まっている。もっとお話を伺いたいと対談をお願いしました。ご快諾いただいて心から感謝します。

原:私も、もっとお話ししてみたいと思っていました。声を掛けていただいて光栄です。

退路を断って覚悟を決めた

安永:原監督も芳野会長も、フィールドは違いますが、「改革者」という面では共通点が多いと思います。原監督は、2004年に青山学院大学陸上競技部の監督に就任されましたが、その時の決断とは?

原:私は、中学から陸上競技を始めて、駅伝強豪校である広島県立世羅高校に進みました。主将となり、部員でルールを決めて練習に励み、全国高校駅伝で準優勝しました。その後、中京大学で競技を続け、中国電力に陸上競技部1期生として入社しましたが、足首のケガで結果を出せず、5年で競技を引退。最初は営業所で検針・集金業務をしていたのですが、営業に配属されてから仕事が面白くなりました。新事業を担う新会社の立ち上げにも関わり、ここで「年間目標を立て、達成プロセスを立案する」というビジネスの基本を学びました。この経験が私の人生を変えてくれたんです。
新会社が軌道に乗った頃、世羅高校陸上部の後輩から「母校の青山学院大学から監督就任の依頼があったが、今の仕事を離れることができない。代わりに引き受けてくれないか」という話が舞い込んだ。私は、父が教員をしていて、もともと教育に携わりたいという思いがあったんです。サラリーマン生活で多くのことを学びましたが、「一番やりたいことは何か」と自分に問いかけたら、それは陸上競技であり、教育に関わる仕事。その情熱は消えていなかった。自身の競技生活では挫折を経験したけれど、このままでは終われない。監督就任を断る理由はありませんでした。
当初の条件は3年契約の嘱託職員。会社に対して「出向扱い」にしていただけないかとお願いしたが、無理だと判断された。直属の上司から「箱根駅伝で優勝を狙うのなら、それなりの覚悟がいる。覚悟を示さなければ、部員たちもついてこない」という言葉をいただいて、きっぱり退路を断ち、覚悟を持って監督になりました。

安永:芳野会長も、1年前に大きな決断をされました。

芳野:私も覚悟を持って決断しました。役員推せん委員会から会長就任の話があり、決断まで考える時間もあまりなかったのですが、迷うことなくお受けしました。
労働組合は男性中心社会で女性が生き抜いていくのは大変ですが、そんな中でも職場の声を聞き問題解決に奔走する先輩たちがいました。私は、彼女たちに励まされ、たくさんのことを教えられました。彼女たちこそ、労働運動の中心で活躍すべきであり、本人たちもそれを望んでいたのに、その意思とは裏腹にガラスの天井に阻まれ、メインストリームから離れざるを得ない様子をずっと間近で見てきました。だから、会長に推挙された時は、先輩たちの顔が次々と浮かんできて、「自分ができるかできないかを考えるよりも、ここで覚悟を決めるしかない」と決断したんです。
多様性のある組織にならなければ労働組合は時代に取り残されるという思いも強くありました。だから、会長就任時に「連合運動のすべてにジェンダー平等の視点を」と投げかけました。徐々にですが、ジェンダー平等やジェンダーバランスの考え方は、浸透してきたと思います。必要なことは、リーダーとして明確に発信する。それが共感され、理解されれば、物事は動いていくのだと実感した1年でした。

原:「女性だから」というだけで、その資質がありながらもポストに就けないのは、スポーツ界も同じです。でも、同質性の高い組織は、新しい発想を受け入れられず、発展できなくなる。連合には、多様な人材が活躍できて、力のある人が適正に評価される組織文化が社会に根付いていくようリードしてほしい。そうすれば、スポーツ界も変われると期待しています。

いま、求められる組織のあり方

スモールステップの成功体験を積み重ねて

安永:どのようなビジョンを掲げて、チームをつくり、選手を育成していったのでしょうか。

原:監督就任時に、「5年以内に箱根駅伝に出場、10年以内にシード権獲得」というビジョンを掲げました。10年後の未来の姿を描きながら、今できる半歩先の目標を示して、それをクリアしていくというスモールステップの成功体験を重ねることで、11年目に箱根駅伝優勝を果たしました。
最初に取り組んだのは、規則正しい生活です。朝5時起床、門限22時、消灯22時15分。その土壌ができたところで「目標管理ミーティング」を導入しました。学年やポジションを越えてランダムにグループをつくり、目標達成のための練習計画について話し合うのですが、ポイントは学年・能力関係なく「ランダム」に5~6人を1グループに分け実施する。一人ひとりが目標を客観的に見直すことができ、チームの一体感が生まれ、強い組織になる。逆に同質性の高いグループにすると、チームが分断されてしまうんです。

