2022年7月、日本大学初の女性理事長に就任した作家の林真理子氏。元理事長の不祥事で失った信頼回復のために「新しい日大(N・N)キャンペーン」を掲げ、精力的に組織改革を進めている。2021年10月、連合初の女性会長となった芳野友子会長も、「連合運動のすべてにジェンダーの視点を」をスローガンに、新たなチャレンジを重ねている。注目される2人は、組織にどんな新しい風を吹き込んでいるのか。林理事長と芳野会長が語り合った。(月刊連合2023年1・2月合併号転載)
「女性初」のトップ就任への思い
林:ようこそ、おいでくださいました。私、週刊誌でずっと対談(『週刊朝日』「マリコのゲストコレクション」)の連載をやっていまして、連合初の女性会長が誕生したと聞いて、芳野会長に来ていただきたいとお願いしたんです。ところが、その後、私が日本大学の理事長に就任することになって、対談自体を休載することになりました。だから、今日はお目にかかれてすごくうれしいです。
芳野:ありがとうございます。私も、林真理子先生が日大の理事長に就任すると聞いた時はうれしくて心強く思いました。
村上:そういう経緯もありまして、今日は、初の女性トップとして注目を集める林理事長、芳野会長の顔合わせが実現しました。まず、就任された時の思いをお聞かせいただけますか。
林:理事長のお話をいただいた時、驚きましたが迷いはありませんでした。ご存じのように、2021年の秋、現職の理事長が脱税・背任容疑で逮捕されました。個人の責任も大きいですが、不正行為がエスカレートした一因は、日大理事会のマッチョな体質にあると思いました。というのも1889年の創立以来、日大では、理事長はもちろん理事も全員男性だったんです。だから、日大OGとして、ここは思い切った組織改革が必要だと思い、お受けしました。
芳野:新体制では、女性の理事が8人も就任されたんですよね。就任会見での「学生・生徒の幸せや願いをかなえることをいちばんに考えて改革を進めていく」という言葉にも共感しました。
やれないことはない
村上:作家として揺るぎない地位を築かれていたのに、新しい世界に飛び込むことに不安はありませんでしたか。
林:それがね、「今の自分なら、やれないことはない」と思えたんです。私には、40年間第一線で働いてきたという自負がある。山あり谷ありでバッシングも受けましたが、それも自分の力で乗り越えてきました。「日本文藝家協会」の理事長や「エンジン01文化戦略会議※1」の幹事長として、人を束ねる経験も積んできました。私利私欲も不祥事の心配もありません。昔を知る方は尖った印象をお持ちかもしれませんが、実は穏やかで協調性があり、常識的な人間なので組織の仕事に向いていると…。
※1:各分野の表現者・思考者たちが日本文化のさらなる深まりと広がりを目的に参集したボランティア集団。日本に新しい文化を築くための方法論を議論し、実際に仕組みとするために行動する場。(公式HPより)
芳野:就任して半年も経っていないとは思えないほど、理事長室になじんでいらっしゃいます。
村上:実際に理事長に就任されていかがですか。
林:正直言って驚きの連続でした。日本大学は130年を超える歴史と伝統を持つ日本最大級の総合大学で、16学部87学科を擁する大学のほか、通信教育部や短期大学部、大学院、付属校まで含めると、学生・生徒数は約10万人。年間予算も膨大な額で、その経営トップに就いたのだという責任の重さを痛感しました。
就任当初は、私もおっかなびっくりだし、教職員の皆さんもそう。しかも、元理事長との関係についていろんな情報が入ってくる。理事の経験すらないから、会議のやり方が分からず、初めての評議員会では立ち往生しました。意気消沈する私を見て「林さん、お願いだから辞めないで」って声をかけてくれた方もいたんです。そのあと、どうしてうまくいかなかったのか考えてみたんです。そしたら、一番の原因は情報がなさ過ぎることだと気づきました。それならきちんと情報を共有できるようにすればいいんだと。そのために、まず私という人間を知ってもらおうと『小説8050』(新潮社、2021年)を450冊買いまして、サインをして「教育に近いテーマなのでぜひお読み下さい」とお手紙を添えて本部の教職員に配って歩いたりもしました。
村上:理事長の普段のお仕事は?
