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生活困窮者や障がい者、そして組合員。関わる人すべてをハッピーにしたい。連合愛知の「ここあファーム」

連合の地方組織である連合愛知は、2019年から「ここあファーム」という農場を運営し、収穫したお米や野菜をフードバンク経由で生活困窮者などへ届けている。農場では、地域で暮らす障がいのある人たちが農作業を担い、連合愛知に加盟する労働組合の組合員・家族向けに、農業体験イベントなども行われる。連合愛知と農場運営を担う民間企業、フードバンクの三者がタッグを組み、障がい者と生活困窮者、そして組合員など、関わる人すべてをハッピーにしようと奮闘中だ。

食べる人のニーズに合った野菜をつくる 障がい者の意欲も向上

7月のある日、愛知県津島市にある「ここあファーム」では、大根の収穫が行われていた。働いているのは近隣のグループホームで暮らす、知的障がいのある人たちだ。
彼らは照りつける太陽と競争するように、てきぱきと大根を掘り出しては荷車に積み上げた。収穫を終えると日陰の水場に移動し、大根を洗う。切り落とした大根葉は、数メートル離れた柵の中で飼われている、ヤギとヒツジのおなかの中へ。

ここあファームで農作業を行う様子。皆さん、慣れた手つきで作業をされていました。

敷地内で買っているヤギ。畑を訪れる人の癒しにもなっています。

「今年は気温が高いので、枯れてしまう野菜も多くて…。でもお米はできが良さそうです」と、農場運営を受託した民間企業「みんパタプロジェクト(みんパタ)」の飯尾裕光CEO。水田では青々とした稲が風に揺れ、用水路にはメダカが群れをなして泳いでいた。

飯尾 裕光 みんパタプロジェクトCEO

栽培している野菜は、大根、ニンジンなどの根菜が中心だ。日持ちがして栄養価が高いため、フードバンクへの提供に向いているのだという。
作付けする作物はみんパタのスタッフと、フードバンクを運営するNPO法人「セカンドハーベスト名古屋」(名古屋市)の担当者が、話し合って決める。受け取る側の意見を取り入れ、カブやかぼちゃなどへ栽培品目を広げたほか、作付け時期も調整し、年間を通じてコンスタントに野菜を提供できるようにした。

農作業に関わるうちに、障がいのある人たちにも変化が表れた。「自分たちの畑も持ちたい」と希望するようになり、今では自前の畑で作った野菜を、産直市場などで販売するまでに。

連合愛知の安達一樹社会運動局長は「作業を通じて社会に居場所があると思えるようになり、意欲や自主性が生まれたようです。彼ら彼女らに働く場を提供することは、幅広い『働き手』を支援するという、労働組合の目的にもかなっています」と語る。

農場では年3回、田植えや稲刈り、芋ほりなど、組合員向けの農業体験イベントも開いている。毎回、15家族60人ほどが参加し、親子一緒に泥だらけになって田植えをしたり、収穫した芋をたき火で焼いて食べたり。参加者からは「農作業の大変さが分かった」「子どもと田植えができて、いい経験になった」などの声が寄せられている。

障がい者施設の皆さんと畑の前で記念撮影

養護施設の子どもたちやホームレスの人へ、新鮮野菜を提供

「ここあファーム」で採れた農産物は、日を置かずにセカンドハーベスト名古屋(2HN)の倉庫へ運ばれる。訪れた庫内には、メーカーから寄付されたスナック菓子やレトルトカレーの段ボール箱が山積みにされていた。箱詰め、缶詰め、袋詰めの食材が多い中、大根の白さがひときわみずみずしく目に映る。

「暑さで皮が少し硬いかも。厚くむいた方がいいかもしれません」と、野菜を届けたみんパタのスタッフが説明すると、2HNの担当者は「大丈夫、調理する人たちは、こういう野菜の取り扱いに慣れていますから」と請け合った。

2HNは行政と連携して、生活困窮家庭へ食品を届けるほか、児童養護施設や子ども食堂、ホームレスの支援団体などへも食材を提供している。ここあファームが寄付した野菜は、主に養護施設や支援団体に送られ、入所者の食事やホームレスの人に配るお弁当などに使われている。