芳野:寮では、毎朝、部員が自分の言葉で話す「スピーチタイム」もあると聞きました。人前で話すには自分の考えを整理しなければなりません。勉強になるし、発信力も高められます。労働組合も様々な課題を議論する場があるのですが、最近は自分の意見を言いづらい雰囲気があります。

原:今の日本は、自分の意見を言わずして周囲の顔色を窺いながら忖度するという同調社会。これを変えるには、教育を変えなければいけない。小中学校からディベート教育を実践し、1つの事象を捉えてみんなで意見を言い合える文化をつくっていくしかない。「真面目」の定義も変えていくべきでしょう。上から言われたことを素直に「ハイッ!」と聞く子ではなく、自分の意見をはっきり言う子が「真面目」だと…。

「決断する力」とは「説明できる力」と一体

芳野:組織が大きくなると、目標実現に向けた方針を同じレベルで共有するのが難しいとも感じます。

原:大事なのは、理念です。組織として理念をいかに共有するか。方法は1つではありませんが、まずはリーダーが「理念はこうだ」と口酸っぱく言い続ける。その際に重要なのは、ただ言葉を唱えるのではなく、そこに込められた思いをメンバーが感じ取れるように語りかけることです。理念が共有されている組織は強い。コアな集合体が形成され、人が離れなくなるからです。

安永:理念を共有した組織をさらに強くするには?

原:箱根で戦えるチームをつくるのに10年程度かかりました。組織論的に言えば、最初はイエスマンのほうがやりやすい。でも理念が共有され、次なる輪を広げていく段階になると、型破りなタイプが必要です。多様な人材を受け入れ、ステージによってその編成を変えていくことで、組織は強くなれます。

芳野:組合活動に関わったばかりの頃、当時の委員長から「組合員は言うことを聞いてくれる人ばかりじゃない。そうじゃない人も支えてまとめていけるのが、本当のリーダーだ」と言われたことを思い出しました。

安永:改めてリーダーに求められる資質とは?

原:「決断する力」だと思います。最後はリーダーが決断して、責任を持つ。そして、なぜその決断をしたのか、起承転結が整理された明確な説明を行う。
例えば、新型コロナウイルス感染症について、政府は全数把握を見直し、隔離期間の短縮を決めました。でも、国民は不安を感じている。なぜ、そうしたのかという明確な説明がないからです。日本のリーダーに欠けているのは、決断に至った筋道を伝える論法です。「コロナの感染拡大は続いているけれども、ワクチン接種も進み、重症化リスクは低減している。だから、こういう対応をする」と説明すれば、国民はある程度納得されるのではないでしょうか。「決断する力」とは「説明できる力」と一体のもの。いくら決断しても、筋道を説明できなければ、かえって不信感が高まるばかりです。

安永:人材育成についてはどうお考えでしょうか。

原:人材育成においても「改革する思考」が求められます。「イエスマン」ではなく、自ら目標を立て、課題を発見し、解決アプローチを考え、実践していく。そういうマインドを持った人材を育てるには評価の見直しも必要でしょう。どれだけ長い時間働いたかではなく、どう働いたのかを評価する。日本は、もっと若い世代が活躍できるようにしないとダメなんです。世界に後れをとるデジタル化だって、もっと若い世代に任せれば進むはずです。

真剣にやったことの失敗は失敗じゃない

安永:監督は、壁にぶつかるようなことはなかったのでしょうか。

原:幾度となくありました。失敗の連続です。ただ、一生懸命やったことの失敗は、失敗じゃない。そこから何か新しいアイデアが必ず生まれるからです。負けた要因を探り出し、次に勝つためのステップにしていけばいいのではないでしょうか。

芳野:部員がスランプに陥った時は?