林:平日は、毎朝ここに出勤して、決裁し、来客に対応し、会議に出ます。全国にある大学施設の視察に出向いたり、学生との対話も始めています。そこまでやるのと言われますが、お飾りの理事長にはなるまいと心に誓ったんです。財務など専門知識が必要な分野については、信頼できる方に適材適所で入っていただいて助言を受けながら統括しています。
芳野:私も、連合役員推せん委員会からお話をいただいた時、迷うことなくお受けしました。「自分にできるか、できないか」とは考えなかった。長く労働組合の活動をやってきて、ともに歩んできた仲間がたくさんいる。連合本部には優秀なスタッフもたくさんいる。その力を借りれば、できると思ったんです。
林:おっしゃる通りです。日大の本部にも優秀なスタッフがたくさんいて、その力を存分に発揮してもらうことが自分の仕事だと思うようになりました。
でも、芳野会長はずっと連合運動に関わってこられた。私なんて、日大OGだけど日大の経営にはまったく無縁。元理事長の不祥事があって、その影響を払拭するために「これまで本法人の学校運営に何ら関与したことがない者」が新理事長の要件の1つではあったんですけどね。
芳野:そうだったんですね。確かに私は連合運動に長く関わってきましたが、だからこそ、労働組合がいかに男社会であるかを知っていました。連合を構成する産業別組織のリーダーは女性トップの下で活動したことがないので、抵抗を感じるだろうと…。
林:なるほど。でも芳野会長になって連合のイメージは断然変わりましたよ。女性がトップになると、こんなに変わるんだと驚きました。その時は、まさか自分がこんなポジションに就くとは思いもよりませんでしたけど。
芳野:今は、女性がトップに就くことは社会を変えていく原動力になるんだと実感しています。見る景色も、見られる景色も変わる。そこから社会のうねりをつくっていけたらと思っています。
新しい組織づくりのために
村上:新しい組織づくりはどのように進めていますか。
林:この日本大学会館の女子トイレは半分が和式だったんです。全部洋式に変えたいとお願いしてもなかなか進まない。ところが、評議員会で新しく就任した女性評議員から「トイレが和式なんて、今どき見たことない」とお叱りを受けた。発言は議事録に残りますから、そこからは迅速に進みました。この件があって、理事長の指示を受ける秘書室をつくってもらうことができて、今はどんなことでもすぐに動いてくれます。
芳野:一緒です。私も、最初はなかなか必要な情報が入ってこなかったので、役員室を設置し、体制を整えました。あと、あまり公にしていないのですが、会長に就任してから「これが男性社会なんだ!」と感じたことをノートに書き留めているんです。名札はピンじゃなくてマグネットがいいとか、会議でのお弁当はゆっくり食べようとか。小さなことですが、そこを改善していくと、次に続く女性たちがもっと居心地のいい環境で活躍できるのではないかと。
林:それいいですね。私が、最近始めたのは各部署訪問。お客さまにいただいたお菓子を持って、どんな仕事をやっているのか、職場をまわる。若い人に話しかけると、仕事中に何しにきたのという目で見られることもありますけど、めげません。
芳野:えー、 私も同じことしてます。最初の頃は、驚いてみんなハッと立ち上がりましたけど、最近は慣れたみたい(笑)。
世間の力も必要
村上:めざすリーダー像とは?
林:女性リーダーというと、かつてはトップダウンで強引に物事を進めるイメージがありましたが、それは古いと思うんです。私は、「何してんの、あんたたち!」と部下を責めるような言い方は絶対にしません。成果が出ないなら、その原因は何か、専門家の意見も聞きながら、みんなで考えればいいんです。
芳野:そうですよね。私も、最近分かってきたことがあります。連合は政策の範囲が広く、間違ったことを言ってはいけないと、就任当初から事務局に記者会見用のQ&Aをつくってもらっているのですが、記者からは、そこにないことも聞かれる。これは、世間の関心を捉えていないのかもしれないと思うことがあります。また、質問には自分の言葉で答えるようにしていますが、それが注目され、「よくぞ言った」という評価をいただいたこともあります。組織内では波紋が生じたこともありますが、説明できることであれば、リーダーとして自分の考えを自分の言葉で伝えることの大切さを学びました。組織を改革していくには「世間」という外圧の力も必要なんですよね。
林:同感です。私も「そんなこと言うと失脚させられるぞ」とさんざん脅されましたが、「今、私をおろしたら大変ですよ」と言い返しました。学生・生徒のために健気に頑張っている新理事長を引きずりおろすようなことがあれば、マスコミも黙っていないでしょう。世間を味方にすれば強いですよね。
魅力ある大学になるために
村上:組織改革への手応えは?