2022年6月からの1年間で、ここあファームが2HNへ寄付した野菜は約1.7トン。とれたての野菜や新米は、支援団体からとても喜ばれていると、2HNの前川行弘理事長は話す。

「流通から寄付されるコメは、古米、古古米がメインで、野菜も今のような暑い季節は特に、時間が経って傷みが出始めた品物が多いのです。新鮮なお米や野菜は何といっても味が違いますし、ビタミンやミネラルなどの栄養価も高く、ありがたいです」

児童養護施設の入所児童の中には、虐待やネグレクトの被害者や、ガスや水道を止められ調理もままならないほど困窮した家庭の子もいる。寄付した野菜やお米は、こうした子どもたちの体を作る栄養となっているのだ。

取材の日は採れたての大根を寄付しました。

連合愛知はここあファーム事業のほか、児童養護施設の「卒業生」へ現金10万円を贈るなどの支援も行っている。安達さんは「卒業生の話を聴く機会もありますが、彼ら彼女らの苦労を聴くほど、私たちももっと頑張って活動しなければ、と思います」と話す。

前川 行弘 認定NPO法人セカンドハーベスト名古屋理事長(向かって左から2番目)

連合と農業者、フードバンクの3者がタッグ

ここあファームは、連合愛知が設立30周年を機に始めた社会貢献事業だ。当初の目的は、農業を通じた食育の場を、組合員に提供することだった。

運営に協力してくれる団体を探したところ、市民向けの体験農場を運営するみんパタと出会った。「さらに、日々の農作業を地域で暮らす障がい者に担ってもらえば、就労支援にもつながるのでは…と考えたのです」と、安達さんは説明する。

農場で採れる野菜も、食育のイベントに使うだけでは余ってしまう。そこで、連合愛知が以前から食材を寄付していた、2HNへ寄付することになった。

「連合の存在なしに、このスキームは成り立ちません」と、みんパタの飯尾さんは話す。

株式会社であるみんパタ単体で、障がい者を雇用するのは難しい。就労時間が限られる上に、心身の調子で働ける人数も変わり、安定した労働力を得づらいからだ。プロの農家のような、販売規格に合った野菜をつくるスキルも不足している。冒頭で収穫した大根も、もともと小ぶりな品種だが、さらに小さい「手のひらサイズ」も混じるなど、ばらつきは大きかった。

採れた野菜も無償で寄付するわけにはいかず、誰かから対価を支払ってもらう必要もある。

「利益を求められる民間団体では、社会貢献の比率が高すぎる事業は維持できません。連合のサポートがあってこそ、収益性や生産効率の向上ではなく、障がいのある人たちのやりがい創出や、生活困窮者の支援を目的とした活動が実現したのです」

連合愛知は今後、三河地域の農業者とも連携して、第二の農場を立ち上げる計画を進めている。
飯尾さんは「農業者は、食という重要なインフラを支えていながら、低収入で社会的にも弱い立場に置かれています。連合との連携は、お金では測れない農業者の価値を認めてもらえたという自信にもつながったので、ぜひ同様の取り組みを広げてほしい」とも話す。

さまざまな人が関わるファーム 「労働組合」を心に留めて

農場には、農業体験の組合員や障がいのある人たちだけでなく、彼ら彼女らをサポートするスタッフたちや、ヤギを見に来る親子連れなどさまざまな人が出入りしている。こうした人たちや、農業体験イベントに参加した家族、寄付した野菜を食べた人などが、労働組合の存在を少しでも心に留めてくれればと、安達さんは願っている。

また、ここあファームが社会に知られるようになれば、生活困窮者の苦境やフードバンクに対する認知度も高まり、より多くの寄付が集まるようになるとも期待する。

「労働組合は、根本的には組合員、非組合員に関わらず『困っている人を助けたい』と思う人の集まりです。多くの人にそれを知ってもらいたいですし、個別の組合も、社会貢献活動の大切さを理解し、使用者をも巻き込んで活動に取り組んでほしいです」

(執筆:有馬知子)

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