原:原因をまず探ります。過去には、練習の成果が上がらないという悩みだけでなく、親御さんが体を壊して授業料を払えない、大失恋で生きる勇気を失ったという学生もいました。その悩みを素直に言ってもらえる関係性を普段からつくっておく。それをベースに、原因に向き合い一緒に解決していくことで、もう一度頑張れるようになる。
2018年の箱根駅伝で、2年生ながら重要な5区を走り優勝に貢献した選手が、3度目の山登りに挑んだ2019年の第97回箱根駅伝で、タスキを受けてまもなく失速しチームの連覇とはなりませんでした。彼は相当なショックを受けました。私は、再度コースを走ってみようと彼を連れ出しました。本番から数日後でしたが、タイムは変わらなかった。運が悪かったのではない、プレッシャーに負けたのでもない、ただ力が足りなかったのだと本人も納得しました。私は、だったら力がつくように頑張ろうと声を掛けたんです。

世論を動かすことでルールを変えていく

芳野:毎年の大作戦のネーミングもいいですよね。「ワクワク大作戦」や「ハッピー大作戦」、「コロナに負けるな!大作戦」もありました。その言葉だけで本当にワクワクしてきて、テンションが上がります。

原:人間の五感に訴える言葉は絶対必要です。世の中のルールを変えるには、大きく2つの方法があります。組織の重要ポストに就いて変えるルートと、世論を動かすことで変えていくアプローチ。私は後者の方法で、是々非々で物事を捉えて「陸上界の問題点」を発信し、陸上競技界で時代に合わないルールを変えたいと思っています。それがきっかけになって議論が始まり、変わってきたこともあるんです。

安永:世論を動かすには、マスメディアとの付き合い方も重要になりますね。

原:箱根駅伝で初優勝して注目されましたが、私はもっと注目される存在になりたいと考えました。各紙の記者が悩むのは見出しなんです。だから、「青学、○○大作戦で連覇狙う」という見出しを用意して取材に臨む。最近は、優勝を逃した試合でも、「青山学院 敗れる!」という見出しがつくようになって、我ながらすごいなと思っています。社会的にメッセージを伝えたい時は、囲み取材等を利用して「最近、こんなこと考えているけど、どう思う?」と聞くと、それが記事になって発信される。私は自分の考えを広く伝えられる、記者はスクープがとれる、読者も面白い情報を受け取れる。「三方一両得」なんです。

芳野:なるほど。発信する仕掛けが鍵になるのですね。

原:記者を呼んでお茶をしながら、「この状況、どう思う?」と聞く。「芳野連合会長、物申す」なんて見出しを提供すれば、記事にしてくれます。そういう関係ができれば、連合会長の影響力はさらにアップする。社会を変えるには、世論を動かしていかないといけないし、世論を動かすにはメディアと良好な関係を築くことが必要なんです。

安永:露出が増えると叩かれることもありますよね。

原:もちろんあります。でも、出る釘は打たれるけど、出過ぎた釘は打たれない。それに良くも悪くも反応があるのは、関心を持たれているから。腹が立つこともありますが、それがまたパワーになる。だから、「私は負けない!」と思ってます。

芳野:そうですね。私も負けません!

安永:アマチュアスポーツにビジネスを取り入れることにも取り組まれています。

原:大学の運動部は学生が費用を負担して練習していますが、それがいいことなのかという疑問はずっと持っていました。アマチュアスポーツがお金を得るのは「悪」だと言われてきましたが、そう考えることこそ「悪」です。適正な収入を得て、それを強化費用に充てるというチャレンジはこれからも続けます。

新しい時代に向けて

安永:コロナ禍にはどう対応されたんでしょう。

原:ノーリスクの社会は絶対にありません。コロナについても、「そのリスクは何か」というところから対応を考えました。2020年は、3月から全国の小中高校が一斉休校となり部活動は停止。他大学では、運動部の寮にいる部員を全員実家に帰したところもありました。
私も、パンデミックが起きた直後は部員に行動の自粛を求めましたが、その正体が分かってくる中で、以前から実行していた、うがい・手洗いの励行、マスクの着用という基本対策を徹底的にやれば、感染リスクは軽減されると判断しました。しかし、緊急事態宣言を受けて日本陸連からすべての大会の中止・延期が求められ、関東インカレもインターハイも全国中学体育大会も中止になりました。大会を目標に練習を積んできた生徒・学生の気持ちを思うと本当に辛かった。一斉休校だから、緊急事態だから、「仕方ない」と言われましたが、「できない理屈」を並べて一律に中止するのではなく、「できる方法」を考えるのが大人の責任ではないか。私は強くそう思ったんです。そして、青学陸上部は寮生活と練習を継続することを決め、それに対する検証も行い記録してきました。