林:今はすごく風通しが良くなったと感じます。私が思いついたことをどんどん言う。それに対して「違う」と言ってくれる。「なぜ違うと思うの?」と聞いてディスカッションすると、もっといい方法が見えてきたりするんです。
大学の出願開始に合わせて、企画広報部を説得して新聞広告を出しました。私と酒井学長の対談仕立ての全面広告で、コピーは「最大の試練を乗り越え 始まる『新しい日大(N・N)』」。志願者数は大学経営の1つの重要な指標。「数」だけにこだわってはいけないのですが、魅力ある大学になるために日々頭を巡らせています。
村上:新聞広告、拝見しました。新体制で女性理事割合を一気に3割に増やされましたが、その効果は?
林:理事会の景色は一変したと思います。もちろんお飾りじゃありません。日本学術会議の副会長をされていた渡辺美代子先生をはじめ、改革に必要な方に常務理事として来ていただきました。マッチョな体質はかなり解消されたと思いますが、女性の理事はもう少し増やしたいと思っています。
世界の潮流は「203050」
村上:芳野会長は連合をどう変えていきたいですか。
芳野:連合700万組合員の36・4%が女性です。連合本部の女性役員比率は3割に達しましたが、世界の潮流は「203050」(2030年までに意思決定の場に女性が50%入る)。日本のジェンダーギャップ指数は146ヵ国中116位で、特に政治や経済分野での女性参画が進んでいません。「203050」なんて実現できっこないと思うかもしれませんが、先日、その光景を目の当たりにしてきました。
11月中旬に、連合が加盟するITUC(国際労働組合総連合)の世界大会がオーストラリア・メルボルンであって、私も参加したのですが、女性代議員が50・84%とパリテ(男女同数)が達成され、会長にはILO理事も務めている郷野晶子連合参与が選出されました。会場は、女性代議員たちの「女性のリーダーを私たち自身が選ぼう」という熱気に溢れ、刺激的な1週間でした。
村上:芳野会長もITUCの副会長に選出され、ITUC女性委員会の委員長も連合の女性役員が任命されましたね。
芳野:はい。私は、連合会長に就任した時、「ジェンダーの視点を連合運動のすべてに」と申し上げました。意識は変わってきましたが、今後はそれを行動の変化につなげていかなければいけない。連合は、国際組織ではジェンダー平等について高い評価を得ましたので、この流れをしっかり国内で広げていきたいと思います。
林:優秀な女性が労働組合の専従者になる仕組みもありますよね。私の担当編集者たちも「しばらく労働組合に行きます」と挨拶にきて、良い経験をしましたと復帰してきます。
芳野:会社のトップと交渉したり、経営対策を話し合うので、企業全体を見ることができるし、経営分析や賃金制度も学べます。組合員の声を聴いて、職場の課題を見つけ解決していく中でリーダーシップも身に付きます。
林:日大は女性社長の出身大学第1位なんですが、日本で女性参画が進まないのはなぜなんでしょう。
芳野:「女性役員のなり手がいない」と言われますが、育てる風土がないのだと思います。女性には妊娠・出産があるからという「配慮」が「排除」につながったり、ハードに働く女性が増えて組合活動をする余力がなかったりします。
林:確かに最近の若い女性はよく働きますね。責任あるポジションを与えられて仕事に没頭している。一方で育休を取る男性も出てきて、保育園の送り迎えもパパが活躍している。私たちの世代から見たらすごい変化です。
芳野:育児に関わりたい男性は増えていますが、育休の取得期間が短いんですよ。
林:職業生活の中で1年、2年休んでも問題ないという環境にしていかないと、少子化は止まりません。これは社会全体で考えるべき問題ですね。
新しい時代に向けて
村上:学生の皆さんの反応はいかがですか。
林:今の学生はよく勉強するし、意識も高いのですが、本はあまり読まないでしょう。学生に話しかけても、「この人誰」って…。新聞や雑誌の取材を受け、新刊『成熟スイッチ』(講談社、2022年)も出したんですが、学生には届かない。それで「エンジン01文化戦略会議」のメンバーに協力してもらって特別講座を開催したら、大盛況で質問もたくさん出たんです。教育とは社会に人を送り出すこと。私にできることは、そういう機会を増やして学生に何かを感じ取ってもらうことなのかなと思っています。