芳野:労働組合もコロナ禍で様々な制約を受けました。全国から人が集まる集会や行動は、中止や縮小を余儀なくされました。でも、コロナ禍をきっかけに新しい運動スタイルを考えようと、より多くの人が参加しやすいオンライン会議を導入したり、リアルとオンラインを融合した空間を演出してきました。オンラインのメリットを知ったからこそ、対面で人と人が出会うことの大切さも実感しました。また、コロナ時代を考える有識者との勉強会での助言をきっかけに、新しい運動も始まっています。

安永:これからの労働組合の課題とは?

芳野:「駅伝」はチーム戦ですが、区間を走っている時は一人。「だから自分が強くならなければ」という話を聞いて、その通りだと思いました。

原:社会を支える仕組みには「自助・共助・公助」の3つがあり、そのバランスが大事です。日本は、自分の力で生きるという「自助」が弱くなっている。コロナ禍で社会が分断され、「共助」の精神も失われてきている。

芳野:労働組合の原点は、組合員の声を聴いて労働条件や労働環境を改善するというボトムアップの活動ですが、もっと助け合い・支え合いに踏み込んでいかなければなりません。

原:私も組合員の経験がありますが、昔はボーリング大会や泊まり込みの研修があって、活動説明会でも自由に意見を言い合う文化があった。それが今は希薄になっているんでしょうね。でも、労働組合は重要な「共助」の仕組み。原点回帰すればいい。
今、熊本県球磨郡の水上村(予定)で、温泉宿を買い取ってスポーツ合宿ができる施設にする計画を進めています。村の人口は2000人足らずで、過疎化を食い止めたいという村とのコラボ企画なんですが、一般の利用もできる。大自然の中で、焚き火を囲んで未来を語り合ったり、蕎麦打ちや農作業など人間の原点を取り戻す体験をすれば、組合員の一体感やモチベーションがアップし、新しいアイデアも出てくるはずです。

芳野:そういうの、大好きです。ぜひ利用させてください。

原:お待ちしています。ぜひ組合活動の宿泊研修にご活用ください。

安永:最後に今日の対談の感想と読者へのメッセージを。

原:職種は違えど、同じような悩みや課題があると改めて感じました。その一方で、私の言い続けてきたことが少しずつ受け入れられ、社会が変わってきているのだと嬉しく思いました。現状に満足したら、そこで成長は止まります。全然分野の違う連合会長と対談するというオファーをいただいたのも、1つのチャンス。広くチャレンジしていけば、新しい発見があると思っています。混沌としている世の中ですが、ポジティブに、明るく、元気に夢を追いかけられるようにしていきましょう。

芳野:今日は、組織づくりや人材育成はもちろん、世論を動かす方法やマスメディアとの付き合い方も学ぶことができました。会長に就任して2年目となる今期は、「カッコいい労働運動」をやりたいと思っています。労働組合の原点に戻って、泥臭く人と人との対話やコミュニケーションを深め、監督のように世論を動かしながら運動を仕掛けていきたいと思います。応援してください。

安永:ありがとうございました。

原 晋 (はら・すすむ)
青山学院大学地球社会共生学部教授
陸上競技部長距離ブロック監督
広島県三原市出身。広島県立世羅高校を経て中京大学に進学し、全日本インカレ5000mで3位入賞。中国電力に陸上競技部第1期生として入社するも、故障に悩み、1995年に競技生活から引退。同社でサラリーマンとして再スタートし、トップ営業マンとなる。2004年、青山学院大学陸上競技部長距離ブロックの監督に就任。2009年に33年ぶりの箱根駅伝出場を果たし、2015年に総合優勝。2017年に大学駅伝3冠、2018年に箱根駅伝4連覇を達成。今年の箱根駅伝では、大会新記録を更新し6度目の総合優勝。テレビのコメンテーターとしても活躍。
著書に『改革する思考』(KADOKAWA)、『フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉』(アスコム)、『逆転のメソッド 箱根駅伝もビジネスも一緒です』(祥伝社新書)など。

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