芳野:連合も今、「若者とともに進める参加型運動」を掲げてアプローチを始めているんです。コロナ禍でオンライン署名などの新しい社会運動への関心が高まっていると聞いて、Z世代の意識調査を実施したら、長時間労働やジェンダー平等、いじめなど社会課題への関心が高く、労働組合や社会運動は「必要」 と思いながらも参加には至っていないことが見えてきました。どうアプローチするか試行錯誤していますが、若い世代は、労働組合がよく使う「一丁目一番地」や「全員野球」という言葉の意味を知らないんですね。だからこそ、分かり合えないと思うのではなく、とことん話をすることが大切なのかなと思い始めています。
林:そうかもしれませんね。人の上に立つ者は、人を説得できる「言葉」を持つことが必要ですよね。
私も、最近マスコミ志望の学生に「出身大学にこだわらない会社もあるよ」と言ったら、「私は日本大学が大好きで、ここで学んだことは自分の大きな財産だと思うので、そこをアピールして面接に臨みたいです」と返されて、自分が恥ずかしくなりました。
村上:小説のご執筆は?
林:就任以来、「新しい日大」に全力投球で日大脳になってしまって、小説はあまり書いていません。短編2つがやっとです。
芳野:日大脳(笑)。それだけ理事長の仕事に邁進されているということですね。
林:自分で言うのもなんですが、経営のプロが理事長になっても改革はうまくいかなかったと思います。普段一緒に働く本部の職員は日大出身者が多く愛校心が強い。上から目線で改革を進めようとしたら反発されたでしょう。私はOGだし、手探りで一から始めたのでうまくまわり始めたと思います。ベストではないけどベターだったと思います。
村上:いえ、ベストだと思います。最後に労働組合に期待することがあれば。
林:9年前に『野心のすすめ』(講談社、2013年)という本を書きました。右肩下がりの時代になって、格差社会が広がって、日本の若者は野心を持たなくなりました。それでは日本がダメになる、努力した人だけが見える世界もあると伝えたかったのですが、一冊の本だけで世の中を変えるのは難しい。だから、自分たちが世の中を変える! 未来を変える! と発信している連合に期待しているんです。
私は、明日は今日より豊かになるという夢が見られた時代を知っています。労働組合が若い世代の生活の中心にあった時代も覚えています。でも、今の日本は格差と貧困が拡大して、奨学金にがんじがらめになっている学生も多い。若者が野心を持てなくなっているんです。連合には、この格差と貧困に真正面から立ち向かってほしい。そして、働くことの意味や楽しさ、社会に貢献することの面白さを、若い世代に伝えていただけたらと思います。
芳野:連合は、「働くことを軸とする安心社会」というビジョンを掲げていて、働くことを通じて誰もが社会に参画し、つながり合っていく社会を描いているんです。その実現において格差や貧困問題は最優先課題です。期待にしっかり応えていきたいと思います。
村上:話は尽きませんが、ここで締めさせていただきます。ありがとうございました。
林真理子(はやし・まりこ)
日本大学理事長、作家
山梨県生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、コピーライターとして活躍。1982年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。1986年『最終便に間に合えば』『京都まで』で第94回直木賞を受賞。1995年『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞。『不機嫌な果実』『美女入門』『下流の宴』『野心のすすめ』『愉楽にて』『小説8050』『李王家の縁談』『奇跡』など著書多数。『西郷どん!』は2018年のNHK大河ドラマ原作となり、同年紫綬褒章受章。エンジン01文化戦略会議幹事長。日本文藝家協会理事長。2022年7月に日本大学理事長に就任。